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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible 2nd ―乾―



(……眠れない)
 薄い暗闇の空。それを見上げつつ、嘉手那蒼衣は夜道を歩いていた。
 こうしてたまに、眠れない夜がある。そわそわする、という言い方はおかしい。でもうまく表現できない。とにかく、落ち着かなくなる。切なくなる。どうしたらいいか、わからなくなる。
 コートを羽織っていても、寒い。1月だから仕方ないのだけれど。
 色々なことが思い出される中で、こうして夜の道を独りで歩いていると心が落ち着く。
(寒いから、ちょっと今日は奮発しちゃおうかな)
 コートのポケットに忍ばせていた小銭を、指先の感触だけで確認する。これなら、暖かい飲み物が買えるだろう。
(ん? ……あれ、人?)
 向こうから歩いてくる長身の人物に気づき、蒼衣は怪訝そうにした。
 黒い服のせいか、まるで夜の中から滲み出てきたみたいな錯覚をしてしまう。
(中国服っていうのかしら、あれ。あんな軽装で寒くないの? というか、こんな時間に怪しい……)
 そこで、あぁ、と気づく。
(怪しいのはあたしも同じか)
 全身を黒のカンフースーツでかため、長い黒髪をうなじ部分できつく縛っている。厳しい表情は、蒼衣の学校のクラスメートの誰もしないようなものだ。
 気になってしまったのだから、自然と目を向けてしまう。
(じろじろ見てたら睨まれるかしら。いいや。睨まれたら目を逸らそう。見た感じ、同世代……かな。話し掛けられたら逃げたほうがいいよね、こんな夜中に物騒だもの)
 背筋を伸ばして歩いているのかと思ったら……よく見たら猫背だ。しょんぼり歩いている感じに受け取れる。
(な、なんだか、がっかりした歩き方……)
 意外だ。
 視線を外そうかと思うが、それでも気になって見てしまった。
 こういう夜は、独りになりたい。けれど、寂しくもなる。そんな日に、こんな夜に出会ったからこそ……怖さよりも興味が勝った。
(……うわ)
 真横を通り過ぎる際に、青年がかなり背が高いのがわかる。見た目は自分とそう変わらない感じだ。
 黒髪に黒服。けれども、瞳が青色だ。こんな、街灯の頼りない光の中で、その瞳の色だけははっきりとわかる。
 見知らぬ誰かに話し掛けるなんてこと、普段はしない。しないのに。
(あ、どうしよう行っちゃう。……でもなんて話し掛ければ? 何してるの、とかおかしいし……)
 散歩、と返されたらそこで会話が途切れてしまう。
「あ、あの!」
 声を、勇気を出してかけてみた。
 青年は足を止めてこちらを肩越しに見てくる。青い瞳が闇夜で爛々と輝いていた。
「こ……こんばんは」
 え。ちょっとなにこの貧相な話し掛け方。ありえない。
 青年はちょっと考えて、体をこちらに向けて姿勢を正す。右手には本を持っていた。
「若い娘がこんな夜更けに一人で出歩くとは……。感心しないぞ」
 どこか説教じみた口調で、こちらを見てきた。
 蒼衣は考えてしまう。こちらの理由を説明したところで、わかってもらえるとは思えない。
「……ちょっと夜の散歩を。大丈夫です。家はすぐそこなので」
「そうか。なら良かった」
 にこっと笑顔になったので、蒼衣はドキッとしてしまった。怖い人だという印象だったのだが、笑うと幼くみえる。
「家まで送ろう。この国は案外物騒だからな」
「……あ、いえ、ご心配なく」
 見ず知らずの相手に家の場所を教えるのも嫌で、蒼衣は軽く手を振って断った。養父母に迷惑をかけてはならないのだから。
「む。そうだな。いらないお節介をしてしまった。
 では娘さん、気をつけて」
 軽く手を挙げて彼はきびすを返そうとする。
 変な人だ。格好も妙だというのに、見た目もちょっと怖そうなのに。
(変に爽やかっていうか)
 見たことのない人種だ。なにより蒼衣の後ろ向きな性格と真反対のような気がする。
「あの、こんな夜更けにあなたこそ、何をしていたんですか?」
 つい、反射的に訊いてしまっていた。青年は動きを止め、再びこちらを見てくる。射抜くような、青い目で。
「話せば長くなってしまうが、短く簡潔に言うと……人を探している」
「……人? こんな夜に?」
「夜でなければ見つからないし、俺は昼はなるべく動かないようにしているんだ」
「???」
 よくわからない。困惑する蒼衣を見て、彼は自身の右手の本を見下ろす。
「この本を預かってくれる人を、探している」
「本?」
 皮製の表紙。ハードカバーの本のような……。
(本って、変な宗教じゃないわよね……? 預かるくらいなら……)
「それ、あたしでも預かれますか?」
「え?」
「預かるくらいなら、しますけど」
 彼はパッと喜ぶが、すぐに首を左右に振って「待った」とばかりにこちらに掌を向ける。
「気持ちは嬉しいが、軽々しく言ってはいけない」
「? 預かるだけ、ですよ?」
「……正直とても助かるが、娘さんを何も知らない状態で巻き込むわけにはいかない」
「はぁ……?」
「説明をするので、それから決めて欲しい」
 ……よくわからない。なんなんだろうこの人は。
 彼は軽く息を吸う。
「自分はフェイ。フェイ=シュサクという名だ。ダイスの一人」
「だいす?」
 さいころ?
「ストリゴイと呼ばれる、感染者を退治するハンターのことを『ダイス』という。
 ダイスはこの本、ダイス・バイブルの番人をしており、一ヶ月に一度、ヤツらを退治するために活動する。
 我々の言う『感染者』というのは、人間だけでなく、獣も入る。どのような生き物でさえ、感染してしまうと自我がなくなる。稀に自我がなくならない者は『適合者』と呼ばれるのだが」
「???」
 ……この人はもしかして、アブナイ人なのだろうか。
「ダイスはこの本を所有する主を必要とする。残念ながら、今の自分には主人がいない状態だ。だから、この本の所有者を探している」
「……よくわからないけど、その本を預かる人が必要ってこと?」
「そういうことだ。
 だが、この本を受け取ったが最後、契約は完了してしまう。だから、慎重に考えるように自分はいつも促している。
 この本の所持者になった場合……主人は死を覚悟しなければならない」
「死……?」
 またまた突飛な単語が出てきた。
 フェイは静かに続ける。嘘を言っている感じはしない。けれども、そう簡単に信じられるような内容でもない。
「主人になっても、感染からは身を守れない。自分は感染を防げない。
 確実に感染してしまう。感染していない主人は……よほどの運の持ち主か、戦いから遠のいている場合だろう。
 感染した場合、速やかに自分は主人を殺す」
 はっきりと、彼は口にした。殺すと。
(え……え?)
 混乱する蒼衣に向けて、フェイは続ける。
「例えば娘さん、あんたが本来なら90歳まで生きる寿命を有しているとする。
 だがダイスと契約するとそれが縮まる。はっきり言うと、長くて3年。短くて1ヶ月で死ぬ」
「いっかげつ……?」
「もっと悪ければ短くなる。ダイスと契約した者は、死を覚悟しなければならない。自分が死んでも構わないという覚悟がなければ。
 下手な正義感とか、いつか寿命がきて死んでしまうとか、楽観的な考え方ではダイスと共に戦えない」
 戦う?
(この人と一緒に……? でもどうやって? あたし、そんな戦う力なんてないわ)
「もし、あたしがあなたと契約したとして……どうやって戦えば」
「契約したら、それは教える。自分は隠し事が苦手だからな。応えられる範囲で主人にはいつも教えてきた」
 フェイはじ、とこちらを見てくる。青い瞳が怖い。
「やらないよりはやったほうがいいとか、誰かのためにとか、そういう感情では戦っていけない。
 ダイスの戦いは、間違いなくあんたに死をもたらす。あんたを大切に想う人たちを悲しませたくないだろう? よく考えて欲しい」
「悲しませる……?」
 脳裏には、あの悲惨な交通事故のことが過ぎった。自分一人だけ生き残った……あの惨劇が。
(かなしい、なんて)
 お世話になりっぱなしで、心苦しいのに。
 眉をひそめる蒼衣の心情などお構いなしに、フェイは真っ直ぐこちらを見ている。
「……あなたと契約したら、契約したとして、死なない方法とかはないの?」
「ない」
 断言、された。
「自分だけは特別だとか、そういう安易な考えはもってもらっては困る。『感染ウィルス』は、どんな生物でも無差別に感染して広がっていく。
 俺は滅多なことでは消滅しないが、主人である者は死と隣り合わせだと認識してもらわないといけないな」
「……なんか、変なの」
「変?」
「だって、そんな物語みたいな、マンガみたいなことってあるわけ、ないじゃない……。
 死ぬとかそんな……」
「これは現実の話だ。あんたにだって、明日何が起こるかわからない」
 突然の交通事故。あんな、いつもの日常ではない……そんなことが、当たり前に起こると彼は言っている。
 自分だって、いきなりあんな日がくるなんて思っていなかった。そう、自分の『日常』なんて、いつどこで途切れてもおかしくないのに。
「失うことを恐れない強さ。全てを引き換えにしてもいいという意志の強さ。
 そして……ダイスに殺される運命を受け入れる強さが必要だ」
 死にたくないという感情は受け入れられない。間違いなく彼に殺されてしまう運命を受け入れる『覚悟』が必要。
「あたし……」
「いや、すまなかった」
 あっさりとフェイが謝ってきたので拍子抜けをしてしまう。
「驚かせるつもりはなかった。別にあんたに契約しろと迫っているわけじゃないんだ。
 そうやって迷うということは、あんたは大事な人がいるということだろう。それでいい」
 にかっと笑うフェイは、歩き出す。そして蒼衣の目の前に立った。こうして前に立たれると、やっぱり威圧感がある。
「やはり送ろう。若い娘さんだと、色々危ないだろうしな」
「え? え?」
「変な話を聞かせてしまった詫びだと思ってくれ。今日のことは自分と別れたらすぐに忘れてしまうから、安心しろ。
 ……もし次に自分に会ったら思い出してしまうけれど。契約する気がない場合、完全に記憶消去がされるから大丈夫だ」
 ずんずん歩き出したフェイが振り向く。
「ところでこっちで合っているか?」
「あ、いえ……えっと、こっちです」
 指差すと、彼は頷いて戻って来た。蒼衣は彼を見つめる。変な人だ、本当に――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7347/嘉手那・蒼衣(かでな・あおい)/女/17/高校2年生】

NPC
【フェイ=シュサク(ふぇい=しゅさく)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉手那様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 フェイと契約するには、彼に殺される覚悟が必要のようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。