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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 白色世界に君は降り立ち +



 それは朝、自然と目を覚ますような感覚。
 私は僅かな気だるさをその身に感じながら瞼を持ち上げた。


「なぁぁぁ!!!」


 一瞬後、何やらトーンの高い間抜けな男性の声が耳に届く。それもとても近くから。
 声に覚えがなくて疑問符が浮かぶ。ゆっくり顔を声の主の方向に向ければ、そこには白衣を身に纏った男が二人。片方の男性はいかにも怪しげなぐるぐる眼鏡を掛けながらもう一方の男性を怒鳴り散らす。


「馬鹿者!」「……これは彼女の――、……ない」「あ……ど、墓に……注意、……ろと!」「間違え……なんて……!」


 まだ完全には覚醒していないのか、声が上手く掴み取れない。
 けれど、どうやら私という存在は彼らにとって『意外』だったようだ。聞き取れた部分だけでもそれだけは確実に理解出来る。
 「彼女」。
 「墓」。
 「間違えた」。
 この三つの言葉から察するに、「人違い」で私は此処にいるようだ。


 何が一体どうなっているのだろう。
 私は自分が何者であろうか思い出そうと記憶の中を漁る。――――だが、悲しくも記憶の底から蘇ってくるものは
『何』もなかった。そう、名前も職業も此処にいる理由も目を覚ます前の記憶も……だ。
 自分は誰で、何をして此処にいるのか。
 じくりと不安が心を黒く染めていくのを感じた。


 頭から肩へと流れてきたのは銀色の髪の毛。
 まっすぐに伸びたそれの先がちくりと肌を刺激した。手を眼前まで持ち上げると、やけに白くほっそりとした指先が目に入る。それは大人の女の手だった。しかも自分が今自ら動かしたはずなのに、何故か他人のもののような奇妙な感覚が襲ってくる。
 どうやら今の自分には『何か』が欠けているらしい。


 空っぽの頭をどうにか起こし、横たえられていた場所から身を起こす。
 ぱさりと身体の上から布が落ち、腰元で皺を作るように折り重なる。その下には何も着用しておらず、裸体だった。慌てて身体を隠すため布を掴んで持ち上げる。それから周囲をぐるりと見渡した。
 その部屋はやけに暗く、そして冷えていた。辺りを見れば何やら医療器具っぽいものや魔術具のようなものが並べられている。加えて自分が今まで横たえられていた床の上には大きな円陣が書かれているではないか。人一人分がすっぽり入りきるほどのそれは魔法陣のようなものであるとすぐに分かった。
 そんな風に現状を観察していると、視界の端に白い山が映った。未だ定まりきらない視界をよりクリアにしようと一度瞼を擦る。


「……ほ、ね?」


 そう、そこにあったのは大量の骨だった。
 それも大きさから推測するに大物だ。少なくとも犬や猫といったものではない。中には肉の破片らしきものが付着しているものだってある。
 私は痛む頭で懸命に考え、答えを導き出す。
 目の前の男性の狼狽っぷり、それから数々の医療器具や魔術具、それにそこから導き出されることと言えば――。


「蘇生は失敗だぁ……」


 闇に零すかのようにぐるぐる眼鏡の男性が呟く。
 カタン、と音を立て、彼は後ろから何かを手に取った。


「お前は彼女ではない。彼女でないなら成功とはいえない……つまり、今回の蘇生は『失敗』」


 ぶつぶつぶつと自分に言い聞かせるかのように男は手にした其れを――――日本刀を鞘から引き抜いた。
 ライトの光に反射して刃の部分が煌く。刀身はまるで氷のように冷ややかに男性の顔を映しこむ。その背後で怒鳴られていた男が見守るかのように一歩足を退いた。
 空っぽの頭でもこれから何が行われるかくらいは判断できる。けれど私の身体は男が振り上げる其れをただ見つめていた。


「失敗作は処分せねば……しょぉぉぉぶぅぅぅん!!!」


 ぐるぐる眼鏡の男が気合を入れるかのように大声で叫ぶ。助手らしき男はぱっと顔を真横に向け、固く目を閉じた。


 だがその時、私の手と足が本能的に動いた。
 振り落とされるその刀を寸前で避け、冷たい床を蹴って前へと飛び出す。そのまま男の手を掴み、刀を奪い取る。眼鏡の奥に潜んでいた瞳が私を一瞬見つめ、そして絶望へと色を変えた。


「ま、まさかっ――ぎゃぁああ!!!」
「うわ、ぁ、ぁあああ!!」


 生温かい感触が二回刀から伝わってくる。
 ああ、自分は今人を斬ったのか。
 そんな風に自嘲的に笑みを浮かべた瞬間――。


『勝者、黒崎 麻吉良!!!』


 一人の男性がその勇ましい声で勝敗を告げる。
 次の瞬間、うわぁあ!! と歓声が沸き起こった。
 応援席についていた観客達が一斉に立ち上がり、興奮した面立ちで私の名を呼んだ。私は持っていたものを――竹刀をゆっくりと下ろし、辺りを見渡す。振り向けば、自分と同じような防具に身を包んだ人物が何人もいた。


 そして応援席の中から一人の少女が私に向かって懸命に手を振っていることに気がつく。
 少女は一生懸命何かを叫んでいるが、周りの音の方が大きすぎて声がかき消されてしまう。けれど私はそれでも良かった。ただ少女がそこにいて、応援してくれていると言うことが嬉しくて堪らない。
 私もまた彼女に向かって手を持ち上げ、届かないと分かっていても言うのだ。
 「私、勝ったよ!」――と。


―― ……だが、私は『現実』に引き戻される。


「ぁ……?」


 冷えた床は容赦なく足先から熱を奪い、転がった器具達は自分の身に何が起こったのかを如実に知らせた。
 先程斬り捨てられた男達はその場に崩れ、ぱくぱくと口を金魚のように動かしながらもやがて動かなくなった。つぅー……と肌を撫でる返り血はまだ、温かい。
 私は起き上がった時に落とした布を拾い上げ、身に纏わせる。流石に血に汚れた男達の服を剥ぐ真似はしたくない。この部屋を出ればもう少しマシな服に出会えるだろう、そう期待して。


 ずきっと痛む頭を片手で押さえながら何度か目を瞬かせる。
 「黒崎 麻吉良」――蘇ってきた映像の中で男に呼ばれた瞬間、自分の心がきちんと反応していた。つまり、それは『私の名前』だ。


 だが記憶の中、私に向かって手を振っていた少女は――誰だ。
 顔は見覚えがある。むしろ懐かしささえ感じていた。……けれどそれだけだ。それ以外のことは何も分からない。少女が自分にとってどういう存在であるかも、何処にいるのかも全く……だ。
 思い出そうとする度にまるで記憶に鍵を掛けられたかのように頭痛が走る。


「あの人は……いったい……」


 まるで『長年歩いていなかった』かのように足がふらつく。
 先程の俊敏な動きが嘘のようだった。仕方なく壁に寄りかかるようにしながらも私は死体の転がる部屋を後にする。一歩一歩前に前進すればやがて身体が馴染んだのか、壁に頼らずに歩けるようになった。
 ぎゅっと手に力を込めれば、日本刀が吸い付くかのように手に馴染む。


 そして私はそのまま一度も振り返ることなく、その場を去った。
 全ての始まりをこの部屋に置き去りにし、記憶の中の少女を探し求めに――――。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7390 / 黒崎・麻吉良 (くろさき・まきら) / 女 / 26歳 / 死人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちはv
 今回は発注有難う御座いました!
 ぐるぐる眼鏡の男にちょっと心惹かれつつ、黒崎様の魅力を引き出せるよう頑張らせていただきました。黒崎様の視点で見た「始まり」を表現したく、一人称で書かせて頂きました。その中でも出来るだけ何故「人違い」が起きたのか分かるように、でもあまりにも不自然にならないよう表現出来たかなと思います。
 これからの黒崎様の活躍を期待しつつ、今回はこの辺で失礼致します!