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<東京怪談・PCゲームノベル>


万色の輝石

「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ」
 ベッドで目を閉じた貴方が次に目を開くと、見たこともない景色が広がっていた。懐かしい風景、いつか見たような気がするのだが思い出せない。
 ふと気付けばふわりふわり、と水晶玉が浮かんでいる。ビー玉より少し大きいくらいで、薄青色の美しい光を纏う。
「外から形作るモノ、内に宿るモノ。普段見られない自分の内側を、少し覗いてみては如何? 招待状はお持ちのようね。結構よ。それでは、参りましょうか」
 春のような柔らかな風が貴方の頬を撫でる。
 貴方が水晶玉に手を伸ばすと、淡い緑風と共に景色が変わった。



「――ここは夢の中か?」
 駆け抜ける疾風に思わず目を閉じ、次に目を開けてみると、そこには不思議な光景が広がっていた。灯りを落とした薄暗い空間で、良く見てみると小さな部屋のようだ。どこか懐かしい感じもする。いつだったか、こんな部屋に入ったことがあるような、そんな気さえした。
「わたしを束縛するものは無い様子だ。束縛と言っても、夢の外にあるわたしを形づくる入れ物の影響をうけないという意味なのだが……」
 長い黒髪の先を指でくるりと遊び、ふむ、とウラは考える。
 遠い記憶を探ってみても、ぼんやりと霧がかかったようで上手く思い出すことができない。それならそうと、足を踏み出した。立ち止まってばかりいるのは性に合わない。この夢の主がいるのなら、会ってみるのも悪くはないと思ってのことだ。
「正解よ、ウラ・フレンツヒェン。此処は現実の歪みに生まれし空間、夢……というのも面白い言い方ね」
 ウラが後ろを振り返ると、黒いドレスに身を包んだ長身の女性が立っていた。腰まである豊かな赤髪に、硝子玉のような薄青の瞳。
「貴方を束縛する気は毛頭ないわ。ここに招いたのは確かにわたくしだけれど。……それに、魂が動けないという意味では、身体に束縛されているのは貴方の方ではなくて?」
「勘違いしないでもらいたい。これは自由意志だ。従っているのではないよ」
 失礼、と女は微笑み、不意に指を弾いた。
 するとどうだろう。まるでそれが合図だったかのように、部屋の中央に白いテーブルと椅子が現れた。風と共に現れ、テーブルの上には焼き菓子の入ったクッキーと香りの良い茶が用意されている。
「そう警戒しなくても結構。お茶でも飲みながらお話でも如何?」
「悪くない提案だな。頂こう」
 見ず知らずの相手に対する警戒心が読まれたか、ウラは内心苦笑しながらも勧められるままに席についた。トランプに玩具のような手足がついた給仕がやってきて、陶磁のティーカップに紅色の茶を注いでいく。
「貴方からは強い魔力を感じるわ。身体は単なる器なのね。常識とやらに縛られた人間が聞いたらさぞ驚くでしょうけれど、こんな話。何故、この世界に?」
「契約さ。わたしを眠りから呼び覚ました魔法陣が、あまりにも美しく綺麗だったのだ。少し外の世界へ遊びに出てみるのも悪くなさそうだと思わせるほどにね」
 ウラはカップを片手に、懐かしいものを思い出すように黒い眼を細めた。自分を呼ぶ声、線が描く軌跡、この身体に宿った奇跡をまだ覚えている。
「その所為なのかしら。地獄の番人、ケルベロスの気配が感じられるわ。普段は死者の監視役をする獣だけれど、懐いているみたい。頭を撫でてあげたら、喜びそうね」
 ケルベロス。三つの頭を持つギリシア神話に登場する獣だ。死んだ人間が行くという冥界の門の番人としているといわれている。凶暴で、逃げ出そうとする魂はその牙で引き裂いてしまうとか。
「心配することはないわ。害はない。もしかしたら、貴方の元いた世界で出会ったことがあるのかもしれないわね」
 女は細い指でクッキーを一つ摘み、自らの口へと放り込んだ。
「さて……、次は。カードでも視てみましょうか。貴方の未来に何があるのか」
 赤いルージュの引かれた唇が笑みの形に描かれ、それと同時、ウラの目の前に何枚かのカードが現れた。
「これは……タロットカードだな」
「ご名答」
 ウラと女のまわりを舞う花弁のように、カードが踊り始める。
 くるり、くりるり。狂々と。
「一つを選んで頂戴。宜しいかしら」
「……あぁ。では、これを」
 ウラは薄く笑み、カードの一つを選ぶ。どれも裏を見せてまわっているので、表側を見ることはできない。正直、初対面の女に未来などという大きなものを読ませるのは快いとはいえなかったが、ウラはそれさえ一興と言い捨て受け入れることにした。
「これは……悪魔、しかも逆位置ね。意味するところは、目覚め、新しい出会い。……身体に魂が馴染んできて、持っている能力をますます強められるかもしれないわ」
 ウラは差し出されたカードを受け取り、絵柄に視線を落とす。
 中央に角の生えた悪魔、両端には誘惑され捕えられた人間が描かれている。
「わたくしの戯言と流してくれても構わないわ。信じるかどうかは貴方次第、笑ってくれてもいい。夢の招待に応じてくれた貴方へ、お礼がしたいだけなの」



「ん?……悪いがそろそろ時間のようだ」
 ウラが飲み終えたカップをテーブルに置くと、ウラの身体が黒い霧に包まれ始めた。
 空間そのものを侵食するような、深く重い霧だ。
「あら、それは残念ね」
 女はそれを微笑んで見守るだけ。頬杖をつき、変化の奥にある核を眺めている。
「あら、話が長くなったわね。そろそろ甘い砂糖菓子を食べに帰るわ。冷蔵庫にお気に入りの店のケーキがあるんだから!」
 ゴシックな黒いスカートを翻し、部屋を出ていこうとするウラに女は声をかける。
「ねぇ、最後に一つだけ聞かせて。実際のところ、貴方は誰なの?」

 振り返ったウラは悪戯っぽく眼を細め、人差し指を立ててゆるりと揺らす。
 解っていない。そんな空気を込めて。
 
「あたしの名前はウラ・フレンツヒェンよ。それ以外の何者でもないわ」 

 答えは一つ、唯一絶対。
 靴音も高らかに、ウラは開け放された扉から現実へと帰っていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3427/ウラ・フレンツヒェン/女性/14歳/魔術師見習にして助手】

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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。如何でしたでしょうか。
それでは、またのご縁を祈りつつ失礼致します。