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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


■包丁+テディベア=?


>四丁目にある、おもちゃ博物館。
>そこの一番奥に展示されてる、アンティークのテディベア。
>その熊には、
>何かが、
>あるらしいよ!


 その書き込みを見つけた二十分後にはもう、雫は無理やり巻き込んだ連れと共に、おもちゃ博物館に駆けつけていた。

 外壁には蔦が絡まる、古ぼけた建物だ。その日は丁度天気が悪く、重く垂れさがった雲が博物館に覆いかぶさりそうだった。湿った空気が首筋を撫で、雫は身震いした。武者震いである。

「……これは、絶対にアタリだね! だって、見るからに不気味だもん」

 雫はガッツポーズをした。その大きな瞳は、これから起こるかもしれない怪異への期待に、キラキラと輝いている。 

「さ、目指すはテディベアよ!」

 そう言って雫は館内に歩を進めた。展示室の中も薄暗くますます不気味で、雫は笑みを深くした。最高のロケーションだ。
 
 フランス人形、ブリキのおもちゃ、ラジコンにプラモデル。それらの展示物をことごとく無視して、雫は大股で歩く。あまり流行っていない博物館のようで、雫たちの他に客は入っていなかった。

 そして程なくして、目的のテディベアに辿り着いた。ガラスケースの中にちょこんと座ったぬいぐるみは、茶色い毛がところどころ抜け落ちて、なんとなく貧相な面持ちだった。首に結ばれた青いリボンも、色あせている。

 ケースに添えられたプレートには、「沙鹿本 樹氏 寄贈」と書かれていた。

「さかもと、いつき……? 何処かで聞いたことあるような……」

 雫は腕を組んで首をかしげた。その変わった当て字に、見覚えがあるような気がする。ただ、それを何処で見たのかが思い出せない。彼女は五秒ほど考え込んだが、すぐにやめた。それよりも、テディ・ベアにまつわる噂である。

「この熊ちゃんには、どんな秘密があるのかなー?」

 雫は少し屈んで、テディ・ベアの目を見た。真っ黒なその目を視界に入れた瞬間、あっこれはヤバイ、と思った。何がヤバイのか分からないが、とにかくヤバイと本能が告げている。しかしだからと言って、引ける筈がなかった。この先に、素晴らしい怪奇が待っているかもしれないのだ。

 10秒経過。雫のこめかみを、つめたい汗が流れた。どうして自分は汗をかいているのだろう。雫には分からなかった。分かるのは、この熊の暗い目がじっとこちらを見ている、ということだけだ。そう、見ている。命のない筈のぬいぐるみが、確実に何らかの意思を持って雫の目を見つめている。

 20秒経過。なんとなく、息が苦しくなってきた。得体の知れない圧迫感が、雫を押し潰そうとしているようだ。ぬいぐるみからの視線も、強くなって来ているように思える。しかし雫は、目をそらすことが出来なかった。

 30秒経過。

 突然甲高い破壊音と共に、テディ・ベアの入っているガラスケースが砕け散った。雫は反射的に頭をかばってしゃがみ込む。その足元に、プレートが転がってきた。

 沙鹿本 樹氏 寄贈

 その文字を再び目にして、彼女は「あっ!」と声をあげた。

「思い出した! 沙鹿本って……二年前に起きた夫婦惨殺事件の被害者! 確か犯人は夫婦の息子で、犯行後に自殺。でも凶器は発見されてなくて……」

 そこまで言った時、ぬいぐるみがゆっくりを顔を上げて、立ち上がった。

「動いた……!」
 
 雫は、息を呑んだ。

 ぬいぐるみは己の腹を両手で数回さすり、手を腹にめりこませた。ブチッという音がして腹の布が破れ、そのままぬいぐるみは両手で自分の腹を裂いた。布が引きちぎれていく音が、やけに大きく響く。

 柔らかそうな綿の中から、何か黒いものが覗いているのが見えた。ぬいぐるみが、綿をかき分ける。中に入っているのは、包丁だった。

「……ええと……凶器はっけーん……て、ことかな……?」

 雫は後ずさった。ぬいぐるみは、包丁を取り出した。一般家庭でよく見られる菜切り包丁だが、刃から柄にかけて、黒いものがこびりついている。

「こーれーは……、バトンタッチ、だよね……?」

 雫は、背後に立っている連れを振り返った。





二年前に起きた、夫婦惨殺事件の概要。

2月某日、沙鹿本持朗(さかもと・じろう 当時54歳)、羽名子(はなこ 当時52歳)夫妻が血まみれになって倒れているのが、自宅の居間で発見された。
死因は全身を刃物で刺されての失血死。
また、沙鹿本夫妻の二男、暁(あきら 当時22歳)が自室で首を吊って死亡しているのも、併せて発見された。
二男の遺体の側には遺書が残されていて、内容は両親の殺害を自供するものだった。
動機は、「金の無心をしたが断られたため」。
二男にはギャンブル絡みの借金があったと、二男と親しかった友人が証言している。
発見者は沙鹿本夫妻の長男、樹(当時24歳)。樹は勤め先の寮に入っていて、この日は両親の結婚記念日を祝うために帰省したところだった。





「はい、バトンタッチだね」

 屍月・鎖姫は笑って、手を軽く上げた。雫は彼の薄い掌を叩き、

「後はよろしく! あたしは撮影に専念するから!」

 と、疾風のような素早さで鎖姫の背後の隠れた。そんな彼女を見て、鎖姫は眼を細める。

「うん、いっぱい良いショットを激写してね。でも、僕の手の届く範囲にいてね?」

 鎖姫は、しなやかな腕を横に伸ばす。雫はコクコクと、強張った顔で頷いた。鎖姫は彼女を安心させるように微笑むと、テディベアの方に向き直った。
 テディベアは包丁を構え、こちらをじっと見つめたまま動かない。

「良い顔つきしてるよね、くまごろー」

「く、くまごろー?」

 背後から、雫のひっくり返った声が聞こえる。鎖姫はぬいぐるみの方に意識を保ったまま、口を開いた。

「くまごろー、って感じしない? 少なくとも、エリザベスやシャルロットじゃないでしょ」

 鎖姫は、心底楽しそうに笑う。テディベアは動かない。しかし先程よりも、室温がぐっと下がったような気がする。

 ……その時。
ことは突然起こった。テディベアが台座を蹴って高く跳びあがり、鎖姫たちめがけて包丁を振り下したのである。

「きゃああ!」

 雫が悲鳴をあげるよりも早く、鎖姫は彼女を抱きかかえて横に跳び退いた。
 ガンッという鈍い音と共に、テディベアの持つ包丁が床板に深く突き刺さる。

「あーあ。くまごろーってば、包丁は床を切るためのものじゃないのに。ねえ?」

 鎖姫はそう言って、腕の中の雫に同意を求めた。彼女はそれどころではないらしく、蒼白な顔で震えながら首を横に振った。しかし彼女は両手でしっかりと、デジタルカメラを構えていた。オカルト愛好家の本能だろうか。鎖姫は、にっと笑った。

「さ、鎖姫……! 笑ってる場合じゃ無いでしょうが……!」

「そう?」

 その言葉とほぼ同時に、テディベアは包丁を床から引き抜いた。黒く光る刃が、ゆらりと鎖姫の方を向く。ところどころ毛の抜け落ちたテディベアの顔が、より一層凄惨な空気を醸し出していた。

「うーん、残念。もうちょっと毛がフサフサだったら、可愛かったのにね」

 もったいない。そう呟いて、鎖姫は顔を半分だけ雫の方に向けた。

「ねえ、雫ちゃん。このくまごろーはどうして、包丁なんか咥えこんでたのかなぁ?」

 雫の体から手を離し、再び自分の後ろに避難するよう促しながら、鎖姫は歌うように言った。

「……え?」

「さっき雫ちゃんが教えてくれた、サツジンジケン。犯人だっていう、弟君いたじゃない?」

「あ、ああ……沙鹿本暁?」

「そうそう、そのコ。犯人ってさぁ、その弟君で合ってんのかなぁ?」

「え……」

 テディベアが、再び動いた。まるでフェンシングのような動きで、素早く包丁を突き出す。凶刃は、雫を庇った鎖姫の胸元を掠めた。赤い雫が、空中を舞う。

「鎖姫!」

「……弟君は遺書を残して自殺したってのに、どうして凶器を隠す必要があったのかなぁ?」

 鎖姫は、己の傷など意に介していないような表情で言い、包丁を構え直すテディベアを見詰める。

「鎖姫、その話は後にして、今はこの場をなんとかしないと……!」

「ええー。僕、推理物は苦手だけど、気になったら突き詰めたいタイプなの。もう、気になっちゃって気になっちゃって……さ」

 小首を傾げて不敵に笑う鎖姫に、テディベアの目が鈍く光った……ように見えた。室内の空気が、また一段と冷たくなる。

「このくまごろーに聞ければ、一番手っ取り早いんだけどなぁ。なんせ、お腹を裂かれちゃった本人だもんねぇ」

 くまごろー喋れないのかなぁ、と、鎖姫が言った矢先であった。

『お前、ら……何モン、だよ……』

 ノイズが混じったような不明瞭な声が聞こえた。やや枯れているが、若い男の声だ。ぬいぐるみが声を発したというよりは、頭の内側で直接響いているようだった。

「僕? 僕は鍵師だよ。こっちの子は可愛い女子高生。君は?」

 余裕たっぷりに答える鎖姫に、テディベアがぐい、と顎を引いた。

『うるせぇ……っ』

 苛立たしげな声が、頭に反響する。

『何で……俺まで、死ななきゃならねェん、だ……っ。親父とお袋、それに弟も殺してハッピーエンド……の、はず、だろ……?』

 雫が息を呑む。鎖姫は笑顔になった。

「わーい、僕の推理当たってたね。やっぱ、お兄ちゃんが犯人だったんだ」

 鎖姫のその言葉の後、ぬいぐるみはのけぞって笑いだした。声が半分引っくり返った、狂気じみた笑いだ。

『そうさ。俺だよ! やったのは俺、沙鹿本樹さ! 正直、俺も警察に疑われてたんだけどな。でもショーコフジュウブンで不起訴、だってよ! ハッハア!』

 テディベアに乗り移った沙鹿本樹の魂は、おかしくてたまらないという風に笑い転げる。そんな彼に、鎖姫がぽんと疑問を投げかける。

「あれ、でもさぁ。君も死んだ、ってさっき言ってなかった?」

 鎖姫はぬいぐるみに語りかけるが、返事はなかった。ただひたすら、半狂乱の笑い声が頭の中にこだまし続けている。

「……鎖姫」

 雫に背中をつつかれて振り返ると、彼女は携帯電話のディスプレイを鎖姫に突きつけた。

「今、猟奇事件データベースを携帯で見てたんだけど」

「へぇー。そんなのあるんだ。平成って凄いねぇ」

「……沙鹿本樹、事件の半年後に死んでる、みたい。死因は、急性アルコール中毒」

「わぁ、救えなぁい」

 鎖姫はおどけた口調で言い、肩をすくめた。

『うるせェ!』

 沙鹿本樹は突然笑うのを止め、ヒステリックに喚いた。それに呼応するように、テディベアがブンブンと首を激しく横に振った。雫は、不快そうに顔をしかめた。

「ねぇねぇ。お兄ちゃんは何で、家族を殺したの?」

『ああッ!? 殺したかった、以外に理由なんかあるかよ!』

 沙鹿本樹の咆哮は、もはやヒトのものではなかった。彼の魂はもはや、獣と化している。

「ま、元々こういう性格だったのかもしれないけどねぇ」

 くつくつと鎖姫が笑みを漏らすと、語尾に被せて沙鹿本樹が怒声をあげる。

『笑うなぁ!!』

 そして、彼の両親と弟の血がこびりついた包丁を、荒々しく持ち上げた。真っ黒に変色した切っ先が、鎖姫に向けられる。

「良いよ、おいで」

 鎖姫は言って、ゆっくりと両手を広げた。紳士のあいさつを思わせる、優雅な動作であった。

『舐めやがって……っ!』

 沙鹿本樹は包丁と共に、鎖姫めがけて突っ込んで来た。しかし、鎖姫は避けなかった。黒い刃に腹の肉を抉られながらも、一歩たりともその場を動かなかった。鎖姫はそのままそっと、テディベアを抱きしめる。

『な……っ!』

 沙鹿本樹の声が、戸惑いに揺れる。

『……離せっ!』

 鎖姫の腕の中で、テディベアは暴れまわった。その度に包丁が鎖姫の肉を裂き、赤い花が咲くように幾度となく鮮血が弾けた。

「切りたいなら、切りたいだけ切って良いよ」

 鎖姫は静かな声でそう言って、熊を抱きしめる手に力を込めた。唐突に舞い降りた優しい口調に、血で濡れたぬいぐるみが彼の腕の中でびくりと震える。

「君も悲しかったんだよね。周囲が知ろうとしなかっただけで、君にだって事情はあったんだ」

『……ッ』

 沙鹿本樹は息を詰め、鎖姫を見上げる。
 鎖姫は口の端から垂れる血の筋を舐め取ると、一転して色のない声でこう言った。

「ま、僕はそんなこと、一切興味がないんだけど」

 皮肉な笑みを浮かべる鎖姫の手には、二本の鍵が握られていた。清廉な輝きを持つ、銀の鍵。

 沙鹿本樹は異変を察知したのか、鎖姫から逃れようとした。しかし鎖姫はがっしりと彼を抱きしめていて、ぴくりとも揺るがない。

 今この時間は、既に鎖姫が掌握した。鎖姫からは、鎖姫の鍵からは、何人たりとも逃げることは出来ないのである。

「もう、満足したでしょ?」

 そう言いながら鎖姫は、沙鹿本樹を見つめた。いや、正確には、彼を取り巻く時間の流れを見ていたのだった。だがそんなことが、沙鹿本樹に分かる筈もない。彼は、必死に身をよじった。表情など無いはずのガラスの眼が、はっきりと恐怖に歪んだ。

 不意に、鎖姫はぬいぐるみから手を離した。突然自由になった沙鹿本樹は、転がるようにしてこの場から逃げ出そうとした。

 鎖姫は、鍵を持った右手を翻す。その瞬間、沙鹿本樹は凍りついたように動きを止めた。鎖姫の「鍵」によって、時間に鍵をかけられたのである。

「それじゃあね。バイバイ」

 目を細めて冷たく言い放ち、鎖姫は左手を掲げた。その手の中には、二本目の鍵。時の流れに揺蕩うものを、すべからく分解する鍵だ。
 鎖姫は何の迷いもなく二本目の鍵を回し、時を施錠した。かちり、と歯車の噛み合う音がする。

 悲鳴をあげることもなく、抗うこともなく、沙鹿本樹の魂は『分解』された。後には、一片のカケラも残っていない。彼の魂は、無に帰したのである。

「はい、おしまい」

 淡々と言い放った鎖姫は、鍵を懐にしまった。時の流れが元通りになり、それと同時に雫の悲鳴が耳に飛び込んでくる。

「きゃあああ! ……ってあれ? どうなった、の?」

「ん? 終わったよ」

 こともなげに肩をすくめる鎖姫に、雫は噛みつかんばかりの勢いで詰め寄る。

「終わったって、沙鹿本樹は? お、弟じゃなくて、兄の方が犯人だったんだよねっ?」

「そうみたいだね。証拠隠滅のために、あのくまごろーに包丁仕込んで、この博物館に寄贈した、ってことみたい。ま、当の本人がもういないからねぇ」

 のんびりとした口調でそう言った鎖姫が血まみれなことに、ようやく気付いたらしい雫は、再び悲鳴をあげた。

「さ、鎖姫! 大変、凄い傷……! あ、あたし、マキロンなら持ってるけど……!」

 そう言って鞄をゴソゴソやり始める雫に、鎖姫は朗らかな笑みを見せた。

「ありがとう、雫ちゃん。でも、大丈夫。心配しないで?」

 鎖姫は何処からともなく鍵を取り出すと、先程とは逆の方向に鍵を回した。すると雫が瞬きをしている間に、彼の傷は完治してしまっていた。破れた服も、きれいに元通りだ。

「……便利ね、それ」

「でしょ?」

 鎖姫は片目を瞑ると、銀の鍵を指でくるくると回した。
 ……彼の足元には、一枚のプレートが転がっていた。

 沙鹿本樹氏 寄贈

 その文字列を見ても、何の感慨も沸かない。鎖姫はプレートを一瞥し、爪先でそれを蹴飛ばした。

「さ、雫ちゃん。帰ろうか。そろそろ閉館時間でしょ?」

end





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2562/ 屍月・鎖姫 (しづき・さき) / 男性 / 920歳 / 鍵師】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、水野ツグミと申します。
この度は、ご参加有難うございました!
飄々としつつも鋭く、そして謎めいた鎖姫さんを、どうやった設定どおりかっこよく書けるかしら……
と、足りない頭をフル回転させながら一生懸命頑張りました。
ニコニコと冷酷が表裏一体となった鎖姫さんを書くのは、とても楽しかったです!
時間に鍵をかける場面は、わたしの中に明確な映像イメージがあったのですが、それを勝手に描写してしまっていいものか……と逡巡した結果、曖昧な描写になってしまって申し訳ございません……!
それでは重ね重ね、この度は有難うございました。
また機会がございましたら、是非よろしくお願い致します。