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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鏡開きで、ございます。



「草間さぁん、これは鏡餅なんですよね」
「あぁそうだな」
 事務所内に飾ってある鏡餅を、ステラはしげしげと眺める。
「これ、この後どうするんですか?」
「どうするって……。お、おいおまえ……なぜ涎を流してるんだ……?」
「え? あ、す、すみません、じゅるり」
 ごしごしと衣服の袖で拭い、ステラはうふふと気味の悪い笑みを出した。
「このお餅、カチカチですけど……もらえたらちょっとはお腹の足しになるかな〜と思って」
「……お、おまえ……!」
 どこまで貧乏なんだ……!
 愕然とする武彦は、なんだか悲しくなってステラの頭をぐりぐり撫でた。
「これはな、だいたい11日くらいに鏡開きをやるから……その時に食わせてやる」
「かがみびらきってなんですかぁ?」
 頭の上に疑問符を浮かべているステラが、とんでもなく不憫になる。
「お、おまえ……自分の上司から援助とかねぇのか?」
「はひ?」
「11日にまた来い」
 頼むから!
 なんかほんともぉ、涙出そうになる。

***

 ステラが帰っていった後、草間興信所内は静まり返っていた。その静寂を破ったのは、事務員であるシュライン・エマである。
「……ね? 武彦さん、ステラちゃんを見てると食べ物渡したくなるでしょ?」
「……あいつ、不憫すぎる。常に腹を空かせてるイメージが定着しつつあるぞ……」
 きちんと働いているはずなのに……。
 腕組みするシュラインは嘆息した。
「ステラちゃんて……サンタって言うわりには謎が多いし、不思議な子なのよね……。サンタクロースって貧乏ってわけじゃないと思うんだけど」
「それで……11日は鏡開きですか?」
 零の言葉に武彦とシュラインは同時に頷く。
「でも、ステラちゃんはお米もの好きだから、鏡開き喜ぶわね」
「米が好き? 日本人みたいなこと言うんだな、あの疫病神は」
「……う〜ん。ステラちゃんはギャップの塊だものね」
 とにかく。
「11日はステラちゃんが来るのを待ってから、鏡開きね」



「こんにちわですぅ〜」
 そんな、貧相でか細い声が事務所のドアを開けたと同時に入ってきた。
「あら、いらっしゃいステラちゃん。待ってたのよ、って……!」
 仰天するシュラインである。入ってきたステラは頬がこけていたのだ。
「ど、どうしちゃったのその顔……!」
「え? いえ、11日までお腹空かせてたら、美味しく食べられるかなって思ったので。えへへ」
「えへへじゃないわよ!」
 青ざめるシュラインの前では、ぼろっとした様子のステラが儚い笑いを続けている。あまりの様子に武彦が絶句。零は微かに口元を引きつらせていた。
 ステラは笑いを止めると、肩からさげているポシェットから怪しげなドリンク剤を取り出した。キャップを捻って中を飲み干す。
「ほら。これで元気になりましたぁ」
「なってないわよ! そ、それ、ちょっと貸しなさい!」
 ステラの手から奪いとる。ドリンク剤の瓶の表には『空元気どりんく』と書いてあり、メガホンで『ファイト!』と叫ぶデフォルメされた少年の絵があった。
 カラゲンキ? それって……元気になっていないじゃないか。
「元気ですよぉ。うふふぅ」
 すでに笑い方が変だった……。

 まだですかまだですかと周囲をうろちょろするステラは、ばらばらに砕けた餅を物欲しげに見つめていた。
「はらら? でもどうして零ちゃんにパンチしてもらってお餅を割ったんですかぁ?」
「鏡開きではね、お餅を分けるのに刃物はご法度なのよ」
 説明するシュラインは餅を水にさらしながら応える。
「昔は家でお餅をついてたから、杵で割ったりもしてたのかしらね」
「きね? あぁ! なんか時々テレビとかで見るやつですね。お餅をぺったんぺったんするやつです!
 でもなんで刃物を使っちゃいけないんですかぁ?」
「鏡餅は年神様にお供えをしていたものだったからじゃないかしら?」
 今度は水にさらした餅を乾かしながら、シュラインは動き回っている。その背後を、まるでヒヨコみたいにステラがちょこちょこついて歩いていた。
「……トシガミサマ?」
 ちょっぴり不機嫌になったステラに気づかず、シュラインは今度はお汁粉用の小豆を煮る準備に入る。
「まぁその年神様が刃物を嫌うから、手とか木槌で鏡餅を割るって言うわね」
「ふぅ〜ん。あぐっ!」
「おまえはさっきからちょろちょろと……。おとなしく待て! 一緒について回ると無駄に体力を使うだろうが」
 武彦に、まるで猫のように衿の後ろを掴まれてステラは暴れる。喉が!
 そのままソファまで連れて来られたステラはやっと解放されて激しく咳をした。零が心配そうにうかがってくる。
「ごほっ、ひ、ひどいですぅ! なにすんですかぁ!」
「ヒヨコみたいにシュラインの後ろをついて歩いてるからだろ。邪魔になる」
「ははぁん。嫉妬ですかぁ。ジェラシーとは、かっこわるいですよぉ」
「……帰れ。餅は食わさんっ!」
「ひ! 本当のこと言ったら怒るとは大人げないですよ! やっぱり人間て、歳相応に精神もね! ほら!」
「悪いが外見がおこちゃまのおまえに合わせて精神年齢下げてるんだ。ははは」
「むきーっ!」
 ステラがばたばたと両腕を振り回した。それに対して武彦が大笑いをしている。なんて……なんて大人げないんだ。



 ストーブで軽く餅を焼いている。焼ける様子をぼんやりと見て、箸で引っ繰り返しているのは武彦とステラだ。
 流しのほうでは油を温めているシュラインの姿がある。お汁粉はもう用意できていた。
 てきぱきと動くシュラインの指示もあり、餅はそれぞれの用途に分けられ、食べるまでもうあまり時間はかかりそうにない。
(ふふ。これで小粒揚げ餅にして、ステラちゃんにお土産として渡そう。絶対に喜びそうよね)
 なんて、油の温度の様子を見てくすりと小さく笑う。その時の様子を想像したら、少しおかしかった。もしかして、涙を流して喜ぶ? いや、流すのは涎かもしれない。
 ストーブの前で黙ったまま餅を引っ繰り返している武彦とステラは、時々視線が合うと、目を細めて妙な威嚇をしていた。
(……本当に仲が悪いんだから、あの二人)
 やれやれと肩をすくめるシュラインは、餅にチーズを乗せてオーブンに入れる。これは酒のつまみになりそうだ。
「よし! えっと、じゃあ次は大根をおろそうかしら」
「じゃあ手伝います」
 零が駆け寄ってきて、大根をおろし始める。
(おろしポン酢で焼いても美味しそうよねぇ。ん? でもこんなにたくさん作って、みんな食べれるかしら?)
 いや、なんとか消費できそうな気がするから……まあいいか。
(あとはお茶と、コーヒーを用意しなきゃ)
「あーっ! まだ食べちゃだめですよ草間さんっ!」
「食べて、ない」
「今飲み込んだでしょうがっ! ひどいですぅ。わたしなんてお腹がぐーぐー鳴ってるのに! つまみ食いとかありえません! 鬼畜です、鬼畜のすることですよ! なんて卑劣な人なんですかぁ!」
「そこまで言われる筋合いはないだろうが! だいたいこれはうちの餅だ! 勝手に食べて何が悪い!」
「むっきーっっ!」
 二人が額を擦り合わせて睨み合っている。その様子に疲れたように息を吐き出したシュラインが、二人に近づく零の姿に気づいた。
「……いい加減にしないと、怒りますよ」
「はひっ」
「れ、零……?」
 座り込んでいる二人を上から見下ろす零の迫力に、武彦とステラがたじろいだ。こ、怖い……!
 二人は大人しく餅を焼く作業に戻った。零は頷いてシュラインのところに戻ってくる。
「どうせまたすぐに喧嘩すると思いますけど」
「今のは武彦さんが悪いわよ。ただでさえステラちゃんはお腹が空いてるのを我慢してるのに」
「……そんなに儲かってないんですかね、宅配業」
「まぁ、大手のところのほうが強いし」
 料金はかなり安いのでここでも重宝はしているのだが、興信所でそれほど荷物を送る用事など、ない。
 全国すべて一律料金なので、ステラは儲かっていないはずだ。なにより致命的なのは、その知名度である。
(……『サンタ便』って、確かに胡散臭いわよね……)
 けれど彼女には上司も仲間もいるようだから、それほど状況はひどくないと思うのだが……。
(給料が安いのかしら……?)
 それしか考えられない。そういえばステラはお金よりも現物を喜ぶほうだ。
「お、おい疫病神! どうした!?」
 武彦の慌てた声に気づいて振り向いたシュラインは、ぎょっとする。ストーブの前にくてっと倒れているステラの姿が目に入った。
「ど、どうしちゃったの!? また何かしたの、武彦さん!」
「してない! いきなり力が抜けてみたいに……」
 あ、とそこで武彦は気づいてステラを不憫そうに見た。シュラインも気づいてしまう。
 空腹で気絶してしまったようだ、サンタ娘は。



「ステラちゃんはお茶のほうがいい?」
 テーブルの上に広げられた様々な餅にステラは涎を垂らしながら何度も頷いている。
 全員に飲み物が行き渡り、シュラインが座った。
「それでは、この一年を幸せに過ごせるように、食べましょうか?」
 そもそも鏡餅を食べるのはそういう意味からきているらしい。年神に供えたものを食べることで、一年を幸せに過ごせる力をつけるため……らしい。
「いただきまーす!」
 ステラの号令で全員が餅に手を伸ばした。
「あつっ、で、でもおいひぃですぅ」
 もぐもぐと食べるステラは、小皿の醤油につけて餅を食べた。その醤油に砂糖を混ぜて試しに食べていたが、美味しかったようでもきゅもきゅと食べている。完全に食べ方が小動物だ。
「これいいな」
 チーズの乗っているものを食べながら武彦が頷いている。
 おろしポン酢で焼いたものはさっぱりとして美味しい。シュラインが嬉しそうに餅を噛み締めた。
「んまいです! んまいんまい」
「わ、わかったから口に物を含んで喋るなっ」
「あむあむ」
 もぐもぐと口を動かすステラは、テーブルの上のどの餅を次に食べようかきょろきょろと見回している。
「そんなに急がなくてもお餅はたくさんあるから。お汁粉もあるわよ」
「ふぉひふほ!」
 どうやら「お汁粉」と言いたかったようだが口に物があってきちんと発音できなかったようだ。ステラは目をきらきらと輝かせてシュラインを尊敬の眼差しで見つめていた。
「……お汁粉好きなの?」
「ふぁいっ!」
 右手をびしっ、と天井に向けて挙げ、ステラは「んふ〜」と満足そうな顔で餅を食べている。
 ――と。
 ステラの顔色がみるみる変わっていく。そのままこてんと転がってしまった。
「ステラちゃん?」
「腹いっぱいになったか?」
「……いえ、たぶん……お餅が喉に詰まったのでは……?」
 事務所内が嫌な静けさに包まれる。
 1秒後、慌てて全員が動いた。とにかく餅を吐き出させなければ!



「今日はありがとーございました」
 ぺこっと頭をさげてステラは帰路についた。手には、シュラインにもらったお土産の袋。中は帰ってから見てねと念押ししておいた。きっと帰ってから喜ぶに違いない。
「あー、終わったし腹いっぱいで動けない……」
「た、食べ過ぎたわ完全に」
 武彦とシュラインはぐったりとソファにもたれかかっていた。零は食器を片付けに流しに向かう。
 そんなこんなで、草間興信所……鏡開きでございました。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 鏡開きは楽しく終わったようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。