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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


雪に閉ざされた学校 〜 arrogance 〜



 放課後の閑散とした学校の中を、響・カスミはゆっくりと見回りながら歩いていた。
 下校時刻が差し迫った校舎内、残った生徒に声をかけ、窓の施錠を確かめる。
 ――― 今日は寒いわね
 窓の外にはチラチラと雪が降っており、息を吐き出すと白く濁った。
 あとは下駄箱の周辺を見回って‥‥‥
「どうしてぇー!?」
 素っ頓狂な甲高い悲鳴に、カスミはやや足を速めた。
「どうしたの?」
 扉の前で溜まっていた数人の生徒に声をかければ、一番扉の近くにいた亜麻色の髪の少女が唇を尖らせた。
「センセ、扉が開かないー!」
「どうして?」
「わかんないーっ!鍵もかかってないんだよぅ?それなのに、ビクともしないのー!」
「そんな、嘘でしょう?」
 生徒を掻き分け、扉に手を添える。どれほど押しても引いても、扉は動こうとはしない。 まるで、何か強い力によって封じられているようだ‥‥。一瞬浮かんだその考えを、カスミは即座に否定した。
 ――― まさか。そんなの思い過ごしよ。きっと、凍ってしまってるんだわ
「ねぇ、誰か職員室に行って先生を呼んで来てくれない?」
 男子生徒が駆け出していく背を見送りながら、カスミは嫌な雰囲気を敏感に感じ取っていた。
 腕時計に視線を落とす。下校時刻の放送が入っているべき時間は、とっくに過ぎていた。
「‥‥‥ねぇ、センセ。雪に閉ざされた学校の話し、知ってる?」
「なぁに、それ?」
 緩いウェーブの黒い髪をした女の子が、髪と同じ色の大きな瞳をパチリと瞬かせる。
「数人だけ残して、後の人は全部消えちゃうの。それでね、一人また一人って殺されて‥‥‥」
「そ、そんなの、ただのお話よ!馬鹿馬鹿しい」
「残っているうちの誰かが、呪いをかけてるんだって。憎い人を全員殺さない限り、あたし達出られないんじゃないかな」
「扉は、凍ってるか何かして開かないだけ、放送はミスで鳴らなかっただけよ。すぐに他の先生が来てくれるんだから‥‥‥」
 カスミの声は、戻ってきた男子生徒の声によってかき消された。
「先生!誰もいないよ?」
「嘘でしょ!?だって、校長先生も教頭先生もまだ残ってたはずよ!?」
「でも、本当にいないんだって。職員室には、誰も‥‥‥」
 クラリと眩暈がし、倒れこんだカスミの身体を慌てて支える。
「‥‥‥やばいよ、どうしよう‥‥‥本当に雪に閉ざされた学校になっちゃったよ‥‥‥」
「とりあえず、誰か他にも残っている人がいないか探してみようぜ」


* * *


 宿直室で読書を楽しみながら、その片手間に作ってきた教材を眺めてはもう少し優しい言い回しはないかと頭を捻る。 もう何度も見直してきたものだけに、完璧だと自分では思っているのだが、それでもやはり、人に物を教える以上かなり慎重になる。
 ロシア語研究の講師としてやって来たミリーシャ・ゾルレグスキーは、特別言語研究講習の第4日目を任されていた。1日目がフランス語、2日目がイタリア語、3日目がドイツ語、そして4日目がロシア語だった。特別講習は全7日の予定で、スペイン語、韓国語、中国語と続く。特別講師は全員無償で1時間ばかり超基本の会話を生徒達に教える。
 少しでも他言語に興味を持って欲しいとの学校側の意向で行い、生徒は希望参加方式で強制ではない。1日目のフランス語講座は急遽体育館で行わなくてはならないほど人が集まったと聞いている。2日目のイタリア語も好評だったのだが、ドイツ語からガクリと人数が減り、今日は30人いるかいないかだと言う。
「グルル‥‥(訳:それにしても遅いな)」
「しかたないよ‥‥‥準備だって‥‥‥あるんだろうし‥‥‥」
 時計を見上げ、本を置く。作ってきた教材をもう一度確かめ、頭の中でどのように授業を進めて行くか確認する。
 まずは基本の“Доброе утро”などの挨拶表現と“Да”“Нет”さらには“Mоя фaмилия ○○”くらいまで教えられたら良い。
 数枚の単語カードを弄りながら、ミリーシャは再び時計を見上げた。ミグには仕方がないと言ってはいたが、内心でも呼ばれるのが遅いと言う事に微かな疑問を感じていた。
 ――― あれ?‥‥‥あの時計‥‥‥壊れてる‥‥‥
 壁にかかった丸時計は、先ほどから一分も進んでいない。腕時計を忘れてきてしまったミリーシャは、もう一度だけ教材の確認をすると腰を上げた。
「ちょっと‥‥‥見てくる」
「グルル‥‥(訳:俺も行く)」
 ミグの申し出に、ミリーシャは首を振った。 左寄りに纏められたポニーテールが、重そうに揺れる。
 何処からどう見てもオオカミなミグは、本来なら学校に来てはいけない存在だった。愛玩動物の犬猫ですらも、学校と言う特殊空間ではお引取り願いますと言われる場合が多いのに、オオカミなら尚更だ。オオカミなんて、動物園かテレビでしか動く姿を見る機会のない現代っ子は、驚いて授業どころではなくなってしまうだろう。ごく一部の無類の動物好きか、もしくは恐怖と言う動物的本能を失ってしまった人のみ、恐れずに手を出してくるだろうけれども。
 生徒に怪我はさせないと言うミリーシャの言葉に断固反対の教師陣だったが、連れてきてしまったものは仕方がないからと言って場を収めたのはカスミだった。ややミグを見る顔つきが引き攣っていたように思うが、何はともあれ彼女の言葉で救われたのも事実だ。あまり派手に動かないようにねと注意された手前、まだ生徒が多く残っているかも知れない下校時刻間近、ミグをこの部屋から出すのは躊躇われた。
 ミグはただのオオカミではない。それゆえ、何の罪もない人を襲うなんて考えられない ――― 多少彼の意にそぐわない扱いを受けたところで、生徒に怪我をさせることは絶対に有り得ない ――― のだが、彼の言葉をそのまま伝えたところでミリーシャの頭を疑われてしまう危険がある。普通の人には、動物の言っている事は分からないのだ。
「すぐ‥‥‥戻るから‥‥‥」
「グルル‥‥(訳:待て、何だか妙な雰囲気が‥‥‥)」
 スルリと扉を抜けたミリーシャが、ミグの言葉を最後まで聞かずに出て行ってしまう。
 残されたミグは鼻をひくつかせながら、周囲の異質な空気の正体を探ろうとでもするかのように耳を微かに動かした。



 ヒンヤリとした廊下に出たミリーシャは、人気のない校内をグルリと見渡した。 まずすべき事は、今が何時なのかを知る事だ。ロシア語特別講座は下校時刻終了の後に1時間ばかり行われる予定で、始まる20分前にはミリーシャは所定の教室に呼ばれるはずだった。
 ――― チャイムも鳴ってないし‥‥‥余裕はあると思う‥‥‥けど‥‥‥
 それでも、現在が何時なのか分からないと言うのはかなり不安になる。2階のガランとした廊下を見渡し、ミリーシャはほんの少し考え込むと、階段を下りた。 きっと昇降口の近くなら誰かしらいるだろうし、外に出れば校舎の壁に取り付けられた時計がある。
 手すりに指を滑らせながら階段を下りて行くと、漆黒の髪をした美しい少女が立っていた。 スラリとした肢体と、人形のように整った顔、アイドルにいてもおかしくないくらいの美少女は、困ったように眉根を寄せるとミリーシャの顔を見上げた。
 講師と言う立場上、キチンとしたスーツを着てきたミリーシャだったが、その顔立ちはまだ幼い。自分と同じ年頃の、しかも見たことのない生徒の出現に戸惑っているようでもあった。
「私は‥‥‥ロシア語の講習を任されている‥‥‥ミリーシャ・ゾルレグスキー」
「あぁ、先生‥‥‥でしたか」
 やはり少女の顔にはハテナが浮かんでいるが、ミリーシャはあえて黙殺した。
「私は間宮・蓮華と申します」
「蓮華さん‥‥‥今、何時なのか‥‥‥教えてもらえる?」
「それが、今何時なのか分からないんですよ。学内にある時計は全て止まっていますし、携帯の時計までおかしくなってるんです」
 蓮華が鞄の中からシルバーの携帯を取り出し、パカリと開ける。液晶の右上に表示された時刻は、ミリーシャが宿直室で見た時間と同じだった。
「昇降口の扉も開かなくなって、カスミ先生は倒れてしまって‥‥‥」
「なにか‥‥‥あったの?」
 カスミ先生とは、おそらく“アノ”響先生の事だろう。彼女の身に何かあったのか、この空間の異常性を感じ取り、ミリーシャは一瞬にして気を引き締めた。
「一緒にいた女の子が、これはきっと“雪に閉ざされた学校だ”って言って‥‥‥あの、雪に閉ざされた学校って話し、知ってます?」
 ゆっくりと頷く。 知っているも何も、今さっきまでミリーシャが読んでいた本が“雪に閉ざされた学校”だった。
「憎い人を全員殺さない限り、私達は出られないって言い出して、男の子が職員室を見に行ってみたら、誰もいなくて‥‥‥そんなはずないって言って、そのまま気を失ってしまったんです。カスミ先生は、そう言うのに弱いので‥‥‥」
 彼女自身に何かあったのではなくて良かったと、とりあえず肩の力を抜く。
「それで、皆で他にも校内に残っている人はいないか捜そうって事になったんです」
 確か、あの話もそんなような展開だった気がする。 そして、捜しているうちに一人が死体を ―――――
「きゃあぁあぁああっ!!!」
 凄まじい悲鳴が階上から響き、ミリーシャと蓮華は顔を見合わせた。
「真奈美ちゃんの声だ‥‥‥」
 蓮華の声を背後に、ミリーシャは下りてきた階段を駆け上がった。かなりのスピードで走っているにもかかわらず、蓮華は彼女の速度について来ていた。
 ――― もしかして‥‥‥
 一瞬浮かんだ考えをかき消す。 今はそんな事を考えている場合ではなかった。



 廊下に座り込んだ真奈美が、口元に手を当てて今にも泣き出しそうな様子で前方を見つめている。
「真奈美ちゃん、大丈夫!?」
 蓮華の声に反応した真奈美がこちらを振り返り‥‥‥
「グルル‥‥(訳:いきなり入って来て叫ぶとは、随分な挨拶だな)」
 扉から出てきたミグが、ミリーシャの隣に立つと真奈美を見下ろす。
「わっ‥‥‥なんでオオカミが‥‥‥」
「大丈夫‥‥‥怖がらないで‥‥‥何もしないから‥‥‥」
 引き攣った顔の蓮華と真奈美に優しくそう言うと、ミリーシャはミグに視線を落とした。
「グルル‥‥(訳:厄介な事になったな)」
「‥‥‥いつから‥‥‥気づいてたの?」
「グルル‥‥(訳:確信したのはさっきだ)」
 ショックから立ち直ったらしい真奈美が腰を上げ、蓮華が手を貸す。 静まり返った廊下は冷たく、窓の外では雪が重たそうに舞い落ちているのが見える。
「やっぱりここも開かないか‥‥‥」
 窓を開けようとしていた蓮華が溜息をつき、何処からも出られないと肩を竦める。
 ――― そうだ‥‥‥
 テーブルの上に置きっぱなしにしていた雪に閉ざされた学校の本を持って来ようと部屋に入る。 室内はミリーシャが出て行った時のまま、教材が広げられ、椅子も引かれた状態で固まっている。それなのに、伏せて置いたはずの本はどこにもなかった。
「ミグ‥‥‥この部屋に誰か入って来るようなことは‥‥‥?」
「グルル‥‥?(訳:何かなくなっているものでもあるのか?)」
「本が‥‥‥」
 本が置いてあった場所を指でなぞり、ミリーシャは窓の外に視線を向けた。 曇天の空から舞い落ちる雪が街を染め上げている風景におかしなところはない。
「グルル‥‥(訳:部屋には誰も入って来ていない。なってない挨拶をしたあの子も、部屋の中には入って来てない)」
 扉を開けた瞬間にミグと目が合い、驚いて腰を抜かしたのだろう。
「とりあえず、他の皆を捜さないと‥‥‥」
 このままバラけていては、誰が狙われるかは分からない。 なるべく纏まって行動した方が良いと言おうとした次の瞬間、甲高い悲鳴が響いた。真奈美の叫び声とは違った雰囲気の声は、それこそ断末魔と呼んだ方が良いほどに切羽詰った絶叫だった。
「グルル‥‥(訳:こっちだ)」
 ミグが走り出し、その後をミリーシャが追う。
「ミリーシャさん、先に行っていて下さい! 私と真奈美ちゃんも直ぐに追いつきますから」
 ミリーシャとミグの速度について行けなくなった真奈美とあわせるように、蓮華が速度を落とす。 ここで別れるのは危険だが、事は一刻を争う。蓮華の鋭い瞳に頷き返し、ミリーシャとミグはさらに速度を上げた。
 階段を下り、ミグの先導に従って走る。血の臭いを嗅ぎ取ったミグが舌打ちし ――― もっとも、普通に聞けば低く唸っただけに聞こえるが ――― 1−Aの扉の前で立ち止まると中を覗き込んだ。
「グルル‥‥(訳:遅かったか‥‥)」
 部屋の中央で仰向けに倒れた少女の瞳は凍りついたままだ。 彼女の名前を知る術はないかと、遺体のポケットを探れば生徒手帳が見つかった。
「生島・南‥‥‥2−Cだって‥‥‥」
「グルル‥‥(訳:この学校には今何人いるんだ?)」
「‥‥‥間宮さんに訊いてみないと‥‥‥」
 大分遅れて姿を見せた蓮華と真奈美に、ミグが二人の前に立ちはだかる。
「わっ‥‥‥わんちゃん、どうしたの?」
「グルル‥‥(訳:俺はわんちゃんじゃない)」
「わんちゃんじゃない‥‥‥って、ちょっと怒ってる‥‥‥」
「えぇ?ミリーシャセンセ、犬語が分かるの?」
「グルル‥‥(訳:こいつは日本語が分かってるのか?)」
 キョトンとした真奈美に、オオカミだと教えてあげる蓮華。彼女はなかなか聡明そうな顔をしており、ミリーシャとミグの顔を見比べると何かを納得したらしく、軽く頷いた。
「それでミリーシャさん、中には‥‥‥」
 何も言わずに生徒手帳を差し出す。蓮華が唇を噛み、真奈美が蒼白の顔を手で覆う。
「グルル‥‥?(訳:今この校舎にどのくらいの人がいるのか訊くんじゃなかったのか?)」
「ねぇ‥‥‥今、どのくらいの人が‥‥‥残ってるの?」
「私達が会ったのは、カスミ先生と生島さん、それから瀬名・瑞樹君に桜井・蓮君、佐久間・守君の1年生達だけです」
「グルル‥‥(訳:つまり、残りは7人と1匹ってことか)」
 1匹とは、即ち自分のことだろう。 それにしても、1年生が大半を占めている‥‥‥。
 ――― そう‥‥‥確か、あの本も‥‥‥
 残っていた生徒のうち、5人が3年生 ――― 現状とは学年は違っているが ――― だった。
 ミリーシャは目を瞑ると、記憶を探った。 確か、人数についての描写は“吹雪の中に取り残された学校にいたのは、英語科の女教師と10人の生徒達で、その内の半数が最上級生だった。その他は2年生が3人、1年生が2人、足して丁度最上級生と同じ人数だった”となっていたはずだ。
「グルル‥‥(訳:何か聞こえるな‥‥‥)」
 ミグの呟きにミリーシャは耳を済ませたが、何も聞こえてこない。
 ――― 最初の被害者は‥‥‥2年生の女の子だった‥‥‥
 そして次の被害者は、3年生の男の子。
 ――― 待って‥‥‥あの本で‥‥‥一番最初に遺体が見つかったのは‥‥‥
 1−Aの教室だったはずだ。 ミリーシャの脳が目まぐるしく回転し、その先の展開を思い出そうとする。次の男の子が見つかったのは確か、音楽室だったはずだ。
“ねぇ、真壁君がいないよ? そんな桜の言葉に、智信は部屋に残っている仲間の顔を順繰りに確かめた。確かに桜の言うとおり、真壁・大悟の姿は何処にもない。 あいつ、どこにいったんだ? 正仁が苦々しくそう呟いた時、どこからか微かな音が聞こえてきた。それが何の音なのかは分からなかったが、部屋の隅で膝を抱えていた幸人がノロノロと顔を上げると、音楽室からだ、と呟いた”
 ミリーシャの足が勝手に音楽室に向けて走り出し、頭の中では本の続きを思い出す。
“智信は背後の扉に手をかけると、廊下の端にある音楽室に目を向けた。音楽室の扉は薄く開いており、そこから二本の足が覗いている。皆同じ制服を着ているため、足だけで誰なのか分かったわけではないが、常識的に言って大悟であることは間違いなかった。彼だけが、この教室から忽然と姿を消してしまったのだから‥‥‥”
 音楽室の扉は、少しだけ開いていた。その僅かな隙間から見える室内には、二本の足が床に伸びている。 ミリーシャはゆっくりと扉を開くと同時に、小説の続きを描いた。
“音楽室の中は、少しも荒れた様子はなかった。ただ、床に敷かれた赤絨毯の上に、それよりも濃い赤色の何かが流れているだけだった。赤と赤が混ざり、どす黒く染まった絨毯の上で、大悟は目を見開いたまま固まっていた。その指先は不自然な形のまま止まっており、見れば雨の下に一本棒を引いた漢字が書かれていた”
 ――― 雲なのか‥‥‥雪なのか‥‥‥霙なのか‥‥‥雨と書いた後にたまたま線が入ったのか‥‥‥
“智信は窓の外を見つめた。 鈍色の雲は無表情に空を支配しており、風に舞い踊る雪は重たげだった”
 ミリーシャは倒れた少年の胸ポケットから生徒手帳を取ると、開いた。
「‥‥‥桜井・蓮‥‥‥1−A‥‥‥」
「グルル‥‥(訳:腹と胸‥‥‥胸が致命傷だな)」
 ――― 次の被害者は、女の子‥‥‥でも、それは無理‥‥‥
“秋菜の死を祝福するかのように、放送室には明るい音楽が流れていた。 そのふざけた曲止めろよ! 数馬の罵声に、智信はスイッチを切ると秋菜を見下ろした”
 ――― そして、次は男の子‥‥‥
“正仁の姿が見えない。 数馬がそう言って、顔を青くした。美里と行動を共にしていた智信は、最後に正仁の姿を見たのは何処だったのか思い出そうと目を伏せた。 その瞬間、ブツリと音が鳴り‥‥‥”
 ――― 音が鳴る‥‥‥でも、放送室ではない‥‥‥
 他に音の鳴るところは何処だろうか? 考え込むミリーシャの頭に、ある場所が思い浮かんだ。
「‥‥‥職員室‥‥‥」



“聞きなれた生徒呼び出しの放送音に、数馬が肩に力を入れた。一気に駆け出し、職員室の扉を開ける。 普段からプリントや教材が積み重なり、あまり綺麗とは言えない職員室だったが、今日はそれに拍車をかけて荒れていた。まるで台風でも通ったかのようにグチャグチャに掻き乱され、床に広がっている。 そしてその中心では頭を‥‥‥”
 ガラリと扉を開け、勢い良く中に飛び込んだミリーシャは、消火器を振り上げる少年を前に顔を強張らせた。机を飛び越し、床にプリントをぶちまけながら彼との間合いを詰めると、消火器を叩き落してそのまま体当たりをする。
 なかなか体格の良いその少年がミリーシャを跳ね除け、ポケットからナイフを取り出すと構える。
「グルル‥‥(訳:そこまでにしとけ)」
「わ‥‥‥何で犬が‥‥‥」
 床に倒れていた少年が起き上がり、ミグを見て驚きの声を上げる。
「グルル‥‥(訳:どうしてこの学校はこうも間抜けが多いんだ?)」
「佐久間君、犬じゃなくてオオカミよ」
 蓮華が訂正をいれ、真奈美が守の元に駆け寄る。
「あなたが‥‥‥犯人ね‥‥‥名前には、何がつくの?‥‥‥雪?雲?霙?それとも‥‥‥」
「水ですよ、ミリーシャさん。その子の名前は、瀬名・瑞樹」
「雪が溶ければ水になる。だから俺は‥‥‥アイツよりも、上に立つ資格がある」
「なに言ってるの瀬名君!?意味わかんないよ!」
「グルル‥‥(訳:もとから頭がイカレてるんだ。言ってる言葉に意味なんてない)」
「ただの怪談が事件を生み、そしてそれがまた怪談を呼ぶ‥‥‥怪談は事件を呼び‥‥‥永遠に終わらない輪の中に組み込まれる」
 ――― 確か‥‥‥あの小説は実際に起きた殺人事件をもとにしているはず‥‥‥
 もう今から何十年も前、実際に起きた連続殺人事件をもとに、多少の脚色を交えて書いてあるらしい。実際にはあれほど猟奇的で謎を多く含んでいるわけではなかったそうだが‥‥‥。
「小説の主人公は永遠だ。文字になり、人の手に渡り、その人の記憶の中で生き続ける。俺は今までに、何人もの小説の主人公に会い、何人もの主人公を送り出してきた。‥‥‥そろそろ、俺が主人公になる番だ」
「グルル(‥‥訳:どうやらこのおかしな現象はコイツのせいらしいな)」
「それじゃぁ‥‥‥倒せば元の世界に‥‥‥戻る‥‥‥?」
「いいえ。倒さずとも元の世界に返れます。 この世界は、核を見つければ終わり。核は見つけられれば消滅する定め。この場で亡くなった魂と共に、永遠に私たちの記憶から‥‥‥」
「嫌だ! お、俺は絶対に消えない!消える前に、俺がお前達を‥‥‥」
 瑞樹の背後から濃い闇が伸びた。 半狂乱になりながら襲い掛かる瑞樹に、ミリーシャが応戦する。ミグが3人にここから動くなと言い置き ――― 無論、彼・彼女にはミグが何を言ったのかは分からなかったが ――― ミリーシャの助っ人に向かう。
「無駄よ、瀬名君。もう貴方は消える定めなの。永遠に‥‥‥」
 蓮華の声が響いた瞬間、濃い闇が全てを包み込んだ ―――――


* * *


「グルル‥‥(訳:それにしても遅いな)」
「しかたないよ‥‥‥準備だって‥‥‥あるんだろうし‥‥‥」
 時計を見上げ、本を置く。作ってきた教材をもう一度確かめ、頭の中でどのように授業を進めて行くか確認する。
 まずは基本の“Доброе утро”などの挨拶表現と“Да”“Нет”さらには“Mоя фaмилия ○○”くらいまで教えられたら良い。
 数枚の単語カードを弄りながら、ミリーシャは再び時計を見上げた。ミグには仕方がないと言ってはいたが、内心でも呼ばれるのが遅いと言う事に微かな疑問を感じていた。
 ――― もう少しで‥‥‥10分前‥‥‥
 様子を見て来ようかと腰を上げかけた時、コンコンと控えめなノックの音がした。
「遅くなりました。ミリーシャ先生、どうぞこちらへ」
 開いたの扉の先には、漆黒の髪をした美しい少女が立っていた。 スラリとした肢体と、人形のように整った顔、アイドルにいてもおかしくないくらいの美少女は、柔らかく微笑むとミリーシャとミグを見比べた。
「今‥‥‥行きます‥‥‥」
 教材を慌てて揃え、立ち上がったミリーシャ。その手にある本に目を留め、少女が顔を輝かせた。
「雪に閉ざされた学校‥‥‥私も読んだ事があるんですよ」
「そう‥‥‥どうだった?」
「なかなか面白かったですよ。 犯人が水でないのは残念ですけれど‥‥‥」
 ――― 水‥‥‥?
 一瞬ミリーシャの頭に何かが浮かびそうになったが、掴む前に霧散してしまった。 多分、大したことではないのだろうと思い直し、蓮華の指示に従って廊下を進む。
 ミグと蓮華が背後で何かをささやきあっているように感じたが、ミリーシャは首を振った。
 ――― ミグの言葉が‥‥‥分かるわけない‥‥‥
 きっと緊張しているのだろう。肩に入っていた力を抜き、ミリーシャは教室の扉を勢い良く開けた。
「Добрый день」



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 6814 / ミリーシャ・ゾルレグスキー / 女性 / 17歳 / サーカスの団員 / 元特殊工作員


 7274 / ー・ミグ / 男性 / 5歳 / 元・動物型霊鬼兵


◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

遅くなって申し訳ありません!
Доброе утроは“お早う御座います”、ДаとНетは“はい”と“いいえ”
Mоя фaмилия は“私の名前は○○です”Добрый деньは“こんにちは”です
ロシア語の変換がとても難しかったです。間違っていなければ良いのですが‥‥
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いましたー!