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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


三下君バイト物語り< 雪特別編 ・有能な助手>



 世界的に有名なデザイナー、刈谷崎・明美のショーをぶち壊し、さらには公共の電波でとんでもない失態を犯し、挙句一流企業のご息女・ご子息の誘拐騒ぎを起こしたと言う、どんな天然ドジでも真っ青なヘマをやらかした三下・忠雄は、肩身狭くデスクにつくと、今日もご機嫌が麗しくないらしい碇・麗香様の横顔をチラリと見上げ、溜息をついた。
 今日も何かヘマはしないかと、ビクビクしながらデスクに積みあがった書類を見ていた時、突然麗香が顔を上げ、ドンとデスクを叩いた。
「さんしたクン、ちょっと」
「は、はひ‥‥‥」
 またやらかしてしまったかと、重たい足を引きずるようにして麗香の前に立つ。
 昨日提出した原稿が悪かったのか、それとも写真がピンボケしていたのが悪かったのか、もしかしたらこの間の取材で柳の木を霊と間違えて卒倒した事に対して怒っているのかもしれないし、それとも‥‥‥
 心当たりがありまくりの三下は、今にも麗香の口から飛び出すであろうお叱りの言葉を思い、身構えた。
「さんしたクン、明日から、晴彦君の別荘に行って欲しいの」
「大善寺さんの、ですか?」
「なんでもね、お友達を数人呼んでパーティーをするらしいの。 それで、怖い話し大会なんかもするらしくて‥‥‥」
 泣き虫・怖がり・情けないと言う三重苦を持っている三下は、ひぃっと情けない声を上げると首を振った。
「勿論、さんしたクンに何の期待もしてないわよ。怖い話し大会をしている時は、隅っこに行って耳を塞いでプルプルしてなさい。くれっぐれも邪魔にならないようにね」
 酷い言われようだが、三下は三下であり、どこまでも三下であるのだから仕方がない。 何の理由にもなっていない気がするが、それも全て三下が三下であるからして、三下だからこそ‥‥‥‥‥全ては仕方がないのだ。
「最近頑張ってるようだしね、気晴らしに行ってきたらどう? まぁ、大道寺家の別荘の取材もしてきて欲しいんだけれど」
「あ、あの、そ、そこには‥‥‥ゆ、ゆゆ、ゆ、ゆゆゆ幽霊なんて‥‥‥」
「あのねぇ‥‥ウチの雑誌は何!?」
「じ、じじじじじ、じゃぁ‥‥‥」
「呪われた日本人形があるらしいのよ。 雪の降る晩、包丁を持って徘徊する日本人形‥‥吹雪く山、別荘からは出られない。そして、一人、また一人と人形の刃にかかり‥‥‥」
 クラーっと、三下が後ろに倒れこむ。 見事に気絶した部下を見下ろし、麗香は深い溜息をついた。
「誰か他に連れて行ったほうが良さそうね」



 市谷・和人は、暗い室内に灯った画面を見つめながら、ニヤリと笑った。
 一流企業の子供であるアイツラに、自分の気持ちが分かるはずがない。 成金だと馬鹿にされ、成り上がりのセレブは品がないと言い捨てられるこの気持ちが、分かってたまるか!
「そもそも、俺はアイツラが嫌いなんだ。 特に大善寺、ちょっと綺麗な顔してるからってつけあがりやがって」
 深酒殿のガキも五月蝿くて嫌いだ。
「秋華だって、せっかく俺が好意を寄せてやってるのに‥‥」
 親指の爪を噛みながら、和人はイライラと反対の手で机の端を叩いた。
「晴彦さえいなければ、秋華は俺の元に来るはず。俺を馬鹿にしやがったヤツラは皆消してやる。ふは‥‥‥はははははっ!!」
 狂った笑い声を上げながら、和人は手元にあった晴彦の写真を真っ二つに切り裂いた。


* * *


 雪に閉ざされた山荘と言えば、殺人事件が良く似合う。なんて、ミステリ好きでなければ思いつかないような“最強コンビ”を思いながら、桐生・暁は倒れこんでいる男性を見下ろした。
「守!」
 近藤・香里の高い声が廊下に響き、佐川・有香がクラリとその場に倒れこみそうになる。
「動かしちゃダメだ!頭を打ってる可能性がある‥‥‥」
 和人の声に、藤堂・樹が香里を後ろから羽交い絞めにする。 和人の指が守の首筋に触れ、目を輝かせると秋華に軽く頷く。口元に耳を当て、何度か彼の名前を呼びかける。
「和人は医学部なの。だから、彼に任せておけば応急処置くらいなら何とかなると思うの」
 木葉の言葉に、暁は目を閉じた。
 ――― ヤなヤツだとは思ってたけど、だからってこんな ‥‥‥
 顔を上げる。 長い階段はかなり急で、一番上には呆然とした顔の晴彦と、彼の隣で必死に何かを語りかける春山・雪乃の姿があった。
「‥‥‥どうして守を押したの? ねぇ、晴彦、どうして!?」
 香里の叫び声に、晴彦はか細い声で「押してなんかない」と呟いた。



 三下と暁が山荘に着いた時、すでに招かれていたメンバーは揃っていたらしく、一通りの自己紹介を受けたあとで雪乃が淹れてきた紅茶を飲みながら良く沈むソファーに腰掛けた。
 暁の第一印象では、雪乃はお上品なお嬢様、樹は友達になれそうなタイプ、和人は優しそうなお兄さん、その他の四人はあまり良い印象は持たなかった。
「普通の学校って、どんな感じなの? 授業中とか、五月蝿そうだわ。それに、教師だって‥‥‥ねぇ?」
 有香がクスクスと笑い、香里が「そんなに笑っちゃダメよ」と言いながらも肩を震わせる。守と竜彦は、さも馬鹿にしたような視線で暁と三下を交互に眺めていた。
 雪乃と樹、木葉が渋い顔をしていたが、暁は嫌味なんて気にしてないかのように明るく奔放に振るまい、巧みに自分のペースに持って行った。
 晴彦が嫌な流れを断ち切ろうと、例の日本人形を持って来たのだが ――― 三下が見事にぶっ倒れた。
 確かにその日本人形はどこか不気味な感じがしたが、だからと言って「これが殺人日本人形だよ」と持ってこられた瞬間に気を失わなくても良いだろう。もう少しじっくり、日本人形の愛らしい ――― かどうかは微妙な線だが ――― 漆黒の瞳を覗き込んでから倒れても良かっただろうに。
「凄いな、本当にこんなに直ぐに倒れるのか」
 麗香からある程度の話は聞いていたらしい晴彦が、驚きに目を瞬かせながら素朴な感想を零した。
 こままにしておいても可哀想なので、暁と晴彦、樹が協力して三下を2階の部屋に寝かせると再び人形の話しに戻った。
「その人形が本当に殺人をしたわけじゃないんでしょう?」
「いいえ、本当にしたんですよ、暁さん」
 秋華が悪戯っぽい笑顔でそう言い、あるミステリの名を挙げると、その物語に出てきた重要な“犯人”の役を担ったのだと教えてくれた。勿論、日本人形が勝手に誰かを恨んで殺しに行ったわけではない ――― それではミステリと言うよりホラーになってしまう ――― 犯人が人形に細工をして人を殺させていたのだ。
「そのミステリ作家さんが晴彦さんのお父様に差し上げたらしいんですけど、おじ様ったら心底困っていらっしゃいました‥‥‥」
 楽しそうに晴彦の父の様子を語る秋華に、暁は疑問を抱いた。
「ねぇ、秋華ちゃんって晴彦とそんなに仲良かったっけ?」
 確か、晴彦は秋華の事を嫌っていたのではなかったか ――― ?
 そんな問いに、隣に座っていた木葉が暁の袖をチョイチョイと引っ張ると耳元に口を寄せた。
「秋華ちゃんと晴兄、許婚なんだよ」
「い、許婚!?」
「て言っても、親同士が勝手に決めたことなんだけどな」
「でも、良いんじゃない。晴彦と秋華ちゃんって、似合うと思うなー」
「そうね。和人さんなんかよりはよっぽど似合うかも」
 クスクス。 有香の意地の悪い言葉に、和人が困ったような顔をする。
「そうだねー、和人さんには、秋華ちゃんよりももっと色っぽくて美人な‥‥‥っと、秋華ちゃんが美人じゃないって言ってるわけじゃないからね!?秋華ちゃんは、美人って言うよりも可愛いって感じかなー。色っぽいって言うよりも、清楚って感じで、晴彦にはぴったりだと思うけど‥‥‥でも、やっぱり和人さんにはもっと大人の女性が合うような気がするな、俺」
 何で和人が攻撃されているのかは分からなかったものの、暁は遠まわしに和人をフォローし、そして懐いた。
 おそらく、あの四人組が好きになれなかったと言うのもあるのだろう。
 けれどもっと深い何かがあった気がする。それこそ、人とは違う能力を宿した暁の勘だったのかも知れない。
 人間とは違う魅力を纏う暁と、どこか暗く不安定な雰囲気を纏った和人。 異なるものなれど、根っこの部分は何処か繋がっているような気がした。



 俺が作るからあんまり期待するなよと言っていた晴彦だったが、その腕はかなりのものだった。
 お手伝いを申し出た雪乃と秋華に混じって、暁と木葉もお手伝いを ――― と言いつつ、八割がた役に立っていなかったような気もするが ――― しながら晴彦をチクチクと弄っていた。 広間に残したままの和人の事も気になっていたが、樹がいるのならば安心だろう。
「あーあ、晴彦ってば良いな−、秋華ちゃんが将来のお嫁さんだなんて」
「秋華ちゃんは、優しいしよく気がつくし、綺麗な顔してるし‥‥‥絶対将来凄い美女になりそうだよね」
「あー、分かる分かる!女優さんみたいになっちゃうかもね!」
「晴兄の幸せ者ーっ!」
「‥‥‥10歳の子供がそんなこと言うな」
「あ!木葉ちゃんのこと子供扱いしたー!人のこと子供扱いする人は、自分が子供なんだぞ!」
「意味わかんねぇよっ!!」
「暁、きっと晴兄照れてるんだよー!」
「きっとそうだね。晴彦ってば、案外シャ・イ♪」
「キモイっ!!」
「秋華ちゃんがいなくて夜中に枕を濡らすような時があったら、絶対呼んでね!直ぐに駆けつけて癒してあ・げ・る♪」
「わー、秋華ちゃん、晴兄が浮気の相談してるよー!」
「は‥‥‥晴彦様!浮気など、そんな‥‥‥ふ、不潔ですわーっ!!」
 雪乃が手に持っていたタオルを投げる。 直球で飛んできたタオルは見事に晴彦の顔面にクリーンヒットした。
「だーっ!!もーっ!!暁も木葉も外で雪だるまでも作って遊んでろっ!!」
「晴兄が怒ったー!」
「それじゃぁ木葉ちゃん、雪合戦用に雪玉作って遊んどく?」
「雪玉作って遊ぶって、なんだよそれ!投げて遊べよ!」
「いやー、やっぱ、投げる的は晴彦じゃないと!鬼は外・福は内の要領でやらないと気分盛り上がらないよね!」
「雪合戦でもなんでもねぇじゃねぇかソレ!ただの一方的なイジメだろ!?」
 もーお前達外に出ろ!鍵かけてやるっ!! と、息巻く晴彦から逃げながら、暁と木葉は広間に飛び出した。
 嫌味四人組が一瞬物凄く驚いた顔をして固まり、直ぐに肩を竦めると自分達の話しに戻る。 樹が面白そうだからといって入って来て、暁が無理矢理和人もその輪の中に加える。
「こ、これは一体なに‥‥‥?」
「晴彦と鬼ごっこしてるんだ!」
「晴彦君と? だって、晴彦君は夕食の料理をしてるんじゃなかったの?」
 キョトンとしている和人に笑いかけながら、暁は夕食までの時間を来るはずのない鬼 ――― 晴彦は暁達をキッチンから追い出すと、すぐにまた夕食の準備に取り掛かっていた ――― を待ちながら、窓に叩きつける白い雪を見つめていた。


* * *


「俺は押してなんかない!ただ、後ろから声をかけて肩を‥‥‥」
「嘘よ、押したに決まってるわ! だって、そうでなかったらどうして‥‥‥」
 泣きじゃくる香里の肩を、有香が優しく抱きとめる。
「香里‥‥‥大善寺君、押したなら押したって認めたほうが良いよ」
「だから、俺は‥‥‥」
「大善寺家の長男だからって、何でもやって良いって訳じゃねぇだろ!?」
 竜彦の怒声に、木葉がピクリと反応しそうになる。 大丈夫だからと言う意味も込めて木葉の肩に手をかける。
「皆、落ち着けよ。お前ら、晴彦が守を押したところを見たのか?そうじゃないだろ?」
「‥‥‥いや、私は見ましたよ。晴彦君が、郡山君の肩に手をかけているところを」
「違う。押してない。肩に手をかけてもいないんだ。肩に手をかけようとしたら、守が勝手に‥‥‥」
「守が勝手に落ちるわけないじゃない!」
 ヒステリックな香里の叫び声に、有香が必死に背中を撫ぜる。
「‥‥‥ねぇ、暁」
 木葉の低い声は、暁以外の人には聞こえていなかったらしい。誰もこちらに注意を払うことはなかった。
「暁は、春兄が押したんだと思う?」
「いや。‥‥‥晴彦には、郡山さんに危害を加えようとする理由がない」
「理由なら、あるの。 守は、秋華ちゃんにしつこく言い寄ってたみたいだから」
「‥‥‥郡山さんの彼女って、近藤さんじゃないの?」
「香里と秋華ちゃん、どっちが良い女? 秋華ちゃんの方が断然良いわよ」
 鼻で笑った木葉の横顔は、とても10歳とは思えないほどに凛とした大人の雰囲気を纏っていた。
「理由があるなら、春兄が守を殺そうとしてもおかしくないって思う? 春兄は嘘をついてるって思う?」
「‥‥‥いや。晴彦は嘘をついてないよ。俺は、信じるよ、晴彦の言葉を」
「ねぇ、暁、お願いがあるんだけど‥‥‥」



 深酒殿・木葉と言う人物と最初に会った人は、大抵まだまだ子供で我が侭で裕福な家庭で甘やかされて育った者特有のどこか他人を馬鹿にしている雰囲気を纏っている、そう感じるだろう。
 けれど彼女とより深く語り合い、長い時間を過ごした人は、彼女が我が侭の仮面の下に隠している聡明さをまざまざと見せ付けられる事になる。 彼女は10歳と言う年齢で言うなれば天才と言っても過言ではないほどに頭の回転が速かった。
 色々と調べて欲しいと言われた時、暁は彼女には事の真相がほとんど見えているのだという事を悟った。
 階段を転げ落ちた守、落ちる瞬間に肩に手をかけた晴彦、それを下で見ていた和人・香里・有香、そして物音に驚いて駆けつけた他のメンバー。 後数個のピースさえ揃えば真実が分かると言うように、木葉は幾つか暁に調べて欲しい事柄を伝えると、ふいと何処かへ姿を消してしまった。



「守君が上がって行ったのは、夕食が終わって少し話した後。読みたい本があるからって言ってあがって行ったの」
「晴彦様が上がられたのはもっと後、皆さんでお茶をしている時ですわ。物置部屋にタオルを取りに行ったんですの」
「タオル?」
「そうですわ。食器拭き用のタオルです」
 少し話を聞きたいと声をかけた時、有香と雪乃の対応の仕方は正反対だった。有香は嫌そうに片手を振り、雪乃は協力的な姿勢を見せた。
 部屋で臥せっている香里からは話を聞けないため、どうしても隣にいた有香の話を聞いておきたい。 雪乃の手助けもあって何とか話を聞かせてくれるように頼んだ。
 樹と竜彦も呼ばれ、広間には取調室のような重苦しい雰囲気が漂っていた。
「和人さんが皆のために淹れた紅茶を零して、それを拭くためにタオルを使っちゃったんだよ」
「あの紅茶、和人さんが淹れてくれたんだっけ‥‥‥」
 暁の呟きに、竜彦が何かを思い出したように俯く。そんな彼の横顔を見て樹も何かを思い出した様子で「あっ」と小さく声を漏らすと暫し黙り込み、顔を上げた。
「待って。時間的に整理してみようよ。 夕食が終わって皆で少し話した後で、守が2階に上がった。広間に移動して話そうって言う事になって、和人さんが紅茶を淹れてくれた」
「その時に紅茶を零してしまわれたんですわ」
「確か床を拭いてたのは晴彦だったよね?それで、和人さんが守に紅茶を届けるために上がった」
「市谷様を追うようにして晴彦様が上がり、香里様と有香様が部屋を出た」
「私と香里は、守君の様子を見に行こうとしたの。 その‥‥‥香里がちょっと今日、守君と喧嘩しちゃって」
「その途中で和人さんに会ったんだよね?」
「えぇ、廊下の下で会ったわ。市谷さんが声をかけてきて、香里が守君の様子を尋ねているうちに、守君が‥‥‥」



 話してくれて有難うと言って広間での情報収集を終えた暁は、和人と秋華の元へ向かった。
「えぇ、確かに佐川さんと近藤さんには会いましたよ。そこで少しお喋りをしているうちに、背後にふっと気配を感じたんです。それで見上げたら、丁度晴彦君が守君の肩に手をかけて押しているところでした」
「守さんは、無言で落ちてきたんですよね?私も声なんて聞いてないですし、香里さんや有香さんからそのようなお話も窺っていませんし」
「そうです。人間、本当に驚いた時は声が出なくなる事がありますから」
 和人の視線が、ベッドの上でグッタリと横になっている守に向けられる。 秋華が胸の前で手を組み、時折扉の方に視線を向ける。おそらく、晴彦の事を心配しているのだろう。
「どうしてこんな事になってしまったのか‥‥‥」
 カチャリと控えめに扉が開き、木葉が顔を覗かせる。 小さな手がヒラヒラと招くように揺れ、暁は席を立つと木葉に得た情報を残らず話した。
「‥‥‥ねぇ暁、階段の一番下の手すりに、細い線が入っているの知ってる?」
「線?」
「何かで擦った後みたいな線よ」
「気づかなかったな‥‥‥」
「‥‥‥以前ね、守が双子の弟騒動って言うのを起こしたの。自分とそっくりの人形を窓辺に置いて、自分は皆と一緒に外に出て、あれは誰だ?って。守が双子でない事を知っているこっちはビックリ、ドッペルゲンガーじゃないのか?とかって話しになって‥‥‥」
「映像かなにかだったんでしょ?」
「人形だったの。守るとそっくりのお人形を作らせたのよ、彼は」
「へぇー、なんか無駄に高そうだね。今日も持ってきてるのかな?」
「それはどうか分からない。 でも、それを作った会社が何処なのかは知ってる」
 木葉の瞳が暁の目を真っ直ぐ捉える。 濁りのない瞳はどこまでも綺麗だった。
「守の頭に、大きな傷がある。階段で打ったって言うんだけど‥‥‥腕とかは骨折してないんですって」
「何が言いたいの、木葉ちゃん」
「和人は劣等感の塊。秋華のこと、急にお金持ちになったこと、和人の心に影を落としてる。 あたしたちが何を言っても無駄。だってあたしたちは、和人から見れば“違う人間”だから」
「‥‥‥木葉ちゃんは、人形を見つけたの?」
「そうでなかったら、こんな馬鹿げた話しすると思う?春兄を助けたいからって、適当な人を名指しするのはいけない事だよ」
「そうだね‥‥‥」
 暁はそう呟くと、木葉の小さな身体を抱き締めた。
「暁の言葉なら、聞いてくれるかも知れないって思うの。あたしたちの言葉じゃ、無理だから‥‥‥」


* * *


 わざと紅茶を零し、晴彦に床を拭かせておいて自分は2階へ上がる。 守の部屋のドアを叩き、出てきた彼の後頭部を何かで殴る。彼をそのまま部屋に寝かせておいて、自分の部屋に帰ると持ってきていた人形を廊下につるす。
 和人の母親は特殊メイクの会社を営んでおり、以前に守から注文があった時、彼は注文個数を1つではなく2つと伝えた。
「どうして2つ頼んだのかって? 殴るのに丁度良いだろう? ただの布袋よりは、よっぽど良い」
 予め天井に打っておいた釘に紐を軽く巻きつけ ――― 人形が直ぐに倒れてしまわないくらいで、なおかつ少し引っ張れば直ぐに解けてしまうくらい ――― 人形の胸元にピアノ線を巻きつけ、それを持って階段を下りる。 階段の下で丁度良く現れた有香と香里と話しながら、晴彦が階段の上に現れるのを待つ。
「最初あの二人が来た時はヒヤっとしたよ。もしあのまま上がってしまったら、バレちゃうからね。でも、二人はこちらが話しかけると足を止めた。あれは運が良かったよ」
 晴彦が階段の上に来たのを感じ取った瞬間、紐を引っ張る。 物音に驚いて駆けつけた皆を制し、人形に近付く。
「香里が駆け寄りそうになった時は、思わず鋭い声が出てしまったね。触られたら分かっちゃうしね」
 その後は人形を部屋まで運び、隙を見て本物と取り返る。
「守が本を読みたいからって上がっていったのも、和人さんが仕向けたの?」
「そう。 本当ならあの中の誰でも良かったんだが、一番ネタを提供しやすくて、尚且つ運び易いやつにした」
「ネタ?」
「あいつは秋華が好きだから‥‥‥」
「和人さんもでしょう?」
「秋華が好きなんじゃなく、星陵が魅力的なんだ」
 どうして和人さんがこんな事を? 鬼ごっこの際の顔を思い浮かべ、暁は溜息をついた。
 けれど最初から ――― 和人が守の人形に駆け寄り、晴彦を責めた時から ――― 薄々は気づいていた。何かがおかしい、と。
「‥‥‥和人さんは、セレブレートされてる‥‥‥」
「は?」
「祝福受けてんだよ?」
 二人しか居ない室内で、暁の声が虚ろに漂う。
「一流企業なんて称号、普遍的なもんじゃない。和人さんが一流企業にしちゃえば」
「そんな簡単に言うなよ」
「人を殺そうとするよりは簡単だよ。 馬鹿にした奴らは仕事で見返せばいーじゃん」
「‥‥‥もう無理だよ。私は殺人未遂か傷害罪、もしかしたら殺人の罪で刑務所だ」
「和人さんは、もっと周りを見るべきだった。全員が全員、和人さんの敵じゃなかったんだから‥‥‥」



 雪原に赤く伸びるライトを見ながら、暁は何時間もの取り調べてうんざりした様子のメンバーを振り返った。 気絶から無事に復活した矢先に今回の悲劇を聞かされた三下が再び倒れそうになったが、そこはなんとか踏ん張って警察の取調べに“気絶していました”と真摯な態度で答えていた。 すでに和人は警察に連れて行かれた後で、この場にはいない。
 早く帰ってお風呂はいりたい、こんな山荘にいるのはもううんざりだと言って権力を振りかざす三人。雪乃と樹が宥めているが、二人も肉体的にも精神的にも限界に近付いてきている。
「セレブって自ら言うなんて謙遜してて皆サン人間出来てるなぁ」
 侮辱的な意味もあるセレブの言葉に、皮肉を込めてそう言ってみるが、本当に言いたかった三人には意味が伝わらなかったらしく、他の面々が当惑の顔をしている。
「‥‥‥暁って、あたしたちのことをそんな目で‥‥‥」
「ち、違うんだって木葉ちゃん!」
 ジットリとした冷たい目に、暁が慌てて和人にしたのと同じ説明を入れる。
「‥‥‥和人にはそのこと、伝えたんでしょう?」
「良く分かったね木葉ちゃん」
「だって‥‥‥」
「木葉ちゃんは名探偵だから?」
 暁はそう言う性格だからって言おうとしたのー! と、顔を赤くして頬を膨らませる木葉。‥‥‥おそらく、恥ずかしいのだろう。
 可愛らしい態度に思わず頭を撫ぜ、小さな身体を抱き上げると晴彦を攻撃すべく走り出した。



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 4782 / 桐生・暁 / 男性 / 17歳 / 学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

遅くなりまして申し訳ありません!
あまり黒くないお話にするため、OPを多少弄りました
殺人事件にはならないように、あまり複雑な(陰湿な)謎にはしないように、笑いも含めて
と、色々考えた結果このようになりました
木葉と暁君のコンビは強いなーと、ほのぼのさせていただきました。そして晴彦は弱いですね‥‥
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いました!