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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


Midnight tag



 デスクの上に投げっぱなしにしてあった煙草の箱に手を伸ばし、草間・武彦は相手に一言声をかけてから一本抜き取って火をつけた。 深く吸い込んだ煙が肺に広がり、思考のために熱くなっていた脳を急速に冷やしていく。
 テーブルを挟んだ向かい側には、脂ぎった顔に媚びるような卑屈な笑みを張り付かせた50代半ばごろのスーツの男と、零の出したココアの入ったカップを両手に、上目遣いでこちらをジっと見つめる一人の少女が座っていた。
 6歳だと言う彼女は、足首まであるストレートの長い髪をしており ――― 今はその髪をお尻の下に敷いて座っており、武彦は妙にその事が気になっていた ――― こちらを窺う大きな瞳は銀色で、怪奇探偵として数々の怪異や特殊な能力を持った人間に慣れている武彦は何も感じなかったが、隣に座る男は彼女の瞳の色を恐れているのか、少女がチラリと男を見るだけで額からは脂汗が滲んできていた。
「明日の朝一番の飛行機に彼女を乗せてくれれば良いのです。もっと言えば、空港まで連れて行ってくだされば結構なんです。三上・忠興と言う男が彼女の到着を待っていますので、彼に預けてくださればそれで良いのです」
「つまり、明日の朝一番の飛行機に間に合うようにそちらのお嬢さんを空港までお連れして、三上・忠興氏に後は任せれば良いと言うことですね?」
「そうです、そうです」
 カクカクと、首が取れやしないかと不安になるほど勢い良く男性は頷いた。
 ――― 妙な依頼だ。この人は、何でも屋と間違えているんじゃないか?
 そうは言っても家系はいつも火の車、目の前に積まれた破格の依頼報酬は捨て難い。 武彦は一瞬悩んだ後に首を縦に振った。
 男は何度も礼を言いながらお金と少女を置いて、依頼理由もロクに話さずに帰って行ってしまった。
 残された札束と可憐な少女を交互に見て、武彦は溜息をついた。 彼は、彼女の名前が氷雨・紫苑(ひさめ・しおん)だと言うこと以外は何も知らない。
 紫苑は銀色に光る瞳を窓の外に投げながら、口を開いた。
「あの人、もうじき死ぬの。すぐ前の道路で、轢き逃げよ。‥‥救急車を呼んでも、助からない」
 寂しそうに呟いたその直後、窓の外で何かが激突する鈍い音の後に、甲高い悲鳴が上がった。慌てて窓の外を見てみれば、路上には先ほどの男性が血を流して倒れていた。
「ね、言ったでしょう? 紫苑、あの人に何度も言ったのよ‥‥それなのに‥‥」
「君はいったい‥‥?」
「紫苑はね、人の死が見えるの。死亡予定日、大体の時間、場所、原因、そしてその死がどのくらいの確立で起きるのか。 あの人は、紫苑の忠告を無視して、100%になってしまったの」
 銀色の瞳が、武彦の頭の上に向けられる。
「貴方の予定日は今日。時間は夜。‥‥夕方と夜が混じり合っているような時間よ。場所はココ。原因は、何者かに後ろから刺されて。100%よ」
「その“死の予言”が当たる確立は?」
 寂しそうな顔で、紫苑が首を振った。
「貴方が助かるには、まず第一に夜にここにいないこと。そして第二に、紫苑から離れること。 彼らは紫苑を追っている。紫苑の能力を利用しようとしている。 例え貴方が第一の難を逃れても、死の予定はすぐに書き換えられる」
「つまり、依頼を放棄しろと?」
 コクンと頷いた紫苑を横目に、武彦は煙草を口に挟むと彼女に聞こえないように小さく舌打ちをした。 彼女の特殊な能力を欲しがる乱暴な輩は、それこそ掃いて捨てるほどいるだろう。 自分がいつ・どこで・どうやって死ぬのかが分かっているならば、逆を返せばそこに行かなければ助かるということになる。
「‥‥依頼は放棄しない。確実に君を明日、三上さんの元に連れて行く」
「でも‥‥」
「一度受けた依頼は必ず達成させる。信用問題に関わるからな。それに、子供を不幸な目に遭わせるのは好きじゃない」
 でも‥‥ ――― 何かを言いかけそうになる紫苑を制し、武彦は口の端を上げた。
「もっとも、一人じゃ荷が重いから、誰かに手伝ってもらうけどな‥‥」


* * *


 携帯電話を耳に押し当て、シュライン・エマは部屋の中央で暫し息を詰めると、矢継ぎ早に指示を出した。
「事務所内にある衣服や、鞄‥‥折り畳めるものもあったわよね、確か。それを全部揃えておいて欲しいの。私も用意を整えたらすぐに行くわ。それから、お菓子でも何でも良いから、何か食べるものを零ちゃんにお願いしておいて」
 零ちゃんは安全な場所に行かせるのよね? そんなシュラインの問いかけに、武彦が低く頷く。
「今、別のヤツに子供用の服を買いに行ってもらっている」
「‥‥‥零ちゃんじゃないでしょうね?」
「そんなヘマをするわけないだろう? どんな相手が彼女の力を狙ってるのかは知らないが、頼んだヤツはそう言うのに精通したプロだ。安心して大丈夫だ」
「そう。それなら良いんだけれど‥‥‥」
 服や化粧品を鞄に詰め込み、シュラインは立ち上がった。
「その様子だと、もう外を見張られているのね?」
「まぁな。彼女が言うには、俺の死亡予定時刻はもう少し後らしい」
「つまり、それまでは誰も入って来ないってことよね?」
「おそらくな」
 すぐに行くわ。 そう告げ、シュラインは通話を終えた。



 顔なじみの八百屋のおじさんに大まかな ――― けれども詳細は伝えないで ――― 理由を説明し、緊急だからと頼み込み、シュラインは彼のトラックの後部に乗り込むと、荷物の運び入れを装ってビルの入り口の、周囲から死角になる位置にトラックを留めてもらい、念入りに周囲を確認した後で幌から出ると興信所に駆け込んだ。
 薄い扉を開ければ武彦が荷物で人型を作っているところだった。 流石は武彦さんねと内心で賛辞を贈りつつ、漆黒の長い髪の少女に目を向ける。
 同年代の女の子から見ても小さい方だと思われる彼女は、髪の毛がかなり長い。小さい顔の中のパーツは綺麗に整っており、目が大きくて可愛らしい。銀色に光る瞳さえ除けば、子役としてテレビに出ていてもおかしくない顔立ちをしていた。
「私はシュライン・エマって言うの。宜しくね、紫苑ちゃん」
「氷雨・紫苑って言います」
 ペコリと頭を下げた紫苑が、シュラインの頭の上を見ると顔を歪めた。
「貴方も、武彦と一緒。同じ時間が出ているわ、シュライン」
「そりゃそうだろ、一緒に逃げるんだからな」
「そうよ、紫苑ちゃん。頑張りましょう」
「‥‥‥どうして貴方達が紫苑に優しくしてくれるのか、分からない。武彦は、信用問題に関わるから達成させるって言った。それと同時に、子供を不幸な目に遭わせるのは好きじゃないとも言った」
 ――― 武彦さん‥‥‥
 優しい武彦の言葉に、胸がじんわりと温かくなる。 シュラインも目の前の透き通った瞳をした少女に不幸な目に遭って欲しくないと、切に思っていた。
「紫苑に関わった人は、不幸になる定め。ずっとずっと、死亡予定が付き纏う。紫苑を狙っている彼らだって一緒。例え紫苑を手に入れたところで、寿命を早めるだけの人もいる」
「‥‥‥三上さんの元へ行けば、君の不幸の連鎖は必ず止まる。 さっき、ちょっと調べてもらっていたんだ」
「三上忠興さんのことね。どうだったの?」
「信頼できる人物だとだけ言っておく。君は三上さんの顔は分かるか?」
「えぇ。知っているけれども‥‥‥顔なんて見なくとも、三上がどこにいるのか、空港に行けばすぐに分かるわ」
「電気は点けっぱなしにしておいた方が良いわね。‥‥‥おそらく踏み込まれるでしょうから、大切なものは‥‥‥」
「安心しろ、大丈夫だ。依頼人から受け取った書類や報告書なんかは、零に持たせてある」
「それじゃぁ、もう行きましょう」
 紫苑の手を引き、トラックの幌に乗り込む。紫苑の長い髪を手早く三つ編にし、クルクルと頭の左右でだんごを作り、可愛らしいピンで留める。白いワンピースから、濃紺のワンピース ――― まるで小学校の入学式に着ていくような、少々大人っぽいデザインだった ――― を着せ、同じ色のピーコートを着せる。 シュラインもシックなグレーのスーツに着替え、武彦もキチンとしたスーツに着替えた。
 路地裏でトラックから降り、八百屋のおじさんに丁寧にお礼を言って頭を下げる。
「いやいや、これくらいならお安い御用だ。今度また、良い里芋とか大根とかあったら連絡するから、買って行ってな!」
「えぇ、ぜひ」
 紫苑の手を引き、丁度前に停まっていたタクシーに乗り込む。 行き先を告げる前から発進した車に、シュラインは武彦の横顔をチラリと見上げた。
「武彦さん‥‥‥」
「一応、何人かに頼んであるんだ。‥‥‥相手の出方次第でルートを変えられるようにも考えてある」
「‥‥‥武彦、シュライン。‥‥‥死亡予定時刻が書き変わってるわ。貴方達の死亡予定時刻は、今から10分後。場所はタクシーの中。銃で撃たれてよ。確率は‥‥‥待って、どんどん下がって来ている‥‥‥」
 紫苑が目を見開き、シュラインと武彦の頭上をかわるがわる見上げる。
 ――― 下がって来ている?‥‥‥どう言う事なのかしら?
 危険から遠ざかっている? いいえ、そんなことは有り得ないわ。だって、場所はタクシーの中‥‥‥
 はっと思い当たる事があり、シュラインは振り返った。 タクシーの後を猛スピードでついてくる黒い車の存在に気づき、武彦の肘をつつく。
「武彦さん!」
「‥‥‥ヤバイことになった」
 武彦の視線は、運転手に注がれている。 帽子を目深に被ったその人物の顔は良く分からないが、右手に光る黒いものはシュラインにも見えていた。
「武彦さんが頼んだ人じゃなかったのね?」
「そうらしい。‥‥‥電話も盗聴されてたって事か?」
 低い声で囁きあいながら、シュラインは背後からつけてくる黒塗りの高級車を注視した。 運転席に一人と、助手席に一人、後部座席にも誰かが乗っている様子だ。
 ――― 死亡の確率が下がっているのと、後ろの車とに関係はきっとあるはず‥‥‥きっと、武彦さんが頼んだのが後ろの車なのね‥‥‥
 裏道を爆走したタクシーは、かなり開けた土地に出た。 左右は畑になっており、ポツポツと作物が植えられている。
 運転手が窓を開け、上半身を外へ出すと背後へ銃を撃つ。 ビクリと震えた紫苑を抱き締め、背後を振り返る。
 銃撃の合間を縫って助手席から男が顔を出し、銃を構える。 構えてから狙いをつけ、引き金を引くまでの時間はやたら短かった。
「安心しろ、腕は確か‥‥‥だと思う」
 武彦のそんな不安を煽るような言葉を聞き流した時、運転席の男性が手を押さえて呻いた。手には血が滴り、持っていた銃はなくなっている。
「‥‥‥二人とも、舌を噛まないように気をつけろ。それから、衝撃に備えてくれ」
 何があるのだろうかと疑問に思いながらシュラインが歯を食いしばり、紫苑を抱えて身を固めた瞬間、ガクリと右側に車体が傾いた。 後輪を失い、バランスが崩れた車が蛇行し、回転しながら畑の中に突っ込む。数発の銃声が響き、他のタイヤも撃ち抜かれる。
 ――― なんて荒っぽい止め方なの‥‥‥!
 運転席でエアバックが膨らみ、武彦に身体を支えられていたシュラインと紫苑が蒼白の顔を上げる。 終わり良ければ全て良しなのかも知れないが、それにしたって九死に一生を得たと言う奇跡感が強い。
「大丈夫でしたか?」
 穏やかな笑顔と柔らかな声と共に現れた男性に、シュラインは目を丸くした。
「か‥‥‥奏都さん!?」
「えぇ。武彦さんからタクシー運転手役を命じられていたんですけれど‥‥‥」
「お前に頼んだ俺が悪かった。まさか“タクシー”って聞いてあんな車出してくるとはな‥‥‥」
「なぁ?言っただろ、奏都!あれはタクシーっつーより、ハイヤーだって、ぜってー!」
 大丈夫だったか?と顔をのぞかせたのは、神崎・魅琴だった。 右手に持った銃からして、彼が助手席に乗っていたのだろう。
「ここは任せてください。奏都さんの言ったとおりにしておきますので」
 銀色のサラリと長い髪に、淡い青色の瞳の少女がそう言って、運転席の男性に駆け寄る。 顔色は悪いが、安堵したような表情からしてどうやら男性は生きているらしい。
「それでは、こちらにどうぞ」
 トランクから荷物を取り、黒塗りの高級車に乗った後で、シュラインは事故現場で携帯を片手に熱弁を振るう少女を振り返った。
「奏都さん、彼女は‥‥‥?」
 二人と一緒にいた以上、夢幻館の関係者に違いないのだろうが、初めて見る顔だった。
「俺の従兄妹で、鏡花と言います」
 従兄妹がいたのね。と言う素朴な感想を飲み込み、シュラインはバッグの中からペットボトルのお茶を取り出して紫苑に差し出した。
「お菓子もあるけれど‥‥‥」
「あぁ、それならこっちにおにぎりがあるぜ?」
 魅琴が差し出したおにぎりをお礼を言って受け取り、紫苑と武彦に配る。 武彦さんがこれも頼んでおいたのかしら?と隣を見てみるが、武彦自身も突然の食事に驚いている様子だった。
「鏡花が気をきかせたんです。きっと急いで出て来ているはずだから、ちゃんとした食事は持って来れてないんじゃないかって」
「そう。鏡花さんにお礼を言っておいて貰えるかしら」
「やー、それにしてもマジ俺様ってば天才? あんま銃って得意じゃねぇんだよなー。でも、一発で相手の腕撃てたし、タイヤぶち抜けたし‥‥‥今度から射撃の練習真面目にやっかなー!」
 助手席から聞こえる魅琴の能天気な台詞に、シュラインと武彦は顔を見合わせて溜息をついた。
「‥‥‥沖坂。頼むから次からは片桐を同乗させといてくれ」
「次も同じような依頼を受けるつもりですか、草間さん?」



 後ろからつけてる奴らはこっちで対応しておくと言い置いて、奏都と魅琴の乗った車は発進した。 丁度来ていたバスに乗り込み、紫苑の首にマフラーを巻くとコートから白のジャンパーに着替えさせる。シュラインと武彦も上着だけをラフなものに変え、人の疎らな車内を眺めた。
 トロンとした目を必死に擦って寝まいとする紫苑に、少し寝ていたら?と囁いて膝の上に頭を乗せる。うとうととしていた目がゆっくりと瞑り、小さな寝息が聞こえてくる。
「ここから電車に乗って、その先はまた車を用意してある」
「‥‥‥紫苑ちゃんは‥‥‥その、親御さんとかは‥‥‥」
「事故死となっていたが、不審な点が幾つかある。その手の者に殺されたと見た方が妥当だろうな」
「そう‥‥‥」
 “紫苑に関わった人は、不幸になる定め”そう言った時の彼女の瞳は、とても寂しそうだった。他者を拒絶したくないのに、拒絶せざるを得ない能力は、彼女の幼い心をどれほどまでに痛めつけているのだろうか。
「降りるぞ」
 紫苑の身体を抱き上げ、バスを降りる。 眉根を寄せた紫苑が目を覚まし、駅に入るとそのままトイレに入った。紫苑に着替えを渡し、自身も男物の服に着替えると髪を乱暴に後ろで一つに束ねた。サングラスをかけ、口紅を取る。 紫苑も男の子の服に着替えており、長い髪はコートの中に入れ、帽子とマフラーで顔の殆どを隠している。
 外に人がいない瞬間を見計らってトイレから出ると武彦と合流する。クシャリと髪を無造作に掻き乱した武彦は、紫苑を抱き上げると低い声で「寝てて良い」と囁いた。
 急行の電車に乗り、空いた席に腰を下ろす。うつらうつらしていた紫苑は眠っており、武彦が難しい顔で足元を見つめている。
「次の駅で降りて、待たせてある車に乗る」
「分かった」
 低い声で頷き、シュラインはだらしない格好で椅子にもたれかかった。
 くたびれた様子のサラリーマンが、チラチラとこちらを見ては首を傾げている。 どういう組み合わせの3人組みなのか悩んでいる様子だった。
 電車が止まり、冷たい風の吹くホームに下りる。整備されていないホームは、どこか素朴で柔らかな雰囲気がした。
 改札を出れば、目の前に白いワゴン車が停まっており、武彦が目配せをしてそちらに足早に近付く。シュラインも彼の後に続いて歩を早めたその瞬間、車が猛スピードで武彦の方に突っ込んできた。
「危ない!!」
 紙一重で車を避けた武彦。目の前に停車した紺色の車の後部座席が開き、武彦が無理矢理乗せられる。駆け寄ったシュラインも腕を掴まれ、凄まじい力で引っ張られてなす術もなく車に乗せられてしまう。
 3人を乗せた車が急発進し、いきなりの展開にパニックに陥っていた頭が、のんびりとした一言で冷やされる。
「ふー、危機一髪だったね、りっちゃん!」
 ピンクがかった茶色の髪が揺れ、愛らしい顔の少女がこちらを振り返る。彼女の顔を見た瞬間、あの凄まじい力の持ち主に気づき、思わず溜息をつく。
「か、か‥‥‥片桐ぃ!?」
「武彦ちゃんにシュラインちゃん、それから紫苑ちゃんだっけー?こんばんわー♪」
「ちょ、もなちゃん、前、前見てっ!!」
 ハンドルを握る片桐・もなは、思い切り後部座席を覗き込んでいる。助手席に座っている京谷・律がワタワタしているが、どうすべきかはよく分かっていないらしい。
「そもそも片桐、免許持ってないだろ!?」
「うん。でも、ゲームは得意だから!」
「かせ!俺が運転する!さっき轢き殺されかけたし、お前に任せてたら死者が出る!」
「だってー、さっきは緊急だったからー! 武彦ちゃんが頼んだ車の運転手さん、眠らされてたんだー。だから、あの車に乗ったら大変だったんだよ!」
「そうなのか?」
「えぇ。奏都から一応行ってみるようにって言われて来たんですけど、来て正解でした」
「‥‥‥武彦、貴方達の死亡時刻は早朝近く。事故死じゃないから大丈夫」
 紫苑がトロンとした口調でそう言って、ゆっくりと目を瞑ると寝息を立てる。
「運転は奏都ちゃんに習ったから大丈夫だよ!」
 ――― そう言えば奏都さんって、前を見てなくてもある程度の運転は出来るのよね‥‥‥
 勿論、出来る出来ない以前の問題として非常に危険なのでやって欲しくはないのだが。
「こっちはあたしに任せて、シュラインちゃん達は眠ってて良いよー!武彦ちゃんに指示された場所まで来たら起こすから」
「俺は心配だから起きてる。そもそも、眠れるはずがない‥‥‥」
 今直ぐにでも車から降りたそうな気配を滲ませながら、武彦が苦々しくそう呟く。
「それより、京谷はどうしてここに?」
 助手席でボンヤリと前を見ているだけの律に、武彦が思わず疑問をぶつける。 カーナビがついている以上、道案内のために同乗しているわけではなさそうだが‥‥‥。
「あ、俺はもなのストッパー役として‥‥‥」
「帰ったら沖坂に、よく考えて人選をしてくれと伝えておいてくれ」
 律ではもなのストッパーにはなれそうもない。 その意見には、シュラインも激しく賛成だった。



 一番危険なのは、空港かも知れない。 武彦の言葉に、シュラインは重々しく頷いた。
 もなと律と別れて数時間、拾ったタクシーは着実に空港へと向かっている。 すでに着替えを済ませていた3人は、持ってきた衣装などをもな達に渡しておいた。
「紫苑ちゃん。危険を感じたら手を二度握ってくれる?」
「分かった。‥‥‥もう直ぐで、日本ともお別れね」
 ポツリと呟いた紫苑が顔を上げ、複雑な笑顔を浮かべるとシュラインの腕に頭を擦りつけた。
「寂しいとは思わないの。この国にはお友達もいないし、ママもパパもいないわ。でも、紫苑は生まれてからずっとこの国で育った。サヨナラするのが、ちょっと悲しいの」
「帰って来れば良い。ウチで良ければ、部屋と食事くらいは出せるしな」
「有難う、武彦。‥‥‥貴方達のような人と、もっと前に会いたかった‥‥‥」
「俺たちの死亡予定時刻は?」
「変わってないわ。早朝近く、場所は空港、銃で撃たれてよ」
「‥‥‥空港での身辺警護は、かなり腕の良いやつに頼んである」
 タクシーが緩やかに空港の前に停まり、シュライン達はお礼もそこそこに車を後にすると自動ドアを抜けた。
「三上さんのいる方は‥‥‥」
 繋いだ右手が強く2回握られ、シュラインは急いで彼女を抱き上げると武彦に目配せをした。紫苑の視線を追えば、椅子に座って新聞を読んでいる男性がいた。新聞紙の向こう側に隠した銃を思い、身を強張らせた時、黒い艶やかな髪が靡いた。誰かがシュラインと紫苑の前に立ちふさがり、新聞紙を呼んでいた男性が何者かによって腕をねじり上げられる。
「危なかったわ。少し前の仕事が長引いたの」
 リディア・カラスがそう言い、グリーンの瞳を細める。
「皆、怪我はない? 冬弥、そっちはどう?」
「安心しろ。ちょっと眠ってもらってるだけだ」
「リディアさんに冬弥‥‥‥」
「ったく、草間も人使いが荒いぜ。俺もリディアも、一昨日から寝てねぇで働きづめだぞ?」
「若いうちにそう言う事を体験しといた方が、人生良いぞ」
「帰って良いか?」
「ごめんなさいね、リディアさんに冬弥。でも、緊急だったのよ‥‥‥」
「あぁ、分かってる。‥‥‥それより、早く行った方が良いぞ」
 前方から歩いてくる黒服達を前に、冬弥とリディアが表情を強張らせる。 二人のそんな表情から想像するに、どうやら相手は特殊な能力がある者達らしい。
「ここは二人に任せて行くぞ。‥‥‥三上さんがどこにいるか、分かるか?」
「こっちよ」
 紫苑の指差す方向に向けて、シュラインと武彦は走り出した。 二人から離れるごとに背後から聞こえてくる複数の足音に気が急く。どうやら相手はそこかしこに張っていたらしい。
「もう少しよ、もう少し‥‥‥」
 ふっと、場の空気が変わったような気がしてシュラインは足を止めた。強い結界の中に入り込んだかのような、不思議な違和感があった。背後から近づいてきていた靴音は消えており、前方には穏やかな顔をした男性と屈強な男達が並んでいた。
「草間・武彦さんとシュライン・エマさんですね」
「貴方が三上・忠興さんですか?」
「はい」
 シュラインの腕からするりと降りた紫苑が、三上に抱きつく。 後ろで控えていた屈強な男性が紫苑を抱き上げ、お待ちしておりましたよと、優しく声をかける。
「紫苑様をここまで連れてきていただき、まことに有難う御座いました。ここから直ぐに飛行機に乗り、彼女を国外に脱出させます。彼女の名は、まだ海外までは届いていませんので当分は安全です」
「あの、三上さんは彼女を引き取ってどのような事を‥‥‥」
「うちの研究所には、人の寿命を見る能力のある子がいます。その子と彼女の能力を合わせ、不当な死に追いやられそうな人には救いの手を差し伸べ、そうでない人には残りの時間を有意義に過ごせるよう手を貸します」
「そうでない人とは‥‥‥寿命や病気の人ですか?」
「はい。‥‥‥彼女のような場合、自分の能力が人の役に立つと、その事を教えてあげる必要があります。自分自身を嫌いになってしまわないように手助けする必要があります」
 きっと彼に任せていたら大丈夫だろう。 シュラインはそう確信すると、深く頭を下げた。
「紫苑ちゃんのこと、宜しくお願いします」
「えぇ、誓って」
「‥‥‥シュライン、武彦。紫苑が日本に帰って来た時は、絶対絶対、一番に会いに行くからね」
 トテトテと走って来た紫苑の身体を優しく抱き、待っているわと囁く。
 三上に手を引かれ、最後まで手を振っていた紫苑を見送った後で、武彦がボソリと気になる事を呟く。
「結局、今の俺の死亡予定日は何時なんだ?」
「武彦さんのことだから、まだまだずっと先なんじゃないかしら‥‥‥?」



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

敵から逃れる際に、誰か手を貸してくれる人をと思い、夢幻館の住人を呼び寄せました
もっとも、役に立っているのか怪しい人も数人いますが‥‥
魅琴の銃の腕はともかく、もなの運転する車には絶対に乗りたくないですね
むしろ敵よりも魅琴やもなの方が危険な気が‥‥
ご参加いただきましてまことに有難う御座いましたー!