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Nightmare
「寄生されていますわ。……ナイトメアに」
日常はある日突然壊される。何の前触れもなく、何の宣告もなく。
いつものようにベッドに入り、眼を閉じ眠りへと落ちた頃。全てがぼんやりとした夢の世界で。すぐ傍から、細い声が聞こえた。
「……、……」
そこにいたのは小さな白猫だった。寝着姿の貴方をじっと見ている。
「僕は双葉。悪夢を狩るモノ」
遠く、獣の唸り声が響いてくる。何か、良くないものが来ると貴方にも解った。
「奴が気づいたようね。……お願い力を貸して。今回の敵は、――少々厄介なの」
そう言って白猫は、薄霧と共に少女へと姿を変えた。
■
デリクが次に気がつくと、そこは暗闇の世界だった。
質量を持った闇が肌に纏わりつき、遠くから獣らしい低い鳴き声が響いてくる。軽い眩暈を覚えながら、額に片手をやり頭を振ると、すぐ傍で細い声がした。
「デリク、大丈夫? 普通の人間ならもっとダメージがあるのに。魔力に耐性があるのね」
「ところで何故、私の名前ヲ?」
少女は少し困ったように視線を逸らすと、小さく謝罪の言葉を口に乗せた。
「ごめんなさい。ちょっとだけ記憶を覗かせてもらいました。あ、でもプライベートな思い出は見ていませんからっ」
水色の髪を揺らし、少女は自分や夢魔について簡単に説明した。
銀色の瞳は強い意思を秘めていて、幼い顔立ちながらも夢「魔」狩りを己の使命としていることがデリクにも解った。
「指摘されるマデ気づけナイとハ……」
驚きの色混じりに、やれやれと芝居ががった仕草でデリクは苦く笑う。
表の仕事に馴染みすぎて、危機を察する能力が落ちてしまったのか。それとも、夢魔に特殊能力のせいで気づくことができなかったのだろうか。怒りよりも好奇心が先立ち、自然と口元に抑えた笑みが浮かぶ。
「コレは、面白い……。実に、興味深い事実デス」
「……え?」
小さな呟きを聞き取れなかったのか、双葉は不思議そうに首を傾ぐ。
「ナイトメアはよほど私に馴染むカタチで寄生しているのでショウ。異物感がまるでナイのです」
何でもないとデリクは微笑み、問いには答えず言葉を重ねた。
「ともあれ、ご挨拶に伺わなければネ?」
己の夢に寄生した夢魔が一体どんなものであるのか。何の目的があるのか。しかしデリクが一番興味をひかれたのは、何故自分を選んだかという一点だった。
気紛れであればそれで結構。しかし教団の誰かが放った刺客や使い魔だとすれば、無視はできない。
「その必要は無い。我は逃げも隠れもせぬよ」
突然響いた声に、二人同時に振り返る。
闇の一点が小さく渦を巻き、そこから血のように真っ赤な瞳が覗いている。人間のものとは思えず、感情の見えない眼は酷く不気味に感じられた。
「自分からやってくるとは、場かな奴……!」
「まぁ、待て。寄生された要因が何処にあるのか、知りたくはないか」
「そんなこと……ッ」
赤い眼は笑うように細まり、渦の中心から病的に白い腕を覗かせる。指が指し示したのは、他ならぬデリクだった。
「黙れ、小娘。我は貴様と話をしている。なぁ……猟犬よ」
ぴくり、とデリクの指先が動く。
その呼び名を聞くのは随分と久しぶりのことだった。そして、二度と呼ばれたくはないと思っていた。不快感を隠しもせず、眉を顰める。
「それで、どうしろと?」
一種冷徹にも聞こえる物騒な響きで、デリクは返す。
この場で力を解放すれば消せない相手ではないが、夢の中は不慣れ。挑発は避けたかった。
「似合いの舞台を用意した。気に入ってくれるといいんだが。……見ろ、あちらだ」
白い指先が二人の後ろを指す。
それと同時、闇を乗せた黒い風が二人の間を吹き抜けた。
咄嗟に瞑った瞼の上に、暖かな日差しを感じてデリクは目を開く。
先程まで辺りを包んでいた闇は何処へやら、景色は一転して明るい光に満ちた。白い綿雲がのんびりと流れ、傾いた太陽が西の地平線へ沈もうとしている。少し視線を横に移すと、見覚えのある洋館があった。建てられてから随分と時が経っているが、良く手入れのされた庭は青い空を背景に美しく映る。咲き誇る花は水色や藤、薄紅色など淡い色が多く、慎ましいながらも存在を咲き誇り、幼い頃の館そのものだった。
「強制転移されられたようです。……此処は?」
「或いは記憶から具現化でもしたのでショウ。私が以前住んでいた屋敷のようデス」
「その通り。貴様の宿す強大な魔力……、この夢と精神を食い尽くし我が物としてやろう!」
低い声が終わると、辺りに禍々しい瘴気が立ち込め始めた。美しい空の青は沈んだ青色へと変わり、闇を含んだ風がざわざわと不吉を告げる。
「来るわ。本体だけを狙って! 周りの雑魚は僕が片付けます」
双葉は目を閉じて集中し、半透明の剣を創り出す。暗黒を纏った小さな蝙蝠が襲ってくるのに構え、その翼を正確な剣筋で断ち切っていく。
「何故ゆえ気づけなかったのか。……我が記憶の一部を拠り所として寄生しておるからだ。一度溶け込んでしまえば、そこから侵食し全て食い尽くすのみ」
「そして抜け殻だけが残る、カ」
デリクはその答えで納得し、魂の食われた抜け殻を想像し薄く笑う。万が一にも自分がそんなことになるのは考えられないが、筋は通っている。この世界に「絶対」が存在しない以上、夢魔に食われる可能性も無かったわけではない。
黒き夢魔は低く、そして高く嘲笑いデリクに向けて瘴気の塊を放ってきた。しかも一つや二つではない。避けるのは不可能、と思われた。
「その程度で、私を食おうなどトハ……」
デリクの身体に当たる直前、黒き攻撃は何かに吸い込まれるようにして消えてしまった。
「な、……ッ」
小さな異空間を開き、攻撃を吸収したのだ。本来ならばこのような使い方はしないが、やってできないことはない。
ばさり、と蝙蝠のような羽が地面に落ちる。双葉はその間にも身軽な動きで敵を屠っているようだ。攻撃に集中してはいるようだが、さり気なくデリクの方にも注意を向けている。
だが始めこそデリクの方が押していたものの、瘴気を操る巧みな攻撃に少しずつ気力を奪われていく。長期戦は良くない。そうデリクは判断し、双葉へと一瞥を投げかけた。
「大丈夫。此処は貴方の世界、いうならば貴方が創造主。強く意思を持って、命じてください」
夢をコントロールする。
言わればみればそうに違いない。自らが創り出したものならば、この意思一つで何とでもなる。意識を辺りに散らし、空間そのものに同調させていく。自らの因子を埋め込み、大地や空さえも手の内として捉え操る。
「これ以上、好きにさせておくワケにはいきません。フィナーレと参りまショウ」
瘴気に包まれた赤い瞳が驚愕に見開かれ、消滅という恐怖に染まっていく。
「初めまして、そして……御機嫌よう。親愛なるナイトメア」
デリクが無言で命じると、前方向からの閃光が一瞬にして瘴気の中心を貫いた。響き渡る断末魔、苦痛に歪む声。それでも尚喰らい付こうとしてか、伸びてきた腕をデリクは見下ろしていた。青い瞳には同情も哀れみさえも浮かんではいない。ただ、これからどうなっていくのだろうと、そんな興味だけがある。
「……、……」
己の足に届く寸前で脆くも崩れた腕。消滅を確認すると、デリクは振り返り、空を見上げた。記憶の中の青は今も美しく、色褪せることはない。
■
落ちているのか、浮き上がっているのか。
どちらともつかない不思議な浮遊感を感じながら、デリクは双葉の声を耳にした。
「そのまま聞いて。……今夜はお疲れ様。貴方の助けがなかったら、正直危なかった」
まるで水の中にいるようだ。心地良くて、酷く眠い。
「ぐっすり休んでください。きっと疲れているはず。……本当にありがとう、デリク」
意識が完全に沈む直前、双葉のそんな声を聞いた気がした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3432/デリク・オーロフ/男/ 31歳/魔術師】
【NPC4934/双葉/女/15歳/ナイトメアハンター】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました。
夢というもう一つの世界。如何でしたでしょうか。
またのご縁を祈りつつ、失礼致します。
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