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<東京怪談・PCゲームノベル>


万色の輝石

「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ」
 ベッドで目を閉じた亮吾が次に目を開くと、見たこともない景色が広がっていた。懐かしい風景、いつか見たような気がするのだが思い出せない。
 ふと気付けばふわりふわり、と水晶玉が浮かんでいる。ビー玉より少し大きいくらいで、薄青色の美しい光を纏う。
「外から形作るモノ、内に宿るモノ。普段見られない自分の内側を、少し覗いてみては如何? 招待状はお持ちのようね。結構よ。それでは、参りましょうか」
 春のような柔らかな風が頬を撫でる。
 亮吾が水晶玉に手を伸ばすと、淡い緑風と共に景色が変わった。



 彫りかけの彫像、腕のない女神、歪にビビの入った壁。
 亮吾の意識が沈んだのは、そんなツギハギだらけの部屋だった。四方には平らな壁があり一見ごく普通の部屋に見えるが、天上というものが存在しない。亮吾が見上げてみると、雨上がりのような澄み切った青空が広がっていた。千切れた白い雲が、青を背景にゆっくりと流れていく。暖かな春の風が部屋の中にも吹き込み、気紛れに亮吾の頬を撫でてはまた何処かへと吹いていく。
「これはこれは、また珍しい魂をお持ちね。普通の器に二つも魂を入れたら、壊れてしまっても不思議ではないのに。今無事でいられるのは、特殊な体質のせい……或いは、それが貴方の運命なのかしら」
「あ、あれなーに?」
 眼を覚ました亮吾はそんな水晶玉の言葉など全く耳に入っていないようで、物珍しげに目を輝かせながら部屋の中を歩き始めた。
 空間自体が酷く不安定で、壁の一部に切り込みのようなラクガキがあったり、霧のように霞がかって見えにくいところさえある。浮かんでは消える写真の数々は、亮吾の記憶が具現化したものだろうか。
 中央には暖かそうなコタツがあり、橙色をした蜜柑が入った籠がある。亮吾はしばらくそうして歩き回った後、疲れたのかコタツに入って休み始めた。
「な、なかなか難しい年頃のお客様のようね。振り回される人生もまた一興! 自称プロの夢歩きを名乗るわたくしですもの。何が何でも、楽しく美しくもてなして差し上げますわ。……って、え?」
 水晶玉が不意に驚いた声をあげた。

「食べてもいーい?」

 無邪気な笑顔、伸ばされた小さな子供の手。プライドが云々を語るのに夢中になっていた水晶玉は、あっという間に暗闇へと落ちてしまった。
「亮吾……。わたくし、この道長いですけれど。お招きしたお客様に、文字通り食べられたのは初めてでしてよ」
 水晶玉は驚き半分、もう半分は楽しげにそう言って、声なき声で笑った。



「うん……、亮吾。今は貴方の身体の内部からお話しているの。どうやら此方の方が見えることもあるようだわ。初めはいろいろなものが混ざり合っていて良く視えなかったけれど、風精霊に好かれているようね」
 身体から出ることを諦めた水晶玉は、守護精霊について話し始めた。
 この世界は人間だけで成り立っているわけではない。妖や異形と呼ばれる存在は、その昔、互いを認め合い良くも悪くも親しく付き合っていた時代もあった。日本でいえば平安頃が最盛期だったのではないだろうか。けれどいつからか人間は自分達以外の存在を否定し拒絶し、排除するようになっていった。どんなに文明が進歩しようと、暗闇を恐れるのは人間の本能。その闇に潜む異形たちを否定するのもまた、何があるか分からない闇を恐れてのことなのではないだろうか。
「つまり、お化けは怖い。怖いから嫌だーってこと?」
「間違っていないわ。亮吾、貴方は眼に見えないものを信じる?」
「んー……」
 コタツに入り、のんびりと空を眺めていた亮吾は首を傾げた。
「うん。きっと、いると思う。お化けとか、妖怪とか」
「怖くはない?」
「ううん。会ってみたい!」
 飛び出すような勢いの答えに、水晶玉はどこか嬉しそうに笑った。
「いつか会えるわ。貴方が信じ、そう望むのなら。風が司るは何事にも捕らわれない自由、異を受け入れる柔軟性、そして秘めた可能性。……そうね。少し力を貸しましょう」
 水晶玉がそう言うと同時、亮吾のまわりに小さな羽が舞い始めた。
 そうして姿を現したのは淡い緑色の体躯を持った小さなドラゴンだった。額にエメラルドの石がはめ込まれており、嬉しそうに尾を振って亮吾に擦り寄ってきた。
「風の精霊が具現化したものよ。シルフィード、と呼ばれることが多いけれど、地域や人々によって呼ばれ方や姿はさまざま」
「わー!! 凄い。何て言ってるの?」
 ドラゴンを抱き締め、頭を撫でてやりながら亮吾が問う。低く獣の鳴く声にしか聞こえないが、何かを伝えようとしている意思が亮吾には解った。
「貴方にちゃんと会えて嬉しい。心が真っ白だから、これから何が描かれていくのかとても楽しみ。そう言ってるわ」
 キュイ、と同意してドラゴンが鳴く。
 親愛の情を示し亮吾の頬をぺろりと舐めると、与えられた力を使い果たして霧のように消えてしまった。
「大丈夫。消滅したわけじゃないわ。ちゃんと貴方の心に宿っている。……さて、もう一つ。今回は触れてもらう必要もないみたいね。……よいしょ、と」
 やけにおばさんくさい台詞の後、不意に一枚のカードが現れた。裏側は黒と赤のチェック柄をしていて、亮吾が手を伸ばしてみるとくるりとまわり表側へ返る。
「これは、……、運命の輪。これから先、貴方には何か選択が迫られることになるかもしれないわ。それは大きなもの、或いは日常の小さなことかもしれない。でも心配しないで。生きていくことは、選択肢の連続。風の分岐であると忘れなければ、きっと上手くいくわ」
 真っ当な占い師ならカードをこんな使い方はしないだろう。
 深く取るも流してしまうも受け手次第、そう水晶玉は付け加えた。


 
 コンコン、と一応といった様子で叩かれたノック。
 亮吾が振り返ると、そこには長身の「亮吾」が扉を開けて立っていた。子供の体躯からすらりと背が伸び、大人っぽい雰囲気を身につけている。

「さっさと起きねーと朝飯食いっぱぐれるぞ!」

「うん!」
 弾かれたように立ち上がり、迎えに来てくれた亮吾の腕を掴む。
「ウチのが世話ンなったみたいだな」
「いいえ、わたくしも楽しい時間を過ごすことができましたわ」
 夢の終わり。亮吾の腹部がぼんやりと光ったかと思うと、元のように水晶玉がふわりと現れた。
「ばいばーい、またねー」
「それじゃ、どうかお元気で。いつかまた、大きくなった貴方にも会いたいものね」
 遠く鳴り響く目覚まし時計の音を聞きながら、亮吾は大きく手を振った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7266/鈴城・亮吾/男/14歳/半分人間半分精霊の中学生】

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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。如何でしたでしょうか。
イメージは、精霊関係ではなく亮吾君のプロフから性格などを取り入れて形にしてみました。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、またのご縁を祈りつつ失礼致します。