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<東京怪談ノベル(シングル)>


2008年に降臨せし幻の舞い巫女

●今年も取材に来たんですか?
 国民の祝日である「成人の日」が1月15日から1月の第2月曜日に変更されたことに伴い、小正月に行われる火祭り行事である左義長を行う日も変わった。
 最近では、ダイオキシン問題で取りやめる神社や寺が多いが、溜息坂神社では、毎年1月の第2月曜日には例年通り左義長を行っている……というものの、ダイオキシン問題を心配する氏子達が増えてきたので、訪れる人は年々少なくなってきている。
「書初めはね、焼いた時の炎が高く上がると字が上達すると言われているんだよ」
 それ本当? と聞いた小学生高学年位の少年に「本当だよ」と微笑んで答えたのは、この神社の宮司である空木崎辰一(うつぎざき・しんいち)。
 書初めの他にも、門松や注連飾りといった飾り物も燃やされている。これは、出迎えた神を焼くことによって炎と共に見送る意味がある。
 左義長の話は、この程度にしておいて……。

 今年も、月刊アトラス編集部編集員の三下忠雄(みのした・ただお)がルンルン気分で溜息坂神社にやって来た。
「かなり遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。空木崎さん」
 あけましておめでとう、という時期はとうの昔に過ぎているのだが、仕事に追われている三下にとっては、まだ新年ということで大目にみてやってほしい。
「おめでとうございます、三下さん。左義長にいらしたにしては、手ぶらなようで……。何か御用ですか?」
「実はですね……」
 三下の話は、昨年同様、溜息坂神社で奉納演舞を舞った美人の巫女を取材したいというものであった。
(「今年もですか……」)
 こめかみに手を当て、来年も同じようなことがあるかも……と呟いた後に大きな溜息を吐き、困り果てた表情をする辰一を見て「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」と心配する三下。そもそもの原因は三下くなのだが、本人に悪気も自覚も全く無い。

●奉納演舞
 溜息坂神社では、毎年元旦と二日に境内の中央に盆踊りの櫓に近い感じの少し広く、遠くの参拝客も見られるようにと高め舞台を設置した。
 その中央で、アルバイト巫女による五穀豊穣、災厄祓い等、今年も無事でありますようにと、神社の祭神に祈りを捧げる意味を込めた奉納演舞を行う習わしが社建立当時からある。辰一が十四代目宮司なので、溜息坂神社の歴史は、相当古いものである。
 昨年は、演舞を行うはずのアルバイト巫女が急病で舞えなくなったという緊急事態が発生したので演舞指導を行っていた元巫女のアイデアにより、舞を一通り見ていた辰一が女装して演舞を行うことになったので事なきを得た。
 演舞まで時間があまり無かったため、今では唯一の奉納演舞指導者となった元巫女のスパルタ指導がかなりハードだったので、何とか振り付けを覚ることができ、無事、演舞をこなすことができたのが不幸中の幸いだった。
 追記。それから暫く、奉納演舞を舞う癖が抜けなくなったというのはここだけの話。
「あの時の巫女さん、とても綺麗でしたよねぇ。今年もこの神社で舞っていたそうですが、本当ですか? できれば、その方に直接お会いしてお話を伺いたいのですが。何処にいるかご存知ですか?」
 それは自分です、とは流石に言えない辰一は「さ、さあ……二日限定のアルバイトさんでしたので。元巫女さんだった指導者の方の姪御さんだそうで……」と、咄嗟に誤魔化した。
「今年は絶対に見に行こうとしたんですけど、編集長が正月なんてモンは無いわよ! なんて言いだして、新年早々、心霊スポットの取材にいく羽目になったんですよ……」
 巫女の奉納演舞が見れなかった悔しさと、新年早々、恐怖体験した三下は、突然「僕は日本一不幸な人間なんです〜!」と大泣きし始めた。
 がっくりと肩を落とし、泣き喚く三下を慰めるべきかどうか悩む辰一であった。

 今年の奉納演舞は、元巫女の提案で、奉納演舞を二日に分けて行うこととなった。
 元旦は、アルバイト巫女が両手に神楽鈴を持ち、緩やかに舞う奉納演舞を午前と午後の二回行った。
 そのうちの一人は、昨年高熱でダウンしたアルバイト巫女だったが、今年は昨年の汚名返上をするかのような見事な舞を披露した。
 二日の午後には、烏帽子に白拍子姿の女装し、薄化粧を施された辰一による太刀と扇子による奉納演舞が行われた。
 この演舞は代々溜息坂神社の巫女に伝わる演舞なのだが、巫女であった辰一の母が彼が高校生の時に亡くなったのを機に封印されてしまったため、アルバイト巫女達の間では『幻の奉納演舞』と囁かれていた。
 その奉納演舞が十数年振りに再開されることもあり、多くの参拝客が幻の舞い手巫女を見ようと舞台に集まり始めた。
 化粧を施した元巫女は、こうして見るとさ、あんたは亡くなったお母さんにそっくりだねぇと涙ぐんだ。
 白拍子の衣装は、十数年間誰も着ていないにも関わらず保存状態が良かったため、一日陰干しすれば着られる状態になった。
「サイズ、大丈夫でしょうか……」
 心配する辰一だったが、彼の寸法を測ったかのようにピッタリだった。
 それを見た元巫女は、血は争えないもんだねぇと感極まって泣き出してしまった。辰一は彼女を慰めようにも、開演時間が迫っているためできなかった。
「それでは、行ってまいります。母に恥じない舞を披露して参ります」
 そう元巫女に言い、辰一は舞台に向かった。

 辰一が舞台に登場するなり、参拝客の
「綺麗な巫女さん……」
「美人だ!」
「OH! ビューティフル巫女!」
 等の褒め言葉が、嫌でも彼の耳に届いた。
 深呼吸し終えた辰一は、スピーカーから流れる雅楽に合わせ、緩やかな足捌きでゆっくりと動き始めた。大晦日までみっちし元巫女の厳しい指導を受けた甲斐あり、振り付けは完全にマスターしている。
 辰一が舞う『幻の奉納演舞』は、全ての参拝客(特に男性)を魅了するほど美しく、蝶を思わせる優雅な動きだった。
 右手に持っている溜息坂神社の護神刀『泰山』は、魔を一気に切り裂くように薙ぎ払い、ビュッと風を切るような音が聞こえた。
 左手に持っている白地に桜の花びらが描かれた扇子は、ひらひらと蝶が艶やかに、緩やかに舞う、あるいが桜の花びらが緩やかに舞い落ちるかのような優雅な動きだった。
 こうして、亡き母が待った奉納演舞は無事終了。
 辰一が舞台を立ち去る時、参拝客の惜しむ声が多数聞こえたが、あえてそれを無視して退場。

●三下の取材攻め!
「へぇ……今年は幻の演舞があったんですか。僕も見たかったです。空木崎さん、その時の写真、持っていませんか?」
「写真……ですか? 氏子さんが何枚か撮っていたようなので、その人の写真があるかどうか訊ねて見ます。見つかったら、アトラス編集部にお送りしますので」
 その写真、直にください! と普段はおどおどしている三下にしては珍しく、押しが強い頼み事をしている。三下としては、何が何でもこの巫女に関することを記事にしたかった。
 しかし……オカルト誌である月刊アトラスで『美人巫女の舞』という記事が掲載されるのだろうか?
 それが、唯一の疑問点である。

 その頃。アトラス編集部では編集長がくしゃみをしていたとか。

「そ、そのようなことを言われましても……。残念ながら、手元にその写真がありませんので……」
 三下の迫力に負けた空木崎は後ずさった。
(「三下さんにしては珍しく、やけに強気ですね……。この強気を、仕事で活かしてほしいものです……」)
 今年も、自分が評判になってしまったと複雑な心境の辰一は、三下をどう誤魔化そうかを必死に考えていた。

 神様、あなたは罪作りな方です……と、辰一は心の中で嘆いた。