＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ 本音記す筆 「随分熱心に見てるねぇ。……気になるのかい？」 　店に足を踏み入れて早数十分。他の商品に紛れるようにして置かれていた一本の筆に惹かれ、じっと筆を見つめたまま動けなくなっていた悠宇に店主・蓮がカウンターから声をかけた。 　その声に釣られるように視線を上げた悠宇とカウンター越しに視線を合わせ、蓮はクツリと笑みを浮かべる。 「それはつい最近入ったものでね。”本音記す筆”と呼ばれる不思議な筆さ」 「本音記す筆？」 　柄の部分に施された装飾こそ美しいものの、それはただの筆にしか見えない。”怪しい”と言いたげな表情を浮かべた悠宇についとキセルの先を向け、蓮は酷く楽しそうに笑って見せた。 「それは墨を必要としない筆でね。持ち主の感情に相応しい色が不思議と筆先ににじみ出るのさ。そして筆はその色を以って持ち主の心を代筆する。……面白いと思わないかい？」 何となく筆を手にとって見れば、それは昔から使っていたかのようにしっくりと悠宇の手になじむ。 「理由あって売る事は出来ないが、しばらく貸し出すことならできるよ。……どうするのかはあんた次第さ」 　そうして悠宇は一本の筆を手にアンティークショップを出たのであった。 ■日々の感謝を 　アンティークショップから持ち帰った筆を前に、悠宇は一人唸っていた。”本音を代筆してくれる筆”と聞いてすぐに日和が思い浮かび、日ごろの気持ちや感謝を伝えたいと思ったまでは良かったのだが、何となく気恥ずかしくて筆を持つ気になれないでいるのだ。 　本音以外、決して何も代筆しない筆。何とも信じがたい力を持つこの筆は、自分でも気づかない程心の奥底に沈んだ感情さえも言葉にしてくれるのだろうか。伝えたくて伝えたくて、けれども伝える術を持たないこの想いを掬い取ってくれると言うのだろうか。 「本音記す筆、か……」 　この筆は自分から感じ取る”想い”をどう言葉にしてくれるのか。アンティークショップで見かけたときから、それが気になって仕方なかった。 「日和……」 　いつだって、傍にいてくれたのは心やさしい大切な人。当たり前のようにこの手を引いて、今まで自分が見ようとしていなかったものを沢山見せてくれる。彼女と居ることで多くの”発見”をすることが出来た。 　些細な事こそ大切なんだって、気づかせてくれたのは彼女だったんだ。 「とりあえず、握ってみるしかないよなぁ」 【筆を握って、手紙を書きたい相手のことを思い浮かべるんだ。……いいかい？手紙を書いている間は、なるべく他のことを考えちゃいけないよ】 　蓮の言葉を思い出した悠宇が便箋を前に筆を握ると、じわりと筆先に深い青のインクが滲み出た。そして、まるで何かに導かれるかのように筆がゆっくりと動き出す。 「うわっ！」 　筆に手を引かれる形となった悠宇は驚きに声を上げてしまったが、筆は止まることなく便箋の上へと移動し悠宇の書く字と全く同じ字で便箋の一番上に”日和へ”と記した。書き方からクセまで自分の字と変わらない文字で書かれたそれに、悠宇が驚いたように目を見開いて。 「本当に、気持ちを代筆してくれるのか」 　そして、酷く嬉しそうに微笑んだ。その間にも筆は動き、丁寧に悠宇の想いを綴っていく。綴られていく言葉達は、いつも自分が伝えたいと願っていたこと。伝えたくて、それでも言葉に出来なかった気持ち。筆が書いていく言葉を目で追いながら、悠宇は穏やかな笑みを浮かべた。 　日和と出会って、後悔したことなどない。いつだって幸せを、喜びを、大切なことを教えてくれるのは彼女で。特別なことなど何もない平凡な毎日が楽しみに変わったのは、傍に日和がいたからだった。彼女と居る度、彼女に触れる度、幸せだと感じる。 「本当は、自分の言葉で伝えたいんだけどなぁ……」 　色々な感情を与えてくれる彼女に、同じだけ幸せや喜びを与えたいのに。いつだって与えられるのは自分の方で、どうやって彼女に返せばいいのか分からない。ただ一つ分かるのは、日和が愛しいと言うことだけ−。もちろん、恥ずかしくて口に出すことなど出来ないけれど。 「……なんかすっげー恥ずかしいな、この手紙」 　手紙を書き終わって動きの止まった筆を下ろし、便箋に綴られた文字を読み返した悠宇はブルーブラックのインクでかかれたそれを見て優しく笑った。この手紙を見て、日和は喜んでくれるだろうか。 　そう考えると急に日和に合いたくなって、バイクのキーを片手に悠宇は家を飛び出した。どうせ出かけなければならないんだから、その前に少し日和の顔を見に寄り道したって良いよな！なんて自分に言い訳をしながら−。 ■想いの形 「……悠宇くん？」 「今、大丈夫か？」 　バイクを飛ばしてたどり着いた日和の家のチャイムを鳴らせば、慌てて出てくる愛しい人。自分が来るなんて予想もしていなかっただろう日和は数回目を瞬かせ、けれどもすぐに満面の笑みを浮かべて家に上がるよう促してくれた。 「あ、いや……少し、顔を見たくなっただけなんだ。この後、予定も入ってるし……」 「悠宇くんも？私も、会いたいと思って出かける準備をしていたところなの。……少し、お話できる？」 　”もちろん”と呟いて悠宇は照れくさそうな嬉しそうな笑みを浮かべる。そっと悠宇の手を引き、日和は喜びに緩む顔を隠せないまま悠宇を玄関に座らせ自分もその隣に腰を下ろした。日和が自分と同じ事を考えていてくれた、それがこんなにも嬉しい。 「ずっと家に居たのか？」 「ううん。今日はアンティークショップへ行っていたの」 「日和も？俺も行ったぜ、アンティークショップ。……どうせなら一緒に行ければ良かったのになぁ」 「ふふっ、そうね」 　いつも通りの穏やかな会話。何でもないことを話して笑い合う、心地よい穏やかな時。先程まで会いたいと思っていた日和が傍にいてくれることが嬉しくて、けれどもほんの少し開いたの距離がちょっとだけ寂しくて。思い切って手を握ると、日和がほんのりと頬を染めて悠宇を見上げた。その可愛らしい表情に顔に熱が集まるのを感じ、それでも繋いだ手を離す気にはならない。 「嫌か？」 「ううん。-嬉しい」 　”嬉しい”というその言葉がどれだけ自分を喜ばせてくれるのか、きっと日和は知らないのだろう。一緒に居る時間が長くなる度、好きだと思う瞬間が増えていく。それが、嬉しい。 「そうだ。学校の近くに、日和の好きそうな店見つけたんだ。今度さ、一緒に行かないか？」 「本当？どんなお店なの？」 「雑貨屋、だと思う。アンティークみたいなシックなものからテディベアみたいな可愛いものまで色々あったぞ」 「素敵……行きたい」 　何気ない会話の中で、また一つ約束が増える。口約束一つで笑みを見せてくれる日和が酷く可愛いくて、その笑顔を見るたび色んな場所へ連れて行ってあげたいと思う。そんなことを考えて、自然と浮かぶ穏やかな笑み。 「じゃぁ、約束な。っと……悪い。これからちょっと用事があるんだ。……時間が遅くならなかったら、またおまえの家に寄ってもいいか？」 「うん。メール待ってるね」 「あぁ。それと、これ……」 　照れくさそうな声と共に差し出された一枚の手紙に、日和が不思議そうに首をかしげた。 「あー……実は、アンティークショップに行ったときに不思議な筆を見つけたんだよ。で、どうしても日和に手紙書きたくなって。……受け取ってもらえるか？」 　アンティークショップで手に入れた不思議な筆。まさか、と思う前に日和も手紙を差し出していた。 「あ、あのね……悠宇くん。その、私もアンティークショップで不思議な筆を見つけて、悠宇くんに手紙書いたの」 「え！？もしかして、”本音記す筆”ってやつか？」 「悠宇くんも、その筆で手紙書いてくれたの……？」 　思わぬ偶然に二人とも顔を真っ赤に染め、そのまま見詰め合うこと暫し。恥ずかしさに耐えられなくなった悠宇は自分の手紙を渡して日和の手紙をそっと受け取り、後でメールする！と言い残して玄関を飛び出した。 　赤くなる頬を必死に押さえ、玄関前に止めてあった自分のバイクに寄りかかると気持ちを落ち着かせるため、数回深く息を吸う。。 「……こんな偶然あるのか？」 　なんて、偶然。逸る気持ちを抑えてそっと手紙を開くと、そこには見慣れた日和の字が温かみの感じられるオレンジのインクで綴られていた。 【悠宇くんへ 　いつも学校で会っているし電話やメールでやりとりしているからか、こうして手紙を書くのがなんだか不思議な感じがします。悠宇くんは、身体もあまり丈夫でなくてチェロ以外には積極的とはいいがたい私とは正反対の人。でも、だからかしら。その言葉や行動から目が離せなくて、いつもどきどきするの。 　ぶっきらぼうでどこか不器用で、でも本当はとても優しい人なんだってちゃんと私は知ってる。いつだったか偶然見つけた捨て子猫を、最後の一匹まで里親見つけようと奔走していたでしょう？うちの犬にも不思議なくらいなつかれて、大きな犬だから迷惑じゃないかって思っていたら『しょうがないなあ』なんて言いながら、でも最後には笑ってた。あなたの傍にいると、どんな些細なことでも幸せに感じる。あなたを想う度、すごく心が温かくなる。本当に、あなたを好きになれてよかったって思うの……】 　今すぐ抱きしめたいなんて、手紙を読み終わった後込み上げて来たのはそんな衝動。自分を落ち着かせるように吐息を漏らし、悠宇は手紙を上着の内ポケットにしまい込んだ。 「参った……」 　暫く、顔の熱は引きそうにない。ひとっ走りして頭を冷やそう、なんて考えて悠宇はバイクに跨りエンジンをかけた。 fin 　　＋ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧）＋ 【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】 3524/初瀬・日和　（はつせ・ひより）/女性/16歳/高校生 3525/羽角・悠宇　（はすみ・ゆう）/男性/16歳/高校生 　　　＋　　　ライター通信　　　＋ 二度目のご依頼ありがとうございます。ライターの真神です。 悠宇さまと日和さま、お互いを大切に想いあっていることが分かる素敵なプレイングに触発され、出来る限り甘く仕上げさせていただきました！ いかがでしょうか？少しでも、ご期待に添える内容に仕上がっているといいのですが……。 また、後半に少しリンクしている部分はあるものの今回は基本的に全て別視点で書かせていただきました。こちらの文章とあわせて日和さまの方の文も読んでいただけたら二倍楽しめるのではないかなぁと思います。 納得がいかない部分や口調等にリテイクがありましたら遠慮なくお寄せくださいませ＾＾ それでは失礼致します。 またどこかでお会いできる事を願って―。 真神ルナ 拝