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<HappyNewYear・PC謹賀新年ノベル>


ネズミ年に見る猫の夢 〜 水色の星 〜



 年が明け、新たな始まりの爽やかな風に包まれた世界。
 新年の楽しみといえば、お雑煮に御節、凧揚げに福笑い、そして何より―――

 カツカツとブーツの踵を鳴らしながら、ミネコは眼鏡をすっと上げると自動ドアを通り抜けた。
 広い応接間の中央、タプンとした体型の男性がデスクに足を乗せて踏ん反り返っている。
「ボス、被害は拡大し続ける一方です。ネズミー達に洗脳された人々は、今では世界の9割に及んでいます。子供も親もお年玉をチューオウに捧げています」
「くそっ‥‥子供の楽しみ、お年玉を狙うとは‥‥!」
「彼らはそれでチーズを買い占めており、世界中の市場からチーズが姿を消しつつあります」
「チーズまで奪うとは、許すまじネズミーどもめっ!」
「挙句、猫を閉じ込める作戦に出ています。狭い部屋に押し込められる猫達‥‥許すまじ、ネズミーどもめっ!!」
 ミネコがフーっ!と髪の毛を逆立てる。彼女は猫と人のハーフなのだ。
「ボス、この状況を打開できるのはあたし達しかいません!」
「‥‥しかし、2人ではどうにも出来まい」
「確かに、チューオウもネズ四天王も強いと聞きますが‥‥」
「そもそも、ネズ四天王とは何なんだ?」
「ネズ四天王とは、チューイチ、チューニ、チューサン、コーイチの4人からなるネズミー国きっての兵で‥‥」
「おいおい、何だよ最後。何でコーイチ?チューって来てたのに何で最後だけそんな落ち!?」
「ボス、中学は3年生までですから」
「いや、知ってるって、そんな哀れむような目で見るなよ!知ってるっつの!でもさ、別に中学の話してるわけじゃなかっただろ!?」
「‥‥彼らを倒し、鍵を奪う事によって始めてチューオウの元へ行けるのです」
「上司の華麗なツッコミを無視かよ!」
「‥‥デボス、ここはネズミー達に洗脳されていない人間の中から適当に勇者を見繕いましょう」
「デボスって何だよ!思いっきりDの発音いらないだろ!?そもそも、適当にって、勇者がそんな切ない選ばれ方して良いのかよ!?」
「デス、事は一刻を争うのです」
「何でデス!?Dの発音いらねーっつってんだろ!?」
「確かに、普通の人間をネズミーの元へ行かせるのは酷です。そのため、あたしは夜を徹してコレを作りました」
 ミネコが背後から取り出したソレは‥‥‥猫耳、だった―――
「これを頭の上に乗せれば、ニャンコ戦隊ニャンレンニャーの誕生です!」
「ニャンコ戦隊ニャンレンニャー!?言い難っ!」
「適当に見繕った人間の頭にこれを乗せれば、必殺猫パンチと必殺猫ジャンプ、そして必殺ネコじゃらしが使えます!」
「‥‥最後の何だよ、どんな技!?」
「ちなみに、語尾がニャーになるのはお約束です」
「うわぁ‥‥‥」
「ボス、偏見はいけません。猫耳は種族です。どんな年齢でも似合うべきなんです!」
「そんな力いっぱい言われても‥‥」
「‥‥コレはネズミーに洗脳されていない人間の頭にしかくっつきません。そして、くっついたが最後、チューオウを倒すまで絶対に外れません」
「呪われてんじゃないのかソレ!?」
「ニャンコ戦隊ニャンレンニャーが全員集まり、ネズ四天王を倒して心が一つになった時、巨大ロボニャンジャーが出現します」
「ニャンジャー!?」
「チューオウはネズミのクセに巨大だと聞きます。最後はロボに乗っての戦いになるかと。‥‥おそらく巨大生物対巨大ロボの戦いですので周囲に莫大な被害が出るでしょうが、世界の猫の幸せのため、チーズのため、お年玉のため、ここは目を瞑って‥‥」
「瞑れるかーーーっ!!!」
「とにかく、猫の為に早いところ勇者っぽい人間を適当にとっ捕まえて猫耳を装着させましょう!」
「‥‥結局は猫のためかよ‥‥」



☆ ★ ☆ 水色の星の下 ☆ ★ ☆



 興信所に向かう道すがら、吹いた風に新しい年の始まりを感じる。
 どこか落ち着きがなく、それでいて厳かな不思議な空気を胸に吸い込み、マフラーに顔を埋めると肩を縮める。
 まだ雪こそ降っては来てはいないものの、曇天の空はいかにもそこから何かが舞い落ちてきそうだ。 鈍色の雲が、号泣の時を待っているようですらある。
 ――― もうお昼の時間だし、お雑煮を準備しないと ‥‥‥
 腕時計に視線を落とし、紙袋を持ち直す。野菜を買いに来たついでに立ち寄った古書店で探していた本を見つけ、衝動買いしてしまった。以前から欲しかった本なので後悔はしていないが、装丁の美しいその本は少し重すぎた。
 野菜を気にしながら足早に繁華街を通りを抜け、一本路地を入った時、目の前をのんびりと横断しようとしていた猫が驚いたように目を見開き、一目散に空き地に姿を消した。
 ――― あら? あの子、いつも興信所の方までお散歩に来る子よね?
 首輪をしているところを見ると、どこかの飼い猫なのだろうが、朝の早い時間だろうが夜遅い時間だろうが、彼の姿を見ない日はない。ここら一帯を仕切っているボス猫ではないかと想像していたが、彼からはボス猫の風格はにじみ出ていない。華奢で美しい毛並みを持つ彼は、地域を仕切るリーダーと言うよりは暖かなソファーの上で優しいご主人様に溺愛されている愛猫と言うポジションの方が似合う。
 ――― それにしても、おかしいわね
 人に飼われており、尚且つ人の住む場所を頻繁に訪れる彼は、当然人に慣れていた。初対面の相手にはあまり懐かないが、月日がたつうちに向こうから擦り寄ってくるようになり、シュライン・エマと白猫の関係は、現在のところ非常に良好だった。白猫はシュラインを見れば擦り寄ってくるし、彼女も彼の頭や背中を優しく撫ぜてあげるのが好きだった。
 シュラインの顔を見て喉を鳴らして擦り寄ってくることはあるが、あんな顔をして逃げられるなんてことは今まで一度もなかった。
 ――― 何に反応してあんな態度をとったのかしら?
 自分ではないことは確かだと確信し、振り返る。 ヒラリと視界の端で何かが揺れ、それがスカートだと認識した次の瞬間、頭の上に何かが乗った。
「 ――― 見つけた ‥‥‥」
 腰まである長い髪を三つ編にし、眼鏡をかけた少女は、近くで見れば驚くほど顔立ちが整っている事に気づく。 膝上のプリーツスカートに短めの白のコート、華奢な足は白く、声は外見に反しない細く美しいものだった。
「貴方をニャンコ戦隊ニャンレンニャーの一員と認めます」
 ふわりとコロンの香りを撒き散らしながら少女はそう言うと、小ぶりの手鏡をシュラインに手渡した。
 何が起きているのかまだ状況を整理できていなかったシュラインが素直に手鏡を覗き込み ―――

「ね、猫耳かしにゃん?」

 ――――― あらあら、言葉まで変わっちゃうのかしら ‥‥‥‥‥?



★ 4ニャンジャー ★



 クネクネと揺れる尻尾を見つめながら、シュラインは腰に手を当てて溜息をついた。
 長い前髪を払い、青色の瞳を細めると知的な顔に諦めの色を浮かべる。
「ふー。‥‥‥ま、突然バニー姿になるよりはマシにゃん」
 頭の上に乗った長いウサギの耳つきのカチューシャに、腕や足の露出が激しい衣装。尾てい骨部分についた白い尻尾が雪の塊のようなあの衣装に突然変えられてしまったら‥‥‥
「うん。風邪引いちゃうにゃん」
 年が明けてまだ日がたっていないこの時期、外は寒い。 北風は今がまだ冬だと言うことを主張しており、新しい年の到来に浮き足立つ人々を諌めているようでもある。
「頼まれてくれるかな、シュライン?」
 デスクに足を乗せ、踏ん反り返っているふくよかな体型の男性 ――― 物凄く偉そうだし、行儀が悪すぎる ――― がそう言って、不敵な笑顔を浮かべる。どう返したら良いものかと思案するシュラインの前で、彼は「あぁ、忘れていた」と小さく呟くと足をデスクから下ろして立ち上がった。
「私の名前はボス。本当の名前はもう、記憶の彼方だ。 ボスと呼ばれて長いんでね」
「記憶力が頗る悪いんですよ、うちのボスと言う名の下っ端は」
「うぉいそこっ!!何勝手に記憶力悪いとか決め付けて、尚且つ下っ端呼ばわりかよ!? どんだけ邪険に扱おうとしてるんだ!?」
「あたしはミネコって言います。一応ボスの直属の部下と言う事になっていますが、ぶっちゃけボスのが仕事出来ないんですよ」
 無能な上司を持つと部下が大変ですよねーと、シュラインの肩を叩き視線を向けた先には隅っこで三角座りをしてイジケている草間・武彦の姿があった。 彼もどうやら“勇者”として強制的に意見を挟む余地もなく無理矢理連れてこられたらしい。
「無能じゃないニャー。そして怪奇探偵でもないニャー」
「‥‥‥た、武彦さん、怪奇探偵のことはミネコさんもボスも言ってないにゃん」
「あぁ、どうして俺はいつもいつもいつもいつもいつも‥‥‥‥‥」
 いつもいつも‥‥‥と言う終わりなき言葉の連鎖を聞き流し、シュラインは武彦の気が済むまで言わせてやると微笑んだ。
「いつも、の先は?」
「こう言う変な事件に巻き込まれるニャー」
 頭を抱え、苦悩する彼の背中を優しく撫ぜる。 今更そんな事を嘆いたところでそうしようもない。
「変な事件とは何ですか、変な事件とは! 良いですか、これは猫世界の大ピンチなんですよ!猫のために力になれるという事を光栄に思いなさい!ただの人間めっ!!」
 ちなみに彼女は人間と猫のハーフで、どちらかと言えば身体的には人間だが心的には猫だ。
「それに、人間である貴方達に猫耳と猫尻尾、必殺技を3つもあげたんですよ!それこそ、感謝してください!」
「3つ?」
「えぇ、必殺☆猫パンチと必殺☆猫ジャンプ、そして必殺☆ネコじゃらしです!」
「だーかーら、最後の必殺ネコじゃらしってのはなんだっつの!!」
「うーん、必殺☆ネコじゃらしにゃん‥‥‥凄く心惹かれるにゃん」
 ――― 猫への興奮剤とかかしら?
 それならば‥‥‥
 チラリとミネコとボスに視線を向け、目だけで微笑む。 何かを感じ取ったボスが「いや、俺は普通の人間‥‥」と言いかけるが、現在彼に発言権はない。
「必殺☆ネコじゃらしー!」
 そう言ってみるものの、どう動いたら良いのか分からない。とりあえず右手を高く上げて左手を腰に当てる。
 ――― あら? 何も起こらないわね ‥‥‥
 キョトンとした顔のままのミネコに、猫への興奮剤ではなかったのかと思いなおした時 ――― 視界の端に巨大なネコじゃらしが動いているのに気が付いた。 ふさふさとしたネコじゃらしは太く、ゆらゆらと揺れるその様はこちらを誘っているようでもある。
 じーっと見ているうちに、右手が疼きだす。 アレを殴ってみたくて、アレにじゃれ付きたくてたまらない。
 ――― 必殺☆ネコじゃらしって、こう言うことなのね ‥‥‥
 けれどコレでは、必殺でもなんでもない。こちらが大ピンチになるだけではないか。
 ――― でも、必殺☆とつくからには何かあるんだろうけれど
 いったいこの魔法 ――― またの名を幻覚 ――― にどんな攻撃性があるのだろうか? そう考えつつも、、身体はジリジリとネコじゃらしに引き寄せられていく。ちなみに、意識して近付いているのではないため、シュラインからすればネコじゃらしがこちらに近付いてきているように感じる。
 もう直ぐで手が届く、そう思った瞬間、溜まらずに床を蹴った。 ネコじゃらしに思い切りタックルをかまし、必殺☆猫パンチをお見舞いする。ネコじゃらしがうねうねと動きながら部屋の隅に飛んで行き、それを追いかける。
 ――― むー、結構素早いのね、このネコじゃらし
 でも、負けないわ!
 そう気合を入れるシュラインの前で、ネコじゃらしがうねうねと動き、何かを発する。
「おい、ミネコ!これはどう言うことなんだ!?」
「必殺☆ネコじゃらしとは即ち、敵がネコじゃらしに見えると言う禁断の‥‥‥」
「おいぃいい!!俺めっちゃ仲間なんですけど!超仲間!思いっきり仲間!俺たちの心は一つだぜ!?」
「まぁ、仲間と言えば仲間でしょうけれど、グレーゾーンと言うか‥‥‥」
「何だよそれ!思いっきり仲間だろうが俺!最初から、最後まで!」
「あたしに言われたって分かりませんよー。シュラインさんの中ではボスは敵と見なされたんじゃないんですか?」
「嘘!?なんで!?えぇぇええ!? てか、治すにはどうすれば良いんだ!?」
「ボスが息絶えるか‥‥‥」
「そんなの選択肢に入れんなっ!!」
「もしくは、シュラインさんが自分で“あれ?このネコじゃらし何か変”と気づけばだんだんボスに見えるようになってきますよ」
「‥‥‥だんだんボスに見えてくるって、異様にグロテスクな映像になりそうな気がするニャー」
「あたしもそう思います。とってもとってもシュラインさんには同情します」
「俺への同情は!?」
 ――― あぁ、そう言うことだったの ‥‥‥
 ふっと、シュラインの前にあった巨大なネコじゃらしが消え、怯えたような目をしたボスの顔に取って代わる。
「そう言えば、必殺技ってその3つだけなのかにゃん?」
「えぇ、そうですよ。ビームとかは出ませんので、お間違いなく」
「そう。ま、そんなどうでもいい事は宇宙の果てに置いといてにゃん」
「おいいいぃぃいいいっ!!俺のこと散々殴っておいて宇宙の果てに置くのか!?不法投棄か!?」
「ボス‥‥‥自分からゴミ宣言するなんて‥‥‥いくらあたしでも、ボスの事を粗大ゴミ呼ばわりはまだしてませんよ。心の中に秘めて、いつ言おうかいつ言おうかと思っていたところなのに、先に言うなんて‥‥‥酷いです!」
「どっちが!?どっちが酷いの!?どー考えても俺可哀想!!」
「まぁまぁ、ボスもミネコさんも落ち着いてにゃん」
「って言うか、シュラインが話しの発端だからねコレ!!」
「こんな所でそんな言い争いをしていたって仕方ないにゃん。まずは四天王を探さないとにゃん」
 シュラインがそう言った時、部屋中に警報が鳴り響いた。
 耳障りで大音量な警報に思わず耳を塞ぎ、ボスとミネコに目を向ける。
「‥‥‥どうやら、コーイチの居場所が見つかったようだ」



☆ コーイチ登場 ☆



 コーイチの居場所を突き止めたと言う連絡を受け、一行は徒歩でその場所まで向かった。 繁華街を通り過ぎ、駅前広場を抜け、閑静な住宅街に入って行く。 和やかな住宅街に人の姿は疎らで、猫耳をつけた変な二人組み ――― 無論シュラインと武彦のことだ ――― に顔色を悪くするような人はあまりいなかった。
 お子様達も穏やかな昼下がりをノンビリと自宅で過ごしているらしく、変な猫耳の大人二人組みに泣かされるようなことはなかった。 公園で数人の子供たちが遊具で遊んでいたが、彼・彼女の目線の先には友人の顔か遊具しか映っておらず、すぐ近くの道を歩く猫耳の人には気づかなかった。
「ここですね」
 ミネコがそう言って足を止め、指差したのは見上げるほどに大きな白亜のお城だった。 周囲の慎ましい家々に溶け込むのを拒絶しているかのように、お城はツンと空を見上げている。
 鉄の門は重たげで、上部には鳥避けの鋭い杭が空に睨みをきかせている。 両開きの扉まで続く道はお城と同じ色で、両脇には花が植えられており、門の外から見えるギリギリのところには小振りの噴水らしきものが置かれている。
 噴水の水は止まっているようだが、夏になればそこから冷たい水が噴き出し、鋭い太陽光を浴びて七色に光る橋を浮かべるだろう。
「ネズミーのくせに、小生意気な‥‥‥!」
 ミネコがふーっと怒りに目を鋭く光らせる。毛が逆立ったような錯覚を受けるが、綺麗に編まれた三つ編には一縷の乱れもない。
「巻き上げたお年玉効果かニャー?」
「お年玉ってそんなに溜まるものなのか?」
「結構溜まると思うにゃん。親戚と疎遠がちになっている今、お年玉を貰う人数は少なくなっても一人に貰う額は増えてると思うにゃん」
 あげる大人としても、十人あげる相手がいた場合は一人千円ずつと思ってしまうが、二人しかいない場合は五千円くらいずつあげても良いかなと思ってしまうから不思議だ。 貰う相手も少ないんだろうなーなどと想像してしまう分、余計色をつけたくなってしまうのかも知れない。
 こんなにくれるの!?ありがとー! なんて、輝くばかりの笑顔で言われてしまったらもうノックアウトだ。その一年を悪させずに過ごせば、来年のお年玉も同じ額か、もしくはアップを期待できる。
 ――― まぁ、こんなこと考えてる子なんていないでしょうけれど ‥‥‥
「子供がおもちゃとかお菓子とか買おうとしていたお金で贅沢をするなど、許せん!」
「そうですよ!猫のためのお金がネズミーに使われるなんて!」
「‥‥‥いつ猫のためのお金になったんにゃー?」
 武彦の発言を軽く無視し、ミネコがインターフォンを押し込む。
 幾ら相手がネズミーとは言え、一応ここは東京だ。法律を遵守しようとしている ――― わけではなく、ただ単に鳥避けの鋭い杭が上部についた冷たい鉄の門をよじ登るのがタルかっただけだろう。 むしろ彼女の態度からは、猫様がじきじきにやって来たんだから、お前から出てくるのが当然だろ!と言う、高圧的な雰囲気がにじみ出ている。
「はい、コーイチですが‥‥‥」
「お前を抹殺しに来た」
「‥‥‥いきなりかよ!てか、ストレートすぎじゃね!?」
 もっとオブラートに包んでものを言えと声を荒げるボスを押し止めるミネコ。
「んもー、しょうがないですねー!オブラートに包むんでしょう?えーっと‥‥‥貴方を殺害しに参りました」
「口調が丁寧になっただけで全く何も変ってないんだけど!?」
「そもそも、もう言っちゃった後だにゃー」
 どんなにオブラートに包もうが手遅れだと言う武彦。物凄く正論だ。
「武彦さんの言うとおりです!進んでしまったものは仕方ないんですよー! ボスはジャングルに連れて来られてもこれはきっと夢だと言い聞かせてなかなか進もうとしないドンクサイタイプですね、きっと!そうこうしているうちにライオンとかが現れて大ピンチになっちゃうんですよ!」
「何の話をしてるんだーーーっ!!?」
「良いですかボス、どんなに有り得ないことでも、他に可能性がないならそれが真実なんです。ですから、ジャングルに連れてこられたと言う事実がいかに有り得なさそうな真実味のないことでも、現実なんです。‥‥‥目を逸らしちゃいけませんよ、ボス」
「そんな優しい瞳して、なにわけの分からないこと言ってんだーーーっ!!!」
 ポンとボスの肩を優しく叩き、親指を突き上げるミネコ。
「なんなのこの子!どう言う思考回路してんの!? もう、最近の若者の言動にはついていけない!!」
 君達はついていけるか?と視線で問われるが、シュラインも武彦もボスより年上だ。 ボスは以外や以外、実年齢は25歳だった。
「ま、まぁミネコさんもボスも落ち着くにゃん」
「そうだにゃー。今はコーイチのことを考えるべき‥‥‥」
 武彦の言葉がハタと止まる。 そう言えば、この揉め事の発端はコーイチに暗殺者紛いの台詞を吐いたからだ‥‥‥。 そして現在、そのコーイチはインターフォンの向こう側で寂しく沈黙を保っている。
「こー、コーイチさん、聞いてるにゃん?」
「‥‥‥えぇ‥‥‥聞い、ます。‥‥‥あ、あの‥‥‥ぼ、僕、もう発言しても‥‥‥良い、のでしょう‥‥‥か? ‥‥‥皆さん、の‥‥‥言い合いの邪魔、を‥‥‥したら、悪い気がして‥‥‥。ぼ、僕って‥‥‥所詮は、雑魚キャラ‥‥‥です、から‥‥‥」
 自虐キャラのコーイチを前に、こちらも思わず必死になる。
「ご、ごめんなさいコーイチさん!決してあたしもボスもコーイチさんを無視していたわけじゃなく‥‥‥」
「そ、そうだぞコーイチ!自信を持て! 俺ら、あんな言い合いをしつつも心はお前に向いてたさ!」
「元気出すにゃーコーイチ!」
「そうよ!雑魚キャラなんて言っているけど、コーイチさんは立派に主役級だにゃん」
 思うに敵キャラは不敵で俺様だから倒し易いのであって、ここまで自虐的で暗いと非常に倒し難い。 ヒーローとして、なんとかあの手この手で宥めすかし、どうにかやる気を復活させると額に浮かんだ玉のような汗を拭って表情を引き締めた。
「さぁ、来なさいコーイチ!あたし達が相手よ!」
 玄関の脇でコソコソしていたコーイチが、ミネコの言い方に尊敬の眼差しを浮かべる。 鼻先まで伸びた前髪と良い、ダボっとしたTシャツとジーパンと良い ――― これは服が大きいのではなく、コーイチがやたら細いのだ ――― オドオドとした態度と良い、見るからに弱々しい。
「‥‥‥あ、あの‥‥‥ぼ、僕‥‥‥な、何をすれば‥‥‥い、良いのでしょう‥‥‥か‥‥‥?」
 オドオドビクビク、オドビクビク。視線はキョロキョロ不安そうに宙を漂っている。
「‥‥‥ボス、ひっじょーに倒し難いんですけど」
「同感だにゃー」
「しかし、鍵がないことにはチューオウを‥‥‥」
「あ、か‥‥‥鍵、が‥‥‥欲しい、んです‥‥‥か?‥‥‥そ、それ‥‥‥なら‥‥‥」
 鍵をポケットから差し出し、どうぞと呟くコーイチ。
「‥‥‥コーイチさんって、ネズ四天王にゃん?ネズミー国きっての兵で‥‥‥」
「ぼ、僕‥‥‥あ、頭が‥‥‥良い、だけ‥‥‥だか、ら‥‥‥」
 シーン。
 ニャンコ戦隊ニャンレンニャーが沈黙する。 こんな戦隊物のアニメがあったらリモコン投げるぞ俺は!と大声で訴えるボスを無視し、シュラインが代表でコーイチから鍵を受け取る。
「やっぱり、何事も平和的解決が一番にゃん」
「ぼ、僕も‥‥‥そう、思い‥‥‥ます‥‥‥」



★ 三天王と必殺☆問題集 ★



 無事にコーイチを平和的に倒したニャンレンニャーは、他の天王の居場所を突き止めるとボスの車に乗り込んだ。 白のワゴン車のハンドルを握るのは何故か武彦で、この車の持ち主の彼は「俺、生粋のペーパードライバーだから!」と意味の分からない事をのたまっていた。
 生粋のペーパードライバーと言う意味が分からなく、困惑するシュライン。
 ――― もしかして、免許取ってから一度も乗ってないのかしら ?
 もしそうだとすれば、何のために取ったのか問いただしたくなる。
「それにしても、コーイチさん、嬉しそうでしたねー」
「夢が叶ったってしきりに感謝されたにゃー」
 俺は別に何もしていないのにと、少し照れたように武彦が頬を掻く。
 実はコーイチ、ミネコとボスにスカウトされてニャンレンニャーに入隊したのだった。 もっとも、下っ端である彼は雑用しか仕事がないのだが、いつかは昇格してヒーローになるんだと、夢を膨らませていた。
 ちなみに、他の天王の居場所をバラしたのも彼だ。
「コーイチさん、顔立ちも可愛かったにゃん。ミネコさん、あんな子はどうかしにゃん?」
「そうですねー。ネズ耳とネズ尻尾は今日中にでも猫耳と猫尻尾に変えますし‥‥‥なかなか良いですね」
「ミネコは猫フェチで、猫っぽい人が好きなんだ」
「もう、肉球とか最高ですよね!」
 ――― 人に肉球ってないわよね ‥‥‥?
 ミネコのあまりにもキラキラとした瞳と堂々とした発言に、一瞬自分の手を見下ろしてしまうシュライン。猫耳と猫尻尾はついているもののそのほかの部分は人間であるシュラインには、当然ながら肉球はない。
「でも、コーイチさんは気をつけたほうが良いですね。顔立ちが可愛い系ですし」
「ニャンレンニャー本部では可愛い子系の男の子が好きなお姉様がたくさんいるとかにゃん?」
「いいえ。ボスが‥‥‥」
 え!? っと、驚きの視線を向ければ、ボスが思い切り首を振っていた。
「言っておくが、男は対象外だ!」
「‥‥‥どーだか。ボス、猫耳好きですし」
「そうだったの‥‥‥」
「あたし、ニャンレンニャー本部に来た時は猫耳もついてましたし、語尾にもにゃーをつけて喋ってました。でも、何処かの誰かさんが“猫耳眼鏡っ娘、はぁはぁ”ととんでもない事を耳元で囁きやがったので、あたしはその場で耳を引きちぎり、血の滲むような努力をしてにゃーを言わないようにしたんです」
 ――― 相当イヤだったのね ‥‥‥
 ミネコに同情しながらボスに冷たい目を向けた時、車は大きな屋敷の前で止まった。
「ついたぞ」
「‥‥‥また大きなところですね」
 ミネコが忌々しそうに呟き、車から降りると躊躇なくインターフォンを鳴らす。 どうやら彼女の中では先ほどの対コーイチ戦のことが根強く残っているらしく、今回もあの手の雰囲気の人だろうと信じて疑っていない。
「はい、ネズ四天王ですが」
「すでに四天王でもなんでもないじゃないですか!」
「ふん、その声はニャンレンニャー」
「ブッブー!あたしの名前はミネコです。勝手に改名しないで下さい!」
 小学生の口喧嘩の方がまだ高度なやり取りをするだろうと言うような低レベルの争いを繰り広げる二人。
 ――― 今度もそう大したことはなさそうね
 ほっと安堵したのも束の間、両開きの扉が開くと中から三人の少年が姿を現した。 三人とも、名前に違わぬ中学生っぷりだ。
「私達はネズ‥‥‥」
「漆黒の闇を支配し、月夜の晩を跪かせる ――――― 冷たい視線が敵をズキュン☆クールビューティーミネコ!」
 敵の名乗りに被せるようにミネコがポーズをキメ、他の三人にも続くように目を向ける。
「桜色の風を支配し、桃色の花を跪かせる ――――― 煙草の煙が敵をモヤン☆プリティーボイルド武彦!」
 武彦の名乗りに、武彦さんがピンクだったなんて‥‥‥と一瞬目が点になるが、そこは恋する少女は盲目なのよ原理であっさりスルーすると腕を胸の前でクロスさせ、武彦の隣に立つ。
「空色の水を支配し、水色の空を跪かせる ――――― 天然ボケが敵をポカン☆ツッコミレディーシュライン!」
「檸檬の‥‥‥‥‥」

「「「 ニャンコ戦隊ニャンレンニャー!!敵は木っ端微塵にしてやるにゃー! 」」」

「おいぃいいいっ!!!俺の名乗りは!?」
「ふん。ニャンコ戦隊ニャンレンニャ‥‥‥女子供を含むたかが三人でネズ四天王に勝てるとでも思ったのか!?」
「なにそれ!?三人って、誰抜かしちゃってるわけ!?俺か!?俺なのか!? って言うか、ネズ四天王四天王五月蝿いんだっつの!お前らもう四天王でもなんでもないし!!」
「‥‥‥ちょ、外部の方は黙っていてくれませんか?」
「外部の方じゃねええぇぇっ!!」
 ミネコのボケ(?)に本気ツッコミを入れ、むせまくるボス。 あまりにも惨めな雰囲気だったため、思わず彼の背中を撫ぜてやる。
 こちらがボスのことで手一杯になっている間、ネズ三天王がなにやらヒソヒソ相談をするとそれぞれの立ち位置を確認し、右手を高く上げた。
「私の名前は‥‥‥」
「そうだわ、これを渡すのを忘れるところだったにゃん」
 どうやら名乗りを上げようとしている三天王の言葉に声を被せると、シュラインは数冊の本を差し出した。
 表紙には“象さんのみるみる分かる現代文”や“わんちゃんのペラペラ喋れる英語”と書かれている。
「チューサンさんなんて特に、今年高校受験にゃん? この問題集、とっても良いから使ってみてにゃん。チューニさんもチューイチさんも、自分はまだまだだって思ってるかも知れないけれど、受験って言うのは早め早めにやっていて損はないにゃん」
 特に大学受験の時なんて、中学時代の基礎ができていなければダメだ。
「だから、まだ大丈夫なんてことはないにゃん。直前で焦ってやるよりも、今からコツコツやり始めていた方が良いにゃん」
「「「た、確かにそうだな‥‥‥」」」
 納得した三人が問題集を真剣な眼差しで見つめ ――― ふと顔を上げるとハッ!とした表情になった。
「あ、危うく騙されるところだった!! 俺達はネズ四天王で、お前達はニャンレンニャー!」
「くそう、ニャンレンニャーめ、小賢しいマネを!」
「こんなもので騙されてたまるかーっ!!勝負しろ、ニャンレンニャー!」
 一応参考書や問題集は脇に置き、三天王がズボンのポケットからナイフを取り出す。
「ダメじゃない、そんなの持ってにゃん。 ‥‥‥ミネコさんも武彦さんもボスも、ちょっと耳を塞いでてにゃん」
 何のことだか分からないと言うような顔をしていたものの、素直に応じたミネコとボス。三人がきちんと耳を塞いだのを確認すると、シュラインは息を吸い込み、吐き出した。
 人間の耳では聞こえない音域の声が三天王を襲い‥‥‥バタリと倒れさせる。 もう手を放しても大丈夫よと合図を出す。ミネコが耳から手をどけると今目の前で起こったことが夢ではなかったのか、確認するように目を擦り、パチパチと瞬きをする。
「大丈夫、脳震盪を起こしているだけだにゃん」
「シュラインさんって凄いんですね!」
 流石はあたしが見つけた猫勇者様です!と嬉しそうにはしゃぐミネコ。
 ――― それにしても、いつの間に“猫”勇者になったのかしら ‥‥‥?



☆ チューオウと破壊神 ☆



 三天王も平和的(一応)に倒したところで、四人から貰ったり奪ったりしてそろえた鍵を見つめる。
「これをあわせたらチューオウが出現するんですけど‥‥‥」
「ねぇ、チューオウってどこにいるのかわからないにゃん?」
「え?あぁ、分かってますよ。田中さん家の使われていない倉庫の片隅にいます。この鍵を重ねるとチューオウが巨大化して‥‥‥」
「それって、巨大化させる意味あるのかにゃー?」
「そうよにゃん。どうせなら、ロボに乗り込んでその倉庫ごと踏み潰してはどうかにゃん?使われていないみたいだし、折角動けないところにいるにゃんし。‥‥‥駄目にゃん?」
 可愛らしく首を傾げるシュラインに、ミネコとボスが思い切り首を振る。
「駄目です!そんなの、折角の見せ場がなくなっちゃうじゃないですか!巨大生物対巨大ロボの白熱した戦いのシーンがっ!!」
「別にそんなのいらないにゃー」
「武彦さんがいらなくても、テレビの前にちびっ子には必要なんです!」
「‥‥‥テレビって言っても、別にコレはテレビじゃないにゃん」
「だいたいシュライン、ヒーローが動けない敵を踏み潰すなんて外道なことやってどうする!」
 最小限の被害で済みそうなのに、わざわざ巨大化させて被害を大きくさせようとしている方が外道だ。
「とにかく‥‥‥」
 ミネコが大急ぎで四つの鍵を重ね合わせた。 鍵が重なった瞬間、突然世界が白く光り輝き始めた。鍵が七色の光りを白色の世界に撒き散らし、光りが弱まるに連れて鍵が溶け始める。カッと一瞬、目も開けていられないような光りが世界を満たし、ドスンと遠くで重たい何かが落ちる音が聞こえてきた。
 目を開けてみれば、はるか前方に有り得ないくらい巨大なネズミの張りぼてがあり、それは目の錯覚でなければ街を破壊しながらどんどん遠ざかって行っている。
「あぁ‥‥‥出て来ちゃったにゃん」
「今こそあたし達の心を合わせ、巨大ロボ・ニャンジャーを召喚するのです!」
 ミネコがさっと手を差し出し、ここまで来ては仕方ないと観念したシュラインと武彦が手を重ね、ボスが最後に手を乗せる。
「漆黒の支配者☆クールビューティーミネコ!」
「桃色の支配者☆プリティーボイルド武彦!」
「空色の支配者☆ツッコミレディーシュライン!
「檸檬の支配者☆スッパイクエンサンボス!」


「「「「 ニャンコ戦隊ニャンレンニャー、集結!!! 」」」」


 合わさった手から力があふれ出し、凄まじい衝撃と共に地面に亀裂が入る。 すぐ後方の地面を割って出現した、子供の落書きのようなロボにシュラインと武彦、ボスが閉口する。もっと格好良いロボを想像していたのに、アレでは乗る気も起きない。
「私がデザインしたんです。首元のリボンが可愛いでしょう?」
「‥‥‥ミネコさん、アレは猫にゃん?」
「そうですよ。何に見えるんですか?」
「何に見えるかときかれると返答に困るな‥‥‥」
「それでは、早速乗り込みましょう。‥‥と、その前に、何処に乗るのかなんですが‥‥」
 ミネコがジロジロと三人を見比べ、よしと小さく頷くとシュラインに指先を向けた。
「シュラインさんはボディー、武彦さんとボスは足で」
「えぇぇぇ!?」
「ミネコはどこに乗るにゃー?」
「あたしは当然、頭です!異論は受け付けませんよ! それでは、右手を高く掲げ、乗る場所を言ってください。 例えばボスの場合は、スッパイクエンサンボス☆レフトフット!と叫ぶんです」
「分かったにゃん。ツッコミレディーシュライン☆ボディー!」
「クールビューティーミネコ☆ヘッド!」
「プリティーボイルド武彦☆ライトフット
「スッパイクエンサンボス☆レフトフット!」


「「「「 ニャンジャー合体!!! 」」」」


 一瞬の浮遊感の後、シュラインはニャンジャーの内部へと強制的に転送させられた。 目の前には使い方の分からない計器がズラリと並んでおり、大画面にはボスと武彦の困惑したような顔とミネコの落ち着き払った顔が映し出されている。
「シートベルトを着用してください」
 無機質な女性の声に従ってシートベルトをつける。 大画面に映し出されていた三人の顔が小さくなり、左右の端に押しやられる。代わりに画面いっぱいに映し出されたのは破壊を繰り返すチューオウの姿で、ビルをあっという間になぎ倒すと平屋を踏み潰した。
「とりあえず、前進しましょう!」
 ミネコの声に反応してドスドスと進むニャンジャーだったが ―――――
「「うおぉぉおおおぉぉぉおおお!!!!」」
 悲痛な叫び声が聞こえてくる。 切羽詰ったような声は、足元にいるボスと武彦のもので‥‥‥ロボが足を動かすたびに、急上昇を急降下を繰り返して大変な事になっている。
 走るのは危険だと判断したミネコが歩くようにと指示を出すが、歩いたからと言って上昇下降が緩やかになるだけで大して嬉しいとは思えない。 それに、歩く事によってチューオウとの距離は急速に離れて行ってしまう。
「このままでは、敵に置いてけぼりを食らった間抜けなヒーローになってしまいます!」
「必殺技とかはないのにゃん?」
「あるにはあるんですけど‥‥‥ロケットパンチなんです。今は腕に誰も乗ってないですし‥‥‥」
 腕の乗組員がいないと発射できないと言う、お馬鹿な仕掛けらしい。
 ――― 腕に誰か乗ってたら、それこど発射できないじゃない ‥‥‥
「しかも、このロボって危ういバランスで立っているので、ロケットパンチをするならば両腕一斉に発射しなくてはなりません。 挙句、外れた場合は失速するまで延々地球を回る事になります」
「他にはなにもないにゃん?」
「一撃必殺技があるにはあるんですけど‥‥‥」
「何でも良い、一発で終わるんならそれでやってくれ!」
 足元にいるボスが声を荒げる。 これ以上歩行を続けていたら、ボスも武彦も酔い始めてしまいそうだ。
「それでは皆さん、目の前にある赤いボタンを押してください」
 いつの間にかコチラに近寄って来ていたチューオウが、腕を振り上げる。 巨大生物のパンチは、乗っている人の身体にどれほどの衝撃を与えるか分からない。
 シュラインと武彦、そしてボスとミネコが赤いボタンに手を伸ばし‥‥‥
「そう言えば、一撃必殺技って、具体的には ――― 」
 シュラインの言葉が言い終わる前に、ポチリ、四つのボタンが押し込まれる。
 突然腕と足、胴体と頭がバラバラになったニャンジャーは、一斉にチューオウに突き刺さった。パーツごとに分かれたニャンジャーは、確実にチューオウの急所に突き刺さり、傾いだ体が地面に倒れこむ。
 ――― 一撃必殺技とは即ち、一撃必殺技なわけであって、事実上それ以上強い技はないのだが、それにしたって何故に自爆にも等しい事をしなくてはならないのか。
 お約束とでも言うべきか、謎の巨大生物は周囲の物を巻き込みながら、派手に爆発した。
 自爆ほど捨て身ではなかいが、結果は限りなくソレに近い物となり、チューオウに突き刺さっていたニャンジャーも、それに乗っていたニャンレンニャーも爆発に巻き込まれはしたのだが、そこはヒーロー、たかだか周囲数十キロメートルが吹き飛ぶ程度の爆発になんて負けていられない。自己再生能力は化け物なみだ。



★ 世界に平和が戻り ★



 焼け野原と化した大都会、東京の真ん中で、シュラインと武彦はミネコとボスと向かい合っていた。
「シュラインさんと武彦さんのお陰で、ネズミー達の野望は阻止されました。あたしは予め猫達に特殊な結界を施してありましたので、先ほどの爆発でも猫は無事です」
「人は!?って言うか、猫以外の全生物は!?」
「チーズも市場に出回るでしょうし、お年玉ももらえるでしょうし‥‥世界に、平和が戻りました」
「焼け野原の中心でそんなこと言われても、全然説得力がないんだけどぉおおお!!!」
「それじゃぁ、これはもう取れるにゃん?」
 シュラインが自身の頭の上に生えている猫耳をグイと引っ張り ――――― 引っ張り‥‥‥と、取れない。
「ど、どういうことにゃーーー!!!??」
 同じく取れない武彦が、声を荒げる。
「まだネズミーの下っ端が残ってますし、それに‥‥‥シュラインさん、猫耳似合ってるので良いんじゃないですか?‥‥‥武彦さんはついでですけれど」
「そんな事を言われてもにゃん‥‥‥」
 必死に耳を引っ張るが、抜ける様子は全くもってナイ。
 そうこうしているうちに、ネズ耳とネズ尻尾をつけたチンピラ風の男達に周りを囲まれ、さらには遠くからはパトカーのサイレンが聞こえて来る。
「ヤバイ、俺らを捕まえるつもりだぞ!」
「どうしてにゃん!?」
「周りを見てみろ!焼け野原じゃねぇか!謎の巨大ロボを操って未曾有の大災害を引き起こした大悪党だよ俺達は!」
「とりあえず、ネズミー達を蹴散らしてから逃げましょう! あぁ、良いですねこう言うの。大抵勇者って、最初は悪者から追われてるもんですよねぇ」
 呑気にそんな事を言うミネコが、キックとパンチを駆使しながらネズミーを蹴散らして行く。 ボスもアレでいてなかなか強く、武彦もかなり強い。シュラインは周囲の音に気を配りながら三人の後に続いた。
 ――――― どうしてでこんな事になっちゃったのかしら ‥‥‥
 鬼神の如く暴れまわる三人の背中を見つめながら、急速にシュラインの意識が闇に呑まれて行った ―――――



「う‥‥‥んっ‥‥‥?」
 穏やかな昼下がり、窓から差し込む日差しとぬくぬくとした暖房の温かさにいつの間にか眠っていたらしいシュラインは、顔を上げると未だにショボツク目を擦った。
「変な夢を見たわ‥‥‥」
 どうしてあんな夢なんて見たのかしら? 考え込むシュラインの耳に、テレビの発する音が聞こえてくる。
『貴方の思い通りになんてさせないわ! ニャンコ変身!』
 ――― あぁ、コレのことね‥‥‥
 ニャンコ戦隊ニャンレンニャー。 主人公の少女が確か、ミネコと言う名前だ。
 月間少年テラーに漫画が連載されており、少年に限らず、全国的な人気を誇っている。
 シュラインは読んだことはなかったが、ニャンレンニャーファンの知り合いなら何人もいる。
 テレビから聞こえてきたものをそのまま夢の中に引き入れるなんて、我ながら単純ね。 そう思いながら苦笑した時、興信所の扉が開いた。
「武彦さん、どうしたの?」
 蒼白の顔色とどんよりとした表情に慌てて近付く。 武彦が後ろ手で扉を閉め、鍵を掛けると手に持っていたダンボール箱をシュラインに差し出した。
「シュライン、ニャンコ戦隊ニャンレンニャーって知ってるか?」
 唐突な言葉に目を丸くしながら頷き、武彦の手の中にある箱に視線を落とす。宛名は確かにシュラインと武彦の名前だが、送り主の名前に覚えはない。
 ――― 笹原・美音子と棒田・鈴彦って、誰かしら?
「ささはら・みねこと‥‥‥ぼうだ・すずひこ?ミネコと、ぼうだ・すずひこ‥‥ぼうだ・すずひこ‥‥‥ぼ・す‥‥‥ボス‥‥‥」
 まさかと思いつつ、視線を上げる。武彦が安いカラクリ人形のように、無表情でコクコクと頭を前後に動かしている。
「ニャンレンニャーは年齢性別を問わず大人気で、全登場キャラクターに熱狂的なファンがついてるらしいん」
 そうなの。 そう返事をしながら箱を開け、中を覗き込めば、月間少年テラーと見慣れないフィギュアが入っていた。 猫耳をつけたソレは、どこからどう見てもシュラインと武彦だった。
「なにこれ‥‥‥?」
 慌てて数冊入っていた雑誌を捲ってみれば、登場人物の欄にシュラインと武彦の名前が入っている。 もっとも、多少苗字を弄られてはいるが、見る人が見ればすぐに分かってしまうレベルだ。
「ここから先は一歩も行かせないわ!」
 聞き慣れた声がテレビから流れ、シュラインはビクリと肩を震わせた。
 恐る恐る振り返ってみれば、そこには雑誌の中にいたシュラインが出ており ――― 声までも、シュラインのそれと全く同じだった。
 サァっと、顔から血の気が失せて行く。 見る人が見れば、モデルが誰なのか分かってしまうようなイラストと名前と、さらには声までも本人の承諾なしに使われている‥‥‥。
「とりあえず、ここは安全だ‥‥‥多分‥‥‥」
 熱狂的なニャンレンニャーブームは、ひとえに書き手の嵯浦・瑞子(さうら・みずこ)の不可思議さ ――― 取材の一切を拒否し、本名その他も謎に包まれている ――― と声優陣の不明さ ――― 無名の声優ばかりを使ったらしく、誰もが知らない名前ばかりだった ――― が火をつけた感が大きい。話し自体はお約束に乗っ取っており、登場人物達もやたら非現実的な性格をしていた。
 シュラインと武彦はこの手の事が得意そうな知り合いに電話をかけ、この箱の送り主である笹原・美音子や棒田・鈴彦のこと、そしてニャンレンニャーの書き手である嵯浦・瑞子の事を調べてもらったのだが、手がかりは何もつかめなかった。
 それから数ヵ月後、熱狂的なニャンレンニャーのブームは終わり、シュラインと武彦にも平和な時が訪れたのだが、結局あの時のことがなんであったのかは分からない。 ほんの一時のニャンレンニャーブーム、不思議な夢、全てが幻のようにも思えるのだが、手元に残った月間少年テラーとフィギュアは消えはしない。
 嵯浦・瑞子の名も、ニャンレンニャーのブームの終わりと共にいつしか人々の記憶から忘れ去られていき、シュラインの記憶からも淡く消滅して行ったのだった ―――
 そう、翌年のお正月までは ‥‥‥‥‥



 一目散に逃げて行った猫の背を目で追いながら、シュラインは首を傾げた。
 シュラインの顔を見て喉を鳴らして擦り寄ってくることはあるが、あんな顔をして逃げられるなんてことは今まで一度もなかった。
 ――― 何に反応してあんな態度をとったのかしら?
 自分ではないことは確かだと確信し、振り返る。 ヒラリと視界の端で何かが揺れ、それがスカートだと認識した次の瞬間、頭の上に何かが乗った。
「 ――― 見つけた ‥‥‥」
 腰まである長い髪を三つ編にし、眼鏡をかけた少女は、近くで見れば驚くほど顔立ちが整っている事に気づく。 膝上のプリーツスカートに短めの白のコート、華奢な足は白く、声は外見に反しない細く美しいものだった。
「貴方をモーモー戦隊モーレンモーの一員と認めます」
 ふわりとコロンの香りを撒き散らしながら少女はそう言うと、小ぶりの手鏡をシュラインに手渡した。
 何が起きているのかまだ状況を整理できていなかったシュラインが素直に手鏡を覗き込み ―――

「角かモー‥‥‥?」

 ――――― また今年もこのパターンなのね ‥‥‥‥‥?


☆ 特別付録 ☆


 * ニャンコ戦隊ニャンレンニャーブルー・スペシャルデータ *

名前:シュライン・エヴァーハート
年齢:26歳
職業:ニャンコ高校教師
家族構成:夫
担当教科:英語
性格:サバサバしているが、思いやりがあり、厳しさと優しさを上手く使い分けられる
初登場時:ニャンコ戦隊ニャンレンニャー第一話『ニャンレンニャー初陣!』
登場台詞:「水空の戦士シュラインブルー、この先を通すわけには行かないわ!」

・主人公、笹原・美音子の憧れの先生
・学園理事のボス、市谷・玲一(いちがや・れいいち)と仲が良い
→玲一は25歳にして学園理事を任される秀才で、容姿端麗
・ニャンコ特殊能力として、声を自由自在に操る事が出来る

*萌台詞投票
・第三位 : 第四話『希望が溶ける前に』より
「ずっと一緒にいてあげる。だって、私は貴方の先生だもの。それに‥‥‥一人より、二人の方が心強いでしょう?」
→時間内に術をかけた者を倒さない限り、少女は自我が崩壊し、手当たり次第に人を襲うようになってしまう!他のニャンレンニャーに捜査を託し、彼女が心細くないようにと隣にいてあげるシュライン。その優しさに感動した人が多いとか。

・第二位 : 第七話『七色の決心』より
「私の大切な教え子達に手を出させはしないわ!」
→学校を急襲したネズミーを相手に、単身で戦いを挑むシュライン。仲間が到着するまでの数分間の死闘は今も人々の胸に焼き付いている

・第一位 : 第八話『最期の願いを抱いて』
「私はあなたの事は忘れないわ。貴方がそう願うのなら、ずっとずっと‥‥‥覚えているわ」
→ネズミーの手先だった少女がニャンレンニャーに寝返り、結果ネズミー達の手にかかった。息も絶え絶えな中で願った“忘れられたくない”と言う必死の気持ちに、涙を堪えながら応えるシーンは未だに見る人を感動の渦に巻き込む。

・最終話『サヨナラの高き空』では美音子達ニャンレンニャーが去っていくのを見届け、普通の先生としてニャンコ高校に残った。生徒達を愛し、優しく時に厳しいシュラインに未だにファンが多い。
・シュラインと美音子の試験テスト対策や、武彦とシュラインの和やか新婚生活など、同人誌ではシュラインの話しがバリエーション豊かに描かれている。
・シュラインには実在するモデルがいるという話もあるが、定かではない。



END


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


 NPC / ミネコ
 NPC / ボス
 NPC / 草間・武彦


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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もう三月になってしまいましたが‥‥あけましておめでとう御座います!
物凄く遅くなってしまい、申し訳ありません!
OPからいきなりテンション高く発進した猫夢ですが、如何でしたでしょうか。
シュラインさんはしっかり者の天然さんだなぁーと書きながら思っていました。
コーイチの性格をどうしようか悩んだのですが、プレイングがほのぼのとした感じでしたのであのようにいたしました。
武彦さんのピンクは‥‥‥い、嫌がらせなどではありませんのでっ!
最後の特別付録は、本編との直接的な関係はありません。
月間少年テラーに出てきた、シュラインさんをモデルにしたシュライン・エヴァーハートがどんなキャラクターだったのかの簡単な説明です。
生暖かい目で眺めてくださればと思います。
それでは、ご参加いただきましてまことに有難う御座いました!