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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・陸 〜大暑〜◆


(……よし)
 光の加減では黒に見えることもある、深い紺の術師服。
 それを身に纏った千石霊嗣は、強い決意を持って顔を上げた。
 ――今日は、先日セキが会いに来ると言った『大暑』の日だ。
 どういうつもりでセキが会いに来るのかはともかく、霊嗣はある考えを持ってこの日を迎えた。
(僕は死霊術師だ。『封印解除』については門外漢だけど、魂に関しては専門だし……。セキさんは、自分の魂が『降ろし』の後必要ないって言っていた。だったら、僕の術でどうにか霊体として残せるかもしれない)
 もしセキが望まないならそれをするつもりはない。彼女の選択に自分がどうこう言うべきではないと思うから、笑顔でお別れするつもりだ。
「―――千石さん」
 とりあえず外に出てみた霊嗣の耳に、呼びかける声が届いた。
「セキさん」
 振り向き名を呼べば、知らぬ間に現れた彼女は感情の読めない金色の瞳で霊嗣を見据えた。
「その服は――」
 僅かに戸惑うような素振りを見せるセキ。霊嗣は不自然にならないような笑みを浮かべて言った。
「僕の術師服です。気合を入れようと思って」
「……そうですか」
 霊嗣の言葉に何を思ったのか――それは表面からでは全く読み取れない。
 一線引かれているのだということが実感できてしまうだけに、少し悲しい気分になる。
「申し訳ないのですが、少し一族の本邸について来て頂けますか。ここまで関わってしまったのですし、当主の許可も頂きました」
 淡々と告げられた言葉に、霊嗣は無意識に問うていた。
「……儀式が、あるんですか…?」
「ええ」
 肯定の意を端的に告げるセキの瞳は凪いでいて、これから死に臨む者には見えなかった。けれど先日の言葉からすれば、儀式のあと――セキは死ぬ。
「行きます。連れて行ってください」
 儀式の場に連れて行ってもらえるのなら、それを断る理由は無い。
 セキは静かに頷いて、そして霊嗣の手を取った。
 瞬間。
 緑溢れる森が、霊嗣の目に飛び込んできた。
「気分が悪い、というようなことはありませんか。一族の作った移動用の術なのですが、一族外の人物に使った前例がありませんので」
「……大丈夫、です」
「そうですか。では行きましょう。」
 唐突な出来事に少々動揺したが、これくらいで驚いていては死霊術師などやっていられない。
 すたすたと均された道を歩くセキの背中を見つめながら、霊嗣は後をついていった。

◆ ◇ ◆

 準備があると言って邸内の一室に霊嗣を置いて出て行ったセキは、そう経たないうちに戻ってきた。
 ――巫女装束に、よく似たものを身に纏って。
 それはどこか、死装束にも見えるものだった。
 言葉を失ってその衣装を見つめる霊嗣に、セキは僅かに微笑した、ように見えた。
「これは、『降ろし』の際の正装です。何でも、最初の『朱夏』――この言い方では伝わりませんね――私がこれから『降ろす』相手が神職にあったために、『朱夏』の降ろしの際は、正装としてこれを着ることになったそうです。もちろん、男の『器』にはまた違う正装があるらしいですが」
 そう言うセキの瞳に一瞬過ぎったのは『安堵』で、それが何に対してなのか、霊嗣には分からなかった。そして、尋ねることも出来なかった。
「さあ、行きましょう。儀式が始まるにはまだ時がありますが、何事も余裕を持って行動する方がいいでしょう――…最後、なのですから」
 そして促されるまま、霊嗣はセキより半歩遅れて邸内の廊下を歩く。
 『本邸』とセキが称した建物の全景は見ていないが、結構な大きさの建物らしい。延々と続くように思える廊下が軋む音を耳にしながら、霊嗣は口を開いた。 
「あの、」
「――何ですか」
 ちらりと霊嗣に視線を投げて、セキは問う。
 少し怯みそうになったが、ここで訊かなければ、――永遠に、訊けないかもしれないと、そう思ったから、霊嗣は続けた。
「少し、聞きたいことがあるんですけど…」
「私に答えられることなら」
 拒絶でない言葉に、内心ほっとする。
「僕達のような死霊術師は、自身をアンデッド化することで自己を永遠に保つことが出来ます。そうして術の研究を続けることが目的のひとつでもありますし…。だけど、それは進化の獲得物として尊ぶべき死を得られない――つまり、人として死ねないということでもあります。――もし、永遠の命と人としての死、どちらか選べるなら、セキさんはどうしますか」
 その返答を聞きたかった。聞かなければならないと思った。
 永遠の命を、彼女はどう思うのか。それを知るべきだと思った。
 セキは考え込むように口元に手を遣り、それからどこか痛みを堪えるように眉根を寄せ、答えた。
「『どちらかを選べる』という前提があるなら――私は『人としての死』を選びます。……あくまで私の考え、ですが、永遠の命などというものは本人にも周囲にも不幸しかもたらさないと思いますから」
「そう、ですか……」
 声音に落胆が滲んでしまったのは隠しようが無かった。
 少しだけ怪訝そうに霊嗣を見たセキはしかし、すぐに何事も無かったかのように変わらぬ歩調で先導を続ける。
 そんな彼女の背に、霊嗣はほぼ無意識に言葉を投げていた。どうしてそれを言おうと思ったのかは、自分でも分からない。少しでも思いとどまってくれたらと思ったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
「セキさんが、――」
 言おうとして、躊躇う。それを言の葉に乗せるのは、避けられない運命を認めるようで嫌だった。けれど彼女が永遠の命を望まない以上、それは避けられないのだということも分かっていた。
「セキさんが、死んだら。……僕は術師をやめます。大切な人を守れもしないものを、続ける気にはならないですから。それに、いつかの世でセキさんに会えるかもしれないと思うから…」
 その霊嗣の言葉にも、セキは目立った反応を見せなかった。僅かな間の後、彼女が口を開く気配がした。
「……貴方がそれを選ぶというのならそれでいいでしょう。――もう、私には関わりの無いことになるのですから」
 そっけなく告げられたそれが、セキの答えなのだと、思った。

◆ ◇ ◆

 行き着いた場所は、中庭らしき場所だった。
 ぽつりと一本の木が根付く以外には何も無い空間だったが、その地面には人為的に刻まれたと思しき紋様があった。それを目にした霊嗣は魔法陣を連想し、あながちそれは外れではないのだろうとも思った。
 木を見上げてた人物――以前一度だけ会った『当主』は、セキと霊嗣の姿を認めると二人の元へと近づいてきた。
「『夏至』以来だね、千石霊嗣くん。こんな辺鄙な邸にようこそ」
 にこにこと笑うその顔からは、彼が『儀式』に際してどういう感情を抱いているかは分からなかった。
 とりあえず最低限の礼儀として挨拶だけはしておく。
「こんにちは。……許可を下さったそうで、感謝しています」
 彼が『当主』なら、恐らく彼が否といえば霊嗣はこの邸内に足を踏み入れることも出来なかったのだろう。邸の周りには結界のようなものもあるようだった。
 曖昧な言い方になるのは、どうにも明確に察知できなかったからだ。扱う力の質が違うのかもしれない。
「気にしなくてもいいよ。『儀式』に関してはセキに一任しているし、セキが望むなら君の立ち会いがあっても構わないしね。ああそうそう、私のことは『式』とでも呼んでくれるといい」
 本当に当主――『式』と名乗った彼は気にしていないようだった。
 式とセキが連れ立って儀式の最終確認をするのを、霊嗣はぼんやりと見ていた。
 実感がわかなかった。この『儀式』が済めばセキは死ぬという、その実感が。
 けれど、それが現実なのだ。
 言葉で言い表せられない感情が胸のうちで燻るのを霊嗣は感じた。
 そうしているうちに確認が終わったらしく、式が霊嗣の隣に、そしてセキが少し離れたところに立つ。
 セキが霊嗣を見る。霊嗣もセキを見た。
 彼女は無表情でじっと佇んでいたが、す、と綺麗に礼をした。
 それが別れの挨拶だと、霊嗣には一瞬分からなかった。あまりにも、あっさりしすぎていた。
 すぐにセキは霊嗣から視線を外し、地面に描かれた紋様の上を静々と歩く。
 まるで処刑台に向かう罪人のようだと、霊嗣は思った。瞬間、その考えにぞわりと寒気が走った。
 生々しく、セキの『死』が迫っていることを感じたのだ。今このときになってやっと。
 ――やはり。やはり、納得など出来ない。
「他の道は、ないんですか…っ!?」
 搾り出すような声で尋ねた霊嗣に、隣に立つ式は静かに口を開いた。
 ゆっくりと歩を進めるセキを見つめながら、言の葉を紡ぐ。
「その質問は、遅すぎたね。どちらにしろ答えは否であったとしても。――始まったものを止めることは出来ない。終わりを見届けるしか出来ないよ。君にも、私にも」
 厳かな、神聖にさえ見える仕草で、セキは地面に――否、そこに描かれた紋様の中心に、口付けた。
 ふわり、とその長い髪が宙に舞うのを、見た。
 ―――…ひかりが、彼女を包んだ。
 不意に、式が背後に立った気配がした。それに霊嗣が反応する前に、式の手が霊嗣の視界を覆う。
 脳裏に映像が閃く。そして同時に――消える。
 記憶が流れ出るのを、感じた。
「な、にを」
 抗おうにも身体が思うように動かない。
 その間にも記憶が無理やりに引きずり出され、そして流れ出て行くのを感じる。
 式が何かをしているのだと、すぐに分かった。
 走馬灯のように流れ行く記憶は、セキと出会ってからの――彼女と関わった記憶。
「やめてくださいっ…!」
 かろうじて自由になる口を動かしてそう訴えれば、式は無感情な声で応えた。
「やめないよ。それがセキの頼みだからね。――セキに関する記憶を全て、君の中から消すのがセキの望みだ。私の望みをセキが叶える。私はセキの望みを叶える。それが約束だ」
「僕は忘れたくありません!!」
 叫べども、身体は自由にならず、記憶の流出も止められない。
 少しずつ心から何かが零れゆくのを、痛いくらいに感じるのに。
「忘れたくなくても、忘れてもらうよ。セキの片割れ――コウにも忘れてもらう。『セキ』という存在の消失によって大きな影響を受ける者には全てを忘れてもらう。そうなるように術をかける。それをセキが望んだ。――私は『私』の望みを取り消せない。だから、せめてこれくらい叶えてやりたい」
(―――そんな)
 すべて。何もかもを忘れることが彼女の望みなのか。
 あの偶然の出会いも、自分と彼女が交わした言葉たちも、自分が彼女に抱いた気持ちすら。
 忘れろ、と。
(いやだ……っ!)
 言葉で言い表せない恐怖が、霊嗣の背筋を這い登った。
 抗わなければと思った。なかったことにされるのは嫌だった。
 彼女との思い出も自分の想いも、それは自分だけのものなのだから。
 自分の意に沿わない身体を必死に動かそうとしながら、霊嗣は流れ出ようとする記憶と想いを必死に己の中に留めようとした。
 それは抵抗と呼べないほどの抵抗だった。それでも霊嗣は抗った。
 抗うことを止めればすぐにでも、セキにまつわる全ての記憶と感情は自身から流れ出、意識を失うのだと本能で感じ取っていたからだった。
(セキさん……!)
 ただひたすらに、彼女を思った。

◆ ◆ ◆

 意識が薄れゆくのを、セキは感じた。
(まるで眠りに落ちるようですね。………二度と覚めぬ眠りではあるでしょうが)
 苦笑したつもりだったが、それが表情になったかは分からなかった。
 感覚が薄れていく。まさしく夢現のような状態だと思った。
 自分の幕引きにしては、随分と穏やかなものだと少しだけ意外に思う。
 ――片割れを生かすためなら、何でもしようと思っていた。
 元々ヒトと呼べない自分がどれだけ異形に近づこうと構わなかったし、その過程で『力持つもの』――神に類するモノを弑すことだって厭わなかった。
(大事なものは、1つだったから――)
 他の何を犠牲にしたって構わなかった。自分自身でさえ。
 けれど。
 ――出会って、しまった。
 関わらなければ良かったのだろう。でも、偶然の出会いは次第に必然となって。
 いつしか、突き放せないまでに、心を許し始めていた。
 そんなこと、あってはいけなかったのに。
(最初は、ただの子供だと思っていたのに。ただ、少し変わった子供だと)
 もしかしたら、自分でも気付かぬうちに『他人』への思慕が募っていたのかもしれない。
 道具として生まれ、道具として生きていた。ヒトとして扱ってくれるのは片割れだけで、だから大事だった。
 片割れさえいればよかった。他に何もいらないと思っていた。
 ――それでも、心のどこかで『他人』にこがれていたのだろうか。
(それは、『裏切り』に他ならないのに)
 “お互いさえいればいい”――その気持ちに、偽りは無かったとしても。
 真っ直ぐに己を見つめる瞳に、冷静を保てなくなり始めたのはいつだっただろう。
 いけない、と思った。迷いを抱いてはいけない。それは封破士である己に迷いを抱くと同義なのだから。
 自分が全てを遂行できないと判断されれば、その任は片割れにも及ぶ。それだけは避けねばならなかった。
 関わらないように、と、全てが終わるまで覚めない眠りにつかせた意味が無い。
 全ての元凶に対して頭を下げてまで、片割れを眠らせておきたかった。それは、自分の行く末をよく知っていたから。
 異形に近づき、同時に壊れ行く自分を見て、片割れが平気でいられるとは、とても思えなかった。
 そもそもが、1人でやるものではないのだ。
 本来であれば2組の双子が必要だった儀式。
 双子の出生率がだんだんと減り始めてから、一組の双子で行われるようになった。けれど、どちらともが犠牲になるのを了承できずに片方のみの犠牲で済むようにと交渉し。
 そして自分が『封破士』と『器』になった。
 他の季節であればそれが当然であっても、朱夏では前例の無いこと。
 全てが終わる前に、自分が壊れる可能性もあった。
 それでも、一縷の希望に縋った。
(生きて、幸せに)
 それだけが望みで。
 全て忘れて、ただの人として、幸せに。
 それはきっと、自分のエゴでしかないだろうけれど。
 ―――幸せに。
 自分のことなど忘れていい。いなくなる者のことなど、覚えていても何の利もないだろう。
 拓けている未来に、暗い影など落としたくなかった。
 自身が極めた道すら捨てると言われ、そこまで彼に影響を与えてしまうほどに関わってしまったことを後悔した。
 けれど忘れれば、それもない。
 だから何も言わなかった。言わなくとも、自分にまつわる記憶を失った彼がその道を選ぶはずが無いと思ったから。
 守りたいと願ったものを守れるのなら、それでいい。
 そう思って、僅かに残った意識も手放した。

◆ ◇ ◆

『やめなさい』
 凛とした声が、辺りに響いた。耳に直接届くのではなく、頭の中に響くような、そんな声だった。
 ふ、と身体を束縛する見えない力が緩むのを感じた。そして視界を塞いでいた式の手が力なく落ちる。
『こどもが泣くのを、私は見たくありません』
 霊嗣の視界に映ったのは、セキであって、セキでない者だった。
 姿も声もセキであるのに、気配が彼女ではないのだと雄弁に語っている。身を包む燐光が、彼女をこの世在らざるものに見せていた。
 呆然とした声音で、式が呟いた。
「しゅ、か……」
『何を驚いているのです。貴方が望んだことでしょう。既に死者である私を――私たちを、現世へと呼び戻す。理に反するそれを、こうして実現したのでしょう。……たくさんのものを、犠牲にしながら』
 その言葉は淡々としていたけれど、どこか式を責めるような、それでいて哀れむような響きが混じっていた。
 セキであり、セキでない――式に『朱夏』と呼ばれた彼女は、静かに霊嗣へと視線を向けた。
『貴方は、この器の主を大切に思っているのですね』
「………はい」
 殆ど反射的に霊嗣は答えていた。
『この器の主は、大切な者に悲しまれるくらいなら忘れて欲しいと願っています。それが自分の身勝手な思いであると知りながら、それでも全てを忘れて幸せになってくれたら、と。――これから先、拓けているはずの未来に自分の影は不要だと、そう考えて』
 その気持ちは私にも分かるのです、と彼女は言った。
『これがもっと前の代であったなら、それが最善と言えたかもしれません。――けれど、もう』
 彼女は目を伏せた。
『終わらせるべき時が、来たのでしょう。“器”としては申し分ないこの身体は、随分と無茶をしなければ理を覆せなかったようですね。たくさんの力を内に留めて、そしてやっと“降ろし”を行える――それほどに、徒人に近づいた。それがきっと、……答えなのです』
 その言葉が、独白でも無く、自分に言われたわけでもないと霊嗣は分かっていた。その言葉は、式に向けてのものだった。
「――そうかも、しれない。終わりが近づいていることは分かってた。でも、彼らを生み出した私が、彼らの存在意義を奪うなんて出来ない。だって、私の望みは君たちに会うことだ。終わらない生の中で、それだけが望みだったんだ」
『知っています。……それでも、否応なしに変化は訪れます。貴方が引き延ばした別れが、今度こそ来たのです。分かっているのでしょう』
 聞き分けのない子供にするように、『朱夏』は式の顔を覗きこんで微笑んだ。まるで母親のような笑みだった。
『今度こそ、さようなら、です。もう終わりを恐れるのは止めなさい。終わりは始まりでもあるのだから』
「……わかって、る。わかってるよ、朱夏。私はもう、あのときの何も分からなかった子供じゃない。ちゃんと理解できる。――さよなら、だ」
 よく出来ました、というように、朱夏はにっこりと笑った。
 そして小さく式の耳元で二、三言告げて、そしてゆるりと瞳を閉じた。
 彼女の身を包んでいた淡い燐光がすぅっと消え、そして身体から力が抜ける。
 それを見越していたらしい式が彼女を抱きとめ、そしてゆっくりと地に横たえた。
「セキは、“器”でも“封破士”でもなくなった」
 淡々と、ただ事実だけを伝える声音だった。
「『朱夏』の魂はセキの中にはない。セキの魂もまだ消えていない。だけど、奥深くで眠っている状態に近い」
 横たわるセキとその傍らの式にふらふらと近づいた霊嗣に視線すら向けず、ただセキを見下ろして式は告げる。
「目を覚ますかもしれない。覚まさないかもしれない。すごく半端な状態だから、もしかしたらすぐに死ぬかもしれない。――どうなるのかなんて、誰にも分からない」
 式は立ち上がり、セキの傍らから退いた。代わりに霊嗣がそこへと膝をつく。
「それでも、待つというのなら止めはしない。――もう『朱夏』は私の手を離れてしまったから、私がセキを縛ることはない。……病院の手配をしてくる。君はセキを看ていて」
 そう言って、式はその場から立ち去った。
 見下ろしたセキの瞳は硬く閉じられている。
 耳を澄ませば微かにだが規則正しい呼吸音が聞こえる。
 霊嗣はそっと彼女の頬に手を添えた。 
(……あたたかい)
 それが今の全てだと、霊嗣は思った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7086/千石・霊祠(せんごく・れいし)/男性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、千石様。ライターの遊月です。
 『朱夏流転・陸 〜大暑〜』にご参加くださりありがとうございました。

 全てが丸く収まる、とはいきませんでしたが、いかがだったでしょうか。
 明かされたこと、伏せられたままのこと、色々ありますが、とりあえず『朱夏流転』はこれにて終幕となります。
 とはいえセキも千石様も生きてらっしゃいますので、2人のお話はまだまだ続いていくでしょう。
 最終話までお付き合いくださり、ありがとうございました。

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 最後まで書かせていただき、本当にありがとうございました。