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魔法の七草
「せりなずな、ごぎょうはこべらほとけのざ。すずなすずしろ」
これぞ七草。
ステラは竹篭を背負い、虚ろに笑う。
「正月早々……なんでこんな目に……」
がっくりと項垂れるステラであった。
「センパイのバカーっ! なにが七草採って来いですか! スーパー行って買って来いっつーんですよッ!」
泥まみれの顔のステラは、はぁ、と嘆息する。
「魔法の七草とかなんだっつーんですよ……。ていうか、七草ってなんなんですかね。あーあー、ほんとヤんなりますよ」
軍手をはめた片手で、地図を見る。
「あと4つも……。うぅ、ふえぇ……」
とうとう泣き出してしまったステラは絶叫した。
「誰かぁ〜……! 手伝ってぇぇーっ!」
***
パン! と掌を打ち、気合いを入れる。
長袖長ズボン。髪をまとめた姿のシュライン・エマは「よし」と言う。
「さあ! 魔法の七草とやら、探しに行きましょう!」
「おーっ!」
「お、おぉ〜……」
元気よく応えたのはシュラインにもらったキャラメルを食べながらのステラ。気弱に、ちょっと恥ずかしそうにステラに倣って右手を挙げたのは式野未織だ。
事の起こりは昨日。山から戻って来たステラの助けに二人が応じたことが、始まりだった――。
*
(泣き声?)
女の子の泣き声が聞こえる。
未織は買い物帰りだった。その帰り道で、子供の泣き声が響いてきたのだ。
(迷子???)
だとしたら大変だ。泣き声のするほうへと駆けていくと、めそめそしながら歩いている小学生くらいの女の子がいるではないか。見た目も金髪碧眼で、いかにも西洋人の少女の風体だ。やはり迷子!?
鼻水と涙を流す少女はこちらに気づいた。目が合って、未織はぱちくりと瞬きをする。
授業の英語は成績がいいが、会話に役立つかちょっとわからない。いや、ここで怖気づいている場合ではないのだ。
ごそごそと持っていたカバンからハンカチとティッシュを取り出す。
「あ、っと、あった!」
カバンから出したそれらを持って少女に近づいていった。
「ほよ? うはっ、す、すみません心配させたみたいで」
少女は、拍子抜けするくらいに流暢に日本語を使い、こちらに微笑みかけてくる。……ちょっと鼻水が汚いなという印象は受けた。
「あ、えっと……は、はいどうぞ。あっ、お菓子もありますけど、食べます? さっきミオが見つけてきたお店で買った物なので、美味しさは保証しますよ!」
「どうもご親切に〜。やっぱり世の中、捨てる神あれば、拾う神あり……なんですね。人情に涙が出ますよ」
「…………」
なんだか変な子供だ。
ティッシュで鼻をかみ、彼女は未織の渡したクッキーを頬張る。食べ方は、お世辞にも上品とは言えない。まぁこの年頃の子供はしょうがないだろう。
「なんで泣いてたんですか?」
「昨日山から降りてきてへとへとで……おなかも空いちゃって……そしたらもう、なんか……ほんと……」
じわりと涙が浮かぶ。
「なんでこんな苦労を……先輩のばかー……何が魔法の七草ですか……自分で探せっつーんですよ」
「魔法の七草?」
「よくわかんないんですけど、普通の七草とはちょっと違うみたいなんですよ。わたしには区別はつかないんですけど」
ぱちぱちと瞬きをした未織はにっこり笑う。
「つまり、あなたは魔法の七草を探してるんですね? なんだか大変そうですし……ミオで力になれるんでしたら、協力します!」
どん、と自身の胸を拳で叩く未織に少女はきょとんとするが、すぐさま手を掴んでぶんぶんと上下に振った。
「うはー! ありがとうございます〜! あと4つで全部揃うので、安心してください!」
「お名前教えてください。ミオは、式野未織です」
「式野さんですかぁ。わたしはステラと言いますぅ。ステラ=エルフ。でも、小学生さんなのに、すみません〜」
「……よく言われるんですけど、ミオは高校生なんです」
「はひっ!」
がーんとショックを受けてステラがのけぞった。
草間興信所の茶葉がきれそうなので買い物に出かけていたシュラインが通りかかったのはその時だ。
「あらステラちゃん。こんなところで何してるの? 宅配便のお仕事は?」
*
「お料理に関しては心配しないでください! ミオ、得意です! 将来の夢はパティシエですから! って、お菓子作りの腕はいまいちなんですけれど……。でも、本当にお料理の腕は安心してください!」
「魔法の七草ねぇ。普通の物と同じ調理法でいいなら、私も七草粥は作れるわ。任せて」
二人の心強い言葉にステラが恍惚の表情で頷く。そしてすぐにちょっと悪巧みを考えているような顔をした。
「ふひひ。苦労して手に入れる七草なんですから、ちょっとくらい頂戴しちゃっても文句言わせませんよ。ざまーみろですよ」
地図を広げるステラは、空飛ぶソリの手綱から手を離す。
「生息地には足で探しに行かなきゃいけないんですけど、目的地まではこれですぐですぅ。あ、式野さん、乗り物酔いとかは大丈夫ですか?」
「は、はい」
そう言いながら未織は恐る恐るソリから下を見る。街の様子が粒だ。
(トナカイがソリを引いてるなんて……)
「目的地はそろそろですかねー。どこの県ですかね〜、今」
「ねぇステラちゃん、その魔法の七草って通常の七草とどう違うの? 形とか摘み方とか違いはあるのかしら?」
シュラインの言葉に、ステラは後部座席を振り向かずに応える。
「通常と同じだと思いますよ。違いはわたしにはわからないですぅ」
「そうなの!?」
栗の時の惨事が脳裏によぎるシュラインは、簡単には信用しない。
「何か注意することとかあるかしら?」
「そうですねー……人の居ない山奥とかに生息してるんですよ。本来そこにはないものでも」
「残っているのは確か、すずしろとすずなと、はこべらとなずなか……」
*
ソリを降ろすだけの広さがない。そんな、密集した森の中に三人は踏み込んでいく。
「山の中に天然の畑とかあるのかしら……」
シュラインはほとんど獣道であるそれを、歩いていた。手には地図と、方位磁石。後ろに続く未織は荒い息を吐いている。最後尾は……ステラだ。二人よりもかなり後ろで低い位置にある枝に当たって「あいた!」と声をあげていた。
しかしこれはかなり体力が必要な作業だ。ステラ一人で各地を回ってやってきたのが信じられない。
今回の目的は「すずしろ」と「すずな」。つまり、大根とかぶだ。
(なるほど……常識外ってこういうこと……)
薄笑いを浮かべるシュラインは、ステラの持ってきた小振りの鎌を振って草を切り分ける。
しばらく進んだシュラインは、後方の二人を見た。未織はまだかろうじてついて来ているが、ステラは姿が見えない。
「……ステラちゃん!? ステラちゃーん!」
大声で叫ぶと、遠くで「はーい」という声が聞こえる。どのへんに居るのかわからない。
「大丈夫ーっ!?」
「………ぃ………ーぶ……よー」
小さく聞こえる。思わずシュラインが「ええー?」と困惑した。一体いつから姿が見えなかったのか……。
ちょっと休憩をしようかと待っていると、ステラがやっと姿を現した。
「すぃませぇ〜ん……」
頭はぼさぼさ。作業着は枯れ葉まみれ。膝のところには泥まで。どうやら転んだらしい。
目的地に着いたのは30分後。
不自然な場所に生えた大根とかぶを全員で無事に収穫した。ステラが背負う籠が野菜でいっぱいだ。
「しかしこんなに簡単に手に入るなんて……。目的地に着いても何かあるかと思ってたわ」
素直に言うと、ステラが頬を膨らませた。
「普通のと変わらないって言ったじゃないですかぁ」
「ごめんなさいね」
「でもこれであと2種類ですねっ!」
やったぁ! と言う未織は、まだ知らない。残る二つのほうが大変だということに。
*
別の場所、別の山奥にて……。
「ひぃー! さっきよりひどいですぅっ!」
遅れないようにとステラが列の真ん中、二人に挟まれて進む。最悪なことに、獣道すらない。どうなっているのだというほど、植物が密生していた。
「こ、こんなところに本当にあるの……?」
「かっ、髪が枝にひっかかってしまいました……っ!」
四苦八苦しながら前に進む。シュラインの方位磁石の針がぐるぐると回っている。どうやらここでは利用できないらしい。
「樹海ってことはないですよねぇ……?」
恐る恐る、という感じで未織が前の二人に尋ねる。露骨に反応して顔を強張らせたのはステラだ。
「……え。もしかして、その、自殺の名所とかってやつですか……?」
しーぃぃん……。
シュラインは一瞬黙り込むが、表情をきりっとさせた。
「全然違う場所よ、ここ」
富士の樹海ではないのは間違いない。いや……だがしかし、日本は狭いけれど……広い。探せばあるかもしれない……つまり、そういう場所が。
がさっ。
近くで音がして全員がびくぅっ! と反応し、硬直する。
「……あの、熊……とか、出ないですよね?」
「今は冬ですよぉ、式野さぁん……」
「……冬眠していないのも……中にはいたりするかもね」
「ええーっ!」
ステラが悲鳴をあげた。がさっ、ともう一度音がした。全員が口を閉じる。
待つ。待つ。待つ。待つ……待つ…………待つ………………待つ。
3分くらいそのままで停止していたが、三人は安堵して顔を見合わせた。とりあえず進もう。
未織のダウジングのおかげでなんとか目的地に到着したが、それからがまた問題だった。野草で溢れている中に三人が散らばってそれぞれ探し始めるしかなかったのである。
「ひぃー! こんなに多いとか最悪ですぅ!」
「ステラちゃん、口を動かさずに手を動かすのよ! ここに残り二つあるんだからっ」
「ぎゃー! もう腰が痛いですぅ! ここ最近ずーっとこの体勢だったんですからー」
「あっ、これ、ですかね。これ? あ、これは?」
三人ともほぼ屈んでいるか、最後には四つん這いになって辺りを探した。日が暮れかけている。探すならば早くしなければ。
*
ステラの狭い4畳半の部屋では密やかな七草粥パーティーがおこなわれた。
4名中3名の衣服は、なんとか汚れを落としても汚いものであったが……疲労を強く残した表情の女性たちは七草粥を頬張った。
はっきりいって、空腹である。たとえお粥でも、とにかくお腹の足しにしたい!
がつがつと食べている女性陣を見て、トナカイの青年・レイだけが完全に引いた状態だった。
「おかわりですぅ! これ美味しいですねぇ。えへへぇ。エマさんと式野さん、微妙に味付けが違うんですよぉ。むひひ」
「すごくお腹に響きますねっ。でも美味しいです!」
「そうだ、ステラちゃん、分けてもらった七草をお土産にもらって、本当にいいの?」
「いいですいいです。草間さんと零ちゃんにも食べさせてあげてください〜」
「ミオもおかわりしていいですか?」
「どんどん食べましょう! だって本当にくたくたになるまで探したんだもの!」
健康強化、らしい魔法の七草だが……食べ過ぎまでフォローしてくれない。
だが今年一年、きっと健康に過ごせるに違いない。あれだけ苦労したのだから、そうに違いない――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7321/式野・未織(しきの・みおり)/女/15/高校生】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
なんの変哲もない七草ですが、そこに行くまで、見つけるまでが大変だったようです。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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