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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


傍迷惑なトラブルシーク



「あ」
 がしゃん。
 小さな音を立てて、それは壊れた。
 中に入っていたものがふわりと宙に浮かび、ついで光を放って拡散する。
「あぁ〜どうしよう。これ吉良さんのところから持ってきたのに」
 日向明は、もとは小瓶であった硝子の欠片を見遣り、深々と溜め息を吐く。
「『種』だったんだよねぇ、あれ。ってことはトラブルが起きるってことで…」
 自身の能力である『トラブルシーク』で見つけたトラブルの種。それを閉じ込めた小瓶を明は持ち出したのだった。……もちろん無断で。
「ここ、学校だし…そのままにしてたらどうなるかわからないなぁ。どうしよう。誰かに手伝ってもらって回収しようかなぁ」
 呟き、携帯を取り出した。使えるものは使う主義の明だった。

◆ ◇ ◆

(はあ〜…面倒やなぁ)
 理科の授業で使われた資料を手に廊下を歩きながら、神無弥生は心中で呟いた。
 先生からの言い付けで理科実験室へと向かっているのだが、どうして自分が指名されたのか分からない。
 ただの気まぐれだろうが、気まぐれでそこそこの重量の資料を運ばされる身になって欲しい。というか自分が使ったんだから自分で運べと思わないでもない。
 そんなことをつらつらと考えているうちに理科実験室へと辿り着いた。このあたりは特別教室ばかりなので、あまり人もいない。
 両手で持っていた資料を片手で抱え直し、何の気なしに扉を開いた弥生は、そこに広がっていた光景に一瞬言葉を失った。
 そしてほぼ無意識に扉を閉めて、首を傾げる。
(なんや今、妙なもんが見えたような)
 しかし目的地はここであるので、中に入らないことには教室に帰れない。
 一度深呼吸してそれから再び扉を開いた。
「よっしゃ、ひっかかった! あと2枚ー!」
「うるさいですよ、まだ勝負はついていません」
 人体模型と骨格標本が、向かい合ってそんな会話を交わしていた。
 ………どうやら先ほど扉を開けたときに見えたものは幻覚ではなかったらしい。
 2人(?)の手には何枚かのカード(よく見るとトランプだと分かった)があり、どうやら2人でトランプゲームに興じているらしい。
 弥生は人形師であるので、別に骨格標本や人体模型が勝手に動こうが話そうが別段驚きはしない。――が、これまで幾度か理科実験室に入ったことはあれど、骨格標本も人体模型も動いたり話しかけてきたりはしなかった。
 一体何があってこうなったのだろうと少々疑問に思っていると、戸口に立ったままの弥生に2人が気付いた。
「お、嬢ちゃんどした? 何か用事か?」
 朗らかに(とはいえ表情は変わらないので語調で判断するしかないのだが)人体模型が声をかける。
 弥生はとりあえず資料を片付けながら答える。
「いや、ボクは資料置きに来てんけど、何してん?」
「見てわかんねぇ? ババ抜きだよ」
「ここ、なかなか人来ませんしねぇ。暇で暇で」
 ふう、と溜息をつく仕草をする(実際にはしてないしできない)骨格標本。
「あ」
 いいことを思いついた、という感じの人体模型の声に、何とはなしにぎくりとする弥生。
「嬢ちゃんもまじってやらねぇ? 2人でババ抜きってつまんねぇんだよな」
「あなたが言い出したんでしょうに」
「しゃーねーだろ、そんくらいしかできるのなかったし。神経衰弱とかはおれ弱いし」
「ほんと馬鹿ですねぇ」
「頭の中身ないやつに言われたくねぇ。っていうか何でおまえ思考できんの」
「あなただってただの人体模型のくせに動くし喋るじゃないですか。ぼくたち人間じゃないんですから、多少おかしいことがあってもそんなものとして納得するべきです」
「そういうもんか?」
「そういうものです」
 結構仲良しらしい2人。人体模型は明るい体育会系、骨格標本は冷静な文系という感じがする。あくまで印象の上でだが。
 2人のやり取りをぼんやりと眺めていた弥生だったが、人体模型がくるりと自分を見てきたのでハッと意識を戻す。
「で、返事は?」
 問われ、悩む。
「そうやなぁ…」
 確かに人体模型と骨格標本じゃなかなか人と関われないだろうし、付き合ってあげてもいいかと思うのだが、生憎と今はまだまだその辺に生徒がいるような時間だ。いつ人がここに入ってくるかも分からない。
 見つかったら流石に言い訳のきかない外見の人体模型と骨格標本とともにゲームに興じるのはちょっと考え物だろう。
 そう考えて、丁重に辞退することにする。
「すいませんけど、遠慮させてもらうわ。また機会があったらな」
 苦笑を向けて告げれば、人体模型がつまらなそうにむくれた。…あくまで表情は変わらないが、雰囲気で。
「なんだよー付き合いわっりぃのー」
「ほんまかんにんな。じゃ…」
 そう言ってそろそろと扉に手をかける。
 骨格標本が無言のままなのも怖いし、人体模型が何事か考えている素振りなのも怖い。
 何か弥生にとってまずいことを言いそうな予感がする。それを口にされる前にさっさとこの場を去らねば。
「あ! じゃあババ抜きじゃなくて追いかけっことかどうだ?」
「………逃げられると、追いたくなりますよね…?」
 背後から聞こえてきたその内容に、思い切り扉を閉めて、弥生は脱兎のごとくその場から逃げ出した。
 ……数秒後扉が開き、明らかに人のものではない足音が自分を追ってくるのを聞く。
 そして終わりの見えない『追いかけっこ』が始まったのだった。

◆ ◇ ◆

 まさか生徒がうじゃうじゃいるところに人体模型と骨格標本を連れて行くわけにも行かず、弥生は普段から人気の少ない特別教室周辺を必死に走っていた。
 自分は人間。相手は(どうして動き出したかは定かではないが)人形。
 長期戦になると不利なのは弥生である。
 こうなれば『追いかけっこ』を止めた方が良さそうなのだが、何がまずかったのか、人体模型と骨格標本は話が通じる様子ではなくなっている。
 とにかく一心不乱に追いかけてくるのだ。雰囲気からも平和的な終わりは望めそうにない。
 捕まったらどうなるのか、とかなり不安になる。
 不意にポケットの中の携帯が震えた。走りながらそれを手に取る。
 表示された名前を一瞬だけ見て、すぐに通話ボタンを押した。
『弥生ちゃん? ボクだよ〜』
 間延びした能天気そうな声が、耳に届いた。
「明クンか?」
 一応確認しておく。
 明――日向明とは、とある出来事が縁で知り合った。
 可愛らしい見た目(男だが)に反して、少し…いやかなり、イイ性格をしている人物だ。厄介ごとを持ち込んだりさらに厄介にしたりする傍迷惑な人間でもある。
『そうそう。あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど…』
「今それどころやない!」
『そんなこと言わないでよ〜』
 情けない声をあげた明は、それでも弥生の言い分に構わず続ける。
『実は、ついさっき“種”を落っことしちゃってね〜。学校のどこかに飛んでっちゃったから、見つけて回収するの手伝ってもらえないかなぁって』
 ひくり、と己の頬が引きつるのを弥生は感じた。
「『種』って……トラブルの?」
『うん。多分どこかでトラブルに出くわすだろうから、ついでに回収してもらえないかなーって』
 必死に走りながら、弥生は思わず電話の向こうに向けて怒鳴っていた。
「もうトラブルに巻き込まれてるわ!!」
 『ありゃ〜』と緊迫感も何もない明の声を聞きながら、早口で現在の状況を伝える。
 今まで動く様子のなかった人体模型と骨格標本が動き出し、今現在こうやって自分を追いかけてきているのが『トラブルの種』のせいだというのは間違いないだろう。このタイミングであるし。
 走りながらちらりと後ろを見る。
 明の話によれば、『種』は見つけて認識さえすればこっちのものらしい。
 『種』に主体性などないので、『認識する』という行為それ自体で影響を与えることが可能らしいのだ。
 とはいえ普通はそう簡単に『種』を見ることは出来ない。しかし一度『種』を認識したことがある人間は、少しだけ『種』を見つけやすくなるらしい。
 弥生は明に『種』を見せてもらったことがある。『種』と呼んではいるが、どうにも形容しがたい物体だったのを覚えている。
 走り続けながら、弥生は注意深く人体模型と骨格標本を見た。
 なかなかに難しいが、そうしないと延々と追いかけっこを続けることになる。
(………見つけた!)
 人体模型の右足と、骨格標本の眼窩。そこが淡く光っているように見える。
 『種』だ。
「お?」
「おや…?」
 途端に人体模型と骨格標本の動きが鈍る。トラブルになりかけていた『種』が、ただの『種』へと変化しているらしい。
 次第にぎくしゃくした動きになっていった人体模型と骨格標本は、弥生が『種』を認識して一分も立たないうちに廊下のど真ん中で崩れ落ちるように動きを止めることになった。
 物言わぬ、正真正銘ただの人体模型と骨格標本になってしまった2体に、少しだけ罪悪感が沸く。
 きっと、動けるようになって嬉しくて、自分に会って少し遊びたいと思っただけだっただろうに。
 けれど動けるようになった原因が『種』にあるなら、そう時が経たないうちに彼らはトラブルの元となっていただろう。
 あの様子からすれば、だれかれ構わず追いかけてくるようになったのかもしれない。
(考えてもしゃーないわな…)
 ふわりと2つの『種』が弥生の傍に寄ってくる。しばらくはそのままでも大丈夫そうだ。
「……明クン」
『ん? なぁに?』
「人体模型と骨格標本、片付けるん手伝ってくれるか?」
『うん、いいよ〜』
 軽く返事をした数十秒後に弥生の元へと辿り着いた明(どうやらすぐ近くまで来ていたらしい)と2人がかりで、人体模型と骨格標本を理科準備室へと運ぶことになったのだが、追いかけっこをした分だけ理科準備室からは遠ざかってしまっている。
 人が通らないことを一心に祈りながら、こそこそと理科準備室に向かうこととなったのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7319/神無・弥生(かんな・やよい)/女性/16歳/高校生・人形師】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、神無様。ライターの遊月と申します。
 「傍迷惑なトラブルシーク」にご参加くださりありがとうございました。

 トラブル内容は人体模型と骨格標本との追いかけっこ、でしたが、どうだったでしょうか。
 人体模型と骨格標本初登場部分が、個人的に書いていて楽しかったです。
 人形師としては、動かなくなった彼らに何か思うところあったりするんじゃないかと思って、プレイングにない部分を入れさせていただきました。イメージとあまりずれがないことを願います。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。