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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


[ 満たされぬティーカップ ]



「食い逃げ、飲み逃げ――とでも言うのかしらね? でも、気づいたら居ないのじゃ…捕まえようもない、か」
 その日、碇麗香のもとへと入ってきた一本のニュース。それはいたって単純なものだった。
 連日、同じ店で同じ客が飲み食いを途中にし、料金を払わず忽然と店から姿を消すという話だ。
 彼女は気づけば店内に存在し、その傍らには既にティーカップが置かれている。その姿は完全に日本人離れをした――金髪緑眼、淡いピンク色のドレスを身に纏う姿は、高貴な貴族を連想させもした。
 発される言葉は異国の言葉。ただしその声はなぜか聴く人の脳に響き、日本語として理解できた。
 店の人間はまるで操られるかのよう、彼女が料金を払わないことを知っているにも関わらず、彼女の言うままに紅茶やスウィーツを提供する。精一杯の、最高のもてなしで。
 しかし、彼女が店で笑みを浮かべることは一度もなかった。始終哀しそうな表情を浮かべたまま。
 そして彼女はただ一言。最後に決まって言い残しては消えていく。

『満たされない…何時までも満たされない。やっぱり"彼"じゃないとダメなのかしら……でも最期に…最期にもう一度だけ…素敵なアフタヌーン・ティーを…』


「――ということでさんしたくん、潜入調査行って頂戴」
「ちょっと待ってください! こ、此処って……ただのお店じゃないじゃないですかぁああ!?」
 麗香に呼び出された忠雄は、資料を見るなり声を上げた。
「そうね」
「そうね、じゃないですよぉおお!! だって此処は――っ」
「大丈夫よ……適当に助っ人も見繕っておくから」
 麗香の言葉など最早耳に入っていないのか、忠雄はパニックを起こしている。
「此処は執事喫茶、ってやつじゃないですかあああ!!!!」
 そして発される絶叫。
「そうそう、さんしたくんは眼鏡外した方がきっと客ウケがいいわよ。あ、でも眼鏡属性にはウケるのかしら…ま、ドジしても微笑めばきっと許してもらえるわ。さ、いってらっしゃい!」
 そう言う麗香の笑みは、勿論この状況を楽しんでいるような、そんな笑みだった。



    □□□


 白王社、月刊アトラス編集部は今日も人の出入りが多い。
 そんな中彼女――神代・遊馬は、たった今編集部を抜け出して来た者の一人だ。
「新座サンが執事喫茶でお仕事してる……らしいとは!」
 遊馬はたった今入手したばかりの情報を確かめに行くため、麗香から教えて貰った住所の場所へと向かっている。
 話によると、執事喫茶に現れる食い逃げ犯を捕まえるべき、新座・クレイボーンが執事として潜入捜査に向かったというものだ。ただ、麗香が説明した事実は、新座を含む男三人が向かった…というものなのだが、最早現段階で遊馬の頭には新座しか存在しない。しかも調査の文字も既に頭から消えかけている。
「こんな事態、遊馬として行かないでどうしますかデスよ!」
 そう言いながら握り拳を作ると、遊馬は更に歩みを速める。
「それで、新座サンに――「お帰りなさいませ、お嬢さま」……とか言われたら、遊馬……きゃーなのデスよ♪」
 新座の声色を真似る様にそこまで声に出すと、今度は握り締めていた手を開き両頬に当てた。ピンク色に染まった頬……興奮のあまり火照ってきたのか、暫くはこの寒空で冷えた手で頬を冷やす。
 かと思えば今度は立ち止まり、フッと空を見上げた。そこには、遊馬が思い描く執事の姿をした新座がいる。勿論半透明だ。
「はぁ…………惚れ惚れ、しちゃうのデスよ」
 そして遊馬はふらふらと、一人執事喫茶を目指すのだった。


 それは街中の、大通りから少し離れた裏道に存在する。あまり人通りも無く、大きな看板があるわけでもない。来る人を選ぶのか、人を避けているのか……。それでも、そこには店の名前が小さく書かれていて、それは確かに麗香が言っていた店の名前と一致した。
「此処に新座サンがいるはずデスね……」
 高鳴る胸の鼓動を抑え、遊馬は店への階段を上ると、綺麗な作りの木製ドアを押し開ける。ドアに付けられたベルがチリンと小さく音を立て、ハッと顔を上げればそこには燕尾服を着た中年男性がにこやかな笑顔で立っていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「あ、はい……デス」
 少し、ほんの少しだけ遊馬は呆気に取られる。きっと、さっきの想像通りに新座が迎えてくれることを夢見ていたのだ。今迎えてくれた執事が決して不細工というわけでもない。整った姿格好、まさに紳士と言った執事である。
 入り口で着ていた上着をクロークへと預けると、執事の案内で静かな店内へと足を踏み入れた。
 店の中は何処かのお屋敷をイメージしたかのような作り。明るすぎない照明に、茶色で統一された床や家具。
 客の大半は女性客で、皆静かに食事を楽しんだり、小さな声でお喋りを楽しんだり、本を読んだり。中には執事や、執事とは少し違った格好をした――フットマンと喋っている客も居る。
 それほど広くは無い店内、遊馬は何度も何度も見渡すが、新座の姿はどこにも見当たらなかった。
「新座サンはもしかしてまだ居ないデスかね……?」
 肩透かしを食らった気分だが、その内出てくるかもしれないと、今はそう考え案内される席へと向かう。そこはカーテンで仕切られた一人用のテーブルだ。
 席に着くと、すぐさまフットマンが横に着く。
「お、おかえりなさいませおじょうさま」
 しかし、遊馬はその声に何故か聞き覚えがあった。あまりにもこの場に似合わないたどたどしい言葉、そして普段見ているのとは少し違う正装。
「……さんしたクン、デスよね?」
「………………かっ、かあああっ、神代さんじゃないですかあああ!?」
 どうやらきちんと相手の顔を見ていなかったらしく、フットマンこと忠雄は、遊馬のその言葉にようやくマジマジと彼女の顔を見ては驚き飛びのいた。しかしすぐにミスに気づくと、下がりかけた眼鏡を押し上げ、尚且つ頭を下げながら言う。
「ししっ、しつれいいたしましたおじょうさま」
「何してるデスか?」
 遊馬の問いに、忠雄は潜入調査をさせられていると言った。しかし失敗だらけで今では執事からフットマンへの降格。雑用扱いされていると言うことだ。
「手伝ってくれる皆さんの準備が終わるまではこうして待機中なんです……って、神代さんの協力も碇さんから聞いてましたけど、まさかこっちから入ってくるとは思ってませんでしたよ…これじゃ色々と伝えられないじゃないですかぁ」
 果たして麗香が何か言っていたか、今となっては思い出せないが、会話の流れから遊馬は一つ問う。
「皆さん……手伝ってくれる…あ、もしかしてその中に新座サンが居るデスか!?」
「え、居ますよ? 他にも――あ、ごめんなさい。早く注文貰わなくちゃいけないので、決めといてくださいね。後彼がホール出る時には、こちらに向かうように言っておきますから」
「ありがとうデスよ、さんしたクン」
 その後は、他のフットマンが用意してくれた水を飲みながらメニューを捲る。なかなかメニューが豊富で決められない、そう考えていた時だった。ホールに新座が現れたのに気づいたのは。
「――――(あっ、新座サっ…!!)」
 その瞬間、遊馬の息は確かに止まった。いつもの彼とは全く別人のような姿を見たせいかもしれない。
 前髪だけ少し残しオールバックに纏めた髪に、普段は包帯を巻いている右目部分には黒皮の眼帯。両手には白い手袋。服装はパッと見軍人なのかと思うような格好だが、黒に近い紺色のロングコートを身に纏い、ウエスト部分には二つのベルト。同系色のブーツも履いているが、中には白いワイシャツに赤のタイと正装であることは分かった。周囲に居た女性客の眼も、こうして一気に新座へと集まっている。
「ん?」
 そんな中、ふと新座が遊馬を見たかと思えば、つかつかと真っ直ぐにこちらを目掛け歩いてきた。
「呼んだか? ――…じゃなかった、お帰りなさいませおじょー様」
 そうにっこり笑顔を浮かべられると、意識が飛ぶのを自覚しすぐさまかぶりを振る。そして、彼の耳元で小さく話し始めた。
「新座サンがここで働いてるって聞いて来たデスよ…会えて良かったデス」
「あーそれなんだけど、ちょっと協力して欲しいことあっから、ついてきてくれる?」
 思いも寄らぬ話に、首を傾げながらも、小さく頷き答える。
「何デスか? 遊馬にできることがあるなら協力……いえ、何より新座サンの頼みなら遊馬頑張りますデスよ!」
「んじゃぁ、手洗いよそおって裏行くから」
 そう言うと新座は遊馬が座っていた椅子を引き、自分の後ろを付いてくるように言って歩き始めた。
 途中ドレスを着た女性客の横と通ると、裏口の従業員出入り口に着く。そして新座は振り向きざまに言う。
「さっき歩いてくる時、すんげぇおじょー様見たか?」
「え? ああ、見ましたデスよ。とっても綺麗な方って思ったデスよ。あのお嬢サマが…どうかしたデスか?」
 突然の切り出しだが、どうやら本題はそこにあるような気がし、遊馬は出来るだけ話をスムーズに進めるように言葉を選んだ。
「あの女、食い逃げ犯らしーんだ」
「えっ…お金払わずに出てくデスか?」
「ああ」
 どうしてこんな事をするのか、理解できない遊馬は新座に問うが、勿論彼自身も分からない。彼が麗香から貰った情報は、彼女が毎回『満たされない』と呟き去っていくこと。それで潜入調査に至っていると説明された。
 たったそれだけの情報に、何をどうしたらいいのか分からなかったが、悩んだのはホンの数秒のことだ。
「――……分かりました。遊馬、あのお嬢サマに相席を申し出てみようと思いますデスよ。一緒にお茶を飲んでお話すれば、何か分かるかもデス」
 咄嗟に出た一言だが、新座は嬉しそうに頷いた――ように見えた。
「あ、それ助かるぞ。よっし、じゃああの女んトコ行こう」
「はいデスっ」

 まずは彼女の席へ向かい新座が挨拶を済ませると、遊馬の相席に関しての話を始める。彼女は快く頷き、まずは第一段階クリアだろう。そのままオーダーを聞かれ、どうしたらいいか悩んでいると、彼女からパティシエお薦めスウィーツとルフナがお薦めだと言われそれに決めた。
 オーダーも取り終え、本来ならば此処で新座は下がるべきなのだろうが、彼は暫しその場に立ち尽くしている。
「まだ、何か? 新しい…可愛らしい執事さん」
 遊馬が不思議に首を傾げれば、彼女も同じ考えだったらしく、優しく問う。
「最後に聞きたいんだ。何が……お嬢様は何がご希望ですか?」
「え?」
 自分が相席した上でさりげなく聞いていく筈の事を、今目の前の彼が言葉にしていた。遊馬は驚き、思わず椅子から立ち上がりかける。しかしそれを視線だけで制止させられ、思わず怯むと新座は言葉を続けた。その言葉には、最早執事らしさというものが消えている。
「毎回満たされない、って言うらしいけど…そいじゃ何欲しいのかわかんねぇし。言ってくれたら、場合によってはどうにかできるかもしんねぇだろ? なんでこの店なんだ、なんっ――」
 しかし新座の言葉は急に途絶え、テーブルから一歩下がると踵を返し、ホールから消えてしまう。
 この数秒の間に何が起こったのか分からなかった。ただ、新座が去った後彼女はその視線を遊馬へと移す。
「……あの子、あなたのお知りあいさんなの?」
「えっと、憧れの人デスよ」
 思わず頬を染めると、彼女は嬉しそうな顔で遊馬を見て、でも少し哀しそうな声で小さく言った。
「そう……」
「どうしたデスか?」
「私にもね、憧れの人が居たのよ…遠い、遠い昔の話」
 水の入ったグラスに口を付け、一口飲むと彼女は話を続ける。
「彼のことがとても好きだったわ。でも、彼は私のことなんてきっとお屋敷のお嬢様としか見ていなかった。それでも、私は彼といれれば幸せだった」
「どうして、そんな…自分の気持ちを我慢したデスか?」
 真っ向からの問いに、彼女は苦笑いを浮かべた。いきなり詮索しすぎたかと思ったものの、彼女は気にしなかったのか話を続ける。
「彼はニッポン人だったのよ……それに、使用人と屋敷の主の一人娘。私にとってはどうでも良かったけれど、世間体もあったの。それに、彼は私になんて振り向いてくれなかったから…」
 使用人の言葉に、遊馬はもしかしたら彼は執事だったのか問う。最初はその言葉に首を傾げたものの、彼は自分の屋敷のバトラーだったと呟いた。
「彼ね、この辺りの人だって、昔よく聞かされたの。たまに祖国を懐かしんでいたけれど、彼は屋敷で頑張っていた」
 そこで彼女の表情は曇るが、遊馬がそっと覗き込むと、少し俯きながらも言葉を続ける。
 別れはあまりにも突然だったと。彼は、ある日理由も無く屋敷を去ることになった。否、理由はあったのかもしれない。しかし彼も、彼女の父も母も、屋敷中の者に理由を聞いても、誰一人口を開きはしなかった。「知らない」という言葉さえも出ない――つまり、全員が何かを知りながらも、それを語ろうとはしなかったという。
 そして彼女が必死に引き止めても、もう決まったことだと…彼はただ微笑んだ。
「そして、一つのプレゼントをくれたの」
「ぷれぜんと、デスか?」
「ええ、とっても嬉しかった。白くて可愛いティーカップにソーサー。安物だって、すぐに分かったわ」
 最後に小さく微笑む。ただ、彼女にとって安物だろうと、それが彼からのプレゼントであることに価値があり、今まで貰ったどんなプレゼントより嬉しかったと言う。そして、彼は最後にそのカップとソーサーを使い紅茶を淹れてくれた。
「あの時の彼の笑顔も、紅茶の味も忘れられないの。このお店にはね…なぜか彼を感じるのよ――初めて訪れた時そう思ったわ」
 彼女はただの食い逃げ犯ではない。それが今、遊馬の中で出た答えだ。
「それに、此処には彼と似た者が多く居る。主のために奉仕する者達。でも、誰も彼ではないし、彼の淹れた紅茶の味は再現してくれない……分かってる、分かってるけれど。彼が近くに居ると分かっている限り、どうしても私の心も…カップも満たされないの」
「彼に、会いたいデスか?」
 言葉は自然と出ていた。それが出来るかどうかなど、考えてもいなかった。
「……出来るの?」
「出来るかは分かりません。でも、この場所に彼の何かがあるのならば、遊馬探してみますデスよ」
 ただ、出来る気はしていた。今この場に居るのは一人ではない、そう思えば。
「それに、遊馬以外にもこの場所でそれを探してくれる人はいっぱい居ますデスよ…あ、その前に注文が来ましたデスね」
「お待たせ致しました、お嬢様」
 やってきた執事――神納・水晶は、遊馬を見るなり少し驚いた顔をした。相席のことを知らなかったのかもしれない。しかしすぐさま表情を元へ戻すと、水晶はワゴンから紅茶やスウィーツをテーブルへと置き始めた。
「ありがとうございますデスよ」
 二人の前にスウィーツとカップがセットされると、今度は綺麗な手つきで紅茶が注がれる。
 いい香りが辺りに広がった。紅茶とは、淹れる人間の腕によって同じ茶葉でも味も香りも変わる飲み物である。
 しかし隣の彼女を見ると、紅茶の入ったカップを見つめたまま身動き一つしなかった。
「――――真っ白の…カップ?」
 思わず声に出す。先程彼女から聞かされた話を思い出し。まさかとは思うが、それがそうなのかと思った。けれど、彼女の言った言葉と、今見る光景には違いがある。白いカップ、けれどそれと対になる筈の物がどう見ても異なる。
 そう考えていた時だった。すぐ隣のテーブルでベルを鳴らす音、そして水晶の身体がそれに反応していた。
「では、失礼致します――」
「あっ……」
 カップの事を伝えたかった。しかし、既に水晶の背中は遠ざかり、彼にそれを伝える術は無い。
「――満たされない……カップも…。でもこのバトラーなら…彼に近いと思ったのに…やっぱり違った」
 隣では彼女が悲しそうに呟いた。
「……折角の紅茶にすうぃーつデス。温かいうちに食べた方がいいデスよ」
 そう言うと揃って紅茶に口を付けた。香りからも察したが濃い目の紅茶だ。彼女はと言えば、一口飲んだ後は、ミルクをたっぷりと入れて飲んでいる。
「この紅茶はね、ミルクとよく合うの。とても……美味しいのよ」
 紅茶を飲んでいる彼女は、先程より少しだけ嬉しそうで。遊馬も彼女に習いミルクを入れると、スプーンでかき混ぜ一口飲んだ。そのまま飲めば濃い紅茶も、ミルクが入ると飲みやすく、また一味違ったものが楽しめる。
 スウィーツは焼き菓子を中心とした物で、華やかな彩りは無いがどれも温かく美味しかった。こういう洋菓子も悪くない。


 水晶が去って暫くし、次に遊馬たちの前に現れたのは、人造六面王・羅火。燕尾服を身に纏い、紅茶とスウィーツの感想を伺いに来たらしい。
 どちらも美味しかったと遊馬が伝えると、隣の彼女も満足そうに頷いていた。しかし、彼女は紅茶に関しての感想を告げる前に、今日の紅茶係りは誰だったかと問う。
「私でございますが、何か?」
 羅火がそう言うと、彼女は複雑そうな表情をした。
「そうなの、美味しかった…と思うわ。でも、少し違う……何かが、違うの」
「では…お嬢様が求めるものには近いと?」
 明らかに何かを伺うように羅火は言うが、彼女はそれを察しながらも素直に肯定した。遊馬が協力すると申し出たからなのかもしれない。この人ならば、自分の求める物を見つけてくれると思ったのだろうか。
 羅火はその言葉を聞くと微かに頷き、次には遊馬の方を見た。
「それが分かっただけで結構。後程又伺います。それと…神代様、差し支えなければ少々……」
「あ、はいデス。又戻ってきますから、少し待っててくださいデスよ」
 椅子を引かれ席を立ち、彼女を振り返り言えば、彼女は頷いてくれた気がする。
「どうも新座が収穫を持ってきたらしくてのう……」
「新座サンがデスか!」
 ゆっくりとホールを歩きながら羅火は遊馬に小さく耳打ちした。
「うむ。で、相席していたぬしの話も聞いておこうと思っての。何か聞けたのじゃろう?」
「そうデスね……なんとなく、彼女が求めているものは分かった気がしますデスよ」
 そうして羅火に連れられ、途中で水晶とも合流すると事務所へと足を踏み入れる。



    □□□



 事務所には、椅子に座り退屈そうに待っている新座の姿があった。そして三人を見るなり、待ちきれないといった様子で話し出す。
「んじゃ、おれが持ってきたのがこれな」
 そう言って新座が取り出したのは、一冊の古い日記帳と封のされた手紙。そして白いソーサー。
「あ、もしかしてそのソーサー……」
 それには遊馬が反応した。続いて羅火も頷く。
「え? え、ちょっとなんで皆分かったような顔してンの」
 唯一気づいていないのは水晶だけのようだった。
「あの女指定のカップ、ソーサーが対の物じゃねぇなって思ったんだ」
「デスね…遊馬もそう思ったデスよ。そーさーは柄物でしたし」
 新座の言葉に同意すると、羅火も続く。
「つまり、それが満たされない一つの原因じゃろうな」
「そうデスね。彼女サン、紅茶を飲む前から不満を持ってたようデスし」
 水晶以外が気づいていた違和感。彼女指定の食器はカップが白く、ソーサーはそれに不似合いな柄物だった。誰かが無理矢理合わせたのだろう。
「えっと…じゃあ、そのソーサー渡せばイイって思うんだケド、原因の一つってコトは、まだあるの?」
「彼女サンは多分、白いかっぷとそーさーで、自分が好きだった人が淹れてくれた紅茶を飲みたいのだと思うデスよ」
「ん、それってもしかしてそいつんちで雇ってたシツジのことか?」
 此処で新座と遊馬の情報が一致する。二人が得た情報を纏めると、執事と彼女は互いを慕っていたが、相手もそうだとは気づかぬまま、諦めのような気持ちを抱いたまま別れを迎えた。そして彼は別れの真意を彼女に明かさず――病で故郷へ戻ると伝えぬまま、帰らぬ人となっている。
 彼女は何も知らない。知らぬままやがて己もこの世を去り、未練を残したまま彼の故郷でもあり、彼を感じると言うこの店を訪れ続けている。
「現にカップもあったし、屋根裏にソーサーも日記も手紙もあったからな。ってことは、これを見せればいーんじゃねぇの?」
「そうじゃのう…ただ、ソーサーはわしに貸してもらえるか? 一つ、試してみたいことがあるでの」
 そう言うと羅火は席を立ち、厨房へ行くと言い去って行った。
 残った三人で、悪いとは思いながら手紙の封を開けてみる。手紙は恐らくイギリス英語で書かれていた。所々解読不能であったが、彼が彼女へ宛てた手紙であるのは確かで、多分生前伝えられなかった考えや想いを全て此処に託したのだろう。しかし封もされ宛先も書かれ、切手まで貼られていたが、これは此処に存在する。どんな理由があったにせよ、やはり彼女へと渡すべき物であることは明白だ。
 程なくして帰ってきた羅火は、事務所の前にワゴンをつけている。そこにはティーポットと、白いソーサーだけが乗せられていた。


「失礼致します、お嬢様」
「戻りましたデスよ」
「新しい紅茶を」
「あとプレゼント、だな」
 彼女の前に四人揃って現れると、まず遊馬は席につくことにした。
「あら…今度は皆さんお揃いなのね? でも、私紅茶のおかわりは頼んでいないけれど……」
「私どもからのサービスの一つでございます」
 そう言うと、水晶は彼女の前にあったカップを持ち上げ、ソーサーを交換する。それに気づいた彼女は、声にはしなかったものの、驚きを露にした。どうやらこれで正解らしい。続いて羅火がそこに紅茶を注ぐ。多分香りから察するに、先程と同じルフナ。彼女もそれには気づいたようだが、羅火にどうぞと言われれば、再びカップに口を付けた。
「…………っ?」
 ただ一口飲むとカップから口を離し、次にミルクを注ぎ口を付ける。そして、ありえないと言った顔で羅火を見て問う。
「……何が、どうして、この味になったの?」
 彼女の反応に、羅火が少し笑みを浮かべた気がした。
「水をな…飲料として使える、尚且つ沸騰しても質の変わらない永久硬水にしてみた」
「もしかして、彼の淹れてくれたのと同じデスか?」
 遊馬の言葉に、彼女は嬉しそうに頷くと、又カップに口を付ける。
「嬉しい…あの日彼が淹れてくれたものみたい……」
「カップとソーサー、紅茶も揃った。後は――」
「んじゃ最後にこれだな」
 そして新座が日記と手紙を彼女の前に置いた。彼女は、日記に関してはすぐに彼のものだと分かったようだ。ただそれよりも目を惹かれていたのは手紙の方。カップを置き手紙を手に取ると、封を開け中を取り出した。
 既に紙は黄色くなってしまっているが、文字は読めるのだろう。たった一枚だけの手紙だが、彼女は時間をかけ、最後には目を潤ませていた。
「――――――ありがとう……」
 暫くした後、彼女は小さく呟き、手紙を畳む。そこには皆が初めて見た笑顔。
「満たされた…ようやく私の心は満たされた……彼のカップにソーサー、彼の紅茶に彼の…本当の言葉に想い」
 そう言うと、彼女の姿はゆっくりと透けていき、次第に衰えてもいく。まるで此処に居た彼女は、彼と過ごした当時の姿だったと思わせるような――そして最後に彼女は老女となった。
「皆さんにはご迷惑をおかけしたでしょうね……このお店の何処かには、私が彼にプレゼントした物も少しは残っているはず。それをお金に換えてください。今までのお食事代には十分かと思いますよ」
 そう言うと同時、彼女の姿は掻き消えた。多分、いつも最後はこうして消えるのだろう。
 ただ、もう彼女は現れることは無い。それは、きっと彼女が満たされたから。


「よーやくコレで終わり……?」
「望みは叶えたよな? でもあの天井裏また探すのか…めんどくせぇな……」
「まぁ、そう言うな。それにわしらが依頼されたのは、食い逃げ犯の代金肩代わりでもなかろう。とりあえず、これで調査は完了じゃし、後は着替えて考えればいいじゃろう」
「遊馬、もう少し紅茶とスウィーツを楽しんでいくデスよ。それでそれで…新座サンもまだホールに居て欲しいデスね……きゃー…」
「む?」
「俺、ようやく慣れて来たトコだし、もうちょっとホールに居ようカナ…」

 そうして、それぞれここで解散と言わんばかりに、席で寛いだりホールを周ったり、事務所に戻ったり天井裏へ足を運んだり……。


「うーん、新座サンもう出てこないデスか? 遊馬、また新座サンに「おじょー様」、なんて言ってもらいたいデスよー!」
 そして此処には、多分もうホールには出てこないであろう人を健気に待つ者が一人……。



 気づけばテーブルから彼女が使っていたカップ&ソーサー、そして手紙は消えていた。
 全ては幻の事件だったように……ただ、残された日記、そして後程天井裏から発見された貴金属だけが真実を語っている――…‥。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [3620/   神納・水晶    /男性/24歳/フリーター]
 [5330/   神代・遊馬    /女性/20歳/甘味処「桜や」店員]
 [1538/  人造六面王・羅火  /男性/428歳/何でも屋兼用心棒]
 [3060/  新座・クレイボーン /男性/14歳/ユニサス(神馬)・競馬予想師・艦隊軍属]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、李月です。この度はご参加ありがとうございました!
 お届けが大変遅れてしまいましたが、この豪華面子で書かせていただけるとは思ってもいなかったので、喜びと毎度の緊張やら様々ですが、楽しく書かせていただきました。
 かなり情報が分散しすぎているので、お暇がありましたら他の方の動きも見てみてください。同じ所に居ても、少し違った状況になっている場合もあったりするかもしれません。
 執事喫茶はあそこなんじゃないか?と、予想も付くかもですが、システムや店の状況は実際とは全く別物です。似非喫茶ですが、お楽しみいただければと思います。
 彼女が満たされない理由は最初から"彼"にありましたが、色々な角度から解決に導くことが出来ました。ご協力ありがとうございました。

【神代遊馬さま】
 新座さん以外とどう絡ませるべきか悩んだのですが、結局そつなく絡む形となりました。とは言え、若干恋は盲目状態になってしまっているので(…)不都合ありましたらお知らせください。
 実は新座さんの言動と相席と二人の関係により話を聞きだせるようなシチュエーションになっています(彼女にとっては、重ねる部分があったのかと。自分は相手を慕っていても、相手はそうでもないような..)相席してくださったお陰で、執事として接しただけではどうしようもない部分が開けました。尚、新座さんサイドで"彼"の情報が日記の内容によって得られています。

 では、又のご縁がありましたら。
 李月蒼