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<東京怪談ノベル(シングル)>


  「てのひらの詩」

 ――今度こそ、うまくいくはず。
 『賢者の卵』の中で黒くなり、白へと変化していく『賢者の石』を見つめながら、ラクスは心の中でつぶやいた。
 前回も、実験はほぼ成功だった。
 献体の女性との好みに相違はあったが、何とかうまくやっていけているはずだった。
 だけど、彼女の精神的な問題が起因となり、なんと逃亡されてしまったのだった。
 ――彼女、大丈夫だったでしょうか。
 ラクスは小さなため息をつき、思いを馳せる。
 騒ぎとなった事態の収拾や『図書館』への提出内容など、事後処理は極めて大変だった。
 しかし、ラクスにとってはそれよりも逃亡した当人の方が気にかかった。
 まだ新しい身体に慣れきっていないはずなのに、うまくやっているだろうか。怪我などはしていないだろうか、と。
 だからこそ、今度は精神面により気をつけなくてはならない。
 あのようなことは二度と起こしてはいけない、と張り切っているのだった。


「……ここは……」
「目を覚まされましたか。どこか、具合の悪いところはあります?」
 声を耳にするなり、ラクスは手にしていた機材を置いてその人物が横たわるベッドへ駆け寄った。
「いえ。えっと、私、確か『妙な言葉』を聞いて……」
 女性はぼんやりとした様子で、ゆっくりと起き上がる。
 そして、自分の身体をまじまじと眺めた。
「――夢じゃ、なかったんですね……」
 口元を押さえ、かすれた声でつぶやいた。
 彼女の下半身は原始のネコであり、サーベルタイガーの祖ともいわれるディニクティスのもの。
 それぞれの足に五本の指があり、豹に似た模様の毛皮を持つ。
「あ、あの。魂を呼び出してお聞きしたときには、ネコ科の動物がいいとおっしゃってたんですけど。いかがでしたか?」
 前回、ダチョウに似たエピオルニスの姿は、献体に気に入ってはもらえなかった。
 そのため、ラクスは一般的に美しいといわれる動物はどういうものか、ということを調べたのだ。
 そして猫や鳥などの人気が高いと知った上で、実験の了解を得る際に動物の好みもちゃんと確認しておいた。
「……ええ。猫は、大好きです。本当に、自分がその姿になるなんて思いませんでしたけど」
 女性の声はか細く、穏やかなものだった。
 信じられない、という驚きこそ見せながらも、どこかでそれを受け入れているように見える。
「あなたが、私を助けてくださったんですね。ありがとうございます。……お名前、聞いてもいいですか」
「ラクス・コスミオンといいます。どうぞよろしくお願い致します」
 ラクスが丁寧に頭を下げると、女性は小さく微笑んだ。
「獅子の身体、ですか。素敵ですね。勇ましくて、けれどしなやかで……」
 スフィンクスであるラクスの下肢に目をやり、目を細める。
 鷲の翼については触れないところからして、本当にネコ科の動物が好きなのだろう。
「私はこれから、どうすればいいんですか?」
「ここで生活していただきます。まずは身体に慣れるためのトレーニングをして、それからいくつかの実験に付き合っていただくことに」
「私なんかでお役に立てるのなら、いくらでもお付き合いします。ただ、一つだけお願いがあるんですけど」
 おっとりした口調でつぶやく女性に、ラクスは軽く首を傾げた。
「私、猫を飼っていたんです。けれどこないだ亡くなって……。お願いです、あの子も生き返らせてくださいませんか?」
「――猫、ですか?」
 ラクスは思わず目を丸くしてしまった。
 今までは生きた希望者の改造を主にしていため、遺体を使い始めたのはごく最近のことで、そんな頼みを受けたのは初めてだった。
「一応、動物とはいえ本人の許可を得なければいけないので……亡くなって数日が経過しているのなら、難しいと思います。昇天された魂を呼び出すことはできないのです」
 困ったように答えると、女性の顔に影が差す。
「……そうですか……」
 それを見て、ラクス自身も切なくなってしまう。
「他の猫でしたら、大丈夫だと思いますけど」
「いえ、いいんです。他の方の猫を自分のために甦らせてもらうなんて、勝手すぎますもの」
 そういう考え方もあるのかと、ラクスは少し驚いてしまった。
 ラクスが取り扱う人たちは皆、社会に適応できないながらも生きたいと、切に願うものたちばかりだったから。
「……それでは、実験のために人間を甦らせるラクスも、勝手なのでしょうか」
 今度はラクスの方がしょぼんとしてしまい、瞳に涙を浮かべながらつぶやいた。
「ち、違います! 私自身が望んだんですもの。本当に、感謝しているんですよ。私……できることならもう一度、やり直したいと思っていたから。勝手だなんて、思ってませんよ」
 慌てて答える女性をラクスは半泣きになったままじっと見つめ、それから小さくうなずいた。
「……ラクスさんって、見た目とは随分雰囲気が違うんですね」
 女性もそれに、くすっと笑う。
 何がどう違うのか、ラクスにはよくわからなかったが、とりあえず悪い意味ではなさそうだった。
 ――彼女となら、うまくやっていけるかもしれない。
 そうだ、気に入ってもらえるかどうかはわからないけれど『アレ』の試作を創ってみよう。
 ラクスはそう思って、嬉しそうに微笑んだ。


 様々な器具や材料を置いてある実験室とは別に、トレーニングとしての場を用意した。
 鬱蒼と広がる森に流れる川、そして小さな丘と草原。岩場などの自然を取り揃えたもの。
 広大な敷地を利用してはいるが、室内なので空は見えない。ライトをうまく使って代用している。
「すごい……動物までいる」
 女性は水場にやってきたリスを見て歓声をあげた。
「実験の一つとして、用意しておいたんです」
「……そういえば、実験というのはどういうことをするんですか?」
 ラクスの言葉に少し不安げに振り返る。
「データを取らせていただくだけですよ。どのくらいで身体に慣れるか、どのくらい動物としての特性が出てくるものなのか、とか。そういう状況においての各個人の心境なども含めて、全て記録させていただきます」
「動物としての特性、ですか。ネコ科というと、木登りとか……」
「狩りが得意、というのもありますね。サンプルに使ったディニクティスというのは大きな牙で効率よく獲物を殺すことに長けた最初のネコ科動物だといわれています」
 答えると、女性の顔がさっと青ざめる。
「……殺すって、私が、ですか?」
「いえ、そうしろというわけではないのです。ただ、そうした遺伝子を身体に組み込ませているというだけで。動物たちと一緒に遊ぶというのなら、それでもいいのですよ」
 フォローを入れると、女性は少し遠い目をして辺りを見渡した。
 木の上では、鳥が可愛らしい鳴き声をあげていた。
「適度な運動や食事などの管理はしますが、基本的にはあなたの好きなように過ごしてくれればいいのです。何か希望があれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「……はい、わかりました。どうもありがとうございます」
 女性は丁寧な口調で言って、四本の足で森の中へと歩を進めた。


「大分慣れてきたみたいですね」
 ラクスは森の中に入り、太い木の枝に横たわる女性に声をかけた。
「はい。ここはとても、過ごしやすいですよ」
 ラクスの姿を目にするなり、彼女は軽やかに枝から飛び降りてきた。
「本も読ませていただけますし」
 そういって、手にしていた本を掲げて見せる。
 彼女の要望でラクスが用意したものだった。
 それ以外のワガママはほとんどなく、読書をして森の中を散歩して、動物たちと遊ぶ。そんな日常を送っていた。
「ここでは、音楽も必要ありませんね。自然の音だけで十分。……私、とても幸せです」
 満ち足りた笑顔を見せる女性に、ラクスも微笑みを返す。
 おっとりした性格とは裏腹に、木登りや走りまわる際の身のこなしなどは比較的早く習得していた。
 器用なもので合間を見ては花輪を作ったり、木の枝で篭を作ったりなどもしている。
 人間としての部分と動物としての部分もうまく活用できる、まさに理想的な献体だといえるだろう。
「何か気になることや必要なものなどはありますか?」
 問題はなさそうだと思いながらも、念のためそんな質問をしてみる。
 すると、彼女は軽く尻尾揺らして向きを変え、小さくうつむいた。
「……どうか、したんですか?」
「いえ、あの……特に問題はない、と思います」
 その口調は歯切れの悪いものだった。
 だが問い詰めていいものなのかどうかためらい、ラクスは困ったように様子を窺う。
 ふと見ると。一匹のウサギがぴょこっと顔を見せ、慌てるように逃げ出した。
「どうしたんでしょうね。あなたには随分となついていたみたいですのに」
 ラクスがつぶやくと、女性はハッとしたように顔を背ける。
「あの、私……」
「はい?」
「いえ……あの、何でもないです」
 何か、言いにくいことでもあるようだった。
 ずっと順調に暮らしていたはずなのに、一体どうしたのだろう。
 そう思いながら、今後はもう少し注意して観察した方がいいのかもしれない、と結論付けた。
 

 その答えは、予想以上に早く知ることとなった。
 様子を窺いに言ったラクスは、輪になって遊んでいた小動物に襲い掛かる一匹の獣を見た。
 飛び掛り、首元に強く噛み付く。うまく骨の部分を避け、一撃で仕留める。
 その美しいまでの狩りの仕方は……。
「――ラクスさん……」
 ぼと、と。こと切れたウサギを地面に落とし、女性は青ざめた表情でつぶやいた。
「す……すいません、私。私………」
 他の動物たちは逃げ去り、森の中には二人とウサギの遺骸のみが取り残されていた。
 鳥の鳴き声も今や聞こえては来ない。
「違うんです。私、そんなつもりじゃ……」
「落ち着いてください。大丈夫ですから」
「こんなこと、初めてなんです。動物を殺すなんて、私……」
「わかっています。今までこの森で血の痕を見たことはありませんし、動物の数も把握していますから」
 混乱して涙を流す女性を、ラクスは必死になって慰める。
 身体に、状況に慣れるのは比較的早かった。
 だけど同時に、少しずつ動物の本能もまた芽生えつつあったのだろう。彼女がこないだ言いかけたのはそのことだったのだ。
「――どうしましょう。私、こんなことになるなんて……」
「気に病むことはありませんよ。生きるということは何かの命を犠牲にすることなんです。お肉でも、お魚でも。木の実や植物だって、生きているものです。死を取り込むことによって、命は続いていくんですよ」
 ラクスが動物たちを用意したのは、何も野生の本能を刺激させようというわけではなかった。
 ただ居心地のよい空間を与えてあげたかっただけ。
 けれどその動物を可愛がるも疎ましく思うも、獲物とすることさえ……本人次第なのだ。
「だけど、私はこの子たちを愛していたし、大事にしようとしていたのに……。友達だったんです。食べたいなんて、そんなこと思ってませんでした」
「気持ちに反した行動を取ってしまった、ということですね。理性では本能を抑えきれなくなってきたんでしょうか。友達だと思っている大事な相手を攻撃してしまうというのは確かに問題かもしれませんね」
 ラクスは頭を悩ませ、どうするべきかと考え込む。
 生きるために殺す、それ自体は自然の摂理であり、悪いことではないと思う。身を護るための攻撃もまた同じこと。
 だけど意味もなくただ殺してしまう、というのなら話は別だ。
「私なんて、生き返らない方がよかったのかもしれませんね」
「そんなこと言わないでください」
「怖いんです。あんな風に、他の誰かを傷つけてしまうなんて……。自分に、そんな欲求があるなんて」
 深く悔いている様子で、女性は頭を抱えて涙を流している。
「あなた自身にではありませんよ。それは、サンプルに使ったディニクティスの……」
 ラクスはそれに対し、フォローを入れる。しかし……。
「違います! だって、あの子が私から逃げたりするから……。あの子だってそう。ずっと可愛がってきたのに、私のことを引っ掻いて。私には他に友達なんていないのに。その私を、独りにしようとなんてするから……っ」
 女性は強く叫んだ。
 ――違う。『意味がなく』なんかじゃない。
「だから、殺したんですか?」
 ラクスの言葉に、女性は青ざめ、震えながらぼろぼろと涙を流す。
「……そんな、つもりじゃなかったのに。大好きなのに、どうして……」
 その言葉に、ラクスは彼女が飼っていたという猫もまた、そうだったのではないかと予測する。
「やっぱり、私なんて死んだ方がよかったんです。死んだ方が……」
 えっえっと嗚咽をあげながら、へたり込んで泣きじゃくる。
 最初の頃の、落ち着いた様子とは打って変わったものだった。
「本当は、好きなんですよね、動物」
 それは、今まで仲良く接していた様子から見ても明らかだった。
 ただ、それを持て余してしまうだけなのだろう。
「……はい」
 女性は泣きながら、小さくうなずく。
「だったら、大丈夫ですよ。自分をコントロールできる能力を身につけましょう」
「そんなこと、できるでしょうか」
「独りになるのが怖い、っておっしゃってたでしょう。そうでなければ、きっとそこまで不安にならずにすむと思うんです。私は、ちゃんとあなたの傍にいますし……それに、この子もそうです」
 ラクスはそう言って、蒸留器の中に入れていたものを取り出した。
 それは小さな、手の平で歩き回ることができるほどに小さな猫だった。
「――猫……?」
「はい。ホムンクルスの一種です。普通は人型なんですけど、材料を人間のものではなく猫のものに変えてみました」
「……可愛い」
 両の手で小さく動き回る子猫を受け取り、女性は涙を浮かべたまま微笑んだ。
 元々は生き返らせてあげられなかった猫の代わりになれば、と創っていたものだったものだったけど、気に入ってもらえてよかった。
「ホムンクルスは、裏切ったりしませんよ。動物だってそうだと思います。とりあえず、信じてあげることから始めましょう」
「ありがとうございます。ラクスさん。……ありがとう」
 女性は涙を拭いながら、何度も何度もお礼を言った。
 人間の感情は複雑で、おもしろい。
 ホムンクルスのように魂も身体もつくりあげることはできないわけではないけれど、特に魂にいたっては……これほどに複雑な思いを再現することは難しいのだ。
 ――今回は、いいデータが取れた。それに……。
 小さなホムンクルスをその手に乗せ、動物たちが集まる中で微笑む女性を見て、ラクスは嬉しそうに微笑むのだった。