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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■花を、一輪だけ■

「それじゃ、煙草買って来る」
「行ってらっしゃい、お兄さん」

 零に見送られて、草間は事務所の扉を開けた。

「お」

 草間は小さく声をあげた。扉の目の前に、幼い少女が立っていたからだ。
年の頃は7,8歳だろうか。冬だというのにノースリーブのワンピースを身につけ、手には大きな花束を抱えている。小さな体が、花の中に

埋もれてしまいそうだ。

「……花、いりませんか」

 か細い声で、少女は言う。草間は瞬きをして、深く息を吐いた。

「怪奇の類はお断りなんだが……」

 少女は明らかに、生きた人間ではなかった。足元に影がないし、外は強い風が吹いているのに、髪の毛や服はぴくりとも動かない。

「お嬢ちゃん、帰るべき場所に帰んな」

 相手が幼い子どもということで、草間は極力優しい声で語りかけてみた。しかし少女は、何を言われているか理解出来ない、というよう

に首をかしげる。

「花を、もらって欲しいの」
「ああ、花をもらったら帰ってくれるのかな。それじゃ、頂くよ」

 そう言うと少女は嬉しそうに顔を輝かせ、花束の中から白い花を一輪抜き取り、草間に差し出した。草間がその花を受け取った瞬間、花

はサラサラと砂のようにこぼれて消えた。

「ま、これも受け取ったってことになるよな。そんじゃお嬢ちゃん、帰んな」
「……全部なくならないと、帰れないの。お母さんに、怒られちゃう」
「……ああ、そうかい。それじゃ、全部俺が……」
「お兄さん」

 いつの間にか零が背後に立っていて、草間は飛び上りそうになった。

「れ、零……! お前な、いきなり……」
「お兄さん。その子から、強い霊力を感じます。その花束からも。その子は危険、かも……」
「……でも、さっき受け取った花は消えたぜ?」
「それは、一輪だけだったから。あれだけ大輪の花束になると、もはや武器です」

 零の言葉に、草間は頬を引き攣らせた。少女は相変わらず、こちらの言っていることが分からないようで、あどけない表情で草間を見つ

めている。

「……これは、俺の手には余るな」


■■■


「シュライン、後は頼んだ!」

 草間は、少し下がって様子を見ていたシュライン・エマを振り返った。
シュラインは、そんな気がしていた……とでも言いたげに軽く柳眉を上げると、小さく息を吐いた。

「しょうがないわねえ……」

 シュラインは草間の前に出ると、少女の側でしゃがんだ。少女を包む空気は冷たかったが、とても柔らかい。嫌な感じは、しなかった。

 本人に、害意はなさそうなのよね……。

 シュラインは、心の中でそっと呟く。そして少女の眼を見て、にっこりと微笑んだ。

「初めまして。私、シュライン・エマっていうの。あなたは?」

 少女に目線を合わせて、そう尋ねる。少女は一瞬恥ずかしそうに花束で顔を隠したが、やがてほんの少し顔を出した。黒目がちな瞳が、

せわしなく瞬いている。

「椿……。オガワ、ツバキ」
「椿ちゃん。綺麗な名前ね」

 本心からシュラインがそう言うと、椿は照れ笑いを浮かべて花束を強く抱きしめた。

「椿ちゃん。私にも一輪、お花をもらえるかしら」
「うんっ」

 椿はシュラインの言葉に嬉しそうに頷き、花束の中から赤いコスモスを抜き取った。シュラインは、顔を近づけてその花を見つめる。
異なる世界のものとは思えないほど、瑞々しくて美しい花だった。

「有難う」

 礼を言ってから、シュラインは花を受け取った。一瞬だけ彼女の指先が少女の指と重なり、シュラインは強い静電気のような刺激を覚え

た。
やはり、この少女の霊力は強い。
そう思うとほぼ同時に花は砂状に朽ち、彼女の指の間からこぼれて行った。

 ……一輪だけだと、何も起こらない。

 再度確認してから、シュラインは少女を見た。花を受け取ってもらって嬉しいのか、椿はニコニコしている。

「ねえ、椿ちゃん。もう一輪、もらっても良い?」
「……駄目。ひとり、一輪だけなの」

 この言葉には、椿は頑なな表情で首を振った。シュラインは口元に手を当てて、軽く首を傾げた。

「あら、そうなの? 椿ちゃんはどうして、このお花を配ってるのかしら」
「このお花、幸せの証なの」

 花が幸せの証。
少女が好みそうな、メルヘンチックな発想だ。しかし何故か、椿の表情は浮かなかった。

「ひとりにひとつずつ幸せを配ったら、生まれ変わった後に自分も幸せになれるんだって。お母さんの神様が言ってたの」

 椿は、曇りがちな顔でそう言った。

「お母さんの、神様?」

 シュラインと草間、そして雫は思わず顔を見合わせた。

「……そういえば、花を神聖視する新興宗教があったわね」
「フラワロウド教団ですね。最近、信者数を増やしていると聞きました。」
「新興宗教、ねえ……」

 草間は露骨に嫌そうな声音で言い、顔をしかめた。

「ちゃんと配り終わるまで帰って来るなって、お母さんが……。でもね、もらってくれる人、全然いないの……。皆、私のこと無視する」

 椿はしょぼん、と肩を落とした。
草間はため息をつき、後ろ頭をがしがしと掻く。

「何かまた、ややこしい話になってきたなあ……」
「ともかく、放っておくわけにはいかないわ」

 シュラインは立ち上がり、草間の顔を見た。草間は溜め息をつき、「分かってる」と呟いた。

 シュラインはしばし目を閉じて、今の状況を考察することにした。
この少女は、花を配ることを目的としている。その目的が達成されれば、恐らく然るべき場所へ帰って行くことだろう。しかし花は、一人

一輪ずつ。一人で複数受け取ることは出来ないらしい。街行く人に配るにしても、これだけの量だ。一体どれだけ時間がかかることか。彼

女の強大な霊力が、人体や物に影響を与えないとも限らない。それ以前に、一体どれくらいの人間が、彼女の姿を視覚で認識することが出

来るのか。

 シュラインは目を開けた。そして、草間と零を振り返る。

「……このままここにいても埒があかないから、移動しない? ……この子の思念は相当強いわ。あまり、一箇所に留まらない方が危険も

少ないと思うの」
「私も、そう思います。あまり長い時間一つの場所にいると、彼女の思念がこの場所に定着してしまうかもしれませんし……」

 零がしっかりと頷いて同意する。シュラインは、椿の方へと向き直り、すらりとした腕を胸元で組んだ。

「ねえ、椿ちゃん。ちょっとお散歩にでも出かけない? それで、私たちと一緒にお花をもらってくれる人を、探しましょう」
「……いい、の?」

 椿は、不安そうに尋ねる。彼女を安心させるように、シュラインは「勿論。綺麗なお花をもらったお礼よ」と、微笑んだ。すると、椿も

ほっとしたように微笑んだ。

「それじゃあ、武彦さん、零ちゃん。行きましょうか」
「はい」
「え、俺も?」

 予想外、とでも言うように草間は声をひっくり返した。

「当然でしょ。ほら、早く」

 シュラインはやや強引に草間の腕を引っぱり、外へと足を踏み出した。


■■■


 街を行き交う通行人たちには、椿の姿は見えていないようだった。見えていれば間違いなく目を引くであろう大きな花束に、誰ひとりと

して目もくれない。

 ……やっぱり、街の人に配るのは無理みたいね。それだったら……。

 シュラインがそこまで考えたところで、草間が口を開いた。

「外に出たは良いが、これからどうする、シュライン」

 草間は言って、煙草を取り出す。煙草は最後の一本で、「そういえば俺、煙草を買いに行くとこだったんだ……」と、悲しげに呟いた。

「大丈夫。私にちょっと、考えがあるの」
「へえ、どんな」
「その場所に着けば、分かるわ。それまで、椿ちゃんとお話でもしましょ」

 シュラインは軽い口調で言って、椿の方を見た。彼女は周りをきょろきょろ見ている。花を受け取ってくれる人を、探しているようだっ

た。しかし誰も彼女を見もしないと分かると諦めたように息を吐き、長身のシュラインを見上げた。
 
「……本当はね、お花配るの、嫌だったの」
「あら、どうして?」
「お花を渡した後、本当は神様の説明をしなきゃいけないの。だけどそうするとみんな、物凄く嫌な顔をするの。お母さんは、お花を配る

のは幸せを配ることって言うけど、誰も幸せそうじゃないのよ……」

 そう言って椿は、悲しげに眼を伏せた。長い睫毛が小刻みに震えているのが分かり、シュラインはなんとも言えない気持ちになった。

「……椿ちゃんは、その神様をどう思ってるの?」

 シュラインが尋ねると、椿は眉を寄せた。

「よく分かんない。幸せって一体何なのかも、よく分かんない……」

 少女は花に顔をぎゅっと抱きしめ、悲しそうな口調で呟いた。


■■■


 シュラインに導かれ、一行がやって来たのは街外れにある墓地だった。昨今では墓参りをする人も減り、手入れされずに苔むした墓も少

なからず見られる。

「なるほど、死者の花を死者に捧げる、ってわけか」
「そう。ここが一番、お花をもらって喜ぶ人がいるんじゃないかって」

 そう言うシュラインの横をすり抜けて、椿は数歩、前に出た。

「あの……お花、は、いりませんか」

 椿は、おずおずと呼びかけた。
 すると、あちらこちらの墓石から、ほの白い光の玉のようなものがフワフワと舞い上がった。中には、ぼんやりと顔が分かるものもある

。もっとはっきりと、四肢や髪の毛を持って現れた死者もいる。

「これは、なかなか……凄い光景だな」

 武彦は、ごくりと生唾を呑み込んだ。

 最初に椿に近付いたのは、髪の長い、若い女の霊だった。

『おはな……きれい……もらって、いいの……?』
「はい、どうぞ」

 椿は白い花を、女の霊に手渡した。シュラインたちのときは瞬く間に朽ちてしまった花は、女の霊が手に取っても消えることはなく、む

しろ瑞々しさと輝きを増したようだった。

『ああ……きれい……。ありがとう、嬉しい……』

 女の霊は幸せそうに微笑み、白い花に頬ずりをした。
それを見た霊たちが、次々と椿の元に集まって来た。

『私にも、頂けませんか……』
『あたしにも……』
『僕も……』

 椿は、ひとりひとりに丁寧に花を配った。花を受け取った霊たちは、みな一様に笑顔になり、椿に礼を言った。

「みんな、みんな喜んでくれてる……?」

 椿は、喜びのような戸惑いのような、複雑な表情でシュラインの方を見た。
シュラインは側で見守りながら、ゆっくりと首を縦に振った。

「そう。みんな、椿ちゃんのお花を喜んでるの。椿ちゃんは今、幸せを配ってるのよ。でもそれは、神様は関係ないわ。椿ちゃんの気持ちが、みんなに伝わってるのよ」

 シュラインの言葉に数度眼を瞬かせ、椿はふわりと微笑んだ。温かくて、充足感に満ちた笑顔だった。そんな彼女を見ていると、シュラインの心も満たされてゆくようだった。

「私、幸せ。みんなが喜んでくれて、凄く幸せ……」

 椿の周りに、キラキラした光の粒が現れた。
彼女が一本花を配る度に、光は椿の体を覆っていく。
光を纏った少女が、死者に花を配る。
それは、神々しさすら覚える光景であった。

 全ての花を霊に配り終える頃には、光は彼女の身体を覆い尽くし、ほとんど彼女自身が光と化していた。

「ありがとう……」

 そう言って、椿は微笑んだ。
彼女は今や無数の光の粒と化していたが、シュラインには椿の笑顔が見えた。あどけない、そして幸福感でいっぱいになった笑顔が。

 光の粒は少しずつ瞬きを弱め、やがて消えた。

 霊たちもそれぞれの住処へと戻り、墓地には静寂が満ちた。その静けさを破ったのは、草間だった。

「さ、帰るか。煙草も切れたことだし」

 彼は情緒のない口調でそう言うと、さっさと踵を返した。
シュラインが何かを言う暇も与えず、大股で墓地を出て行ってしまう。

「……もう、武彦さんてば」

 他に何かないの? と思いながらも、シュラインは草間を追いかけた。
少し遅れて、零もついて来る。

「どうしたの武彦さん。煙草屋はそっちじゃないわよ」

 煙草屋に向かう角を曲がらなかった草間を不思議に思って、シュラインは声をかけた。草間は、「いや……」と小さな声で言って、シュ

ラインから眼をそらした。

「花でも買ってくかな、って思って……な」

 シュラインの方を見ずに、ぶっきらぼうな口調で武彦はぼそりと呟いた。
シュラインはその横顔が、むしょうに愛しくて、思わず笑顔に

なった。

「それじゃあ、とびきり綺麗な花を買いましょう。一輪だけ」

 草間は返事をせずに、後ろ頭をがしがしと掻いた。

 シュラインは笑って、空を見上げた。抜けるような青い空に、白い雲がまるで花びらのように漂っていた。

end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【NPC/草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】
【NPC/草間・零/女性/?歳/草間興信所の探偵見習い】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、水野ツグミと申します。
この度は、ご依頼頂きまして有難うございました!
シュラインさんの優しい、そして素敵な導きのおかげで、少女は円満に帰ることが出来ました。
一石二鳥……どころか沢山の人が幸せになれるという、素敵なプレイングを有難うございました。
まだまだ外は寒いですが、書いている間は胸がぬくぬくになりました。
それにしてもシュラインさんは、素敵な女性ですね!
こんなお姉さんが欲しいです。
それでは重ね重ね、この度は有難うございました。
また是非、よろしくお願い致します。