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<HappyNewYear・PC謹賀新年ノベル>


ネズミ年に見る猫の夢 〜 青藍の空 〜



 年が明け、新たな始まりの爽やかな風に包まれた世界。
 新年の楽しみといえば、お雑煮に御節、凧揚げに福笑い、そして何より―――

 カツカツとブーツの踵を鳴らしながら、ミネコは眼鏡をすっと上げると自動ドアを通り抜けた。
 広い応接間の中央、タプンとした体型の男性がデスクに足を乗せて踏ん反り返っている。
「ボス、被害は拡大し続ける一方です。ネズミー達に洗脳された人々は、今では世界の9割に及んでいます。子供も親もお年玉をチューオウに捧げています」
「くそっ‥‥子供の楽しみ、お年玉を狙うとは‥‥!」
「彼らはそれでチーズを買い占めており、世界中の市場からチーズが姿を消しつつあります」
「チーズまで奪うとは、許すまじネズミーどもめっ!」
「挙句、猫を閉じ込める作戦に出ています。狭い部屋に押し込められる猫達‥‥許すまじ、ネズミーどもめっ!!」
 ミネコがフーっ!と髪の毛を逆立てる。彼女は猫と人のハーフなのだ。
「ボス、この状況を打開できるのはあたし達しかいません!」
「‥‥しかし、2人ではどうにも出来まい」
「確かに、チューオウもネズ四天王も強いと聞きますが‥‥」
「そもそも、ネズ四天王とは何なんだ?」
「ネズ四天王とは、チューイチ、チューニ、チューサン、コーイチの4人からなるネズミー国きっての兵で‥‥」
「おいおい、何だよ最後。何でコーイチ?チューって来てたのに何で最後だけそんな落ち!?」
「ボス、中学は3年生までですから」
「いや、知ってるって、そんな哀れむような目で見るなよ!知ってるっつの!でもさ、別に中学の話してるわけじゃなかっただろ!?」
「‥‥彼らを倒し、鍵を奪う事によって始めてチューオウの元へ行けるのです」
「上司の華麗なツッコミを無視かよ!」
「‥‥デボス、ここはネズミー達に洗脳されていない人間の中から適当に勇者を見繕いましょう」
「デボスって何だよ!思いっきりDの発音いらないだろ!?そもそも、適当にって、勇者がそんな切ない選ばれ方して良いのかよ!?」
「デス、事は一刻を争うのです」
「何でデス!?Dの発音いらねーっつってんだろ!?」
「確かに、普通の人間をネズミーの元へ行かせるのは酷です。そのため、あたしは夜を徹してコレを作りました」
 ミネコが背後から取り出したソレは‥‥‥猫耳、だった―――
「これを頭の上に乗せれば、ニャンコ戦隊ニャンレンニャーの誕生です!」
「ニャンコ戦隊ニャンレンニャー!?言い難っ!」
「適当に見繕った人間の頭にこれを乗せれば、必殺猫パンチと必殺猫ジャンプ、そして必殺ネコじゃらしが使えます!」
「‥‥最後の何だよ、どんな技!?」
「ちなみに、語尾がニャーになるのはお約束です」
「うわぁ‥‥‥」
「ボス、偏見はいけません。猫耳は種族です。どんな年齢でも似合うべきなんです!」
「そんな力いっぱい言われても‥‥」
「‥‥コレはネズミーに洗脳されていない人間の頭にしかくっつきません。そして、くっついたが最後、チューオウを倒すまで絶対に外れません」
「呪われてんじゃないのかソレ!?」
「ニャンコ戦隊ニャンレンニャーが全員集まり、ネズ四天王を倒して心が一つになった時、巨大ロボニャンジャーが出現します」
「ニャンジャー!?」
「チューオウはネズミのクセに巨大だと聞きます。最後はロボに乗っての戦いになるかと。‥‥おそらく巨大生物対巨大ロボの戦いですので周囲に莫大な被害が出るでしょうが、世界の猫の幸せのため、チーズのため、お年玉のため、ここは目を瞑って‥‥」
「瞑れるかーーーっ!!!」
「とにかく、猫の為に早いところ勇者っぽい人間を適当にとっ捕まえて猫耳を装着させましょう!」
「‥‥結局は猫のためかよ‥‥」



☆ ★ ☆ 青藍の空の下 ☆ ★ ☆



 障子にチラリと映った影に、藤宮・永はふと顔を上げた。 集中力していた時は気づかなかった車のクラクションや子供達の甲高い叫び声が突然息を吹き返し、永の耳に雪崩のように襲い掛かってくる。
 筆を置き、立ち上がる。 次に書こうとしていた文字は既に通り過ぎてしまい、今日はもう筆を取る気にはなれなかった。 障子を開ければ、鈍色の雲から舞い落ちる白い結晶が街をボンヤリと覆って行く。
 空の色から考えて、積もりはしないだろう。地面に着地し、すぐに溶けてしまう結晶は、儚い。
 人の夢と書いて儚いと読むこの漢字は、字だけ見れば美しくも物悲しくも見える。夢と言う漢字は、明るくて華やかな印象があるからかも知れない。
 ――― せやけど、夢が表す意味はそないなもんやない
 夢が表す意味は“暗い”
 かけていた眼鏡を外す。 眼鏡がなければ周囲が見えないわけではない。そもそも、この眼鏡に度は入っていない。 それなのに何故かけているのか、その答えを永は知っているようで、知らなかった。
 “偽”と“騙”と言う漢字が脳裏を掠める。けれど、深くは考えない。深く考えれば考えるほど、永の心は波立つからだ。
 ‥‥‥目を閉じる。世界が闇に呑まれ、奪われた視力を補うかのように、聴覚が鋭くなる。 微かな音を立てて降る雪、北から吹く強い風、葉を落とした木が細い枝をくねらせる。無数の足音、甲高い少女の声、少年の囁くような声、そして ――――― ダン!と、大きな音がすぐ近くで鳴った。ビクリと震えることこそしなかったものの、永は反射的に目を見開いた。
 薄いガラス向こうに、腰まである長い髪を三つ編にし、眼鏡をかけた少女が立っていた。膝上のスカートに短めの白のコート、足元は茶色いブーツ。ブーツと同じ明るい色をした髪に、銀色に光る瞳。顔の作りは繊細で、体つきは華奢だが胸元は豊満だ。
 ――― なんや、この子?
 一瞬警戒するが、何しろ相手は18歳行くか行かないかくらいの少女だ。瞳の色はさておき、表情からは悪意も何も見受けられない。少女の吐いた息が白く風に流され、胸元で手を組むとブルリと震える。
 鍵を外し、ガラス扉を開いたのはほとんど無意識だった。
「どうしたん‥‥‥」
「 ――――― 見つけた‥‥‥‥‥」
 可愛らしい少女は、見た目と同じように細く可愛らしい声で嬉しそうにそう言うと、コートの中から何かを取り出し、永の腕を引っ張った。
 その細腕のどこにそんなパワーがあるのかと思うほどに強い力で引かれ、思わず体勢を崩す。
 倒れこむまいと足を踏ん張った時、何かが頭の上に乗せられた。
「貴方をニャンコ戦隊ニャンレンニャーの一員と認めます」
 ふわりとコロンの香りを撒き散らしながら少女はそう言うと、小ぶりの手鏡を暁に手渡した。

「な、なんにゃこニャーーーーーっ!!??」

 ――――― そもそも、ニャーって何やねーーーーんっっ!!!!!



★ 4ニャンジャー ★



 藍色の着物の上に羽織っていた羽織りを脱ぎ、永は頭の上にピョコンとついた三角の耳をピコピコと動かした。
 部屋の中は適度に暖かく、かすかに甘い匂いが漂って来ている。 アロマキャンドルだろうか、目を閉じて匂いに意識を集中させても、それが何の香りであるのかまでは分からなかった。
「ようこそ、勇者様」
 あの三つ編眼鏡の美少女が、華やかな微笑を浮かべながら両手を広げる。 彼女の後ろには大きなデスクがあり、黒いスーツを着たふっくらとした体型の男性が踏ん反り返って座っている。
「ようこそ、君の名前は確か、藤宮・永君だね」
「えぇ、そうですニャー」
「私の名前はボス。本名は別にあるんだが、ボスと呼ばれ続けて長い。君もそちらで呼んでくれ。 こっちが、私の部下のミネコだ」
「ミネコと申します」
 銀色の瞳が細められ、小さな手が差し出される。 永はにこやかに手を握ると、部屋の隅で三角座りをしてブツブツなにやら独り言を呟いている男に視線を向けた。 黒と言うよりはやや茶色に近い短髪に、細身ながらも広い肩幅。今はしゃがんでいるため身長は正確には分からないが、永と同じくらいはあるだろう。
 優男風の顔をした永だが、身長は高い方だ。 職業柄普段は正座をしている事が多いが、生徒さんと向かい合った時に永の背の高さに驚かれた事は一度や二度ではない。 先生って意外と背が高かったんですねと溜息混じりに見上げられる事も良くある。
「あの隅っこで粗大ゴミのように丸くなってるのは、草間・武彦と言う名の怪奇探偵です」
「怪奇じゃにゃいニャー!ただの探偵だニャー!」
「あぁ、お噂はかねがね窺っていますニャー」
 勿論、怪奇探偵としての噂だが ―――――
「草間さんも勇者にゃんですかニャー?」
「そのようだニャー」
 三角の耳が、ペコンと伏せられる。 どうやら武彦は猫耳とニャーがお気に召さないらしい。
 ――― せやかて、なってしまったモンはしゃぁないやん。開き直って現実を受け入れた方が楽やわ
「それにしても、私が勇者っぽい人間だにゃんて、とんだ勘違‥‥‥いえ、大変光栄に思うニャー」
 爽やかな微笑を浮かべる永。 知的な美青年風の甘いマスクをした永は、年齢を問わず女性から絶大な支持がある。近所のおば様だって、若い生徒さんだって、永が微笑みかければソワソワと落ち着かなくなる。 しかしこの部屋にいる女性はミネコしかいない。挙句彼女は恋愛に関してはかなり特殊な人種だった。
「十二支から追い出されたのみにゃらず、哀れな仕打ちに涙なしにはいられませんニャー」
 袖元で涙を拭うマネをする。 ツッコミのくせに純真なボスは、永の嘘泣きにまんまと騙されて「こんなに猫の事を思ってくれる人も珍しいな」と率直な感想を述べた。 可愛い顔をして意外と狡猾な性格をしているミネコは永の嘘泣きを見抜き、さらには油断ならない人だという事を敏感に察知したのか、銀色の目を細めている。 人種の坩堝である草間興信所の所長である武彦は、永のような人を何人も知っているらしく、ある種の諦めを含んだ表情を浮かべて冷ややかに成り行きを見守っている。
「是非“適当に”協力させて頂きますニャー」
 にっこり。どこまでも爽やかな笑顔に、ボスが一瞬騙されかける。
「って、適当に!?爽やかな微笑み浮かべといて適当って‥‥‥!あんた意外とどす黒くないかお腹!?」
「ボス、今頃気づいたんですか。 ‥‥この鈍ちんがぁっ!!平和ボケしてっから、ンな人の本性見抜けねぇような大人になっちまうんだよ!こんなヤツの下にいるなんて、アタイは悲しくて仕方がねぇやっ!!」
「‥‥‥なにキャラですかニャー」
 流石の永も、ミネコのドSモード発動には表情が固まる。
 ミネコの白魚のような手に、鞭と蝋燭が握られているかのような錯覚を受け、武彦が「ひぃっ」と喉の奥で悲鳴を上げるとズリズリと後退するが、残念ながらそれ以上ミネコから離れることは出来ないほど部屋の隅っこに座っていた。
「それにしても永さん‥‥‥」
 ツカツカとブーツの踵を鳴らしながらミネコが永の前に立つと、真っ直ぐに瞳を見つめる。 透けそうなほど綺麗な銀色の瞳は、ガラス細工のように危うげで、長く見つめていれば壊れてしまうのではないかと思うほどに頼りない色をしている。
「にゃんですか?」
 あまりにも真剣に見つめられ、永の微笑が少々引き攣る。近くで見れば見るほど綺麗な顔立ちのミネコは、グイっと思い切り永の袖を引っ張った。彼女の力が強いことは重々承知していたが、まさか引っ張られるとは夢にも思っていなかった永が思わず体勢を崩す。 ミネコにぶつかる前に踏みとどまったが、一歩間違えれば頭突きをしていた可能性が高い。
「い、いきなりにゃにを‥‥‥」
「あぁ、やっぱり永さん、綺麗な顔立ちをしていますね。肌も白いですし、顔のパーツはそれぞれ繊細な造りですし、目の色もとても綺麗ですし、髪も細くてサラサラですし」
 ジーっと見つめられ、さらには真顔でそう評されては、誰だって驚くし、恥ずかしいと思うだろう。
 何言うとるんや! と言う台詞が喉元まで出掛かるが、必死になって飲み込む。 ミネコの表情をよく観察してみるが、彼女は何か思惑があってそう言ったわけではないらしく、ただ感じたままを言葉に出しただけと言うように涼しい顔をしている。
 混乱しそうになる頭の中を必死に冷却する。瞬時に理性を取り戻し、永は一瞬にして柔らかな微笑を浮かべた。
「有難う御座いますニャー。そう言うミネコさんこそ、綺麗な顔立ちをしていると思いますニャー」
「‥‥‥永さん、気をつけてくださいね」
 低く囁かれた声に、眉を寄せる。真剣な表情をしたミネコがチラリとボスに視線を向け、武彦を一瞥すると永を見上げる。
「武彦さんは大丈夫でしょうけれど、永さんは危険です。とってもとっても危険です」
「にゃにが危険なんですかニャー?」
「あたしはここに来た時、猫耳もありましたし、語尾もニャーをつけていたんです。 けれどどっかの誰かさんが“猫耳三つ編娘はぁはぁ”と言いながら擦り寄ってきたため、あたしは猫耳をその場で引き千切り、血の滲むような努力でニャーを言わないようにしました」
 チラリ、視線をボスに向ける。ミネコのドS豹変に未だにショックを受けていたらしいボスが、永の冷たい視線に気づいて声を荒げる。
「俺は男は守備範囲外だ!」
「猫耳つきでもですか?」
「ね‥‥‥猫耳つき、でも‥‥‥だ‥‥‥!」
 ――― なんで噛み噛みやねん!もっとビシっと言わんか!
「ボスさん、噛み噛みですニャー」
「身体はとっても正直ですね。舌が縺れるなんて‥‥‥」
「猫耳つきの男なんて、可愛くも何ともない!綺麗だとは思うが、永は可愛くなんて‥‥‥」
「ボスさんは今後、俺の半径5キロ以内には入ってこないで下さいニャー」
「爽やかな顔して言うことキツ‥‥‥って言うか、半径5km!?どんだけ広範囲に渡ってブロックしようとしてるんだよ俺のこと!」
「5kmは遠すぎますよ永さん!ボスなんて特に必要でもなんでもないですが、一応ニャンジャーとして近くにいないとダメとか言う馬鹿げた規則があるらしいので、せめて半径500m以内に出来ませんか?」
「ちょっと、俺の扱い酷くないミネコ!?何で俺、こんな酷い扱いされて‥‥‥」
「ミネコさんの頼みでは仕方ないですニャー。500mで我慢しますニャー」
「500mって、十分遠いから!全然近くじゃないから!もう、カメラ的には枠外って言うか‥‥‥」
「画面の上に丸く縁取った顔写真を入れておけば大丈夫ですよ!」
「‥‥‥その場合、5kmでも良いんじゃにゃいかニャー?」
 武彦がポツリと呟き、ミネコと永が顔を輝かせる。 その方法で行けば50kmだろうが500kmだろうが、どれだけ離れていてもニャンコ戦隊ニャンレンニャーとして同じ画面に映る事が出来る。もっとも、カメラなんてどこにもないのだが。
「く、草間の馬鹿ーーっ!!」



☆ コーイチ登場 ☆



 コーイチ発見の知らせを受け、永達ニャンジャーはテクテク歩いてその場所まで向かった。
 ――― なんでこんな近くにおるのに分からんねん ‥‥‥
 ニャンジャー本部(仮名) ――― 実際はなんとかかんとか研究所どうだらこうたら部署云々と、仰々しい名前がついていた ――― から歩くことほんの数分、閑静な住宅街の真ん中にデンと建った巨大な城を見上げる。
 慎ましい周囲の家々を圧倒するかのような白亜のお城は、数百年朽ちるに任せておけば吸血鬼が住む城として周囲から怖がられそうな、そんな不気味さを纏っている。
「ネズミのくせにこんな良い所に住みやがって‥‥‥」
「いや、怒りのベクトルがおかしいから!」
 ――― ほんまミネコさんはネズミ嫌いなんやなぁ
 どんな過去があったのかはわからないが ――― 実はミネコのネズミ嫌いは十二支のお話からきているらしい ――― 憎々しげにお城を見上げるその瞳はかなり怖い。
「どうしますボス。ここは一気に爆破しますか?」
「なんでそうなるわけ?」
「ちまちま戦ってたら時間の無駄ですし、大抵ヒーローは勝つ定めなんですから、雑魚に時間をかけるなんて愚の骨頂じゃないですか! 雑魚なんてもんはねぇ、ヒーローが出てきた瞬間にやられれば良いんですよ。それしか能がないんですから」
 ――― えらい極論やなぁ
 しかも言っている事が悪役っぽい。
「とりあえず、お前はヒーローには向かないって言うことは分かった」
 ――― 賛成やわ
「何言ってるんですか!ニャンジャーの主役はあたしですよ!ミネコレーッド!!」
 ミネコが片手を高々と上げ、ポーズをきめる。 ひるる〜と、北風が吹くが、ミネコはそんなことは小指の爪ほども気にしていないようだった。むしろ、誰も何も言わなかったことから、全員がミネコ=レッドである事を容認していると思い込んでいる可能性が高い。
「もう、ミネコレッドでもミネコブラックでもミネコブルーでもミネコ群青色でもにゃんでも良いニャー。とっととネズ四天王とチューオウを倒してもとの世界に戻るニャー」
「何言ってるんですか、武彦さん!元の世界もなにも、武彦さんは最初からこの世界の住人じゃないですか!」
 ――― って言うか、群青色にツッコまんかい ‥‥‥
「それにな、草間。どうやってここに入るんだ?こんな、思いっきりセレブな場所に入るなんて‥‥‥」
 ちなみに、ボスはセレブに弱い。そして、権力にも弱い。
「普通にインターフォンを押せば良いんですニャー」
 不毛な言い争いを続ける武彦とミネコに、グズグズしているボス。そんな三人に任せていてはいつまでたっても先に進まないと言うことで、永が直々にインターフォンを押し込んだ。
「ああああぁぁあっ!!お、俺は知らないからな!十八金のネックレスとか、ルビーとかダイヤとかつけたマダムが出て来ても、俺は知らないからな!永が何とかしろよ!?」
「それ以前に、コーイチは男性ですニャー?」
 永の視線を受け、ミネコがコクリと頷く。ネズ四天王は全員男性で、チューオウも男性だと丁寧に説明してくれる。が、チューオウが男性なことは最初から分かっていた。もっとも、チューオウは人型ではなく完全なネズミ型のため、性別云々を言われても分からないだろうが。
「ふっはは、よく来たな、ニャンジャー諸君!」
 白亜のお城の両開きの扉が開かれ、バックに花を背負った ――― ご丁寧に手書きの背景を用意していたらしく、ペラペラの紙の前に立っている ――― 男性が金色の髪を掻きあげながら現れた。
 右手には赤ワインの入ったグラス、お風呂上りっぽくシットリと濡れた髪に、身体は純白のバスローブ ――― そして時刻は穏やかな昼下がりだ。場違いも良いところである。
 ――― いったいわぁ ‥‥‥
 あいたたたと、無意識のうちに頭を抱えてしまいそうになるが、右手を額に当てただけでなんとか堪えた。
「‥‥‥どうしましょうボス、どうやら間違えてしまったみたいですよ」
「え、何が?」
「ネズ四天王のコーイチと言えば、ネズミー国きっての兵です。そんな猛者が、あんな格好を‥‥‥あんな場違いで勘違いでナルシーで自意識過剰でダメな格好をしてあたし達を待ってるはずがないじゃないですか!」
 ――― うぅっわぁー、えっらい言われようやわぁ ‥‥‥
 手加減ナシのミネコの鋭い言葉に、コーイチが一瞬ぐらつく。どうやら精神的ダメージを負っているようだ。
「思いっきり正論だとは思うが‥‥‥」
「反論の言葉が思いつかにゃいニャー」
「正論で反論の言葉が思いつかないということは、やっぱりアレはコーイチじゃないんですよ!」
 コーイチでないのなら、バスローブも湯上りもワインも手書きの背景も全て許せない事もない。そう力説するミネコ。
「‥‥‥どうやら家を間違えたようだな、ミネコ」
 ――― ツッコミのくせになに納得してんねん!
「いやいや、思いっきりニャンジャーって言ってたにゃ」
「ニンジャーの間違いじゃないんですか?」
 ――― ニャンジャーを待ってる一般人もおかしいけど、ニンジャー待ってる一般人もおかしいやろ!?
「小さい“ャ”があるかないかの間違いでとんだ家に来てしまいましたねー」
 お邪魔しましたーと言って帰る気満々のミネコの背中に、コーイチが声をかける。
「ちょ、待てよ!俺こそがネズ四天王がうちの一人、コーイチさ‥‥‥」
「自分の名前に様つけるのって、切ないですよね。きっと誰からも敬われないので、せめて自分だけでも自分を敬ってあげようと言う、可哀想な一人二役なんですよねきっと」
 ――― また豪い極論がでたもんやなぁ ‥‥‥
「違うぞ!俺は人からも敬われ‥‥‥」
「てると思ってるのは自分だけで、周りはただ嘲笑っているだけ。裸の王様状態ですね」
 にっこり ――― 純粋な笑顔のはずなのだが、どこか邪悪な影を感じる。
「可哀想なコーイチさん。そもそも、四天王とかなんとかって言って、最初に出てくる人ってすぐやられちゃって、他の三人に“あいつは四天王の中でも一番弱くて”とか、色々言われちゃうんですよ。折角特攻隊長を務めたにもかかわらず、死してなお貶められる可哀想なコーイチさん」
「って言うか、可哀想可哀想連呼しないでくれない!?」
 ――― 随分煽ってるようやけど、ミネコさんは何を考えてるんやろ?
 何か作戦があるのだろう。ここは一先ず、成り行きを見守っていた方が良い。
「必殺技も何も持ってないんでしょう、可哀想なコーイチさん」
「だから、可哀想って言うなっつってんだろ!?それに、必殺技くらい持ってる!!」
「必殺技を持っているにもかかわらず、それを活用する機会のない可哀想なコーイチさん。そんな可哀想なコーイチさんのために、優しいあたしは必殺技を試す機会を差し上げます。可哀想なコーイチさんのために」
 ミネコの細い腕が武彦の腕に絡められる。ボスが門を開け、ミネコが武彦をドンとその中に押しやる。
「ニャンジャーの中でも一番下っ端の」
「下っ端ってにゃんにゃ!?いつの間に下っ端認定されたんにゃ!?」
「イエローです」
「にゃから、それもいつ決まったんにゃ!?」
 ――― そもそも、イエローが一番下っ端ってなんやねん
 レンジャーに階級はない‥‥‥‥‥はずだ。
「どうぞ必殺技の試し打ちをしてみてはどうです?」
「にゃんでにゃ!?にゃんで試し打ちをさせる必要があるにゃ!?」
「可哀想なコーイチさんだからです」
 ――― 草間さんは可哀想とは思わへんのやなぁ ‥‥‥
 不思議だ。どう考えたってこの状況で一番可哀想なのは武彦だ。
「ふん、そこまで言うんなら必殺技を見せてやらない事もない。今はそんな態度でいるけどな、きっとこの必殺技を見たらお前ら全員腰抜かすぞ!今更泣いて命乞いしたって遅いんだからな!」
 コーイチが胸の前で手を合わせ、聞き慣れない言葉の呪文を紡ぐ。周囲の風がざわめきだし、武彦が身の危険を感じて避難しようとするのをボスが羽交い絞めにして止める。
「安心しろ、ミネコに任せておけば大丈夫だ」
 ボスがそう囁いた次の瞬間、ミネコが地を蹴った。 猫と人のハーフと言うだけあり、その俊敏性は素晴らしい。 コーイチがミネコの接近に気づいた時には、すでに彼女の細い腕は宙に振り上げられていた。
「必殺☆猫パンチー!!」
 可愛らしい必殺技名とは対照的に、その威力は凄まじい。 コーイチが城の中に吹き飛ぶ。
「ちょ、俺の必殺技は‥‥‥」
「あんなに時間のかかる必殺技を、わざわざ待っているのもおかしいでしょう?」
 ――― 思いっきり正論や ‥‥‥
 正論だが、鬼畜だとしか思えない ―――



★ 三天王と覚醒モード ★



 チュートリオ発見の知らせを受け、ボスの車に乗り込むニャンジャー達。今度のところは徒歩圏内ではなく、車を使っていかなくてはならないらしい。どうしてそんな遠いところに住んでいるんだとミネコはぶつくさ文句を言っていたが、徒歩数分のところに敵のアジトがあるなんて方が間違っている。
 勇者の生まれ故郷の裏山に魔王が住んでいるようなものだ。 ――― そんな地理状況だと、勇者も魔王の一味ではないかと勘繰りたくなるではないか。
 コーイチの家が明らかなお城だったのに比べ、チュートリオが住んでいるのは至ってシンプルな一軒家だった。2階建てでさほど大きくなく、周囲の家々とも馴染んでいる。
 ここならば臆することなくインターフォンが押せると胸を張ったボスを、武彦が止める。
「わざわざ敵に知らせる必要があるのかニャー?」
「だって、コレ押さないと不法侵入じゃないか!」
「良いじゃないですかボス、些細なことですよ。正義と言う大義名分があれば、何をやっても許されるんですよ、勇者は」
「許されねぇよ!!何でそうなるんだよ!」
 ――― ミネコさんは敵に回したら恐ろしそうやわ
 あたしは勇者なんですから何をしても許されるんですよ! などと言う極論に走って何をされるか分からない。他の面々 ――― ボスと武彦 ――― は敵に回してもさして怖くはなさそうだが、ミネコだけはなるべくお友達でいた方が自分のためだろう。
「それで、どうするんですかにゃ?」
 インターフォンを押すのか、それともこのまま進入するのか。ミネコとボスの言い争いに、時々武彦が口を挟む。最初は穏やかだった話し合いがだんだん騒がしいものになり、このままじゃ相手に知られるのではないかと思った次の瞬間、扉が大きく開け放たれた。
「お前ら、そんなところでグチャグチャやってないでさっさと入って来いよ!!」
 銀髪碧眼、やたらゴテゴテとした飾りのついた服を着た、どう見てもアニメチックな青年の登場に、ミネコとボスが目を丸くする。武彦が一瞬遅れて振り返り、こちらも目が点になる。
「どうしましょうボス!明らかにあたし達の方がインパクトが少ないです!」
 ――― 別にインパクトなんていらんやろ ‥‥‥
「俺の名はチューニ。お前らを永遠にこの世界から葬り去ってやる者の名だ!冥土の土産に在り難く心に刻み込め!」
「どうしましょうボス!あんなトンデモな台詞なのに、ちょこっと格好良いとか思っちゃったんですけど!」
「まぁ、様になっていると言えば様になってるな」
「ネズ尻尾とネズ耳さえなければ物凄い美青年なのに‥‥」
 残念そうなミネコが、小さく溜息をつく。
 確かに目の前に居るチューニは、目を見張るほど美しい。すらりとした肢体と良い、繊細なつくりのパーツと良い、いくら大嫌いなネズミーの一員とは言え、俺様ドSミネコが見惚れてしまうのも分かる。
 ――― 絶世の美青年ってやつやな。‥‥‥日々の生活が大変そうやわ
 自身も美青年な永は、心の中で彼に向かって合掌した。彼くらいの美形ならば、道を歩くたびに大変な事になるだろう‥‥‥。
「あれ?でもミネコのタイプって猫っぽい人じゃなかったか?」
 ボスのそんな一言に、思わずズルリと滑りそうになる。
 ――― なんやねん!猫っぽい人って!
「えぇ。あたしは三角の耳がついていて、ふわふわの尻尾があって、目がクリっとしていて、カーテンを身軽によじ登れるような人じゃなければトキメキません。プニっとした肉球も必須ですね!」
 ――― そないな人間がおるわけないやろ!!
 あたしは男の趣味に関しては五月蝿いんですと言って胸を張るミネコ。たしかに、そんな男性はなかなかいないだろう。
「あの人は、ちょっと使えそうだなって思っただけです。ほら、最近うち、志願してくる人が少ないですから、ポスターのモデルとかやってもらったらどうかなーって思ったんです」
「敵をイメージモデルにしてどうするニャー!!」
 ――― ほんまやっ!!
 永が心のうちでそう叫んだ時、腰に来るバリトンが響き渡った。
「チューニ、何をグズグズしているんだ。さっさとニャンジャーを片付けてしまえ!」
「チューイチ兄さん!実は、ニャンジャー達が思いの外頭が悪くて‥‥‥」
「ヤツラの戯言に耳を貸す必要はあるまい。時間の無駄だ」
「そうだよチューニ兄さん。それとも、ボクが代わりにやっつけてあげようか?」
 チューニの背後から、黒髪の男性と茶髪の少年が現れる ――― が、どちらもチューニの美麗さをぶち壊しにするような普通外見だった。
「ちっ、チューイチもチューサンもコーイチ外見だったか‥‥‥」
 ――― あきらかにチューニだけ遺伝子が違うみたいやな
「ボクならほんの数分で片付けられるよ」
 チューサンがにっこりと微笑み、ブレザーの内ポケットからナイフを取り出すとクルクルと回し始めた。
「ボス、あのちびっ子ナイフなんて持ってますよ!」
「‥‥‥って言うか、コーイチよりも年下かにゃ?」
「ぼ、ボクはコーイチよりも年上だ!あいつが老けて見えるだけだ! ‥‥‥さぁ、誰からかかってくるの?」
「‥‥‥物凄くやる気満々みたいですけど、どうします?」
「どうするったってなぁ‥‥‥」
「とりあえず、名乗っておきます?」
「え、なんで?」
「漆黒の闇を抱き、夜の世界に暮らす聖天使 ――― 冷たい視線が敵をズキュン☆クールビューティーミネコ!」
 ビシリとポーズをキメ、武彦に何かを渡すミネコ。武彦がブンブンと首を振って嫌がっているが、俺様王様ミネコ様はそんな我が侭は許さない。
「桃色の風を抱き、桜の世界に暮らす聖天使 ――― 鈍らツッコミが敵をザシュン☆プリティハードボイルド武彦!」
 当然の如く永にも回ってきた紙を見て、思わず顔を歪めそうになる。こんなこっ恥ずかしい台詞を言いたくはないが、俺様王様ドS様はそんな我が侭は許してくれないだろう。
「青色の風を抱き、藍の世界に暮らす聖天使 ――― 敵も味方もフリーズドライ☆ダークメガネー永‥‥‥で、いいですかニャ?」
 頗るやる気がなさそうだが、一応言ってあげた永は偉い。ボスもソレに続こうと口を開き ―――
「「「ニャンジャー、集合!」」」
 味方全員にスルーされ、隅っこの方でメソメソしている。
「ふん、雑魚がいくら集まろうとも雑魚にしかなれまい」
「どうします、永さん。あのちびっ子はナイフ持って遊んでますし、いっそ警察に通報しますか?」
「いいえ。ここは勇者らしく、正々堂々と戦うんですニャ。さぁ、行きなさいニャー、ボス!」
「おいぃぃっ!!何命令してんだ勇者!!しかも物凄い良い笑顔で!って言うか、その笑顔微妙に黒いんだけど!!」
「勇者は最後に登場がお約束でしょうニャー」
「ンなわけねぇだろ!最後に登場するのは悪の親玉だぁぁあ!!」
「次、草間さんとミネコさんどうぞですニャー。私はじっくり戦略分析させて頂きますニャー」
「藤宮がこんなに腹黒いとは思わなかったニャー」
「あたしは最初から何となく同じモノを感じてたのですぐに分かりましたけれど。‥‥‥まぁ、良いです、ボスも武彦さんも足手まといなので隅っこの方でノンビリしててください」
 ミネコが三つ編を解き、ニヤリと邪悪な微笑を浮かべるとシャキーンと爪を伸ばした。
「あたしの前に出てきた奴らは、八つ裂きにしてやるニャー!」
 猫覚醒モードに入ったミネコを前に、ネズ四天王 ――― もっとも、今は三人しかいないが ――― が慌てて部下のゴで始まってリで終わる生物を呼び出すが、彼女の前には塵に同じだった。
 ミネコが蹴散らした敵の山を掻き分けながら、永がまだ意識のある者は強制的に眠りにつかせ、ネズ四天王のグッタリとした体から鍵を奪っていく。 ちなみに、チューニは身体に傷一つ負っておらず ――― どうやら一撃で気を失わされたようだ ――― ミネコとボスによって、お持ち帰りされていた。



☆ チューオウと破壊神 ☆



 鬼神の如く暴れまわったミネコが落ち着きを取り戻した後で、四天王から奪った四つの鍵を重ね合わせた。 鍵が重なった瞬間、突然世界が白く光り輝き始めた。鍵が七色の光りを白色の世界に撒き散らし、光りが弱まるに連れて鍵が溶け始める。カッと一瞬、目も開けていられないような光りが世界を満たし、ドスンと遠くで重たい何かが落ちる音が聞こえてきた。
 目を開けてみれば、はるか前方に有り得ないくらい巨大なネズミの張りぼてがあり、それは目の錯覚でなければ街を破壊しながらどんどん遠ざかって行っている。
 ――― あないなモン、有り得へんわあ ‥‥‥
「あれがチューオウニャー?」
「えぇ、そうです。 あたし達の心を合わせ、巨大ロボ・ニャンジャーを召喚するのです!」
「心を一つに‥‥‥」
 ――― ふっ、無理に決まっとるやん
 ミネコがさっと手を差し出し、ボスと武彦が手を重ね、永も渋々手を重ねる。
「漆黒の支配者☆クールビューティーミネコ!」
「桜桃の支配者☆プリティハードボイルド武彦!」
「青藍の支配者☆ダークメガネー永!」
「檸檬の支配者☆スッパイクエンサンボス!」


「「「「 ニャンコ戦隊ニャンレンニャー、集結!!! 」」」」


 合わさった手から力があふれ出し、凄まじい衝撃と共に地面に亀裂が入る。 すぐ後方の地面を割って出現した、子供の落書きのようなロボに武彦とボス、そして流石の永も閉口する。もっと格好良いロボを想像していたのに、アレでは乗る気も起きない。
「私がデザインしたんです。首元のリボンが可愛いでしょう?」
「‥‥‥あれは、なんですかニャ?」
「猫ですよ。それ以外のなにに見えるんです?」
「何に見えるかときかれると返答に困るな‥‥‥」
「それでは、早速乗り込みましょう。‥‥と、その前に、何処に乗るのかなんですが‥‥」
「それでは、私は頭担当で。勇者だから当然でしょうニャー?」
 キラキラとした微笑を受け、ミネコが渋い顔になる。
「永、お前これから勇者よりも魔王って名乗った方が良いぞ、その方がガッカリ感がない」
「何ですかにゃ、ガッカリ感とは?」
「仕方ないですね、それじゃぁ永さんが頭で‥‥‥」
「手足は思いっきり頑張って下さいニャー♪」
 永以外の全員が明後日の方に視線を投げ、小さく溜息をつく。
「良いですか、乗り込むときは右手を高く掲げ、乗る場所を言うんです。 例えばボスの場合は、スッパイクエンサンボス☆フット!と叫ぶんです」
「‥‥‥俺足決定なわけ!?」
「もう片方の足は武彦さんですよ」
「俺かニャ!?」
「クールビューティーミネコ☆ライトアーム!」
「ダークメガネー永☆ヘッド!」
「プリティハードボイルド武彦☆レフトフット!」
「スッパイクエンサンボス☆ライトフット!」


「「「「 ニャンジャー合体!!! 」」」」


 一瞬の浮遊感の後、永はニャンジャーの内部へと強制的に転送させられた。 目の前には使い方の分からない計器がズラリと並んでおり、大画面にはボスと武彦の困惑したような顔とミネコの落ち着き払った顔が映し出されている。
「シートベルトを着用してください」
 無機質な女性の声に従ってシートベルトをつける。 大画面に映し出されていた三人の顔が小さくなり、左右の端に押しやられる。代わりに画面いっぱいに映し出されたのは破壊を繰り返すチューオウの姿で、ビルをあっという間になぎ倒すと平屋を踏み潰した。
「とりあえず、前進しましょう!」
 ミネコの声に反応してドスドスと進むニャンジャーだったが ―――――
「「うおぉぉおおおぉぉぉおおお!!!!」」
 悲痛な叫び声が聞こえてくる。 切羽詰ったような声は、足元にいるボスと武彦のもので‥‥‥ロボが足を動かすたびに、急上昇と急降下を繰り返して大変な事になっている。
 走るのは危険だと判断したミネコが歩くようにと指示を出すが、歩いたからと言って上昇下降が緩やかになるだけで大して嬉しいとは思えない。 それに、歩く事によってチューオウとの距離は急速に離れて行ってしまう。
「このままでは、敵に置いてけぼりを食らった間抜けなヒーローになってしまいます!」
「必殺技とかはにゃいんですかニャー?」
「あるにはあるんですけど‥‥‥いえ、やっぱりやめましょう。危険です」
「どんな技ですかニャー?」
「ロケットパンチなんですけど‥‥‥このロボって危ういバランスで立っているので、ロケットパンチをするならば両腕一斉に発射しなくてはなりません。 挙句、外れた場合は失速するまで延々地球を回る事になります。あたしはそんな役目はゴメンです。絶対に‥‥‥」
 もしその役目を押し付ければ、末代まで呪われそうな雰囲気だ‥‥‥
「ほ、他には何かにゃいんですかニャ?」
「一撃必殺技があるにはあるんですけど‥‥‥」
「何でも良い、一発で終わるんならそれでやってくれ!」
 足元にいるボスが声を荒げる。 これ以上歩行を続けていたら、ボスも武彦も酔い始めてしまいそうだ。
「それでは、目の前にある赤いボタンを押してください」
 いつの間にかコチラに近寄って来ていたチューオウが、腕を振り上げる。 巨大生物のパンチは、乗っている人の身体にどれほどの衝撃を与えるか分からない。
 永と武彦、そしてボスとミネコが赤いボタンに手を伸ばし‥‥‥
「そう言えば、一撃必殺技って、具体的には ――― 」
 永の言葉が言い終わる前に、ポチリ、四つのボタンが押し込まれる。
 突然腕と足、胴体と頭がバラバラになったニャンジャーは、一斉にチューオウに突き刺さった。パーツごとに分かれたニャンジャーは、確実にチューオウの急所に突き刺さり、傾いだ体が地面に倒れこむ。
 ――― 一撃必殺技とは即ち、一撃必殺技なわけであって、事実上それ以上強い技はないのだが、それにしたって何故に自爆にも等しい事をしなくてはならないのか。
 お約束とでも言うべきか、謎の巨大生物は周囲の物を巻き込みながら、派手に爆発した。
 自爆ほど捨て身ではなかいが、結果は限りなくソレに近い物となり、チューオウに突き刺さっていたニャンジャーも、それに乗っていたニャンレンニャーも爆発に巻き込まれはしたのだが、そこはヒーロー、たかだか周囲数十キロメートルが吹き飛ぶ程度の爆発になんて負けていられない。自己再生能力は化け物なみだ。



★ 世界に平和が戻り ★



 焼け野原と化した大都会、東京の真ん中で、永と武彦はミネコとボスと向かい合っていた。
「永さんと武彦さんのお陰で、ネズミー達の野望は阻止されました。あたしは予め猫達に特殊な結界を施してありましたので、先ほどの爆発でも猫は無事です」
「人は!?って言うか、猫以外の全生物は!?」
「チーズも市場に出回るでしょうし、お年玉ももらえるでしょうし‥‥世界に、平和が戻りました」
「焼け野原の中心でそんなこと言われても、全然説得力がないんだけどぉおおお!!!」
「それでは、これはもう取れるんですにゃ?」
 永が自身の頭の上に生えている猫耳をグイと引っ張り ――――― 引っ張り‥‥‥と、取れない。
「これはどういうことにゃんですかニャ?」
「と、取れにゃいニャーーーっ!!」
「まだネズミーの下っ端が残ってますし、それに‥‥‥永さん、猫耳似合ってるので良いんじゃないですか? ‥‥‥まぁ、武彦さんはついでなんですけどね」
「今にゃんかボソっと言ったニャ!?」
 ――― そないな適当な理由、あるかーーーっ!!?
 内心の動揺を外には出さずに必死に耳を引っ張るが、抜ける様子は全くもってナイ。
 そうこうしているうちに、ネズ耳とネズ尻尾をつけたチンピラ風の男達に周りを囲まれ、さらには遠くからはパトカーのサイレンが聞こえて来る。
「ヤバイ、俺らを捕まえるつもりだぞ!」
「にゃんでですかニャ?」
「周りを見てみろ!焼け野原じゃねぇか!謎の巨大ロボを操って未曾有の大災害を引き起こした大悪党だよ俺達は!」
「とりあえず、ネズミー達を蹴散らしてから逃げましょう! あぁ、良いですねこう言うの。大抵勇者って、最初は悪者から追われてるもんですよねぇ」
 呑気にそんな事を言うミネコが、キックとパンチを駆使しながらネズミーを蹴散らして行く。 ボスもアレでいてなかなか強く、武彦も強い。永は三人が蹴散らした道を走りつつ、後に続いた。
 ――――― っていうか、なんでこんなんなんねんっ!!
 鬼神の如く暴れまわる三人の背中を見つめながら、急速に永の意識が闇に呑まれて行った ―――――



「‥‥‥んっ‥‥‥?」
 穏やかな昼下がり、窓から差し込む日差しとぬくぬくとした暖房の温かさにいつの間にか眠っていたらしい永は、顔を上げると未だにショボツク目を擦った。
「‥‥‥愉快な夢でしたニャー?」
 未だにニャー語が抜けきれてなく、苦笑する。
 それにしても、どうしてあんな夢なんて見たんだろう? 考え込む永の耳に、外で遊ぶ子供達の声が聞こえてくる。
「貴方の思い通りになんてさせないわ! ニャンコ変身!」
 ――― あぁ、コレか‥‥‥
 ニャンコ戦隊ニャンレンニャー。 主人公の少女が確か、ミネコと言う名前だ。
 月間少女テラーに漫画が連載されており、少女に限らず、全国的な人気を誇っている。
 永は読んだことはなかったが、ニャンレンニャーファンの知り合いなら何人もいる。
 外から聞こえてきたものをそのまま夢の中に引き入れるなんて単純だ。 そう思いながら苦笑した時、庭に誰かが立った。ギョッとして見てみれば、武彦が何かを抱えてボンヤリとした顔で突っ立っている。
「草間さん、どうしたんですか?」
「‥‥‥お前、ニャンコ戦隊ニャンレンニャーって知ってるか?」
 唐突な言葉に目を丸くしながら頷く。武彦がおもむろに持っていた箱を差し出し ――― 宛名は確かに永の名前だが、送り主の名前に覚えはない。
 ――― 笹原・美音子と棒田・鈴彦って、誰やろ?
「ささはら・みねこと‥‥‥ぼうだ・すずひこ?ミネコと、ぼうだ・すずひこ‥‥ぼうだ・すずひこ‥‥‥ぼ・す‥‥‥ボス‥‥‥」
 まさかと思いつつ、急いで箱を開ける。
「ニャンレンニャーって言うのはな、年齢性別を問わず大人気で、全登場キャラクターに熱狂的なファンがついてるらしい」
 お経のような台詞を聞き流しながら箱の中身を覗き込めば、月間少女テラーと見慣れないフィギュアが入っていた。 猫耳をつけたソレは、どこからどう見ても永と武彦だった。
「なんですかこれは‥‥‥」
 慌てて数冊入っていた雑誌を捲ってみれば、登場人物の欄に永と武彦の名前が入っている。 もっとも、多少苗字を弄られてはいるが、見る人が見ればすぐに分かってしまうレベルだ。
「それ、アニメもやってるんだけど、声が‥‥‥」
 サァっと、顔から血の気が失せて行く。 見る人が見れば、モデルが誰なのか分かってしまうようなイラストと名前と、さらには声までも本人の承諾なしに使われているらしい‥‥‥。
「永、今直ぐ支度をしろ。逃げるぞ‥‥‥」
 どうやらここに来るまでに色々あったらしい武彦が、虚ろな笑いを顔に張り付かせながら永の腕を引っ張り、一時武彦の知り合いの家に避難する事にした。
 熱狂的なニャンレンニャーブームは、ひとえに書き手の嵯浦・瑞子(さうら・みずこ)の不可思議さ ――― 取材の一切を拒否し、本名その他も謎に包まれている ――― と声優陣の不明さ ――― 無名の声優ばかりを使ったらしく、誰もが知らない名前ばかりだった ――― が火をつけた感が大きい。話し自体はお約束に乗っ取っており、登場人物達もやたら非現実的な性格をしていた。
 武彦がこの道のプロと太鼓判を押す人物に頼んで送り主である笹原・美音子や棒田・鈴彦のこと、そしてニャンレンニャーの書き手である嵯浦・瑞子の事を調べてもらったのだが、手がかりは何もつかめなかった。
 それから数ヵ月後、熱狂的なニャンレンニャーのブームは終わり、永にも平和な時が訪れたのだが、結局あの時のことがなんであったのかは分からない。 ほんの一時のニャンレンニャーブーム、不思議な夢、全てが幻のようにも思えるのだが、手元に残った月間少女テラーとフィギュアは消えはしない。
 嵯浦・瑞子の名も、ニャンレンニャーのブームの終わりと共にいつしか人々の記憶から忘れ去られていき、永の記憶からも淡く消滅して行ったのだった ―――
 そう、翌年のお正月までは ‥‥‥‥‥



 薄いガラス向こうに、腰まである長い髪を三つ編にし、眼鏡をかけた少女が立っていた。膝上のスカートに短めの白のコート、足元は茶色いブーツ。ブーツと同じ明るい色をした髪に、銀色に光る瞳。顔の作りは繊細で、体つきは華奢だが胸元は豊満だ。
 ――― なんや、この子?
 一瞬警戒するが、何しろ相手は18歳行くか行かないかくらいの少女だ。瞳の色はさておき、表情からは悪意も何も見受けられない。少女の吐いた息が白く風に流され、胸元で手を組むとブルリと震える。
 鍵を外し、ガラス扉を開いたのはほとんど無意識だった。
「どうしたん‥‥‥」
「 ――――― 見つけた‥‥‥‥‥」
 可愛らしい少女は、見た目と同じように細く可愛らしい声で嬉しそうにそう言うと、コートの中から何かを取り出し、永の腕を引っ張った。
 その細腕のどこにそんなパワーがあるのかと思うほどの強い力で引かれ、思わず体勢を崩す。
 倒れこむまいと足を踏ん張った時、何かが頭の上に乗せられた。
「貴方をモーモー戦隊モーレンモーの一員と認めます」
 ふわりとコロンの香りを撒き散らしながら少女はそう言うと、小ぶりの手鏡を暁に手渡した。

「な、なんやこモーーーーーっ!!??」

 ――――― って言うか、今年もこのパターンかいっ!!



☆ 特別付録 ☆


 * ニャンコ戦隊ニャンレンニャーブラック・スペシャルデータ *

名前:藤乃桜・永(ふじのざくら・えい)
年齢:25歳
職業:ニャンコ高校教師
家族構成:秘密
担当教科:書道
性格:穏やかで優しく柔らかな物腰‥‥‥だが中身は‥‥‥
初登場時:ニャンコ戦隊ニャンレンニャー第一話『ニャンレンニャー初陣!』
登場台詞:「漆黒の戦士エイブラック、この筆の動き、見切れますか?」

・主人公、笹原・美音子の思い人
・学園理事のボス、市谷・玲一(いちがや・れいいち)と仲が良い
→玲一は25歳にして学園理事を任される秀才で、容姿端麗
・ニャンコ特殊能力として、文字を自由自在に操る事が出来る

*萌台詞投票
・第三位 : 第二話『願いが叶う場所』より
「願いを無理矢理叶えて、満足ですか? 願いとは、自分で叶えるものでしょう?」
→教師として生徒を守ろうとする優しさと厳しさが垣間見えた一幕だった。

・第二位 : 第五話『夏に降る粉雪』より
「友達が欲しいのなら、どうしてそう言わないのです? 言わなくても分かって欲しいなんて、そんなのは我が侭です」
→クラスで孤立し、心を閉ざしてしまった少女を必死に助けようとする姿に感激した女性ファンが多いとか。

・第一位 : 第八話『破滅を願う者の末路』
「私の前に立ちはだかって、無事でいられるとは思わないで下さいね? ‥‥‥さぁ、この世へのお別れは済みましたか?」
→ニッコリと邪悪な笑顔を浮かべながら吐き捨てた台詞。一部のファンの心を掴んで放さないらしい。

・最終話『サヨナラの高き空』では美音子から想いを告げられるも優しく断り、学校を去って行く彼女を見守った。優しくも厳しく、少しだけ怖い永に未だにファンが多い。
・永と美音子の卒業後や、武彦と永の先生論争など、同人誌では永のその後や日常がバリエーション豊かに描かれている。
・永には実在するモデルがいるという話もあるが、定かではない。



END


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 6638 / 藤宮・永 / 男性 / 25歳 / 書家


 NPC / ミネコ
 NPC / ボス

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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もう三月になってしまいましたが‥‥あけましておめでとう御座います!
大変遅くなりまして申し訳ないです!!
OPからいきなりテンション高く発進した猫夢ですが、如何でしたでしょうか。
内心ではビシビシツッコミを入れつつ、口にする言葉は若干天然(?)を混ぜてみました。
ミネコと永さんのボケツッコミが書いていてとても楽しかったです!
誰コレ!?と言うレベルまで永さんの雰囲気を壊していない事を祈るばかりです‥‥
最後の特別付録は、本編との直接的な関係はありません。
月間少女テラーに出てきた、永さんをモデルにした藤乃桜・永がどんなキャラクターだったのかの簡単な説明です。
生暖かい目で眺めてくださればと思います。
それでは、ご参加いただきましてまことに有難う御座いました!