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<東京怪談・PCゲームノベル>


   「明日へ繋げし夢紡ぎ」

「あの藤凪というのは、一体どういう人なんだね」
 月も太陽もない真っ暗な空の下。
キラキラ光る月の欠片をカシュッと口に入れながら、真っ白な翼をもったフクロウの父が言った。
つるっとした赤い液体が広がった地面から片足をあげて顔をしかめている。
「どういうって、案内人の……」
 蝙蝠姿のみなもは枝に反対向きにぶら下がっていた。この葉から時折赤い滴が垂れるものの、枝は地面のように濡れてはいなかった。
「『現実世界』がどうだとか、もう一人の父親だとか……わけのわからないことを言ってお前を困らせて、泣かせていただろう」
 父は憤慨した様子でその言葉に反論する。
 ――それが一体、何のことなのか。それはみなもにもわからなかった。
 あのとき何故、胸が締めつけられるような気がして……涙が、出てきたのかも。
 みなもは、橋や小船の上で宴会をしている皆の姿に目をやった。
 器に水を入れ、月の欠片を加えてお酒にし、夕陽の残骸をそのままなめたら月の欠片にかけたものをつまみにしている。
 朝陽の解けた粘液を水に入れて甘い飲み物をつくったり、夕陽の残骸と混ぜ合わせたりと様々な組み合わせで祭りを楽しんでいた。
 人魚たちは音楽を鳴らし、夜行性の鳥や蝙蝠たちが空を舞い、獣人たちは踊り、吠えるように歌を歌う。
「また、来ると言ってたな」
「うん……新しい月と太陽が昇るときに」
 それはもう、明日に迫っていた。
 正確には、明日が終われば新年となり、3日間姿を消していた月と太陽がまた戻ってくるのだ。
「会うのかね」
「……うん」
 みなもが答えると、父は静かにうなずいた。
 それともただ、うつむいただけなのかもしれない。
「他の世界から迎えがくるなんて……まるで、『かぐや姫』みたいね」
「カグヤヒメ? なんだね、それは」
 みなもの言葉に、父は目を丸くしてホゥ、と声をあげる。
「何って……」
 言いかけて、何だっただろうと首を傾げる。
「多分、藤凪さんの世界にある……お話だと」
 どうして、そう思うんだろう。彼自身から、そんな話を聞いたことはないのに。
 何であたしは、それを知っているんだろう……。
 みなもは、別れ際に彼に言われたことを思い出す。
 『心を強く持つように。家族として想っていれば大丈夫』この言葉に覚えはないかと、そう問われた。
 その瞬間『誰か』の顔が頭に浮かんだ。それはすごく大切な人のような気がした。
 だけど、思い出せない。記憶が抜け落ちたように。
「お父さん。あたし、何だか怖い……」
 みなもはそう言って、身を護るように折りたたんだ翼をぎゅっと力を込める。
「もう、彼に逢うのはやめたらどうだね」
 父はばさっと白い翼を広げ、木の枝にぶら下がったみなもの下へと飛びあがった。
「だけど……」
「お前はね、彼と一緒にいすぎて妙な影響を受けているのだと思うよ。彼のいう世界に、まるで自分もいたかのように錯覚し始めているんじゃないかね」
「錯覚……?」
「彼が時折しているように、二本の足で地面を歩く飛ばない人間が沢山いる世界なんだろう。そこでの不思議な話を色々聞いたせいで、混乱しているんだよ」
 ――そうなんだろうか。
 みなもは首をかしげ、小さくうつむいた。
 じゃああの言葉を言った人は。懐かしい、あの感じは。
 ただの気のせいだった……?
「ともかく、年が明ければ母さんも目覚める。そのときに妙な心配をさせないためにも慎重に考えるんだよ。彼を悪く言うつもりはないが、お前が泣けば私も黙ってはいられないからね」
「――うん。ありがとう、お父さん。心配かけてごめんなさい」
 みなもの言葉に、父はにっこりと微笑んでみせた。
「とりあえず、少し休みなさい。祭りは続くとはいえ、眠らないと身体に毒だからね。父さんは少し挨拶まわりをしてくるから」
 父はそう言って、大きな翼を広げて闇夜に飛び立った。
 みなもそれを逆さのままで見送る。
 だけど、眠れそうにはなかった。
 色々な考えが頭に浮かび、不安が胸を占める。
 じっとしていられなくなり、みなもは宴の中へと戻っていった。


「あ、みなも〜聞いたわよ!」
「案内人の藤凪さんに求婚されてパパに猛反対されたんだって!?」
「ロマンチックよねぇ。どうするの、まさかカケオチでもしちゃうの!?」
「えぇっ!?」
 蝙蝠仲間の友達に囲まれ、投げ出された言葉にみなもは困惑し、声をあげる。
「ち、違うよ。どうしてそんな話になってるの!?」
 顔を真っ赤にして慌てると、余計に周囲が盛り上がる。
「だって、『一緒に向こうの世界に帰ろう』って言われたんでしょ?」
「新年が明けたら迎えにくるとか」
「そんなの、プロポーズも同然じゃない〜!」
 きゃあきゃあと色めきだって声をあげる友人たち。
「そんなんじゃないんだって。藤凪さんは……」
 言いかけて、みなもは言葉を切る。
 ――彼は何故、自分を連れていこうとするのか。
 そのために、あんなにも必死になるのか。
 その理由を知っていたはずだったのに、わからない。
「まぁまぁ、照れない照れない」
「それより飲んでる〜? 年に一度のお祭りなんだから楽しまなくちゃ損だよ」
「でもほら、あの蛍の子。ちょっと食べすぎだよね〜。新年までに月の欠片食べきっちゃたらどうする気なんだろ」
「そりゃあもうアレでしょ。味のついた島ごとバリバリバリ、と」
 ばかげたことを言って、あははは、と笑い合う。
 真剣に思い悩んでいたみなもは、矛先が変わったことにほっと息をついた。
「それより浮島戻ってネバネバ地獄しよーよ!」
「よーし、みなもを突き落としてやろう!」
「ヤバイって! 去年ホントに足抜けなくなった子いるじゃん」
「まぁ、水かければとれるけどね〜」
 冗談半分にみなもを浮島に引っ張ろうとする友人に、本気で止めようとする友人。
 そんな感じで、浮島へと遊びに出かけた。
 みなもではなく他の友人が動けなくなったのを、くわえた器に水を入れてかけることで救ったりもした。
 今度は森に出かけて、赤い液体の流れ込んだ滝を長めにいく。
「ほら見て。これが固まったら塩になるんだよ〜」
 そういって、赤い液体が端の方にたまっているのを指さす友達。
「私、しょっぱいの嫌い〜」
「辛いままのほうがいいよね」
「苦い方がおいしいよ〜」
 個人個人の意見をまじえながら、赤い液体を採取して、また水辺へと戻って少量ずつ様々な混ぜ合わせ方をしていく。
 入れる順番や量によっても味が変わるので、何度も試して皆で飲み比べるのだ。
「うわ、これやばい! 本気でまずい。何入れたのよ〜!」
「どれどれ、ちょっと飲ませて」
「あ、これおいしい。どうやって作ったの?」
 などと声をあげる。
 みなもはその輪の中で、お祭りを存分に楽しんだ。
 気が紛れるのでちょうどよかった。
「……ねぇねぇ。見てあれ。なんかずっとこっち見てるよ」
「ああ。みなもでしょ。だってほら……」
「え?」
 友人たちがひそひそと声をあげるのに、みなもは首を傾げてその方向を見た。
 同じクラスの蝙蝠男子だ。少し離れたところから、ちらちらとこちらをうかがっている。
「……飲んでみたいのかな」
 みなもはおいしいと言われた飲み物に目を落としながらつぶやいた。
「やだ、みなもったら」
「そうじゃないでしょ〜。ほら、あの噂のこと」
 すると友人たちがいっせいに笑い出す。
「噂って……」
 言われて、ようやく案内人、藤凪 一流との妙な噂を思い出す。
 そういえば、プロポーズされた、なんてことを囁かれていたのだ。
「やだなぁ。それで妙に注目浴びてるんだ……。あんなの嘘なのに」
 みなもは恥ずかしそうに頬を染めて目をそらす。
「あはは、じゃあ本人にそう言ってあげなよ」
「喜ぶぞ〜。けど案内人さんは泣いちゃうかもね〜」
「みなもったら、罪つくりなんだから」
「もう、からかわないでよ」
 ふざけてみせる友人たちに、頬をふくらませるみなも。
「……でもみなも、もし向こうにお嫁に行くとしても、たまにはこっちに戻ってきてね」
 しかし今度は、真面目な口調で声をかけられる。
「だから、行かないってば……」
 言いながら、みなもの表情に影が差す。
 お父さんも、友達も。本当に心配して、寂しがってくれてる。
 ――あたしは、本当に藤凪さんに会わない方がいいのかもしれない。
 もう、そのことは考えない方が……。


 友人と遊び、父と長い夜を過ごして。
 みなもは寝る間を惜しむようにして、明けることのない祭りの夜を過ごした。
 眠りにつくと、誰かに呼ばれたような気がして目が覚める。
 そのとき涙を流している自分がいた。
 だからあえて、眠らないようにした。ちょっとしたうたた寝くらいを挟んで、また飛び回る。
 疲れるけれど祭りの夜だし、そのくらいでいいだろう、と。
 月の欠片も尽きてきて、粘液や赤い液体も薄くなってくることで、新年が近づいていることを知る。
 もうすぐだ……。
 そう思うと、胸騒ぎがした。
「……お父さん。あたし、やっぱり岩山に隠れてるね。あそこで新年を迎えるから、藤凪さんには……」
「ああ。わかったよ。ちゃんと説明して帰っていただくから、安心しなさい」
 父に告げて、みなもは小さく微笑んだ。
 ――少し、胸が痛むけど。
 これでいいんだ。きっと、これで。
 そう思いながら、岩山の洞穴へと向かう。
 夜行性ではないものたちが隠れている場所……母が眠っているところだった。
 くわえていた月の欠片がわずかな光を放ち、淡くぼんやりと周囲を照らす。
 そこから、赤い液体が薄くなり、消えてゆく様をじっと眺めていた。
 浮島の粘液も、同じように消えていっているのだろう。
 月の欠片の光はぐんぐんと弱くなり、やがてカシュッ、と音を立て、欠片自体が消えてしまった。
 完全な闇夜。周囲が沈黙に包まれる。
 みなもは無言のまま、息を潜めた。
 すると、周囲の森がゆっくりと、赤い光に包まれ始める。
 岩山の向こうから夕陽が昇っているのだ。
 同時に、浮島では朝陽が昇り始めているはずだ。
 新年の夜明けだ。
 人の集まっている水辺の方から歓声があがる。
 やがて、そこへも月が昇り始めることだろう。
 洞窟内も光が差し込むことにより、中にいたものたちが目覚め出す。
 植物たちは光を受け、一層輝きを増している。
「あら、みなも。どうしたの、こんなところで。お祭りに参加してたんじゃなかったの?」
 振り返ると、美しい蝶の翅を持つ母の姿があった。
「……お母さん」
「お祭りは楽しかった? 案内人の一流くんを呼んだんでしょう」
「お母さん! あたし、あたし……どうしよう」
 優しく問いかけてくるに、みなもは困惑してすがりついた。
「あらあら、どうしたの?」
 戸惑う母に、途切れ途切れになりながらも何とか状況を伝えた。
「お父さんは、会わない方がいいっていうの。色んな話を聞いて錯覚をしてるんだって。だけど……」
「みなもは、会いたいの?」
 静かに問い返され、みなもは少し考え込んだ後、小さく首を振る。
「よく、わからない。会うのは怖い気もするの」
「でも会わないのは気がひける?」
「うん。少し……。藤凪さんのことだけじゃないの。このままだと、誰か……他にも大事な人を傷つけてしまうような気がして」
「――そう」
 それが誰なのか、どうしてそう思うのかはわからない。
 ただ理由もなく不安になるだけだった。
「だったら、やっぱり会うべきなんじゃないかしら」
 母の言葉に、みなもはハッとしたように顔をあげた。
「きっと、わからないから不安になるのよ。だったらちゃんと会って、話をするべきなんじゃないかしら」
「……だけど」
「それで、どうするかはみなも次第だと思うわ。私にはよくわからないけれど……みなもが何を選ぼうと、止めはしないから」
「でもお母さん、あたしは」
「みなも。藤凪さんの言っていることを認めるのはね、ここの世界を否定することとは違うのよ」
 反論しようとしたみなもは、母の言葉に黙り込んでしまう。
 ――不安に思っていたのは、多分そこだったのだと思う。
 彼の意見に耳を貸すことは父や、友人や……皆を裏切ることになるんじゃないかと。
「逃げちゃダメよ。ちゃんと本当のことを知って。その上で自分の道を選びなさい。お父さんが言っていることもわかるけど、母さんはみなもが迷いをもったまま悩み続ける方がよくないと思うわ」
 しかし母に諭され、みなもは小さくうなずいた。
「みんなのことを考えるのはいことだけどね、ときには自分のことも考えなさい」
 あまり悩み過ぎないように、とみなもの頭を撫でる母親。
 みなもは振り返り、赤く染まる夕焼けの森を見つめた。
「……なもちゃーん!」
 そのときふと、叫び声が聞こえてきた。
「みなもちゃーん!」
 一流の声だった。案内人の彼が、約束どおりにみなもを探している。
 母がその手でそっと、みなもの背を押した。
 みなもはそれを振り返り、やがて……空に飛び立った。
「みなもちゃん! 迎えに来たよ。どこにいるの!?」
 必死になって叫び続ける声を追って、みなもはその場に辿り着いた。
「……ここにいます」
 みなもが小さくつぶやくと、彼は振り返り、安堵の息をついた。
「よかったぁ〜。水辺でお父さんに『娘は病気になりましてお会い出来ません』なんて言われちゃってさ。心配してたんだよ」
「お父さんが……」
 ちゃんと説明して帰っていただく、ってそういうことだったんだ、とみなもは納得する。
 波風を立てないようにとの配慮なのだろう。
『会いたくないようだ』なんて、そんなことが言える人じゃないから……。
「よっぽど、僕に会わせたくなかったのかな。というより……君が僕に会いたくなかった?」
 一流に問われて、みなもは無言のまま小さくうつむいた。
 違います、とは言えなかった。
 逃げようとしてしまったのは本当だったから。
「そうだよね。今の君からすれば、僕はわけのわからないことを言ってる、変な人でしかないのかもしれない。なのに、こうして出てきてくれてよかった。……少しだけ、話を聞いてもらえるかな」
 みなもは顔をあげ、一流の顔をじっと見返した。
 変な人だ、とは思っていなかった。だけど。
「……どうして、そんなにも一生懸命になるんですか?」
「え?」
「あたしが、お話を聴かないと……『何か』を思い出さないと、藤凪さんが困るんですか? ――あたしは。今のままでは、いけないんでしょうか」
 真面目に悩み、考え込むみなも。
 それを目にして、一流は慌てたようだった。
「いや、違うんだ。今のままじゃダメとか、そういうことじゃないんだよ。……だけどね。君が今の生活を大事にしているように、君が忘れている大事なことがあるんだよ。それをちゃんと知った上で、選んで欲しい。そうでないと……忘れてしまった大事なものが、大事な人が……可哀想だと思うから」
 『知った上で選んで欲しい』……それは、母から言われたセリフによく似ていた。
 だから自分は、ここに来たのだ。これ以上逃げちゃいけない、とみなもは自分に言い聞かせる。
「……わかりました」
 そう答えて、みなもはゆっくりと話をするために森の方へと降り立った。
 枝の一つにぶら下がるが、一流はもう別の姿にはならず、二本の足で立つ人の姿でみなもを見上げた。
「――君には、もう一つの居場所がいて、家族や友達がいたんだよ。向こうの……現実の世界で。僕の見せる手品もたまに見に来てくれてた。ここでやれるものほど、派手じゃないけどね」
「あたしは、そこで藤凪さんのような二本足で立っていたんですか?」
「そうだよ。だけじゃなくて、君は人魚の末裔で、水の中でも自在に泳げた。なのにここじゃ大地からも水からも離れた空に住んでるなんて、なんだかおもしろいよね」
「あたしが人魚なんですか?」
「そう。あそこまでおしゃべりじゃないけどね。……向こうの世界は、空は一つきりで、太陽も月も一つずつ。月は太陽に照らされて光るもので、満ちたり欠けたりするんだよ」
「……なんだか、想像できませんね」
 みなもは3つの空が並ぶ世界を見渡し、そうつぶやいた。
 それが、その世界では『普通』だったのだろうか。
 そんな世界に、自分は本当にいたのだろうか。
 不思議な感覚だった。
 実感はわかないけれど、どこか懐かしい気がする。
 頭に思い浮かべることはできないけれど、遠い昔、夢に見たことがあるような気もする。
「ここよりも、ずぅっと大きな世界だったよ。君は普通に中学生をしていて、昔ながらのセーラー服がよく似合って……」
「セーラーフク、ですか?」
「そう! コレです!」
 首を傾げるみなもに、一流は手品の布を広げるかのように、ばさっとそれを取り出した。
 その世界ではみることのない変わった形をした衣服。
「再現するの、苦労したんだよ〜。一応生を借りようとしたら周囲に変態扱いされちゃってね」
 わざとらしく泣きまねをする一流に、何のことだかわからないながらも苦笑するみなも。
「これを、着ていたんですか。あたしが」
「そう」
「チュウガクセイをしながら」
「うん……っというか、中学校の制服なんだねコレ。ほら、こっちでも学校ってあるでしょ。それに通うのに着ていくものなの」
「そうなんですか……」
「ああ、やっぱり本当に忘れちゃってるんだね……。わかった。それならばこれでどうだ! 禁断のアイテム、生写真!」
 一流は言いながら、バッと何枚かの紙切れ――写真を取り出した。
「これ……あたし!? 二本足で歩いてる……それに、腕があるし翼がない」
 それを見て、驚いて声をあげるみなも。
 先ほどのセーラー服を身につけ、地面を歩きながら友人と歩いているところだ。
 周囲には石などを使った、この世界にはない形に建物が見える。
 一流がめくると、次は友人たちと椅子に座ってお弁当を広げている写真。
 椅子というものも、お弁当箱やお箸も、何もかもが今のみなもにとっては見たことのないものばかりだった。
 次の写真をめくると、体操服を着て走っているところ。次の写真は、スクール水着でプールサイドにいるところ……。
「――藤凪さん?」
「はい」
「それ……一体どこでどうやって入手したんですか?」
 ふるふると身体を震わせ、みなもは静かに問いかける。
「えぇっと……その、みなもちゃんの中学に忍び込んで調査したらですね、裏でこっそり出回ってたんですよ。それを購入させていただきました」
「買わないでください!」
 みなもはバッと飛びかかり、両翼のかぎ爪で写真を奪い取る。
「こ、こんな写真が出回ってるなんて……」
 みなもは顔を真っ赤にしながら、力が抜けたようにへろへろと空を浮遊する。
「それを阻止するためにも、早く戻った方がいいんじゃないのかなぁ」
 一流の言葉を受け、みなもは少しためらいを見せたが、次の瞬間また空へと飛び立った。
「あ、みなもちゃんっ!?」
一流は自転車を取り出し、それをこぎながら追っていく。
「何で自転車で空を飛ぶんですか!」
「何でってそれはETの……って、これ自転車だってのはわかるんだ? うん、中々いい調子だね」
 必死にはばたくみなものすぐ横で、一流は片手を放して微笑んで見せた。
「ちなみにね、君が写真の中で着てた制服以外のものは体操服とかスクール水着といって……何なら出して見せようか?」
「いいです、いりません!」
 みなもは一流の方に目も向けずに叫びながら、ひたすらに飛び続ける。
 イメージができないと思っていた遠い世界が、あんなやり方でいきなり身近に感じてしまったのが悔しかった。
 だけど、確かに知っている。あの服を自分は着たことがある。
 そして……そんな写真が出まわってるなんて恥ずかしい!
 そう思いながら、みなもはどこまでも飛び回った。
 そしてそれを、一流が自転車で追いかけていく。
 妙な追いかけっこは、みなもがぐったりと疲れきるまで長いこと繰り広げられた。
「……帰っておいでよ。二度とここに戻れなくなるわけじゃないんだからさ。来たいときには、いつでも来れるんだよ。だから、とりあえず……あっちの世界に戻ってきてよ」
 疲れて木の枝にぶら下がるみなもに、一流は自転車を横に転がし、地面に寝転がりながら言った。
「……だけど、お父さんが寂しがります」
「一応、君のダミーみたいなものは用意してるよ。そうでなきゃ、向こうの世界でも3日間行方不明ってことになっちゃうしね」
「だけどそれは、あたしが傍にいるわけじゃありません」
「それは、向こうのお父さんたちに対しても同じでしょ」
 一流の言葉に、みなもはう、と口ごもる。
「どっちか選べとは言わないよ。両方大事にしたいなら、それこそ一度は戻るべきだっていうだけ。……ね、みなもちゃん。一緒に帰ろうよ」
 一流はそう言って、寝転んだまま届かぬ手を伸ばして見せた。
「……藤凪さんは、どうしてそんなにあたしを連れていきたいんですか?」
 しかし、みなも再度ためらうように尋ねなおした。
「まぁ、君の話を聴いてる限り、向こうでもお父さんたちに大事にされてるのがわかるから、っていうのと……。そうだな。僕自身、君に帰ってきて欲しいからだと思う。手品をやるとき、なじみの顔がないとやる気が出ないんですよ」
 冗談半分に笑ってみせる一流に、みなもも小さく微笑みを返す。
「――わかりました」
「本当!?」
 一流は飛び起き、みなもを見上げて聞き返す。
「はい。だけど、一時的にですよ。――今のあたしには、こっちの世界の方が大切ですから。……向こうに行けばまた、違うのかもしれませんけど」
「……うん、わかってるよ。じゃあ……行こうか」
 一流は立ち上がり、もう一度みなもに手を伸ばした。
 みなもは翼を広げて、その手をとった。
 長いようで短い、3日間のお祭りは。そんな風に幕を閉じたのだった。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:1252 / PC名:/海原 みなも 性別:女性 / 年齢:13歳 / 職業:中学生】

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■         ライター通信          ■
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 海原 みなも様

いつもありがとうございます。ライターの青谷 圭です。
ゲームノベル「明日に繋げし夢紡ぎ」へのご参加どうもありがとうございます。納品遅くなりまして大変申し訳ございません。
今回は夢世界での年越し祭り続編、として描かせていただきました。
置いてきぼりの状態から迎えにくるまで、父や友人の間で悩む様をメインとし、母親も登場することになりましたが、いかがでしたでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。