コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


万色の輝石

「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ」
 ベッドで目を閉じた貴方が次に目を開くと、見たこともない景色が広がっていた。懐かしい風景、いつか見たような気がするのだが思い出せない。
 ふと気付けばふわりふわり、と水晶玉が浮かんでいる。ビー玉より少し大きいくらいで、薄青色の美しい光を纏う。
「外から形作るモノ、内に宿るモノ。普段見られない自分の内側を、少し覗いてみては如何? 招待状はお持ちのようね。結構よ。それでは、参りましょうか」
 春のような柔らかな風が貴方の頬を撫でる。
 貴方が水晶玉に手を伸ばすと、淡い緑風と共に景色が変わった。



「おかしいな、確か部屋で原稿を書いてたはずだが、途中で寝ちまったかな」
 気だるそうに十四郎はくしゃりと前髪を乱し、改めて辺りの様子を窺う。
 午後を過ぎ、時は夕刻。赤い夕焼けが全てを染め上げている。影が長く尾を引き、遠くから鴉の鳴き声。黒く小さなシルエットは、そんな鴉が巣へと戻る姿らしい。夜でもなく、昼でもない。例えるのなら、闇と光の境界線。
 そして、此処は何処だろう。見渡す限りの平原、遥か向こうには地平線が空と大地とを分けている。
「これはこれは……良い天気ですね」
 春眠暁を覚えずとは良く言ったものだ。目覚めたばかりの十四郎は頬を撫でる風に欠伸を噛み殺しなから、後ろを振り返る。流れるような銀の髪、密やかな赤い瞳が無限に続く空を見上げていた。
「アンタも、あの変な水晶玉に拉致されたのか」
「――はい」
 少女は細く儚い声でそう言って、形の良い会釈をした。

「お目覚めのようね。十四郎、琴子。良くいらっしゃいましたわ。わたくしは歓迎致します」
 何も無い空間の一点が淡く輝いたかと思うと、光が集まり青い水晶玉を形作る。唇も顔さえもないが、声は直接頭の中に響いてくる。思念を直接心へ送っているのだろう。
「……喋る水晶玉? 一体何者……いや、この際誰でもいいや。悪いけど、ここから帰る方法を知ってるなら教えてくれ」
 原稿がまだ途中だったと、十四郎は零す。
「それとも、俺は夢でも見てるのか? もしそうなら、一発気合入れてくれねぇか。早く目を醒ましたいんだよ」
 水晶玉は薄く笑い、二人の目の前にお茶のセットを具現化させる。薄紅色の和菓子に、香りの良い日本茶。傍に大きな紙傘が立てられ、ついでに赤い薄布の掛けられた和風の長椅子まである。
「そう急がなくとも良いでしょう。貴方の言う通り、此処は夢。時間の流れはあって無いようなもの。わたくしの出した招待状も、ちゃんと届いたのに。ねぇ、琴子?」
「お招きいただいて、ありがとうございます」
 はい、と頷いた後、琴子は淀みの無い声で挨拶を口に乗せた。
「息抜きだとでも思って頂戴。悪いものではないと思うわ。自分の心なんて、普段そう深く考える機会はないでしょうから」



 人の心に興味があるという水晶玉に、抱く感想はそれぞれだが、しばしの間お喋りに付き合うことになった十四郎と琴子の二人。互いに簡単な自己紹介を済ませると、最初は緊張気味だった空気も徐々に溶けてきたようだ。
「俺の内面ったってな……俺はごく平凡な、何の取り得もない人間だ。見たって大したこたねぇと思うがな……」

「せっかくですから、私も少しばかり自分の心の中を覗いてみます」
 琴子は湯飲みを両手に包み込むようにして膝の上に支え、静かに瞼を伏せる。少しだけ俯くと、さらりと銀色の髪が肩に落ちた。
 すると不思議なことに、昼下がりの空が緩やかに藍色へ染められていく。太陽は西の彼方へと沈み、代わりに猫の爪のような細い月が浮かび上がる。瞬く星は今にも零れ落ちそうで、巡り変わる空の姿に十四郎は呆気にとられたように目を丸くする。咥えた煙草の灰が、音も無く地面に落ちた。
「……静寂。三日月、夜空に舞う桜の花びら。そのようなものが見えてきました」
 琴子の言葉が紡ぎ出すように空は夜に沈み、何処からか櫻の花弁が夜風に乗り流れてくる。仄かな花の香は、上質な酒のように夜気へ溶け行くよう。
「風景が風に流される雲のように変化していく……これは私の想いや記憶が関係しているのでしょうか」
「ここは現実とは理が違う世界。……気紛れに誰かの心を映し出すこともあるわ」
 ふわりと浮かぶ水晶玉はそう言って、琴子のまわりを悪戯に飛ぶ。
「文字を媒介に、布へと力を与える能力。古の一族の血が、まだ生きていたとは。正直わたくしも驚いていますの。その代償かしら。……夜に舞う櫻は貴方の姿よ。月に愛されし銀の娘……今度試してご覧なさい。人の道に外れた者たちの声、貴方なら聞くことができるわ」
 
「内面ったってな……俺はごく平凡な、何の取り得もない人間だ。見たって大したこたねぇと思うがな」
 地面に落ちようとする櫻の花弁を、救い上げるようにして掌に乗せ、十四郎は呟く。立ち上る紫煙はゆらゆらと揺れ、藍色の空へと消えていった。
「あら、そんなことはないわ。先ほどの空を見たでしょう。逆にあれば十四郎、貴方の心よ。勿論それが全てとはいわないけれど」
 死んでいく太陽、生まれようとする月。始まりがあれば終わりがある。日々繰り返される日常の中にその端的な事実を見つけられる者は、どれ程いることだろう。
「黄昏という言葉をご存知? 昔は、誰そ彼は、といったのよ。人工的な灯りがまだ無かった頃、太陽が沈めばすぐに暗闇になってしまう。相手の顔も分からないくらいの薄闇……それが貴方を象徴する時間」
「……?」
「光の中で人に混じり生活しながらも、その一方で闇の住人に深く関わっている。器に注がれた力の中で……他の「ナンバーたち」は自らの意思を保つ事ができなかった。境界線はすぐ目の前にあるわ。選択肢の数だけ、未来は存在する」
 凛と響く声は何を導くのか。
 しばらくの間、散る花弁を身に受けながら誰も言葉発せずにいた。

「まぁ、多少は自分自身のことでも気づかない部分はあるだろうが、誰でもそんなもんじゃないのかい」
 ぐい、と冷めかけた茶を一気に飲み干し、十四郎はぽつりと零す。
 人間が人間である限り、他人の心の中を窺い知ることはできない。
 心の壁が存在しているからこそ、個は個として存在できているのかもしれない。少なくとも、人間は。
「……あなた様の前で、隠し事はできないような気がいたします」
 しかしながら、と前置きして琴子が応える。赤い瞳が見遣るのは、自分を夢へ誘った張本人。挑むような鋭さもなければ責めるような激情もない、けれど真実を見通すような不思議な強さがあった。
「他人の心へ土足で踏み入るように真似は、さすがのわたくしでも致しませんわ。心配なさらないで。……そうそう、お土産を忘れるところでした」
 水晶玉が言い終えると同時、二人の目の前に一枚の花弁がひらりひらりと落ちて来た。闇の中に浮かび上がる、鮮やかな紅色をしている。



 紅色の花弁は、白く輝くとその姿を小さなたまごへと変えた。
 十四郎が手を伸ばしてみると、それは掌にすっぽり収まる。淡い青緑色の殻で、全体を包み込むような羽根がある。不思議な温もりが伝わってきて、中に何かがいるのだという確かな気配が感じられる。
「中にどんなモノがいるか知りたい? 貴方の守護精霊よ。もし望むのなら、今すぐ羽化させることも出来る」
 たまごに視線を落とし、十四郎はしばし考え込む。
 見てみたい気がするが……さて、一体どうしたものやらと。

「……いーや、俺は止めとく」
 そっとたまごを撫でてやりながら、十四郎は答えた。
「自分も含めて、人や世の中と付き合うには、少しくらい見えない部分があった方が面白いしよ」
「そう……。残念だわ。でも、嬉しい。貴方がそう言うんじゃないかって、思っていましたもの」
 水晶玉の表情は見えない。相も変わらず、ふわりと浮きながら声を響かせるだけだ。
「世の中の見えない部分を探って光を当てるのが、俺の商売だからな。……ところで、そろそろ帰っていいかい?」
 原稿の締め切りは確か明日だったはずだ。
 大方出来上がっていたばずだが、流し読みをしておかしいところを直して……と既に仕事のことで十四郎の頭の中はいっぱいだ。気になって仕方ない。
「えぇ、現まではちゃんと送って差し上げますわ。無事に帰れるように。……噂には聞いていたけれど本当に、仕事人間なのねぇ。身体壊さないように気をつけなさいな」
 くすくすと水晶玉が笑う。
 苦く笑い返すと訪れる睡魔に身を任せ、十四郎は静かに目を閉じた。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0883/来生・十四郎/男/28歳/五流雑誌「週刊民衆」記者】
【7401/歌添・琴子/女/16歳/封布師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ご参加ありがとうございました。如何でしたでしょうか。
またのご縁を祈りつつ、失礼致します。