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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


雪に閉ざされた学校 〜 crooked love 〜



 放課後の閑散とした学校の中を、響・カスミはゆっくりと見回りながら歩いていた。
 下校時刻が差し迫った校舎内、残った生徒に声をかけ、窓の施錠を確かめる。
 ――― 今日は寒いわね
 窓の外にはチラチラと雪が降っており、息を吐き出すと白く濁った。
 あとは下駄箱の周辺を見回って‥‥‥
「どうしてぇー!?」
 素っ頓狂な甲高い悲鳴に、カスミはやや足を速めた。
「どうしたの?」
 扉の前で溜まっていた数人の生徒に声をかければ、一番扉の近くにいた亜麻色の髪の少女が唇を尖らせた。
「センセ、扉が開かないー!」
「どうして?」
「わかんないーっ!鍵もかかってないんだよぅ?それなのに、ビクともしないのー!」
「そんな、嘘でしょう?」
 生徒を掻き分け、扉に手を添える。どれほど押しても引いても、扉は動こうとはしない。 まるで、何か強い力によって封じられているようだ‥‥。一瞬浮かんだその考えを、カスミは即座に否定した。
 ――― まさか。そんなの思い過ごしよ。きっと、凍ってしまってるんだわ
「ねぇ、誰か職員室に行って先生を呼んで来てくれない?」
 男子生徒が駆け出していく背を見送りながら、カスミは嫌な雰囲気を敏感に感じ取っていた。
 腕時計に視線を落とす。下校時刻の放送が入っているべき時間は、とっくに過ぎていた。
「‥‥‥ねぇ、センセ。雪に閉ざされた学校の話し、知ってる?」
「なぁに、それ?」
 緩いウェーブの黒い髪をした女の子が、髪と同じ色の大きな瞳をパチリと瞬かせる。
「数人だけ残して、後の人は全部消えちゃうの。それでね、一人また一人って殺されて‥‥‥」
「そ、そんなの、ただのお話よ!馬鹿馬鹿しい」
「残っているうちの誰かが、呪いをかけてるんだって。憎い人を全員殺さない限り、あたし達出られないんじゃないかな」
「扉は、凍ってるか何かして開かないだけ、放送はミスで鳴らなかっただけよ。すぐに他の先生が来てくれるんだから‥‥‥」
 カスミの声は、戻ってきた男子生徒の声によってかき消された。
「先生!誰もいないよ?」
「嘘でしょ!?だって、校長先生も教頭先生もまだ残ってたはずよ!?」
「でも、本当にいないんだって。職員室には、誰も‥‥‥」
 クラリと眩暈がし、倒れこんだカスミの身体を慌てて支える。
「‥‥‥やばいよ、どうしよう‥‥‥本当に雪に閉ざされた学校になっちゃったよ‥‥‥」
「とりあえず、誰か他にも残っている人がいないか探してみようぜ」


* * *


 反省文を前に、桐生・暁は溜息をつくとペンを転がしてテーブルの上に足を乗っけた。
 連続遅刻記録更新と言う大偉業を達成した暁だったが、その奇跡の記録書き換えに拍手してくれたものは誰もいなかった。 それどころか、暁はねちっこく説教をされたばかりか、反省文を書くという罰を与えられていた。
 教頭先生のエンドレス・説教はなんとか切り抜けたものの、彼独特の喋り方が耳の奥に残っており、未だに説教を聴かされているような気分になる。
「良いかね桐生君。時間と言うものは、過ぎ去れば決して戻って来ない、進むだけのものであるからして、大切にしなくてはならない。つまるところ遅刻と言うのは時間をないがしろにしている、時間に対する冒涜行為であるからして、それを何度も続けると言う事は、即ち君にとって時間と言うものの存在があまりにも低い位置に置かれていると思うからに、それはあまりにも時間を‥‥云々」
 壁にかかった時計を見上げ、暁は腹を決めるとペンを取り、白紙の反省文に取り掛かった。
「えーっと、遅刻してごめんなさい。遅刻と言うものは即ち、時間に対するぼうとく‥‥あれ?“ぼうとく”ってどう書くんだっけ?“棒特”かな?ンなわけないかー。てか、冒涜ってどんな意味だっつの! あー、携帯で調べるか‥‥」
 ポチポチと携帯辞書で検索するが、出てきた意味に驚く。
「大げさだなー、キョートーは! ‥‥でもま、漢字分かったし。“冒読”っと‥‥‥」
 涜の字を間違えているが、暁は気づいていない。 その後もつらつらと教頭の口調を真似して反省文を書き、あまりにも“可愛くない”反省文の紙を彩るべく、髑髏や教頭先生の似顔絵を書いておく。 髑髏と教頭先生の似顔絵を並べて書いたのだが、どちらが髑髏のつもりで書いたのか分からなくなってしまった。
「おー、マジ似てるー!」
 髑髏教頭の似顔絵に満足しながら、暁は席を立った。
 こんなふざけた ――― 暁からしてみれば真面目なのかも知れないが ――― 反省文を教頭が受け取るはずはないと、普通の人なら思うだろう。しかし、教頭にしてみれば桐生暁が反省文を書いたという点を評価するだろう。 要注意生徒ナンバー1の座に君臨する暁の場合、反省文に“バイバイ”などとふざけた事を書いて帰ってしまう危険性もあった。
 本当に書いてきたのか!?と驚く教頭に向かって言うべき言葉は「センセ、ボク、けっこー真面目なんです!」で決まりだろう。教頭がどんな顔をするか、見ものだ。
 胸元で揺れるシルバーアクセを弄りながら、暁は前方から走って来た生徒に視線を向けた。高身長でガッシリとした体つきの彼は、走っているとなかなか迫力がある。 廊下は走っちゃいかん!と、いつも教頭に注意されている暁としてはそんな台詞を言いたくもなったが、知らない生徒にそんな言葉をかけるのも躊躇われる。 大人しく廊下の端にどき、道を開けてあげた。
 教室に忘れ物でも取りに行ったのかと、特に気にも留めないで職員室に足を向ける。 下駄箱の前が騒がしかったが、そちらに行っている間に教頭が暁の様子を見に行き、いなかったと怒られるのも嫌だ。真面目に反省文を書き、職員室に持って行く途中で下駄箱が騒がしかったから見に行っていたと言ったところで、きっと教頭は信じてくれないだろう。
 階段を上がり、職員室の扉を開ける。ガランとした部屋に、暁は目を丸くした。
 ――― あれ?おかしいな ‥‥‥
 他の先生はともかく、教頭までいないのはおかしい。あれだけ「お前がきちんと反省文を書いてくるまで、残ってるからな!ちゃんと職員室に届けに来るんだぞ!」と怒鳴っていた教頭が帰ってしまったということはないだろう。
 ――― トイレに行ってるのかもな
 それなら少し待ってみるかとソファーに座って足をブラブラさせてみるが、誰かが帰ってくる様子はない。
 ――― キョートーセンセ、トイレ長っ ‥‥‥
 もう帰ろうかなー。てか、今何時だろ。 そう思い、時計を見上げる。 職員室の壁に取り付けられた時計は、正常な時間を示していなかった。針が示す時は、暁が“反省室”で反省文を書いていた時の時刻だった。
 鞄に手を入れ、携帯を開く。デジタル時計の時間は‥‥‥職員室の時計と同じ刻だった。
 ――― なんだよこれ ‥‥‥
 まさか携帯の時計が狂っているとは思えない。反射的に電波状況を見れば、圏外になっている。 この学校で圏外になる場所など、ないはずなのだが‥‥‥。
 何かがおかしい。 そう思い始めた時、校内に鋭い悲鳴が響いた。



 職員室を飛び出し、声のした方角に走る。緩いウェーブの黒髪を背に垂らした女の子が、廊下に座り込んでいる。
「真奈美ちゃん!?」
「き、桐生君!‥‥‥だ、誰かが、倒れてて‥‥‥」
 学年でも可愛いと評判の真奈美は、大きな瞳を潤ませると暁に縋った。 大丈夫だからと背を撫ぜ、開け放たれた扉から中を覗き込む。机が目茶目茶に乱れた中心で、グッタリと伏せている男子生徒の姿が見える。
「どうしたの!?」
 ポニーテールの黒髪に、キリリとした顔つき、スラリと細い手足。誰もが振り返るような綺麗な顔立ちをした彼女の名前を、暁は知っていた。
「蓮華先輩!誰かが‥‥‥」
 真奈美を蓮華に託し、暁は急いで少年のもとに駆け寄ると、首元に手を当てた。 黒髪が赤く染まっており、細い首筋は血で汚れている。床に広がった血は大きく、机の足元に血に濡れた鉄パイプが落ちているのに気づいた。
「桐生君、その子は‥‥‥?」
「ダメだ‥‥‥」
 首を振る。 俯いている彼の顔を見ようと肩にかけ、ひっくり返す前に蓮華を真奈美を振り返ると「あっち向いてた方が良いよ」と声をかけた。 真奈美が暁の言葉に反応して顔を両手で覆い、蓮華が軽く頷く。彼女はどうやら、彼の顔を見るつもりらしい。
 流石は間宮・蓮華様だ。強く優しく厳しく甘く、その使い分けの上手い彼女は陰では様付けて呼ばれていた。
 少し躊躇いながらも仰向けに返せば、見開いたまま固まった目と目が合った。 驚きを顔に張り付かせたまま絶命している彼に、暁は蓮華を振り返った。険しい顔をしているものの、彼女の表情にそれ以上の変化は見られない。
「桐生君、その子の事知ってる?」
「いや。‥‥‥でも、1年生だと思う」
「それなら、瑞樹君か守君に訊けば分かるよ。あたしが捜して来ようか?」
「ダメよ、真奈美ちゃん。危ないわ」
「そうだよ。もしかしたら、校内にさつ‥‥‥危ない人がいるかも知れないんだから」
 殺人鬼と言いかけ、暁は口をつぐんだ。繊細な真奈美にそんな衝撃的な単語をぶつけてしまえば、どうなってしまうか分からない。
「やっぱり、雪に閉ざされた学校になっちゃったんだ‥‥‥」
「雪に閉ざされた学校?」
「桐生君、知らない?そう言う本があってね、誰かが呪いをかけて、数人以外は全員消えちゃうの。憎い人を全員殺さない限り、あたし達は出られないんだよ‥‥‥」
「考えすぎよ、真奈美ちゃん」
「そうだよ。消えたって行っても、外に出れば普通に‥‥‥」
「外に出られないんだよ、桐生君‥‥‥扉が閉まっちゃってるし、窓も開かないの」
 真奈美の肩を蓮華が抱き、優しく頭を撫ぜる。 暁は少年の瞼を閉じると、立ち上がった。
 真奈美に見てもらえば、もしかしたら誰なのか分かるかもしれないが、彼女の心にこれ以上の負担はかけられなかった。
 ――― とりあえず、その“瑞樹”って子か“守”って子を捜さないとな
「あ、瀬名君!」
 廊下を見ていた蓮華が声を上げ、手招きをする。 蓮華と真奈美の雰囲気から何かを感じ取ったらしい少年が足早に1−Aの教室を覗き込み、暁と足元に倒れる少年を交互に見る。
「ねぇ、瀬名君、あの子が誰なのか知ってる?」
「‥‥‥桜井だ‥‥‥」
「あぁ‥‥‥吹奏楽部の子ね、知ってるわ‥‥‥」
 死体を見たと言うのに、少年の表情は少しも変わらなかった。無表情で教室内を見つめ、軽く唇を噛む。
「声が聞こえたから、二人を捜してた」
「佐久間君と生島さんは?」
「響先生が倒れたから、見てもらってる」
「そう‥‥‥どうやら校内に危ない人がいるみたいだわ」
「閉ざされた学校だよ、絶対‥‥‥」
「そうなると、憎い人を殺し終わるまで帰れない」
 瑞樹がボソリと呟き、教室内に入ってくるとおもむろに遺体を調べ始めた。
「死んで、そんなに長く経ってない。多分、やられたのはついさっき。まだ温かい‥‥‥」
「ねぇ、真奈美ちゃん。閉ざされた学校って、数人以外は全員何処かへ行っちゃうんだよね?」
「そうだよ、桐生君。その中で、次々殺人事件が‥‥‥」
「ってことは、今校内に残っている誰かが桜井を殺したって事だよね?その繋がりで調べていけば‥‥‥」
 真奈美の顔が蒼白になり、必死で首を振る。
「あ、あたしじゃないよ!? あたしは蓮君なんて知らないし、聞いた事もないよ!それに‥‥‥」
 蓮華がハッとした顔をし、真奈美を見つめる。暁も彼女の失言に気づき、瑞樹も表情こそ変わらなかったものの、数度素早く瞬きをした。
「真奈美ちゃん、どうして桜井の下の名前を知ってるわけ?」
 真奈美の顔がますます青白くなり、違うのと何度も呟くと目を瞑った。
「‥‥‥本当は、少し前まで付き合ってたの。でも、今は別れてるし‥‥‥」
「心配しなくとも、この中の誰も真奈美ちゃんがやったなんて思ってないから大丈夫だよ」
 蓮はガッシリとした体格の背の高い少年だった。小柄な真奈美が彼の頭を殴るためには、彼にしゃがんでいてもらうか、椅子か机に乗らなくてはならない。
 ――― それに、真奈美ちゃんの華奢な腕じゃ、無理だろうな ‥‥‥
 ある程度の長さのあるあの鉄パイプを振り回すのですら、彼女にはきついかも知れない。
「信じてくれて有難う、桐生君‥‥‥」
 ほっと安堵したような表情で涙ぐむ真奈美に、それにしてもどうして嘘なんてついたのだろうかと疑問に思う。暁を見つめる真奈美の視線と良い、薄く染まった頬と良い、蓮華と瑞樹には真奈美の気持ちが手に取るように分かっていたが、突然の殺人事件に気を取られていた暁は、彼女の気持ちに気づかなかった。



 守と南に合流しようと1−Aを後にした4人は、この学校で今一体何が起きているのか、そして蓮を殺害できたのは誰なのか、考え始めた。
「守君が職員室に見に行ってくれて、誰もいないって報告した後で、他にも残っている生徒がいないか捜そうってことになって、皆でいったん別れたのよ」
「それで、あたしは1階の教室を見回って、1−Aの扉が開いてたから‥‥‥」
「待って真奈美ちゃん」
「ねぇ、瀬名君」
 暁と蓮華の声が合わさり、真奈美と瑞樹が首を傾げながら足を止める。
「別れた後、すぐに1−Aに行ったんだよね?」
「カスミ先生達って、2階にいるのよね?」
「えぇ、そうだけれど‥‥‥」
「そうだけど?」
 2つの質問に、2つの答え。 暁と蓮華が顔を見合わせ、口を開く。
「俺、結構前からずっと職員室にいたんだ」
「2階にいて、真奈美ちゃんの声が聞こえない事ってある?」
「あれだけ思い切り叫んでたんだ‥‥‥聞こえないはずはない」
 瑞樹の呟きに、真奈美が目を見開いて固まる。薄く開かれた唇からは言葉にならない吐息が零れている。
「‥‥‥俺、職員室に行く前に廊下で誰かとすれ違ったんだ。結構背の高い、ガッシリした体つきの男だったんだけど‥‥‥」
「それが桜井君じゃなかった?」
「一瞬しか見てないから分からないんだ」
「でも、残ってる子の中に身長が高くて体格の良い子っていないよ。佐久間君は背は高いけど華奢な感じだし。勿論、他に残ってる子がいれば分からないけど」
「つまり‥‥‥」
 蓮華が長い黒髪を背に払い、口元に手を当てると眉を寄せる。
「桐生君は廊下で桜井君に会い、そのまま職員室に行った。 職員室を出たりしたことは?」
「ないよ。ずっといたから」
「その後、カスミ先生に言われて守君が職員室に行った。守君は私達に“誰も居なかった”と言った。でも、実際職員室には桐生君がいた。 ‥‥‥多分、桐生君は本来なら“いないはずの人”だったんでしょうね」
「大誤算ってわけ?」
「そうね。 ‥‥‥貴方の“特別性”を考慮に入れてなかったのね、きっと」
「‥‥‥センパイ、ボク、別に特別じゃないっすよー。まぁ、連続遅刻記録更新と言う大偉業を達成させたのは本当っすけどね」
 わざと砕けた敬語を使い、相手の出方を見る。
 蓮華は何も言わず、ただ優しい微笑を浮かべて暁を見ているだけだった。
 ――― 間宮・蓮華様は何でも知ってる 、か ‥‥‥
「ねぇ、それじゃぁ、カスミセンセと南ちゃんが危ないんじゃない?」
「そうだね、急ごう!」
 陸上部期待の新一年生・瑞樹が勢い良く駆け出し、天然でノロノロとした印象を受ける真奈美が次に続く。見た目では分からないが、彼女は運動神経抜群だった。
「センパイは、全部分かってるんでしょう?」
 二人に置いて行かれないように走りながら、蓮華に声をかける。 暁も蓮華も、本気で走れば二人を追い抜けるほどに速いはずだった。
「なんのことかしら?」
「もう、生島さんは無理なんでしょう?」
「どうしてそう思うの?」
「その理由を聞きたいんですけどね、センパイ」
「二人ともいないよ!?」
 真奈美の声に、暁と蓮華は足を止めた。 息一つ乱れていない二人はカスミが寝かされている音楽室に入った。
「どこに行ったんだろう‥‥‥」
「真奈美ちゃん、“雪に閉ざされた学校”って、憎い人を全員殺した後、どうなるの?」
「呪いが解けて、普通の学校に戻るって‥‥‥」
「‥‥‥真奈美ちゃんと瀬名君はここにいてくれる? たぶん、もう直ぐ“現実”に戻れるわ」
「でも‥‥‥」
「瀬名君、真奈美ちゃんとカスミ先生を頼めるわね?」
 強く頷いた瑞樹に「お願いね」と再度念を押すと、蓮華は暁の腕を引っ張った。



「全部ね、佐久間君のシナリオ通りだったのよ」
「俺以外は、でしょ?」
「そう。 まず桜井君を1−Aに呼び出し、自分は玄関前で騒ぎの中に入る。職員室に行くとみせかけて1−Aに行き、桜井君を撲殺する」
 美少女の口から“撲殺”なんて生々しい言葉を聞くのは、どこか新鮮だった。
「他にも生徒が残っているかも知れないからと言って解散し、生島さんと一緒にカスミ先生を2階の部屋に連れて行った。途中で瀬名君にどの部屋にいるのか伝えていたのね?」
「河井先輩や間宮先輩じゃ、2階に連れて行くと言う不自然さを指摘される危険があった。でも、瀬名なら安心だった」
 保健室の中で血まみれになって倒れている南の前で、守は明るい笑顔を浮かべながらそう言うと、瀬名は自分の興味のあること以外は頭を働かせようとしないから、と続けた。
「カスミ先生を音楽室に寝かせた後、真奈美ちゃんの悲鳴を聞き、生島さんを連れてここに来た。 音楽室は、保健室の真上。一番近い階段を使えば誰かに見られる危険性は少ない」
「悲鳴を聞いて怖がっていたこいつは、俺の言葉に素直に従った。 もし、階段を下りた時にそのまま保健室に入るんじゃなく、少しでも廊下を見渡せば、先輩達の姿が見えたのにね」
「どうしてこんな事をしたの?」
「先輩がそれ訊きます? 間宮蓮華様はなんでもお見通しなんでしょう?」
「買いかぶってもらっては困るわ」
「俺は何が起きたのか、全然分かってないんだけど‥‥‥?」
 キョトンとする暁に、守が優しい微笑を向けるとその場に膝を折り、南の身体を抱き上げた。
「俺ってさ、昔から華奢でひ弱でさ、中学時代は南によく苛められてたんだ。南ってさ、今では地味で暗い子だけど、中学時代は凄かったんだぜ。明るいし、美人だし、我が侭でお姫様で、最強って感じだったな」
 南の頬に張り付いていた黒髪をそっと人差し指で払う。
「今じゃ考えられないかもしれないけど、俺ってすげー暗くって、ネガティブで、自殺未遂起こしたんだよね。流石に南もビビッたのか、卒業まで俺のこと無視してた。 地元じゃ俺はいじめられっ子で自殺未遂起こした子ってイメージがついちゃってさ、息苦しくなって地元から遠いこの学校を選んだ」
 解けた三つ編から落ちたリボンが、血の海の中で染まっている。
「人の中心にいれば、虐められない。俺はソレを学んだ。馬鹿みたいに騒いで、CDとかドラマとか、そんなどーでも良い話して、人と関わりを持っていれば虐げられることもなかった。‥‥‥アイツが‥‥‥蓮が俺の事に気がづくまでは‥‥‥」
「確か、桜井君と佐久間君は同じ中学校なのよね?」
「あぁ。でも、一度もクラスが一緒になったことはなかったし、あいつの中の俺はいじめられっ子のままだから、きっと気づかれる事はないと思ってた。それなのに‥‥‥」
「脅しでもかけられたの? 今でこそそんなクラスの中心気取ってるけど本当の姿は違うだろ、って?」
「間宮蓮華様は流石ですね。 そう、大体そんな様なことだ。 俺は、あの居場所を手放すつもりはなかった」
「そう言えば、南ちゃんって今学期転校してきたんだよね。 確か、ドイツからの帰国子女?」
「そうだ。まさか南と高校で会うとは思ってなかった。しかも、地味で目立たないタイプになっててすげー驚いた。同姓同名の別人じゃないかとも思ったんだけど、完全にあの南だった」
「生島さんまで自分を脅してくるのではないかと、不安になったのね」
「あぁ。幾ら地味で目立たないように振舞っていても、性格はそう簡単には変えられないだろう?」
「‥‥‥佐久間君、もしかして‥‥‥生島さんが好きだったんじゃない?」
「どうしてそう思う?」
 ニヤリ、不敵に微笑んだ守は南を強く抱き締めると、目を閉じた。その瞬間、濃い闇が彼の足元から這い伸びてきた。
「雪に閉ざされた学校のお話では、術者を見つけた場合、術者と被害者は闇に呑まれ、人々の記憶から消される」
「そう。桐生さん‥‥‥あなたがいなければ、俺は現実世界に返れた。術者を見つけられなかった場合、闇に呑まれるのは死者のみだから」
「‥‥‥俺思うんだけど、お前‥‥‥俺のこと、分かってたんだろ? 誤算でもなんでもなく、俺もお前のシナリオの中の一部だった。違うか?」
「さあね」
 闇が守と南の身体を包み込み、隠す。 あまりの闇の濃さに、暁と蓮華は手を繋いだ ―――――
「さようなら、間宮先輩に桐生さん。永遠に‥‥‥‥‥」


* * *


「おー、マジ似てるー!」
 髑髏教頭の似顔絵に満足しながら、暁は席を立った。
 こんなふざけた ――― 暁からしてみれば真面目なのかも知れないが ――― 反省文を教頭が受け取るはずはないと、普通の人なら思うだろう。しかし、教頭にしてみれば桐生暁が反省文を書いたという点を評価するだろう。 要注意生徒ナンバー1の座に君臨する暁の場合、反省文に“バイバイ”などとふざけた事を書いて帰ってしまう危険性もあった。
 本当に書いてきたのか!?と驚く教頭に向かって言うべき言葉は「センセ、ボク、けっこー真面目なんです!」で決まりだろう。教頭がどんな顔をするか、見ものだ。
 胸元で揺れるシルバーアクセを弄りながら、暁は前方から走って来た生徒に視線を向けた。華奢ですらりとした体つきの女生徒は、長い黒髪を靡かせながら優雅に歩いて来る。
 ――― 間宮蓮華様だ ‥‥‥
 思わず廊下の端にどき、道を開ける。 蓮華が口元に微笑を浮かべ、頭を下げるとポツリと呟いた。
「きっと、佐久間君は生島さんを手に入れたかったのね。永遠に‥‥‥」
「え?」
 首を傾げてみるが、蓮華は暁の反応などお構いなしにスタスタと歩いて行ってしまった。
 ――― 佐久間?生島?‥‥‥それ以前に、“永遠に”って、どっかで聞いたような‥‥‥?
 ズキリと頭が痛み、暁は「ま、いっか」と独り言を呟くと歩き出した。下校時刻の差し迫った下駄箱は静かで、ヒンヤリとした空気が流れ込んできている。 階段を上がり、職員室の扉を開ける。反省文をきちんと持ってきた事に驚いたらしい教頭が目を見開き、暁はニンマリと笑うと口を開いた。
「センセ、ボク、けっこー真面目なんです!」



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 4782 / 桐生・暁 / 男性 / 17歳 / 学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

遅くなって申し訳ありません!
守が犯人と言うことで、歪んだ愛をテーマに書いてみました
暁君の高校生活を書く場合、暁君を好きな女の子か暁君をからかう男友達を出したくなります
何でだろうと思いつつ、今回は真奈美にその役を割り当てました
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いましたー!