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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


I Wish……
 アトラス編集者、三下 忠雄は上司である、碇 麗香にスクープの無理難題を要求され、日頃の恨みを負のベクトルで爆発させる。その事態を察知した闇美術商、石神 アリスはこの機をチャンスとばかりに三下へと歩み寄る。

 ○

 大理石調の壁には、数千万は下らない歴史的絵画がかかっている。フロアにはロココ調のアンティーク家具が綺麗に並んでいる。どれも国宝級のアンティークばかり。それも、闇美術商としての実力もさる事ながら、莫大な富を背景に収集を行った当然なまでの結果だった。
 しかし、その富をどの様に用意したのか疑問に思う者も少なくない。だが、この部屋の主にはそんな疑問、意にも解さない。
 石神 アリスは、軽快にキーボードを叩き品格の漂う文字列を液晶に並べるとエンターキーを軽く叩いて三下の元へ送信した。椅子に背中をもたれると、傍に置いてある石像をじっと見つめる。
 悲痛な、そしてどこかすがる様な少女の石像を。
 アリスは確かに石像を見つめているのだが、その石像をモチーフに想像力をかきたてていると言った風、心ここにあらずだ。
「……」
 聞き取れないが、言葉を発している様だ。微かに動く口。形を追っていく。
 レ・イ・カ。
 アリスは視線だけを動かして、壁に貼られている碇 麗香の写真を見つめた。
 モニターが明滅。さっきのメールが返ってきたようだ、アリスはメールを読むと僅かの間思案、唇を釣り上げると先ほどの雰囲気から一変、超高速でタイピングを始めた。
 アリスの胸からどす黒い情欲がたぎる。
―次はどんな絶望を私に見せてくれるの?
「ねぇ、教えて?」
 モニターに問いかける。もう、アリスには麗香の石像しか見えていなかった。

 ○

 翌日、忠夫が指揮する部隊と合流したアリスは事前に打ち合わせしていた作戦の確認だけをすると足早に定位置についた。
 十八時が過ぎる。アトラス編集部がテナントとして借りているビルから麗香がスポーツカーで出てくる。ビルの屋上から麗香の動向を窺っているアリスがトランシーバーのスイッチを入れる。
「予定通りです。各自慌てず対応して下さい」
 アリスは状況を淡々と眺め、冷静に且つ無駄を省いて指示を出した。結局、感情的に掲示板に書き込んで扇動していた忠夫に代わって指揮をとる羽目となっていた。むしろ、事を進めやすくなるのでよしとしよう。
 アリスは、トランシーバーの電源を切るともう一つのトランシーバーにスイッチを入れた。
「追手がそちらに。麗香さん、お加減はいかがですか?」
「可もなく不可もなくよアリス」
 麗香の声を聞くだけで背筋が震える。咳を一つついて、気持ちを整える。
「風邪かしら?」
「いえ、お気になさらず。では、予定通りに」
「了解」
 無線を切ると、アリスはビルから天を仰いだ。日没を過ぎ、夜の帳がアリスを覆う。そして麗香さんあなたの瞳も程なく闇しか写さなくなる。
 軽快な足取りで、ビルの谷間を飛び越えて移動を始めた。

 ○

 港の倉庫、そこには先ほどあった麗香の車が廃車寸前の状態となって乗り捨てられていた。フロントガラスはクモの巣状にひび割れており、ボディは数十か所凹んで波うっている。
 麗香は、ボンネットに腰かけると束ねた髪を解いて口をあんぐり開けた。
「お疲れの様ですね」
 麗香は声の方へと構えると、アリスは笑いを洩らして麗香へと近づいていく。
「お陰様で」
 一歩退く麗香。
「私の作戦完璧でしたでしょう? 忠夫さんの部隊は全員壊滅」
 ダメだ、アリスはそう思いながら表情がひきつるのを我慢出来ない。
「そうね、まんまと貴方の作戦に引っかかって私も三下も踊らされたのよね」
 首を傾げるアリス。何を言っているのと、可愛く見せるもどこか妖艶だ。
「あなたの事は調べました。随分闇社会じゃ幅を利かせているじゃないの」
「まぁ! 私に関心を抱いて下さったの?」
 思わず手を叩くと、倉庫にパチンと破裂音が響いた。
「石神 アリス。美術館長の母を持ち、美術商としての知識・コネクションもさることながら出所不明の莫大な財を奔放に振る舞い。ありとあらゆる美術品を収集する」
「ええ、ええ」
 何度も頷いて楽しそうに麗香の言葉を聞きいると、パンプスの踵で石を小突く。
「気づいたのは最近、貴方が通う学校の女子生徒、貴方と接触した後、謎の失踪を遂げてる。そして、フランスの闇市で高値で取引されていた少女の石像―」
「私がその女子生徒を石像に仕立ててしまったとでも?」
「そうよ、試しに私にやってみせなさい。アルジェリアだろうと、南極だろうと取引で何処へ飛ばされても生還してみせるわ」
 アリスはきょとんとすると、口を結んで眼をうるませた。
「とんでもない、貴方を売り払う真似なんて出来ませんわ。だってそうでしょう?」
 首を伸ばして、麗香を見つめる。
「貴方は一生私のモノなんだから」
 アリスの瞳が紫色にゆらめく。麗香はとっさに車のボンネットを開けて回避運動をとると一瞬でボンネットが鼠色に石化していく。
「っく!」
 思っていたより強力な代物だ。視界に捉えるだけで、任意の物体を石化にするとは。背後を取る以外応戦のしようがない。
 麗香は持ち得る思考力を総動員して、次の行動を考える。後ろは幾重にも貼られたトタンの壁。目の前には石化したボンネット。つまりは、右か左のルートを取る事になる。二分の一で助かる。が、二分の一でアウト?
―おかしい。
 麗香は直感で今に違和感を感じた。いくら麗香の思考力が飛びぬけていても、このコンマ数秒の間にアリスが行動をおこさないはずがない。身体能力だってずば抜けているのだ、それこそ一足跳びで―。
―一足跳びで……。
 麗香が顔をあげた時には勝負は決っしていた。アリスはボンネットの上に足を揃えて佇んでいた。
 考えるよりも先に麗香は突き飛ばそうとアリスに飛びかかる。
 結果は見えていた。魔眼を全身に浴びた麗香は一瞬で下半身を石化、腹部から上へと状態変化していく速度も凄まじい。
「さんしたぁああああああああああああああ!」
 麗香の怒号が響く。どこからかシャッター音が聞こえる。
「スクープにしないと次はアンタが石ぞ……」
 そこで麗香の口が石化してしまった。
 アリスは屈辱に染まる麗香を見つめて果てそうになっていた。三下なんかどうでもいい、後で海に捨てればそれで。
 アリスは目を細めて完全に石化した麗香の全身を撫ぜた。
「ああ、心が満たされていく。分かるわ、私の心が融解していくの」
 歓喜のあまり膝を震わせ、麗香の石像へともたれた。
 数分酔いしれたアリスは、ボンネットを引きちぎりトランクを数度殴打して変形させた。
―三下がトランクから出て来れないように
 石像を軽々ともちあげ後部座席へ乗せると、キーを回してエンジンを吹かす。
「三下さん? 貴方はいらないの。私の心には必要ないのよ?」
 アリスは車内で高笑いをあげると、倉庫を後にした。

 その後、二人を見た者は誰もいない。



 【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【七三四八 / 石神 アリス / 女性 / 十五 / 学生】


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■         ライター通信          ■
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 ども! 三度目の受注ありがとうございます! 吉崎です。今回はアリスの完全勝利という訳でしたが、如何でしたか?
 実はこの話には色々と設定があるのですが、文字数の関係で今回はアリスの眼に映る全てで表現しようとしました。
・実はアリスの噂を確かめるために麗香がわざと三下に発破かけていた。
・アリスは麗香の思惑を理解した上で、あえて乗ってきた事
・麗香は自分は石化される事を覚悟の上で三下に託した
 等など、この話は楽屋トークの多いものとなっております。これらの節を削って表現しましたが、その名残は微かですが残っています。良かったら、細かく読んで頂きたいと思います。
 では! アリスが次のターゲットを見つける日まで!
 ではでは!