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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


三下君バイト物語り< 雪特別編・罪着人形 >



 世界的に有名なデザイナー、刈谷崎・明美のショーをぶち壊し、さらには公共の電波でとんでもない失態を犯し、挙句一流企業のご息女・ご子息の誘拐騒ぎを起こしたと言う、どんな天然ドジでも真っ青なヘマをやらかした三下・忠雄は、肩身狭くデスクにつくと、今日もご機嫌が麗しくないらしい碇・麗香様の横顔をチラリと見上げ、溜息をついた。
 今日も何かヘマはしないかと、ビクビクしながらデスクに積みあがった書類を見ていた時、突然麗香が顔を上げ、ドンとデスクを叩いた。
「さんしたクン、ちょっと」
「は、はひ‥‥‥」
 またやらかしてしまったかと、重たい足を引きずるようにして麗香の前に立つ。
 昨日提出した原稿が悪かったのか、それとも写真がピンボケしていたのが悪かったのか、もしかしたらこの間の取材で柳の木を霊と間違えて卒倒した事に対して怒っているのかもしれないし、それとも‥‥‥
 心当たりがありまくりの三下は、今にも麗香の口から飛び出すであろうお叱りの言葉を思い、身構えた。
「さんしたクン、明日から、晴彦君の別荘に行って欲しいの」
「大善寺さんの、ですか?」
「なんでもね、お友達を数人呼んでパーティーをするらしいの。 それで、怖い話し大会なんかもするらしくて‥‥‥」
 泣き虫・怖がり・情けないと言う三重苦を持っている三下は、ひぃっと情けない声を上げると首を振った。
「勿論、さんしたクンに何の期待もしてないわよ。怖い話し大会をしている時は、隅っこに行って耳を塞いでプルプルしてなさい。くれっぐれも邪魔にならないようにね」
 酷い言われようだが、三下は三下であり、どこまでも三下であるのだから仕方がない。 何の理由にもなっていない気がするが、それも全て三下が三下であるからして、三下だからこそ‥‥‥‥‥全ては仕方がないのだ。
「最近頑張ってるようだしね、気晴らしに行ってきたらどう? まぁ、大道寺家の別荘の取材もしてきて欲しいんだけれど」
「あ、あの、そ、そこには‥‥‥ゆ、ゆゆ、ゆ、ゆゆゆ幽霊なんて‥‥‥」
「あのねぇ‥‥ウチの雑誌は何!?」
「じ、じじじじじ、じゃぁ‥‥‥」
「呪われた日本人形があるらしいのよ。 雪の降る晩、包丁を持って徘徊する日本人形‥‥吹雪く山、別荘からは出られない。そして、一人、また一人と人形の刃にかかり‥‥‥」
 クラーっと、三下が後ろに倒れこむ。 見事に気絶した部下を見下ろし、麗香は深い溜息をついた。
「誰か他に連れて行ったほうが良さそうね」



 市谷・和人は、暗い室内に灯った画面を見つめながら、ニヤリと笑った。
 一流企業の子供であるアイツラに、自分の気持ちが分かるはずがない。 成金だと馬鹿にされ、成り上がりのセレブは品がないと言い捨てられるこの気持ちが、分かってたまるか!
「そもそも、俺はアイツラが嫌いなんだ。 特に大善寺、ちょっと綺麗な顔してるからってつけあがりやがって」
 深酒殿のガキも五月蝿くて嫌いだ。
「秋華だって、せっかく俺が好意を寄せてやってるのに‥‥」
 親指の爪を噛みながら、和人はイライラと反対の手で机の端を叩く。
「晴彦さえいなければ、秋華は俺の元に来るはず。俺を馬鹿にしやがったヤツラは皆消してやる。ふは‥‥‥はははははっ!!」
 狂った笑い声を上げながら、和人は手元にあった晴彦の写真を真っ二つに切り裂いた。


* * *


「いいえ、まさか。私が行けるなら、さんしたクンなんて一緒に連れて行かないわ、足引っ張られて大変な事になるのは目に見えているもの」
 麗香が肩を竦め、連れて行ったらの主語はさんしたクンよと、およそその言葉の主語に似つかわしくない男の名前を出す。こちらの心境としては、連れて行ってもらうのではなくて連れて行ってやる、だ。
 ――― それにしても、相変わらず酷い言われようですね
 普通ならばここまでボロクソに言われたら落ち込み、仕事を辞めようかとまで考えたくもなるものだが、三下はこんな扱いが日常茶飯事なのだ。底辺の扱いを受けている彼は、これ以上酷い扱いを受けることはないだろう。良いことなのか悪いことなのかは分からないが。
「もうそろそろ晴彦君達が来るころ‥‥‥」
 麗香が言葉を切り、徐に立ち上がると満面の笑みで手を振る。振り返ってみれば晴彦と秋華、木葉がおり、加藤・忍の姿を認めると、複雑な顔をして足を止めた。
「まあ、お三方お久しぶりです“三下です”」
「‥‥‥その隣のが三下だろ」
 晴彦の冷たい視線が忍を射抜く。木葉は不満そうな顔で俯いている。 いくらか態度は軟化しているものの、明らかに二人は忍に好意を持ってはいない。嫌いだけどまだ良い方か、普通の最低ランクかだろう。
「あんた、本当の名前なんて言うのよ」
「前回そう名乗ってからそのままなので、むしろこのままで良いかと思いまして」
「良いわけねぇだろ。本物の三下さんも一緒に来るのに」
「まぁ、私もいつまでもおどおどしているわけにはいきませんしね。私は加藤・忍と申します。以後お見知りおきを」
「加藤さん、お久しぶりです」
 いまいちな反応しか返さなかった晴彦と木葉とは違い、秋華は満面の笑みで片手を差し出した。一瞬その手の意味を尋ねそうになったが、忍は直ぐに思い至ると軽く握手を交わした。
「それじゃぁ、下に車が来てるから」



 黒塗りの高級車の窓の風景が、ビル郡から田畑へと変わる。 隣に座る三下が珍しそうに窓の風景を眺め、秋華から渡された飲み物を零して真っ青になる。車の持ち主である晴彦は笑っているため大したことではないらしいが、そこは一応“お約束”と言うことで弄っておく。
「ぼ、僕‥‥‥弁償できるでしょうか‥‥‥」
「一生働いても弁償できるかどうか分かりませんね」
 えぇぇーっと、不安顔の三下を不憫に思ったらしい秋華がフォローを入れる。 相変わらず彼女は優しい。
「晴兄、今日は何人くらい人が集まったの?」
「六人だ」
「皆さん、面白い方たちですよ」
「おや?秋華さんも晴彦さんのご友人をお知り合いで?」
「パーティーとかで見かける人ばっかでしょ?あたしも顔と名前くらいなら知ってるよ」
 木葉がとオレンジジュースを一気飲みしてから顔を上げ、悪戯っぽい顔で「それにね」と続けた。
「晴兄と秋華ちゃん、許婚だから」
「こ、木葉ちゃん、それは親が勝手に決めたことで‥‥‥」
「えー、あたしはお似合いだと思うけどな。大善寺グループの一人息子で将来有望株の春兄と、星陵グループの次女で優しく大らかな秋華ちゃん。大善寺と星陵、両グループの結びつきも強くなるし、損はないし」
 十歳と言う年齢からは想像も出来ないほど物事をよく理解している木葉は、そう言うと忍に視線を向けた。
「えぇ、私もお二人はお似合いだと思います」
「で、でも私と晴彦さん、4歳も歳が違いますし‥‥‥」
「そんなの普通ですよ」
 忍がそう言った時車が緩やかに止まった。 ちらちらと雪の降る中に佇む山荘は、御伽噺の中から抜け出してきたかのような可愛らしい造りだった。
 山荘の前に佇んでいた金髪の少年が、顔を輝かせるとこちらに走って来る。年齢は15歳くらいだろうか、キラキラと瞳を輝かせ、まず晴彦にタックルすると次に秋華、木葉にも抱きついた。そして最後に忍に顔を向け ―――
「まった、レイ。誰彼構わず抱きつくそのクセをなんとかしろ」
「Butハル、ボク嬉しくってー!久しぶりのJapanで、しかも皆に会えるー、とっても楽しみだったんだヨ!」
「分かった分かった。 忍に三下さん、こっちはレイ・ウィンスレッド。ウィンスレッドグループの三男で、13歳、秋華と同じ歳だ。人に抱きつくのがクセで、日本語と英語を混ぜて喋る。言ってる事が分かんなかったら、もう一度言えって言えば、喋るのに時間はかかるけど全部日本語で言ってくれる」
 晴彦が忍と三下をレイに紹介し、にこやかな彼と握手をする。金色の髪と青い瞳が美しい少年は、もう皆揃ってるんだよと言うと、山荘の扉を開けて中に通した。
「‥‥‥晴彦さん、あなたこの会のホストじゃないんですか?」
「集合時間はもっと遅く伝えてたはずなんだけどな」
「ボクはhotelでじっとしてられなくって、早く来ちゃったんダヨ。他の皆はー、大善寺groupのハルを待たせるのは失礼って言ってた」
「あー‥‥‥ンなこと良いのに」
「大善寺はJapanで一番大きなgroupだから‥‥‥」
 レイが扉を開ければ、中から暖かな空気が流れ出してくる。ソファーで寛いでいた面々が立ち上がり、壁際に立っていた男性が深くお辞儀をする。
「忍、三下さん、あっちの男の人はここの山荘を管理してくれてる馬渕・啓造さん」
 馬渕が頭を下げ、晴彦が黒髪の少女を指差し、次に少々狡猾そうな顔をした男性を指差す。
「彼女が雨月・雪乃で、あの人が松崎・利一」
 ふくらはぎくらいまで髪の毛の伸びた雪乃は、自然な仕草で頭を下げると「短い間ですが、どうぞ宜しくお願い致します」と丁寧に挨拶をし、カスミソウを思い出させる可憐な笑顔を浮かべた。彼女の隣に立った啓造は、品定めをするように三下と忍をジロジロと眺めると、肩を竦めた。
「あっちが水谷・香奈子で、その隣が堂島・譲」
 栗色の髪をショートカットにした加奈子は、マッチ棒のように細かった。華奢と言うよりは、鋭いと言った印象を受ける。ツンとした表情と良い、目じりの上がった目元と良い、気の強そうな人だ。
「ハルが友達連れてくるなんて言うから楽しみにしてたんだけど、意外と年齢高いんだね」
 人好きのする笑顔を浮かべながら片手を差し出してきた譲。握手に応えると、最後の一人に視線を向けた。
「市谷・和人と申します」
 眼鏡をかけた温和そうな青年はそう言うと、頭を下げた。
「で、この二人は‥‥‥友達って言うほどじゃないんだけど、まぁ‥‥‥知り合い?加藤・忍と、三下・忠雄」
「宜しくお願いします」
「よ、よろしくおねがいします‥‥‥」
 二人が晴彦に促されるままソファーに座り、秋華と木葉とレイが腰を下ろした時、壁際で影のように立っていた馬渕がすっと晴彦の前に出てくると低い声で囁いた。
「晴彦さん、お食事はいつくらいにいたしましょうか?」
「そうだな‥‥‥7時くらいで良いかな?」
「ボクはOK!ユキノはどー?」
「晴彦様にお任せいたしますわ」
「あたしも、大善寺君に任せるわ。利一もそうでしょう?」
「あぁ」
「俺もハルに任せるよ。ウチはいつも食事の時間決まってないし、いつ出て来ても食べられる」
「あら?譲君のところにはお手伝いさんがいたでしょう?」
「母親が料理に目覚めちゃって。最近じゃ、まだ夕方だろうが真夜中だろうが、自分の都合の良い時に作るんだ」
「おば様らしいわ。 ‥‥‥今度譲君の家に行っても良い?おば様の作る料理、見てみたいわ」
「デザイナーだからって、凝った盛り付けをしてると思ってるんなら‥‥‥大正解だよ。むしろ、調理時間よりも盛り付け時間の方が長いよ、きっと。料理が出てくる時は大抵もう冷めてるからね」
「それで、味の方は?」
「それを聞く?ここは母親の名誉のために、ノーコメントとしておいた方が良いのかな」
「おばさんの食の暴力に屈しそうになったら、是非俺に言ってくれ。すぐに料理を届けさせる」
「流石は三ツ星レストランを幾つも経営してる松崎家のご長男。母親の家庭内暴力が酷くなったら是非SOSを飛ばすよ」
 クスクスと上品な笑い声が響くなか、三下が控えめに話しかける。
「あの、皆さんはそれぞれどのような‥‥‥その‥‥‥」
「親が何をしてるかってこと?」
 もごもごと言葉に詰まった三下に救いの手を差し伸べる譲。先ほどまでは彼と仲良さそうに話していた香奈子と利一が、急に興味を失ったように無表情になる。
「え、えぇ‥‥‥その、大善寺さんと星陵さん、深酒殿さんは分かるのですけれども‥‥‥」
「まず、俺の家は母親がデザイナー。父親も有名なデザイナーだったらしいんだけど、俺が小さい時に亡くなったんだ」
「そうなんですか‥‥‥」
「次にレイは、IT系だよな?」
「ボクのfatherは何でもやってるヨ」
「雪乃ちゃんの所は茶道の家元で、香奈子さんの家は不動産業、利一さんはお父さんがレストラン経営をしていて、お母さんがモデルさんだったよね?」
「もう大分前に引退してるけどな」
「トシカズのmatherはとってもキレー。今でも、remain」
「和人さんは、お母さんが女優さんでお父さんが‥‥‥」
「女優って言うより、アイドルよね、全く売れなかった」
 クスクスと、嫌な笑い声を上げる香奈子に、レイと譲が顔を見合わせる。雪乃が三下と忍をチラリと見た後で、窘めるように眉根を寄せて香奈子の顔を見つめる。
「だって、そうじゃない。ねぇ?」
「え、えぇ‥‥‥」
 和人が困惑したように頷き、木葉と秋華が困ったように俯く。 この会のホストである晴彦は、馬渕と共に姿を消している。
「お父さんが金融業だったよね?」
 譲が嫌な流れを断ち切るかのように、やや早口でそう言うとそれっきり口を閉ざした。
「この中では、和人さんだけが異質よね。 他は、ほんの小さな時から頻繁に会っていたしね」
「ボクもイシツだよ。だって、皆に会うの、年に一回あれば良い方、あとは全部mail」
 レイがすかさず香奈子に言葉を返し、場が沈黙する。
「でも、レイは本物だろ?」
「レイ様に、偽者も本物もありませんわ。勿論、わたくしにも」
 雪乃が胸に手を当ててそう言った時、高そうなアンティークの柱時計が鳴った。 重厚な低音は厳しく、その音に合わせるかのようにして入って来た晴彦は、一座の視線を一身に受けて一瞬だけ驚いたように目を見開くと、足を止めた。
「どうかしたのか?」
「今ね、皆で喋ってたら丁度時計が‥‥‥って、ハル、それって‥‥‥」
「あぁ、三下さんに。麗香さんから頼まれてた人形」
 黒髪の日本人形を三下に差し出す。 虚ろな瞳と赤い着物、肩口まである黒髪は不揃いだ。
「あ、あの‥‥‥これって、髪の毛が伸びたり‥‥‥そ、その前に、これってアノ人形、ですか‥‥‥?」
「あぁ、そうだよ。呪いの人形。まぁ、髪の毛も最初は揃ってたんだけど段々‥‥‥」
 ふらーっと倒れた三下に、木葉とレイが口をぽかんと開け、雪乃と秋華が「きゃっ」と小さな悲鳴を上げる。どうやら麗香から色々と聞いていたらしい晴彦が「やっぱそうなるよな」と呟き、譲がさっと立ち上がると三下の身体を床に横たえる。
「気を失ってるみたいだけど‥‥‥」
「そう言う体質の人なんだ。 とりあえず、ベッドに運んでおくか」
「私が手伝いましょう」
 和人が名乗りを上げ、譲と晴彦の3人がかりで彼を2階の部屋まで運んでいく。
「それにしても、流石は三下さんですね‥‥‥」
「私も怖いのは苦手なんですけれど、このお人形は平気です」
 忍の呟きに秋華が反応し、髪の毛が伸びる原因 ――― 髪の毛に使っていた繊維が時が経つにつれて伸びただけ ――― を簡単に説明し、さらには呪いの人形と言われる所以も教えてくれた。
「つまり、そのミステリ作家がこの山荘を舞台にした話を書き、お礼にと残していった人形だと?」
「そうなんです。晴彦さんのお父様のお知り合いで‥‥‥。あの殺人人形はこの子をモデルにしたんだ、ぜひ貰ってくれと言われて渡されたみたいなんです」
「お人形自体はどこかのお土産物屋さんで買った高くないものだし、殺人人形なんて貰っても嬉しくないんだがって、晴兄のお父さん、すっごーく困ってたけどね」
「それはそうでしょう」
 思わずクスリと笑ってしまう。 もし自分が同じ事を言われれば、晴彦の父親と同じように困ってしまうだろう。
「でもね、その作家さん有名な人だから‥‥‥多分、人形にもそれなりに価値は出てるのかも」
 木葉にはよく分からないんだけどねと言って首を傾げた彼女の小さな頭をそっと撫ぜる。
「準備が整いました」
 馬渕の先導に従い食堂に入れば、先に入っていた譲と和人が座っていた。
「大善寺君は?」
「トイレじゃないかな」
 和人がそう言った時、晴彦が奥の扉から入って来た。
「そう言えば、あの人形はいつもは何処に置いてあるんです?」
 隣に座った晴彦にそっと声をかける。 木葉は高くないものだと言っていたが、人形の顔つきと良い着ている振袖と良い、安物と言うほどではない気がした。彼らから見たら安物なのかもしれないが、忍は一度じっくり人形を見てみたくなった。
「あぁ、2階の奥の部屋に和室があるんだけど、そこに‥‥‥でも今は、三下さんのベッドの脇に置いてある」
「ベッドの脇、ですか?」
「安心してくれ。殺人なんてしない良い子だからな、アイツは。しっかり看病してくれてるよ」
 ――― ベッドの脇と言うよりは、枕の隣に置いてあるのでは ‥‥‥
 悪戯っぽい笑顔を浮かべる晴彦。 三下が起きた時、どのような物を見てどのような反応をするのか想像し、忍は必死に笑いを噛み殺した。



 豪華な食事が終わり、食後の紅茶とケーキが出される。 美味しそうに食べる木葉に自分の分を差し出し、忍はテーブルの上を飛び交う会話に耳をすませた。
「でも、これで星陵と大善寺は安泰ね」
「か、香奈子さん‥‥‥私はまだ晴彦さんとは‥‥‥」
「良いじゃないか。秋華ちゃんだって、晴彦の事が嫌いってわけじゃないんだろ?」
「それは‥‥‥そうですけど‥‥‥」
「もー、利一さんも香奈子さんも、秋華ちゃんイジメるの止めてよー!」
 木葉の訴えに、香奈子と利一が苦笑しながらその話題を打ち切る。
「レイ君のところはそう言う話はまだないの?」
「ボクのところは、matherがボクのことLOVEだから」
 強調して言われたLOVEの言葉に、一同が声を上げて笑う。
「まぁ、レイ君可愛らしいから仕方ないわよね。私が母親でも放したくなくなっちゃうもの」
「そう言えば、香奈子のところは利一と話が進んでるんじゃなかったか?」
「大善寺君、どっからそんなデマが流れてるの‥‥‥」
「でも、和人さんが前にそんな様な話を‥‥‥ですよね?」
「え? あぁ、話したね。丁度君と秋華ちゃんの話が纏まったくらいの時に、藤元君が‥‥‥」
「市谷さんの方こそ、良い相手はいないんですか?」
 香奈子が意地の悪い瞳を和人と秋華に向け、肩を竦める。
「もっとも、相応しい相手を見つけるのって大変ですよね」
「香奈子様!」
 雪乃の咎めるような視線を受け、香奈子が利一にしな垂れかかる。 赤い口紅が、蛍光灯の明かりを受けて艶かしく光る。
「別にね、馬鹿にしてるんじゃないのよ。ただ、私と同じだって思っただけ。 ね、晴彦?」
 艶っぽい視線を受けても、晴彦の表情は変わっていなかった。ただ、少しだけ‥‥‥膝の上で握られていた手に力が込められたような気がした。


* * *


「なんか、ドロドロした感じでヤだねー」
 レイのそんな呟きに、雪乃が目を閉じる。
「仕方ないよ、香奈子さんは昔からあんな人だから」
 譲が溜息混じりに言い、雪乃が後に続く。
「強かになるようにと育てられてきたんですわ。香奈子様だけを責めるのは、酷です」
「ボクはカナコもトシカズもlikeだけど、カズヒトがカワイソーって、思うんだ」
「利一様はご長男で、色々と苦労をされているようですから‥‥‥」
「松崎グループ、経営が上手く行ってないみたいだしね、最近」
「カズヒトのとこもそう。ボクやユキノ、ユズルがspecial」
「星陵ですらも、大善寺との関係強化を望んでいますし、深酒殿は別分野に手を伸ばそうとしていますし‥‥‥」
「みーんな心配事いっぱい。 でも、カズヒトが一番大変。ボク、一番心配」
「何が心配なんです?」
「担任袋の緒が切れないか」
「レイ、それを言うなら堪忍袋だ」
 日本語、ムズカシイ‥‥‥。 と、シュンと肩を落とすレイ。
「トニカク、カズヒトはトシカズやカナコだけじゃなく、色んな人から色々言われて、ずっと我慢してきた。カズヒト、長男だから期待大きいし、ああ見えて結構腹黒。ニコニコsmileでも、心の中ではvery怒ってるかも」
「和人さん、ハルのこと嫌いだしね」
「どうしてです?」
「秋華ちゃんの事が好きだった‥‥‥って聞いた事があるんだけど‥‥‥」
 ガシャンと、階上から重たいものが倒れる音が響く。 何があったのかと顔を見合わせる中、甲高い女性の悲鳴が夜を切り裂く。
「あれは‥‥‥」
「コノハの声ダヨ!」
 その場にいた誰よりも早く状況を理解した忍は、一目散に階段を駆け上がった。 階段を上がりきった直後、木葉が忍に体当たりし、その場で尻餅をついた。
「どうしたんです?」
「香奈子が‥‥‥」
 後から駆け上がってきた譲と雪乃に彼女を託し、忍は扉が開け放たれた部屋の中に足を踏み入れた。
「早く病院に運ばないと大変な事になる‥‥‥」
「でも、外は雪ですし、今直ぐにとなると‥‥‥馬渕さんに相談してみましょう」
 和人の隣にしゃがんでいた秋華が立ち上がり、忍の隣を足早に通り過ぎる。床に倒れこんでいる香奈子を抱き上げ、ベッドの上に寝かせた和人が腕時計に視線を落とすと渋い顔をした。
「これは‥‥‥どういうことです?」
「あぁ、忍さん‥‥‥。どうやら香奈子さんが毒を飲まされたみたいなんです」
「毒ですか? 失礼ですが和人さん、貴方は‥‥‥」
「大学では医学部に籍を置いています。 香奈子さんは晴彦君と紅茶を飲んでいる時に毒を飲まされたようです。紅茶に毒が入っていたんでしょう、飲んだ直後に倒れたみたいです」
「秋華ちゃんとお風呂から上がって部屋に帰る途中で、香奈子が春兄を部屋に連れて行くところを見たの。香奈子酔ってるみたいで、春兄はイヤイヤ連れて行かれてた。秋華ちゃんが、凄く心配そうな顔してたから、悪いと思ったんだけど、覗いてみたの。そしたら‥‥‥」
「紅茶を飲んで倒れたんですか?」
「そう。急に、バタンって‥‥‥」
「それで、晴彦さんは今どこに?」
「利一さんに見てもらってます。 いくら大善寺君でも、やって良い事と悪い事がある‥‥‥いくら香奈子さんがしつこいからって、紅茶に毒を入れるなど‥‥‥」
「和人さん、幾つか質問しても良いですか?」
「なんですか?」
「晴彦さんは、紅茶を飲みましたか? それから、晴彦さんは紅茶には何かを入れる人ですか?」
 テーブルの上に乗っている小さなポットとカップ、角砂糖入れにミルク、クッキーの乗ったお皿。 銀のスプーンが蛍光灯の光りを受けて輝いている。
「紅茶は飲んでいたみたいですよ。 紅茶に何か入れるかは分からないな‥‥‥でも、多分どっちも入れないんじゃないかな」
「そうですか。‥‥‥香奈子さんは普通、紅茶に何か入れますか?」
「よくは知らないけれど‥‥‥砂糖は入れていると思うよ。彼女、甘党だから」
「晴彦さんも甘党なんですよ。 でも、紅茶には砂糖を入れない主義なんです」
 固い顔をした秋華がそう言うと、忍に視線を向けた。
「私と木葉ちゃん、晴彦さんは香奈子さんが倒れた場面を見ていました。だから、香奈子さんは紅茶を飲んで倒れたって知ってました。でも、木葉ちゃんの叫び声を聞いて駆けつけた和人さんが、どうして香奈子さんは紅茶を飲んで倒れたんだって知ってたんです?クッキーを食べて倒れた可能性だってあるし、他の可能性だってありえます。私、ずっと不思議だったんです」
「何の小説のマネをしようとしたのかは知りませんが、あまりにもお粗末ですね。 事前に香奈子さんに晴彦君を部屋に誘って紅茶を出すようにとでもそそのかしていたんでしょうけれど、甘党の二人が紅茶を飲む時、必ず砂糖を入れるとは限らない。もし二人が砂糖を入れて飲んだ時、どんな筋書きを考えていたのかは分かりませんが、晴彦さんが砂糖を入れなかったことに動転した貴方は意味不明の事を口走ってしまった」
「カズヒトは、精神的に弱い。 緻密な計画、崩れると脆い」
 レイがポツリとそう呟き、テーブルの上に置いてあった紅茶の缶を手に取ると中を確かめた。
「この紅茶、カズヒトがボクのfatherから買ったもの。 珍しい紅茶、なかなか手に入らないってfather言ってた」
「でも、香奈子さんが独自に取り寄せた可能性も‥‥‥」
「それはナイよ。だって、この紅茶作ってるの、fatherのところだけ。珍しい紅茶、他の会社に委託してない」
「‥‥‥どうしてこのような事をなさいましたの?和人様‥‥‥」
「秋華が‥‥‥晴彦のところになんて行くから‥‥‥折角俺が‥‥‥」
「あなた、変態ですか?」
 ズバリと流れを断ち切るかのような言葉に、一瞬場が沈黙する。 利一と馬渕と共に戻って来た晴彦も、突然の台詞にポカンと口を開けている。
「13歳の秋華さんに色目を使うなど‥‥‥“殺さず、犯さず、貧しい者から盗まず”を守れない奴には容赦はしません。しかも、人に罪を着せるなど‥‥‥外道です」
「と、とにかく‥‥‥香奈子を早く病院に運ばなくちゃならないし‥‥‥」
 考え込む晴彦に、馬渕がそっと声をかける。
「救急車はもうじき来ますよ。雪が降っているため、多少遅れるとは言っていましたが」
「馬渕さん‥‥‥。そうだ、皆の家に電話をかけてもらえないか?」
「かしこまりました」
「俺は香奈子に付き添って病院に行って来る。利一さんもついてきてくれますよね?」
「あぁ。香奈子とは長いからな」
「カズヒトのことは、ボクとユズルに任せて」
「ハル、警察はどうするの? 呼ぶんでしょう?」
 譲の言葉に、晴彦は寂しそうに微笑むと目を閉じ、分からないと呟くと溜息をついた。
 そして ―――――――
「ぎぃやああぁああああ!!!」
 夜の闇を切り裂く三下の叫び声に、一同は凍りついた。


* * *


「まったく、酷い目に遭いましたね」
「う、ぐずっ‥‥‥ぞーですね‥‥‥」
「いくら気に入らないからと言って、毒を飲ませるなんて‥‥‥」
「ぞうでずね‥‥‥ぐずっ‥‥‥枕元に人形を置いておくなんて‥‥‥」
「私のように、晴彦さんのご友人方のご家族の態度が気に入らないからと言って、タクシーで帰った方が良いなどと言ってお抱え運転手達を帰し、財布から現金、カード類を抜き取り“三下参上”などと書いた紙を入れるなどの悪戯をするくらいならともかく」
「それも十分悪意のある悪戯です。人に罪を着せるなど、外道のやることじゃなかったんでずが?」
 グズグズと泣きながらタクシーの後部座席に乗り込んだ三下。 どうやら日本人形のショックが未だに残っているらしい。
「まぁ、だれも三下さんがやったなんて思いやしませんよ」
 秋華が状況を説明している間中、日本人形の呪いがどうたらと言ってグズグズ泣きじゃくっていた三下がそんな大それた事をするとは思わないだろう。選民思考的セレブ達は、三下を気が小さい泣き虫男と記憶したのだから。
「盗ったカード、どうするんです?」
「勿論郵送で送り返しますよ。 恵まれない人々にあげたところで、このカードはもう使えないでしょうから」
 現金はそれなりに使わせていただきますけどねと心の中で呟く。
「義賊と言えど、ただの盗人。外道には違いない‥‥‥か」
「え、何が言いまじだが?」
「呪いの人形の取材が出来なかった三下さんは、碇さんに怒られるだろうって言ったんですよ」
「あーーーーっ!!!」



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 5745 / 加藤・忍 / 男性 / 25歳 / 泥棒


◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

探偵や助手がおらず、推理は入らないお話にしようと考えた結果、OPを多少弄りました
ただ、やはり些細な、推理と呼ぶにはおこがましい程度の解説は入ってしまいました
相変わらず可哀想な三下君ですが、三下君は三下君であるからして(中略)しかたないのかなぁと
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いました