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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


三下君バイト物語り< 雪特別編・無名探偵 >



 世界的に有名なデザイナー、刈谷崎・明美のショーをぶち壊し、さらには公共の電波でとんでもない失態を犯し、挙句一流企業のご息女・ご子息の誘拐騒ぎを起こしたと言う、どんな天然ドジでも真っ青なヘマをやらかした三下・忠雄は、肩身狭くデスクにつくと、今日もご機嫌が麗しくないらしい碇・麗香様の横顔をチラリと見上げ、溜息をついた。
 今日も何かヘマはしないかと、ビクビクしながらデスクに積みあがった書類を見ていた時、突然麗香が顔を上げ、ドンとデスクを叩いた。
「さんしたクン、ちょっと」
「は、はひ‥‥‥」
 またやらかしてしまったかと、重たい足を引きずるようにして麗香の前に立つ。
 昨日提出した原稿が悪かったのか、それとも写真がピンボケしていたのが悪かったのか、もしかしたらこの間の取材で柳の木を霊と間違えて卒倒した事に対して怒っているのかもしれないし、それとも‥‥‥
 心当たりがありまくりの三下は、今にも麗香の口から飛び出すであろうお叱りの言葉を思い、身構えた。
「さんしたクン、明日から、晴彦君の別荘に行って欲しいの」
「大善寺さんの、ですか?」
「なんでもね、お友達を数人呼んでパーティーをするらしいの。 それで、怖い話し大会なんかもするらしくて‥‥‥」
 泣き虫・怖がり・情けないと言う三重苦を持っている三下は、ひぃっと情けない声を上げると首を振った。
「勿論、さんしたクンに何の期待もしてないわよ。怖い話し大会をしている時は、隅っこに行って耳を塞いでプルプルしてなさい。くれっぐれも邪魔にならないようにね」
 酷い言われようだが、三下は三下であり、どこまでも三下であるのだから仕方がない。 何の理由にもなっていない気がするが、それも全て三下が三下であるからして、三下だからこそ‥‥‥‥‥全ては仕方がないのだ。
「最近頑張ってるようだしね、気晴らしに行ってきたらどう? まぁ、大道寺家の別荘の取材もしてきて欲しいんだけれど」
「あ、あの、そ、そこには‥‥‥ゆ、ゆゆ、ゆ、ゆゆゆ幽霊なんて‥‥‥」
「あのねぇ‥‥ウチの雑誌は何!?」
「じ、じじじじじ、じゃぁ‥‥‥」
「呪われた日本人形があるらしいのよ。 雪の降る晩、包丁を持って徘徊する日本人形‥‥吹雪く山、別荘からは出られない。そして、一人、また一人と人形の刃にかかり‥‥‥」
 クラーっと、三下が後ろに倒れこむ。 見事に気絶した部下を見下ろし、麗香は深い溜息をついた。
「誰か他に連れて行ったほうが良さそうね」



 市谷・和人は、暗い室内に灯った画面を見つめながら、ニヤリと笑った。
 一流企業の子供であるアイツラに、自分の気持ちが分かるはずがない。 クラスでも成金だと馬鹿にされ、成り上がりのセレブは品がないと言い捨てられる。
「そもそも、俺はアイツラが嫌いなんだ。 特に大善寺、ちょっと綺麗な顔してるからってつけあがりやがって」
 深酒殿のガキも五月蝿くて嫌いだ。
「秋華だって、せっかく俺が好意を寄せてやってるのに‥‥」
 親指の爪を噛みながら、和人は綿密に立てた計画に満足していた。
 大善寺家の名を、地に落としてやる。俺の罪は全てアイツに被ってもらう。
「晴彦さえいなければ、秋華は俺の元に来るはず。俺を馬鹿にしやがったヤツラは皆消してやる。ふは‥‥‥はははははっ!!」
 狂った笑い声を上げながら、和人は手元にあった晴彦の写真を真っ二つに切り裂いた。


* * *


 肩口で不揃いに切られた髪に、赤い振袖。 小さな唇に大きな瞳のその日本人形は、いかにも不気味ではあったが ――― 真夜中に枕元に佇んでいれば流石に驚きを隠せないだろうが ――― それほど騒ぐほどのものではない。
 高低入り混じった叫び声に耳を押さえつつも、天波・慎霰は溜息をついた。
 ――― 馬鹿馬鹿しい ‥‥‥
 妖気も何も感じられないこの人形は、ただの不気味な日本人形以上の何者でもない。
「もー。マジありえなーいっ!」
 水内・雅が涙目になりながら抗議の声を上げるのを、晴彦が笑って受け流す。
「夜中にこんなんが廊下とか歩いてたらどうすんだよーっ!!」
「平気だよ敦。これ、木葉が5歳の時にも見せてもらったけど、動かなかったから」
 小島・敦の抗議をあっさりと蹴飛ばしたのは、若干10歳の木葉だった。最年少ながら、かなりしっかりしている。
「でも、なかなか良いお人形ですね」
「振袖なんて、とても良い生地ですわ‥‥‥」
 和人の言葉に、鈴嶋・雪乃が賛同する。
「確かに良い日本人形だと思うけど、大善寺家に伝わるものとしてはいまいち?」
「これ、本当に大善寺さんが買ったのか?」
 坪山・達樹と小野寺・和利の質問に、晴彦が曖昧に微笑む。
「親父が買ったんじゃない。ある人に貰ったんだ」
「そもそも、お人形自体はそれほど価値のあるものではないんですって」
 晴彦の言葉の後を、秋華が引き継ぐ。 二人は許婚らしいが ――― 三下はその報告を聞いた時、酷く驚いていた ――― なかなか似合いのカップルに思えた。
 集まった11人のうち、人形を怖がっているのは雅・敦・三下の三人だけで、和人と和利はさして気にする風でもなく ――― 彼らの年齢がいくつなのか正確には知らないが、どちらも成人しているだろう ――― 秋華と雪乃は何かを知っているらしい顔で微笑んでいる。達樹と木葉は詰まらなそうにそっぽを向いているが、その横顔からは秋華や雪乃と同じ類のものを感じる。
「一応“本当に人を殺した人形”だからな、大事にしないと」
「嘘だろ」
 間髪いれずに言ってしまい、一瞬沈黙する。 晴彦がどうして嘘だと思うんだ?と言うように首を傾げるが、まさか本当のことは言えない。
 霊感があるから、その人形に悪いものがないことは知っている。 そんな自慢をすれば一部の人間 ――― 特に現在怖がっている三人 ――― にはある意味好意的に見られるだろうが、他の人々にとってみればおかしな発言以外の何物でもない。
「いや、何となく」
 慎霰は慌てて言葉を濁すと、隅っこの方でプルプルしている三下の背中を小突いた。
「ひぃっ!!」
「おい、取材しなくて良いのか? 夕食後には怖い話し大会が始まるって言ってるし、その前に仕事済ませとかないとまーた怒鳴られるぞ?」
「そ、そ、そんなこと言われても〜〜〜っ!!」
 世にも情けない声で、グズグズと泣きじゃくる三下。 どーじまじょー、じんざんざーん!と、慎霰にすがり付いてくる三下を無理矢理引き剥がす。慎霰は“しんざん”であって“じんざん”などと言う変な名前ではない。
 部屋の片隅で繰り広げられる大人対子供の終わりなき不毛な戦いに見飽きた観客達が、それぞれの話題に花を咲かせる。 テーブルの上にポツンと残された日本人形に気を配るものは誰もいない。 慎霰はそっと右手を動かし、念力でそれを引き寄せると三下の肩に引っ付けた。
 肩になにかが当たったのに気が付いた三下が恐る恐る振り返り ――――――
 ガラスが割れるのではないかと思うほどの大音量での絶叫に、三下の必殺技、デストロイ・スクリームの攻撃範囲内にいる時は決して悪戯は仕掛けないで置こうと心に固く誓った慎霰だった。



 夕食後の怖い話し大会は、あまりにも型どおりの詰まらないものだった。
 お風呂場の白い影、廃屋で聞いた謎の声、その他諸々、友達の友達が実際に体験したと言う話しは、あまりにも真実味がなくて面白くない。大会中五月蝿かったのは雅と敦で、慎霰はこの二人が嫌いだった。 勿論、怖がって五月蝿かったから嫌いになったと、そう言うわけではない。怖い話し大会で取るべきリアクションで言うなれば、彼らはお手本のような存在だった。
 慎霰が彼らを嫌いな理由は、二人が庶民 ――― 特に慎霰と三下 ――― を馬鹿にしているからだった。 選民思想の塊のような彼らは、どうやら和人も目の仇にしているらしく、度々突っかかっては雪乃や達樹にやんわりと止められていた。
 その理由ははっきりとは聞かなかったが、どうやらここ数年の間に資産を増やしたかららしい。他の人は代々お金持ちの家系であるらしく、雅と敦には間違った教育が施されているらしかった。
「相手が家を見て話しかけてきたのなら、俺も相手の家を見る。相手が俺を見て話しかけてきたんなら、俺も相手を見る。そう言う切り替えが大切だよな」
 晴彦の言葉に、慎霰は深く頷いた。 どちらかに偏っていてはいけない。 特に前者だけの場合は、非情に腹が立つ。
 その苛立ちを紛らわせるために笛で彼らを躍らせてみたが ――― ネタ合わせをしたと言い張る慎霰と、何が起きたのか分からない様子の二人を見比べ、晴彦がニヤリと笑ったのが印象的だった。
 俺様思考に近い慎霰は、晴彦とはなかなか馬が合った。 同属嫌悪の危険もありはしたが、晴彦はさして人に嫌な感じを与えない俺様だったため、冗談だと分かるナンパにはかなりノリノリで対応した。
 彼の許婚の秋華が困ったように笑っていたが、彼女も晴彦がそう言う人だということを心得ているらしく、困った人だわくらいの感想だったのだろう。人がよく出来ていると、心底感心する。
 ――― むかつくのは、あの雅って女と敦って男だよなー
 シャワーからあがり、濡れた髪を拭きながらポツリと心の中で呟く。
 雅はまるで秋華に見せ付けるかのように晴彦にベタベタしていたし ――― 笑って接していたが、実際晴彦は困っていたようだ ――― 敦は何かと言うと和人に突っかかり、晴彦や達樹と話す時には卑屈な口調になる。
 怖い話し大会は終始その調子で、途中から慎霰は胸糞悪くなっていたが、なんとか最後まで参加した。勿論三下は、夕食前に慎霰が仕掛けた悪戯のせいで未だに気を失っており、不参加だった。
 ――― それにしても、最後のほうは何か変だったよな ‥‥‥
 紅茶を飲み、クッキーを食べながらの怖い話し大会は、最後の方は皆眠くなってしまったのか、意味不明の言葉が時折飛び交っていた。しっかりとしていたのは慎霰と和人、雪乃と雅くらいだったように思う。
 ――― 夜の早いやつらなのか?
 晴彦なんて、逆に朝の方が弱そうなのにと思いながら、慎霰は床についた。



 カーテンの隙間から差し込んでくる朝日に目を細めながら、腕を伸ばす。 ドンドンとどこかの部屋を叩いているらしい音に眉を顰めながら起き上がり、欠伸を一つすると廊下に顔を出す。
 廊下には人だかりが出来ており、慎霰はすぐ近くにいた三下に何があったのかと尋ねた。
「それが、大善寺さんが部屋から出てこなくて‥‥‥それに、雅さんも自室にいらっしゃらないと」
「何か大変な事が起きてるんじゃないかって和人が言い出して、それで和利と達樹と一緒にドアを蹴破る事にしたの」
 木葉の説明の後ろで、せーのと勢いをつけて何度か扉に体当たりをする三人。数度目に扉が嫌な音を立てて内側に弾け飛び、ツンとした血の臭いに気づいた。慎霰が慌てて木葉の腕を取り、自分の後ろに立たせる。
 部屋の中を覗き込んだ達樹が一瞬顔を曇らせ、雪乃と秋華に見ないほうが良いと低く忠告する。 それでも中を見てしまったらしい秋華がクラリと倒れこみそうになるのを敦が支え、中も覗き込んでいないのに三下がクラリと倒れる。ちなみに彼の場合は秋華と違い、完全に気を失っていた。
 和人が中で慌しく動き、晴彦のくぐもったような声が聞こえてくる。 慎霰は三下と木葉を達樹に預けると、部屋の中に踏み込んだ。 足を踏み出そうとして、床に広がった鮮血に慌てて立ち止まる。床に広げられた栗色の髪と、背中に突き刺さったナイフの柄が目に飛び込んでくる。
「「これは一体‥‥‥?」」
 慎霰と晴彦の声が被る。 床で絶命している雅を前に、和人が包帯の巻きついた右手を彼女の首筋に当てると首を振った。
「晴彦君、どうして雅ちゃんを‥‥‥?」
「違う、俺じゃない‥‥‥」
「でも、鍵がかかっていた。鍵はテーブルの上にあるし‥‥‥」
「それでも俺は‥‥‥」
「晴彦はやってない」
 キッパリと言い切った慎霰に、和人が不思議そうな顔をする。 状況的に見れば確かに晴彦が雅を刺したとしか思えないが、それでも慎霰は晴彦の言葉を信じた。
「動機がない」
「動機ならあるさ。晴彦君は、雅ちゃんにしつこくされてうんざりしてた」
「たかがそのくらいで、自分の部屋で刺し殺すか?しかも、今の今までノンビリ寝てる‥‥‥俺は死体の隣で寝るなんて嫌だ」
「それなら、誰がやったって言うんだ? この‥‥‥密室で」



 復活した三下に連中の動向をうかがわせている中、慎霰は晴彦の部屋の窓を開けると床に倒れた雅を念入りに調べた。
 背中を数回刺され、首筋にも傷が出来ている。 部屋の中に飛び散った血を見る限り、犯行現場はここで間違いない。
「ここで殺されたのは間違いないとして‥‥‥」
 昨日の事を思い出す。 三下は除外するとして、他のメンバーはまず和人が最初に二階に上がり、続いて雅と敦、和利が上がって行った。台所の片付けをしていた晴彦を手伝う形で秋華・木葉・雪乃・達樹が残り、暫くしてから木葉と秋華が上がった。もう大丈夫だからと言って、雪乃と達樹が晴彦を残して上がり、慎霰もこの時一緒に上がった。
 考え込む慎霰の背後でトテトテと可愛らしい足音が聞こえ、腰を上げる。
「座敷童子、何か知っているのか?」
 チョコンとドアの隙間から顔を覗かせた座敷童子は、ニコリと悪戯っぽい笑顔を見せると、ただ一言「絵が違うんだよ」とだけ囁いてまたどこかに行ってしまった。
 ――― 絵が違う?
 部屋を見回せば、壁にかけられた草原の絵に気づく。白い額縁に入ったその絵は、どこからどう見てもおかしなところはない。
 ――― 絵、絵、絵ってなんだ?
「絵って、このことじゃないのか?」
 不意に聞こえた声に振り返れば、晴彦がドアを指差して不思議そうな顔をしていた。 どうやら悩むあまり口に出していたらしい。
「ほら、俺のところは向日葵の絵、隣の倉庫は羊の絵、和人さんの部屋は鷹の絵」
「晴彦、大丈夫か?」
「あぁ。 ‥‥‥こんな面白おかしい濡れ衣を被せやがった奴、ぜぇーってー捕まえてやる」
 苦々しく呟いた晴彦の隣に立ち、扉にかけられた小振りの絵を見る。 グルリと見渡してみれば、全ての部屋に違う絵がかかっているようだ。
「こんな絵なんてあったんだな」
「‥‥‥知らなかったのか? お前の部屋には確か、桜の絵がかけられてるはずだぞ」
「部屋に入る時、ドアの数を数えて入ってたからさ」
「あー、俺とか他の連中はドアの絵を見て入ってるけどな‥‥‥」
「ふーん。 そう言えばさ晴彦、昨日部屋に帰るとき、おかしなことなかったか?」
「おかしなこと?」
「何でも良いんだよ。部屋の雰囲気がどこか違ってたとか‥‥‥」
「昨日は物凄い眠かったからなー、部屋に入って、すぐベッドに入った。雅にも会ってねぇよ」
「あぁ、昨日はなんか皆おかしかったよな。俺と雪乃と和人、それに雅はそうでもなかったけど‥‥‥」
 ふと違和感が頭をもたげる。 あの時、眠くなっていなかったのは慎霰と雪乃と和人、そして雅の四人。その他のメンバーは、今にも眠りに落ちそうな、ボンヤリとした顔をしていた。
 ――― 夕食が終わって、“全然怖くない話し大会”してる時からおかしくなってったよな ‥‥‥
「おかしな事と言えば、部屋に鍵がかかってなかったことくらいかな。確かに出る時にかけたはずだったんだけど‥‥‥」
「鍵が開いていた?」
「あぁ」
「それで? その後、どうしたんだ?」
「だから、内鍵かけて、そのままベッドに‥‥‥」
「晴彦、お前部屋入る時、絵を確認してから入るって言ったよな?」
「あぁ。それが?」
「この隣って、倉庫だって言ってたよな?」
「あぁ。 ‥‥‥何考えてるのか大体分かったけど、この倉庫は使えないぞ」
 説明するより見たほうが早いと言って、倉庫の扉を開ける。中にはわけの分からない骨董品が押し込められており、わざわざここにある全ての物を移動させて何かをしようと言う気にはなれない。
 ――― 実際に雅が刺されたのは晴彦の部屋で間違いない
 ――― 晴彦が部屋に入った段階で雅の死体があれば、幾ら眠かったと言っても気づかないはずがない
 つまり、雅が実際に亡くなったのは晴彦が部屋に入り、床に着いた後だ。
 ――― でも、まさか隣で雅が刺し殺されているのに気づかないはずねぇし。 雅だって叫び声くらい上げただろうし ‥‥‥
 ――― 待てよ。 いくら寝てるからって言っても、叫び声が聞こえれば誰かしら気づくはずだ。でも実際は ‥‥‥
 部屋の奥に置いてあった香炉が光り、慎霰を手招くように点滅する。 晴彦が驚いたように香炉を見つめていたが、慎霰は構わずにそれを手に取ると、優しく話しかけた。
「何か俺に言いたい事があるのか?」
「昨日、わたくしは幾つかの音を隣の部屋で聞きましたの。参考になるかは分かりませぬが、お耳に入れておいたほうが良いかと思いまして」
「聞かせてくれ」
「昨晩は、まず“カタン”と何か微かな音がしました。2回ですわ。その音は互いに違う音に聞こえました。おそらく、動作が違うのでしょう。次に、鍵を開ける音がして、扉を開ける音がしました」
「鍵を開ける音だって!?」
「はい。確かに鍵を開ける音に御座います。そして数分後、扉の開く音がまたしました。細い女の声が聞こえたように思いますが、囁くような声で何を言っているのかまでははっきりとは分かりませぬ。ただ、わたくしが思うに、人の名前だったように思います。 そして次に、何か重たいものがぶつかる鈍い音がしまして、低い呻き声が聞こえました」
「そう言えば、雅の頭に傷があったような‥‥‥髪に隠れて見えなかったし、髪自体も血に染まってたから分かり難かったけど‥‥‥」
「本当か、晴彦!?」
「あぁ、間違いない」
「そして、何かが飛び散る音がしました。水が飛び散るような、そんな音です。扉が開き、誰かが出て行きました。暫くしてから扉が閉まる音がし“ドサリ”と言う音が聞こえました。衣擦れの音が響き、扉を閉める音の後に何かが滑るような音、“カチャン”と硬いものが落ちるような音の後、再び“カタン”と言う音が2回聞こえました」
 ――― 最初の音は、絵をかけ替えた音だとして ‥‥‥
「し、慎霰さん! 皆さんに色々聞いてきましたよー!」
 三下が晴彦の部屋を大きく迂回してやって来ると、手帳に書いた文字を読み上げていく。 アリバイを聞いてきたようだが、皆一様に“眠っていた”と答えるばかりである。 ――― 当たり前だ。
「あのなぁ、もっと役に立つこと聞いて来いよー!」
「と言いましても、役に立つ事が何なのか‥‥‥あっ!そう言えば皆さん、昨日は急に眠くなったと言ってましたね。もっとも、雪乃さんと和彦さん、雅さんと慎霰さんは平気だったみたいですけど」
「あぁ。それが?」
「達樹さんが、俺は夜行性なのにおかしいって言ってましたね。 それで、雪乃さんが、ハーブティーのせいじゃないのかって言ってました。眠くならなかった皆さんは、お茶を飲んでいたんでしょう? いやー、カモミールティーってそんなに眠くなるもんなんですかねぇ」
 僕も今度飲んでみようかなーと言う三下の台詞は無視し、慎霰は昨夜の事に思い出した。
 ――― 確かあのハーブティーは、和人が淹れて ‥‥‥
「あれ?晴彦さん、ピアスどうしたんです? 片方なくなってるみたいですけど」
「え? あ、本当だ‥‥‥どこで落としたんだ?」
 不思議がる晴彦の足元に小さな妖精を見つけ、しゃがみ込む。 突然膝を折った慎霰にぎょっとしている三下と晴彦にはお構いなしに、慎霰は小指ほどの大きさの妖精に微笑みかけると、晴彦のピアスを探してきて欲しいと頼んだ。
 妖精が銀色の髪を緩やかに揺らしながら頷き、晴彦の隣の部屋に入ってくると中からキラリと光るピアスを背負って出てきた。
「晴彦、和人の部屋に行ったことは?」
「そんな親密な関係じゃないんでね」


* * *


 “少し眠くなる薬”を盛り、判断力を鈍らせ、絵をかけ替えて別の部屋に誘導し、晴彦から鍵を奪い、雅を部屋におびき寄せて頭を殴り ――― 部屋にはおあつらえ向きなスタンドがあった ――― ナイフで刺して絶命させる。彼女の死を確認した後で晴彦をベッドに寝かせ、外から鍵を掛けるとドアの隙間から鍵を滑らせてテーブルの上に乗せる。 糸と多少の経験があれば、そんなことは容易く出来るだろう。
 推理小説の読みすぎなんじゃないのか?と思うほど、ベタなトリックだ。
 見事犯人に気づいた慎霰と晴彦、三下は全ての人を呼び寄せ、謎解きを ――― しなかった。
「警察は優秀だ。俺達が気づいた事に気づかないはずはない」
「でも慎霰さん‥‥‥」
「手だよ、和人の手。包帯が巻いてあっただろ?」
「え? そうでしたっけ‥‥‥?」
「おそらく、ナイフを振り下ろした時に滑ったんだろうな。 あの部屋から、和人の血が見つかるはずだぜ」
 慎霰はそう言いながら荷物を纏めると、部屋を見渡した。
「よし、これで良いな。 それじゃぁ、俺はここで‥‥‥」
「ここでって何ですか、ここでって! 帰るんですか!?」
「警察の厄介になるのはゴメンだ。晴彦も分かってくれてるし、犯人は分かってるんだし」
「で、でも、市谷さんとか小島さんとか小野寺さんとか‥‥‥」
「問題ない。そう言うの得意なやつに頼んどいたからな。 他の連中は口裏合わせてくれるらしいしな」
「そう言うの得意なやつって‥‥‥」
「一応和人には警戒しておけよ。晴彦とか達樹とかが変なことしないように見張ってるけど、まだ何かたくらんでる気配があるしな。それと、警戒しすぎて不信感を抱かれないようにも気をつけろよ」
「気をつけろって‥‥‥。第一、この吹雪の中どうやって帰るつもりなんですか!?」
「友達に頼んで、だ」
 窓を開ければ、横殴りの雪が室内に入ってくる。 慎霰は窓枠に足をかけると、足元を見下ろした。 白銀の世界に立つ女性が手を振り、長い黒髪が風に靡く。
「窓閉めといてくれな」
 三下に頼み、窓から飛び出す。 深い雪に足を沈めながらも綺麗に着地すると、雪女の隣に立った。
 そして ―――――
 窓のところに立っていた三下に手を振った次の瞬間、彼が直立不動のまま後ろに倒れた。
「‥‥‥今時わたくしを見たくらいで倒れるお方も珍しいですわ」
「あの人は、柳の木を見ただけで倒れるような特殊な人種だからな‥‥‥」



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1928 / 天波・慎霰 / 男性 / 15歳 / 天狗・高校生


◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

遅くなりまして申し訳ありません
慎霰君の性格的に、関係者全員を集めて名探偵張りに事件のあらすじを交えながら推理を披露し‥‥
と言うようなお約束の展開は何か違うな、と思い、このようにいたしました
雪に閉ざされた山荘で殺人事件発生、名探偵が素晴らしい推理で犯人を名指しした後
警察が到着するまで、どれほど居た堪れない空気が山荘を支配するのか、物凄く気になります
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いましたー!