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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Alice in Wonderland 〜Caprice in the world〜


 黒冥月は、気付けば見知らぬ場所に居た。
 どうして自分がここにいるのか、ここに来る前に何をしていたかも思い出せない。
 ただ、己の意思でここに来たわけではないことだけは分かっていた。
「おや、冥月サンじゃないですかァ」
 唐突に、冥月の前の空間に、薄く笑いを浮かべた顔が現れた。
 それはあまりにも突然で――影を使っての移動が出来る冥月にはそこまで驚くことではなかったが、あまりにも奇妙な出現だったので――一瞬言葉を失った。
「冥月サンに与えられた役割は『アリス』みたいですねェ。ちなみに俺は『チェシャ猫』で、明が『白ウサギ』です。他にも、知り合いが『役割』を振られている可能性はありますけどね?」
「……何を言っている?」
 意味のわからないことを話す男――吉良ハヅキにそう言えば、吉良は至極楽しげに答えた。
「『不思議の国のアリス』の舞台なんですよ、ここは。まあ、厳密にはそれに似た世界、ですけどねェ」
 その言葉を聞き、思わず冥月は深い深い溜息を吐いた。
(また厄介事に巻き込まれたか…)
「恐らく冥月サンが『アリス』として何らかのアクションを起こせば、『世界』も満足して元のトコに返してくれるでしょう。ってワケで、とにかくどっか行ってみてください」
 ひらひらと手を振られる。そのまま『チェシャ猫』はすぅっと姿を消した。
「言うだけ言っていなくなったな、吉良の奴…」
 いなくなった奴のことをどうこう言っても仕方ないので、とりあえず吉良の言葉を整理してみる。
 ここは『不思議の国のアリス』によく似た『世界』。
 ここに来た者は『役割』を振られ、冥月は『アリス』、吉良は『チェシャ猫』、日向明が『白ウサギ』らしい。
(ん? 『アリス』…?)
 『アリス』と聞いて思い浮かべるのは、ジョン・テニエル画のアリスだ。
 いかにも可愛らしい少女、と言った風なエプロンドレスを着た、少し気の強そうな少女。
「私が『アリス』だと言うのなら、あの衣装を着なければならないのか…?」
 誰にともなく呟く。
 うっかりその衣装を着た自分を想像してしまった冥月は、慌てて頭を振った。
 冥月は服は黒しか着ないから色的にも在り得ないし、普段着るのはクールなスーツが殆どだから種類的にもちょっと在り得ない。というか在って欲しくない。
 心の中で『いやそれはやっぱりありえないだろう』と否定した冥月だったが、次の瞬間その顔を驚愕に染めた。
「な、何だこれは…!」
 そう、彼女は自分が思い浮かべた通りの『アリス』の格好になっていた。
 身体を見下ろした瞬間にぐにゃりと着ていた服が歪み、色味も形状も全く違う服に変化したのだ。在り得ない。
 超絶似合わない、と冥月は思った。
 しかし替えの服はない。右を見ても左を見ても見知らぬ場所――世界が違うのだから当然ともいえるが――の、しかも人っ子1人見当たらない森だ。いつの間に風景が変わったのかも分からない。
 勝手の違う『世界』で、この状態の冥月が取れる行動など限られている。
「仕方ない…」
 苦々しい口調で冥月は言う。
「さっさと終わらせてやる!」
 殺気を撒き散らしながらものすごい勢いで歩き始めた冥月のこめかみには、くっきりと怒りマークが浮かんでいたのだった。

  ◆

「ぶッ…!!」
 思い切りよく吹き出す声が聞こえて、冥月は猛烈な勢いで進めていた歩を止める。
 一体どこから聞こえたのかと辺りを見れば、不自然に建っている塀の上によくよく見知った人物が居た。
「……草間」
 不安定に塀に腰掛けているのは草間武彦だった。
 特に外見が変わっているということはないが――腹を抱えて苦しげに笑っている。
「なっ、んだ、その格好…! 『アリス』、――っか?」
 笑いにより所々途切れながらも草間が紡いだ言葉はそれで。
 冥月のこめかみに青筋が浮かんだ。
 自分だって好きでこのような格好をしているわけではないし、それを草間も分かっているだろうに、この反応。
 冥月は怒りのまま、思い切り、手加減なしに、彼を殴り飛ばした。
 その勢いで草間は塀の向こう側に落ちた――はずだったが、何故か音がしない。
 不思議に思った冥月の前に、再び『チェシャ猫』の吉良がすぅっと現れた。
「あーらら、草間サンは帰っちゃいましたかァ。まぁ、『ハンプティ・ダンプティ』を割り当てられた時点で、何もしなくても帰るだろうとは思ってましたが…こんなに早いとはねェ」
「『ハンプティ・ダンプティ』? あれが?」
 どこも変わったように見えなかったために何の『役割』か分からなかったが、草間は『ハンプティ・ダンプティ』だったらしい。
「イレギュラーだったんで、『役割』があってないようなものだったんでしょう。ここは『不思議の国』であって『鏡の国』じゃありませんし? 存在が不安定なんで帰りやすかったんでしょうねェ」
 うんうんと頷く吉良。その姿がまたしても足から少しずつ消えていっている。
「ま、とりあえず好きに進んでください。このまま行くと会うのは――『帽子屋』ですねェ。そう経たないうちに『世界』も満足してくれそうですよ」
 意味ありげな笑みを残して、吉良は消えた。
 一体どういうつもりで現れては消えているのか……冥月には分からない。
 考えても仕方ないので、そのまま道なりに進んでゆく。
 と、今度は前方から大きなシルクハットが――正確には大きなシルクハットを被った小さな人影が近づいて来るのが見えた。
「ねーちゃ、きた!」
 ぱたぱたと危なっかしく走り寄ってくるそれは、小さな子供。ずり落ちそうなシルクハットを抑えて、水色の髪から覗く瞳を喜色に染めて近づいてくる。
「クライア?」
 驚き名前を呼べば、さらに速度を増して走り寄ってきた。
「ねーちゃ、『アリス』」
 そして自分自身を指すクライア。
「『ぼうしや』なの。なぞなぞ、出す」
 懸命なその姿に微笑ましい気分になりながら続きを待つ冥月。
「んと、『いちたすいちは?』」
 冥月は、固まった。
 本来『帽子屋』の出す問いかけは、答えのないもののはず。しかし、クライアの問いかけは簡単すぎる。というかそもそも謎々とはいえない。
 果たしてこれに答えてしまっていいのか――そして一生懸命『役割』を演じようとしているクライアが、冥月が簡単に答えてしまうことにショックを受けはしないかと悩む。
 そして数秒の思案の後。
「………」
 冥月は無言でクライアの頭をなでた。
 クライアは嬉しそうに笑う。
 ―――人はそれを、『ごまかし』と言う。

  ◆

 クライアと別れて尚も進む。いい加減この格好から解放されたい。
「あれ、冥月さん。こんなところにいたんですかぁ」
 ひょい、とウサギ耳を生やし、懐中時計を持った少年が現れた。
「ああ、ここに携帯があったらなぁ。冥月サンの貴重なコスプレ写真としてプレミアつけて売りさばくのに〜」
「お前は…!」
 本人を目の前にして色々問題のあることを言うウサ耳少年――日向明に、冥月は隠すことなく怒りを露わにする。
 しかし殴ろうと近づいた途端、明はまさしく脱兎の如く走り去った。
 『世界』の違いの為か影を使うことはおろか、普段よりもかなり身体能力が制限されているらしい冥月にはそれに追いつき捕まえることは難しい。
 しかし今、冥月は『アリス』だ。追いつけなくとも白ウサギを追いかけることで帰ることができるかもしれない。
 そうしてとにかく『白ウサギ』の明を追いかけた冥月は、気付いたらまた違う場所にいた。よくはわからないが室内らしい。
 いくら追いかけるのに必死だったとはいえ、室内に入って気付かないはずはない。『世界』が何かしたのだろうかと考える冥月の視界には、兵隊――服にトランプのマークと数字が入っていることからすると『トランプ兵』だろう――と、何か派手な衣装を着た少女、その近くに立つ『白ウサギ』、そして少女の前に跪く、否、跪かされている騎士の格好をした少年が見えた。
 何か色々足りないし場所も違うが、なんとなく雰囲気で『ジャックの裁判』の場面だろうかとあたりをつける。
 だとすると『女王』も『ジャック』も冥月の知り合いだ。シエラとフィノ。昼と夜とで姿が変わる彼らは、同時に並び立つことはない。なのでいささか奇妙な気分だ。
「判決はどうだっていいの! とにかくフィノの首を刎ねて!」
「いや、流石に首切りはやめて欲しいんだけど…」
「でも『ハートの女王』って首切り大好きなんだもの」
「それはそうなんだけど。この世界で起こったことが元の世界に影響しないからって、それは酷いよシエラ」
「こんな夢みたいな世界より、あたしは早く元の世界に帰りたいの! とりあえず裁判終わらせちゃえば2人とも帰れるんだからぐだぐだ言わない!」
「いや、うん、確かに手っ取り早いんだけどね…」
 そんな感じで言い争っている。とりあえず裁判には見えないが、言っている内容はけっこう危ない。
「シエラ、フィノ。一体何をしてるんだ」
「あなた…」
「冥月、さん?」
 どこか呆然と、シエラたちが呟く。
 声をかけた冥月に、その場の視線が一気に集まった。
 数秒後――いや数分後かもしれない。沈黙が降りた室内に、至極楽しげな声が響いた。
「ふふふ、ダメですよ冥月さん〜。『女王様』の邪魔をしちゃ。まあ、『アリス』としては申し分ないんですけどねぇ」
「今ので『世界』も満足したみたいだな。……ちなみにこの世界は『夢』みたいなものですから、起きても覚えてないでしょうねェ。元の世界にも何ら影響は与えませんから、心配しないで下さい。服も戻りますんで」
 視界が歪む。
 ぐるりと世界が反転する。
 吉良と明の声だけが聞こえて、そしてそれも遠くなる。
 なにかが『ありがとう』とささやいた気が、した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、冥月様。ライターの遊月です。
 今回は「Alice in Wonderland 〜Caprice in the world〜」にご参加いただき有難うございました。

 この『世界』はいかがだったでしょうか。
 クライアもシエラもフィノも久々の登場で、なんだか書いていて懐かしい気分になりました。
 一部プレイングを反映出来ませんで申し訳ありません…。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 それでは、本当にありがとうございました。