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<東京怪談ノベル(シングル)>


リボンの罠

 留守にするからその間に魔法薬屋の掃除を頼むよ、と師匠は残して出かけてしまっていた。
 右手に箒、左手にハタキ、服が汚れぬようにとエプロンをつけたファルス・ティレイラは、先ほどから熱心に店内の掃除を続けていた。
 艶やかな長い黒髪に小麦色の肌、印象的な赤い瞳を持つ小柄な少女である。
 普段からなんでも屋を稼業として、機敏に仕事をこなしているファルスには、掃除など手馴れたものだ。
 師匠をがっかりさせぬよう、細心の注意を払い、見えない部分の埃までしっかり丁寧に取り去っても、午前中のうちに魔法薬屋の店内の掃除はあらかた終えてしまった。
 時間もあることだと思い、ファルスは続けて、店の倉庫の中を整理しようと思いついた。
 倉庫の重い扉を開く。
 窓もなく薄暗い室内に、店内の明かりが差し込んだ。
 大小無数の箱類がラベルもなしに辺りにたくさん転がっているのが、薄明かりの中でわかった。とても整理されているとは思えない。乱雑に溢れているといっても過言ではない。
「……もう」
 ファルスは腰に手をつき、小さくやれやれと苦笑交じりの笑みを浮かべた。
 まったく師匠ったら。
 これじゃ必要なものを探すときにきっとすぐに見つけ出せないに違いない。

 ランプを取ってきたファルスは、その明かりを頼りに、倉庫の商品をひとつずつ検分しては魔法薬店の棚ごとの並びにあわせて箱の位置を整理して並べることに決めた。
「これは惚れ薬ね、これは滋養強壮剤。これは……」
 はじめて見るとまるで宝箱を開ける作業のようで楽しくもなってくる。
 散らかった倉庫が少しずつ整理されてすっきりしてゆくのも気分がいい。
 だが、半分ほど片付けた時だった。
 大きなトカゲの蒸し焼きセットが梱包された箱をどかした時だ。その下から小さな宝箱のような古びた箱が現れた。
 どう見ても魔法薬の箱には思えない。
「……これ、何かな?」
 恐る恐るファルスはその箱の蓋を開けてみた。
 しかし箱の中には黒い布があるばかり。どうやらその中に大事に包まれているようだ。
「??」
 ゆっくりと布を開いて見た。すると、そこには可愛らしい色彩のリボンが入っていた。
 とはいえファルスが好んで髪につけている紫のリボンとは比べ物にならないほど幅は広い。取り出してみると長さもかなりあった。
「帯じゃないよね……やっぱりリボン。……どうしてこんなところに?」
 上質の布地であることはすぐにわかった。上品で清楚でかわいらしいそのリボンをファルスはしばらく眺めて、ふと、このリボンのとても有効な使い方を思いついた。
「そうだ! 竜化しちゃえば……」
 髪や手足に結ぶには幅も長さも余ってしまうが、竜の尻尾に結ぶにはよいアクセサリーになろう。
 思いついたらますますやってみたくなり、ファルスは早速、人の姿を解いて、もう一人の自分に変化した。

 小柄な体躯の少女の肩からは、左右に大きく美しい翼が広げられた。
 竜の翼だ。艶紫色の翼の先端には牙のような突起があり、白銀の如く輝いている。
 それと同時に少女のスカートからは、太く黒光りする尻尾が伸びて地面へと垂れ下がっていた。

「よーし」
 ファルスは自分の尻尾を持ち上げると、そこに手に入れたばかりのリボンを結んだ。
 器用に可愛らしく結ばれたリボンは、想像していた以上にぴったりとそこにおさまり、実に具合がよかった。
「明るいところで見てみようかな」
 次にファルスはそう思い立った。薄暗い倉庫内よりも明るい場所で確かめたい。
 彼女は倉庫を出ると、階段を駆け上がり、あっという間にベランダへと到着した。
 午後の柔らかな日差しが、ファルスを誘っているかのようにそこには明るく降り注いでいる。
 薄暗く寒い倉庫に今まで滞在していた少女には、日なたのベランダは普段よりも一層魅力的な場所に思えた。
「うーんっ、外は暖かいなぁ〜……」
 太陽を見上げて、大きく伸びを一度してからファルスは自分の尻尾を振り返った……はずだった。

 何か違和感を感じた。

「えっ?」
 尻尾がずーんと重く感じたのだ。
 見下ろした場所がそして変化していた。
 太陽の光を受けたリボンの色がまるで岩石のような灰色に変わってしまったのだ。
 ……否、そうではない。
 リボンを結んでいる尻尾の部分までが、だんだん灰色に……違う。そうでもない。
 リボンを結んだ場所が、本当に岩石のようになってしまっているのだ。しかも徐々にその場所は広がりつつある。
「!!」
 太陽光に照射されることが発動条件の岩変化魔法リボンだったの??
 ファルスは一気にパニックに陥った。
 太陽光からせめて逃れようと、身を翻し、室内に戻ろうとした――だが、足がもう重くて持ち上がらなかった。
 大きな羽の浮力で浮かび上がろうと、羽根を大きく振るわせた――が、その羽根もいつの間にかとても重たくなっていた。
「いやぁ……――っ」
 そして助けを呼ぼうと悲痛な声を漏らした喉さえも……最後には。
 冷たい岩石へと変化して、魔法薬屋の二階のベランダには、結局その日の夕暮れまで、可憐な竜変化少女の石像が残されてしまったのであった。

『 おわり 』