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<東京怪談ノベル(シングル)>


泰山府君、銀行強盗達を罰する

●出現
 とある神社の本殿に、御神刀として奉納されている一振りの太刀。
 陰陽五行の力を秘め、魔を祓うその太刀の銘は『泰山』。
 陰陽道の主神であり、道教では死者を裁く閻魔大王と同一視されている冥府の神の名が銘であるのは、神社の宮司にもわからぬ謎だ。
 余談だが『泰山』は、宮司の幼馴染みの知り合いにあたる人物が、是非、この神社に預けたいと申し出たという経緯からこの神社に預けたという経緯がある。
 見事な装飾が施された太刀をただ預かるだけでは勿体無いと判断した宮司は、神社の護り太刀として本殿に奉納することにした。
 持ち主が代わったので、泰山府君はこの宮司を主と認め、陰ながら見守ることに。
 
(「誰もおらぬようだな……」)

 誰もいないはずの本殿に、凛とした声が響き渡ったかと思えば、奉納されている『泰山』から、人間の姿を模った霧が発生した。霧は、緩やかに人間の姿となった。
 現れた人物は、中華風の衣装に、シンプルな甲冑を身に纏った艶のある長い黒髪を白い房紐でポニーテール状に束ねている青年武将だった。
 青年の額には、第三の目のような蒼い宝玉が埋め込まれているので、人間でないことは一目でわかる。
 この武将こそ『泰山』の守護神である泰山府君(たいざんふくん)である。
 神と同じ名であるのは、名を考えるのが面倒だからと、泰山府君自身がかつての持ち主である神の名を名乗っているだけである。
 泰山府君は女性であるのだが……宝塚の男役並、いや、それ以上のハスキーボイスと顔立ち、中性的な体型故、必ずと言っていいほど男性に間違えられる。
 主は所用で出かけているので、今はいない。現在の主である宮司がいれば、泰山府君は、唯一の楽しみである「人間界観察」と称した外出が出来ない。
 これは絶好の機会! といわんばかりに、泰山府君は『泰山』から抜け出した。用心のため、誰もいないことを確認する。
「ふぅ……。外の空気は良いものだ。主がいないことだし、久方振りに人間界観察にでも参ろうか」
 こうして、泰山府君は数日、いや、数ヶ月振り……と『泰山』に閉じ篭っていた日数を思い出しながら外出した。

●外出
 泰山府君の散歩コースは、いつも神社の近くにある商店街と決まっている。
 彼女が普通の女性であればウィンドウショッピングと洒落込むところなのだが、泰山府君の場合は、珍しいものを初めて見る子供のように目を輝かせてあちらこちらを見渡している。しかもこの行動、毎度のことである。
 商店街の間では「中華風衣装の男性が、商店街をぶらついている」という噂話があるのだが、本人は全く気にしていないご様子。
 泰山府君が、ブティックのショーウィンドウの前に立ち、そこに展示されている薄いグリーンのワンピースをじーっと見ているのを偶然見た女子高生三人組は「何あれ? コスプレ?」と笑いながら囁きあいながら通り過ぎた。
 その頃の泰山府君はというと、人間はこのような衣装を身に纏うのか……と感心してた最中であった。スーツに見惚れておらず、三人組の会話を聞いていたなら「こすぷれとは何だ?」と不思議がっていただろう。そう思っても、本人はお構い無しで甲冑姿でぶらついているのだが。
「この通りばかり探索するのも飽きたな。少し遠くまで行ってみることにしようか」
 主は何時戻るか心配なので、普段は近くの商店街しか出歩くことができない。今日はやけにめかしこんで出かけたので、当分の間は帰ってこないだろう。
 足取り軽く、商店街から少し離れた場所にある街に繰り出した泰山府君は、到着するなり、ぱっと明るい表情に変わった。
「いつもの通りより素晴らしい……」
 無意識のうちに、その言葉を発した泰山府君。

 着いたのは良いが、ある事件に関わることになろうとは、外見に似合わずルンルン気分な泰山府君は知る由も無かった。

●銀行
「ここは何の店だ……?」
 泰山府君がいるのは、銀行の前。銀行は店舗では無いのだが、初めて見るものなので、勘違いしてもおかしくはない。
 近づいた途端、自動ドアが開いたので泰山府君は驚いた。
「な、何と! この扉はひとりでに開くのか!」
 それを聞いた銀行に来ていた客達は、驚く泰山府君を見てクスクスと笑い始めた。
 その中には、ママ、あの人変なお兄ちゃんだね、という無邪気な子供もいた。
(「何故、我が笑われねばならぬ……」)
 内心ではかなりご立腹のご様子。
 バツが悪いと銀行を出て数分経った頃、銀行から突然、銃声が響いた。
「今の音は、あの妙な扉がある店から聞こえたような……」 
 
 泰山府君が銀行前に戻った頃には、銀行内は大変な事態に。
 閉店にはまだ早いにも関わらず銀行は閉まっており、警官数名、機動隊が銀行前を囲むかのように立ちはだかり、多くの野次馬が銀行の様子を窺っていた。
「ここで何が起きているのだ?」
 泰山府君は、野次馬の中にいる如何にも噂話が大好きそうな中年女性に訊ねた。
「銀行強盗よ、銀行強盗! 三人組の覆面被った男三人組が、女性行員を人質にして立て篭もっているんですって」
「銀行強盗……とな。強盗とは、盗賊のようなものか?」
 まあ、そんなもんね、と中年女性が泰山府君に言い終えたと同時に、強盗の一人が、女性行員の首にバラフライナイフを突きつけた状態で銀行前に現れ、現金5000万をすぐに用意しろと要求した。
「早く用意しねぇと、この女の命はねぇぞ!」
 そう脅す強盗に、泰山府君は憤慨した。
(「か弱き女人を脅し、そのうえ、金を強奪しようとは許さぬ!!」)
「君、やめたまえ!」
 銀行に向かおうとした泰山府君は警官たちは必死で止めようとするが、警官達をキッと睨んだ。圧倒的な威圧感に只ならぬ雰囲気を感じた警官達は、泰山府君制止を止めた。無理にでも止めようとすれば、強盗以上の脅威的存在になり得るかもしれないという恐怖を感じたからである。野次馬も、同様のことを思っただろう。
「貴様、近づくとこの女がどうなるかわかってるんだろうな!」
「貴様の他にも、強盗とやらがいるのだろう。我が、そこにいる者達にすぐ用意させるよう説得する故、ここに呼んで参れ。金とやらを貴様らに手渡せば良いのだろう?」
 物分りが良いじゃねぇかと感心した強盗は、中にいる仲間二人に、外に出るよう指示した。
 銀行前に出てきた男の一人は、人質の女性行員のこめかみに拳銃を当て、もう一人は、支店長らしき男性の背後に拳銃を突きつけている。

●憤怒
「腐りきった外道には情けは無用! 我が力、思い知るが良いわ!」

 泰山府君が怒り狂ってそう言うと同時に、額の宝玉の色が紫に変わった。
 紫の宝玉『浄玻璃眼』は、閻魔大王が死者に生前の悪事を見せるための『浄玻璃の鏡』と同じ能力を持ち、人間の悪事を瞬時に見抜くことができる。
 今回は既に悪事が暴露されているので、強盗三人組を見据えることで彼らの自分達が犯した罪の重さ、死の瞬間の幻影を見せ付けた。『浄玻璃眼』には、閻魔大王の力が籠もっている『浄玻璃の鏡』同等の能力が秘められているのだ。末路に関しては、犯した罪によってそれぞれ異なっている。
 幻影を見せ付けられた強盗三人組は、人質を突き放すと頭を抱え、狂ったように泣き喚き始めた。己の罪の深さ、死の恐ろしさを身をもって知ったことだろう。
 その様子を見届けた泰山府君は、誰にも気取られることなくその場を立ち去った。

 翌日。新聞には、銀行強盗三人が突然発狂し、精神病院に送られたことが報じられていた。
 それが泰山府君が与えた罰であることは、誰も知らない……。