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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夢の中から

■オープニング

「夢を見たんだ」
 草間の目の前に座る男はそうつぶやいて草間を見た。彼はやつれており顔色も悪かった。
 草間は男の言っている言葉の意味がつかめず、眉をゆがめることしか出来なかった。だが、彼の身に尋常ではない事態が起こっているのは目に見えて明らかだった。
「夢?」
「ああ、いつも見る夢なんだ。俺が夢の中から飛び出して、ある女に呼び出される夢。その女はとても妖艶で、俺はついつい彼女に身を任せるのだが、この頃ボーっとすることも多いし、体の調子が悪くて、このままじゃ殺されるかもしれない」
 彼の瞳の中には恐怖という感情がありありと浮かんでいた。
「頼む、助けてくれ」
 必死の形相で頼まれ、命の危険があるとなったら助けないわけにはいかないだろう。
「怪奇専門じゃないんだがな」
 草間は溜息を吐き出して、彼に言った。
「わかった。詳細を教えてくれ」
 草間が詳細を男に聞こうとしたとき、突然インターフォンが鳴った。また来客かと、出鼻をくじかれた草間が頭をかいた。そんな彼の様子を知ってか知らずか、「はいはいはーい」と声を上げながら快く零が玄関の扉を開く。
「ふはははっ、高校生魔女見参! 遊びに来てやったぞ、草間!」
 そこにいたのは、フードで顔を隠した怪しげな少女・黒塚魅夜だった。
「あ、魅夜ちゃん」
 零はさらに頭を抱えた草間のほうを見もせず、魅夜を室内に招き入れた。魅夜はつかつかと室内に遠慮なく踏み入ると、男に視線を向けてから、草間のほうへ向き直った。
「む、客か?」
「ああ、そうだよ。みりゃわかるだろ」
「キミ、何の依頼でこいつのところに来たんだ?」
「あ、えーっと」
 物怖じしない魅夜の態度に男は少したじろいだ。おびえた依頼人の態度に、草間が頭を抱える。
「おいおい、勘弁してくれよ。今から仕事の詳細を聞くとこなんだ」
「じゃあ私も一緒に聞く。いいだろ?」
「たく、しょーがねーな」
 草間はあきれたような顔をして、魅夜を隣に座らせる。それから気を取り直して、男に再び向き直った。
「すまんな。話してくれ」
「あ、ああ」
 一度言葉を切ってから彼は話し出す。
「夢を見るようになったのは、三日前から。いつも夢だけに女が出てきて、起きているときは何もない。ただ、朝は体の疲れが取れずにだるくて……。どんどん気分や体が重くなっていくんだ。こんな体験初めてで、医者に相談しても原因不明で、どうすればいいかわからなくなってしまったんだ」
「三日前、か。何か心当たりは? 例えば人に恨まれてる、とか」
 びくり、と男の頬が引きつった。草間はそんな男の変化を目ざとく見つける。
「そんなことは」
「本当か? 本当のことを言ってもらったほうが、調査しやすいんだがな」
「……俺が、美しすぎるから」
「「はぁ?」」
 男の予想外の言葉に、魅夜と草間は思わずはもってしまった。男は二人の冷たい視線も気にせず、額に指を当てながら憂いの息を吐き出した。
「俺に思いを寄せる女性が多すぎて……もしかしたらその一人かも知れない。いや、嫉妬した男という可能性も……心当たりが多すぎて、わからない」
 胸に手を当てて、恍惚な表情を浮かべる男を白い目で眺める二人。だが、男はそんな二人の視線を諸共せず、自分の世界に浸っている。草間は気を取り直すように一度咳き込むと、口を開いた。
「とりあえず、今夜、自宅にお邪魔させてもらってかまわないか?」
「ああ」
「じゃあ、今夜」
 頷いて、依頼人の男は草間興信所を後にした。
 男が帰ってから、ソファーにふんぞり返っている魅夜が口を開く。
「相手はサキュバスだろうな」
「ああ、その線が有力だな」
「よし、私も手伝ってやる。サキュバスなら、魔女として契約する価値があるからな!!」
「まぁ、お前の力を借りられるのは助かる。その方面に関する知識もあるし、ちょうどいいとこに来たな」
「おう、任せろ」
 魅夜が自信満々にしていると、零がケーキと紅茶をお盆にのせてやってきた。
 それを目ざとく見つけた魅夜が瞳を輝かせる。
「おお! 零ちゃん、気がきいてるな」
「魅夜ちゃん、甘いもの好きだったでしょ? ちょうどケーキがあったから」
「わーい」
 嬉々としてケーキにフォークをつきたてる姿は愛らしく、普通の高校生にしか見えなかった。草間はタバコをふかしながら、その様子を眺め、ぼそりと呟く。
「ったく、怪しげな風体の癖して」
「黙れ!」
 魅夜の傍にあったクッションが草間の頭を直撃したのは言うまでもない。

***

 日も落ちて、男の家へと草間たちは案内された。男のアパートはそこそこきれいで、今どき流行りのデザイナーズマンションというものだろう。赤い外壁が目にまぶしく、思わず魅夜は顔をゆがめた。
 男の部屋は二階の奥で、階段を上がって一列になって部屋へと向かった。
「ん?」
 途中、魅夜の視界に飛び込んできたのは駐輪場に居る女だった。そこそこ美しい容姿をしているその女は、凄い形相で魅夜たちを見ていた。正確には男を、だが。魅夜と視線があうと、彼女ははじかれたように駆け出した。
「ははーん。あいつか」
「何気持悪い独り言いってんだ」
「気持悪いのは己の顔じゃ!」
 すかさず茶々を入れる草間に対して、魅夜が彼のわき腹にこぶしを叩きつける。
 痛がる草間を無視して、魅夜は得意げに唇を吹いた。
 男の部屋に上がる。
「案外、キレイな部屋だな」
 男の部屋を見た草間が感想を漏らす。
 魅夜がフードを脱ぐと、男の目が魅夜に釘付けになる。それに気付いた魅夜は怪訝そうに顔をゆがめた。
「ん? なんだ」
「あ、いや、きれいな子だったんだなぁと思って」
 照れたように言う男を無視して、魅夜は「さっさと寝ろ」と男を蹴り飛ばした。緊張感のない空気に、草間が脱力する。
「とりあえず、寝ろ」
「あ、はい」
 二人に言われ、男はベッドに入った。電気を消し、魅夜と草間は床に座り込んだ。
「とりあえず、私は護りの魔方陣をベッドの傍に描く」
「ああ、たのむ」
「まぁ、魔方陣を描いても出てくるもんは出てくるだろうがな」
「とりあえず、何もしないよりはマシだろう」
 草間は魅夜の言葉にそう言って、白いチョークで床に魔方陣を描いた。
 描ききってから、ちらりと男の方へ視線を向けると、彼はもう眠っていた。そのことを草間に視線で伝えると、二人は男の方へ視線を向けたまま、壁に寄りかかった。
 しばらくそのまま時がたち、時計の針が二周する。
 突然、部屋の空気が変わった。
 二人ともそのことに気付き、身を堅くする。緊張がその場を包み込んだ。
 部屋の中に紫色の煙が現れ、それがゆっくりと男の上に集まろうとした。だが、魔方陣が金色の光を放ってそれを阻止し、紫色の煙は部屋の隅で固まった。ゆっくりとそれは人の形を取り、美しい姿の女になった。女は顔を上げ、長い髪をかき上げると、憎憎しいといった表情で魅夜と草間を眺めた。
「ちょっと、あんたら? 邪魔なもの描いたの」
 黒いビキニを着ただけの美しい肢体を惜しげもなくさらしながら、女は二人に近付いていった。
 魅夜の眉がピクリ、と上がる。
「生気が吸えないじゃない」
「いやぁ、俺らはあいつに依頼されてきたんだよ。このままじゃ、自分が危ないってな」
「だってぇ、私を召喚した女に死ぬまであいつの生気を吸ってもいいって言われてるんだもの」
「退治されても吸い続けるっていうの?」
 魅夜がにやりと嫌な笑いを浮かべながら言った。魅夜の言葉に女の顔が歪む。
「どういう意味?」
「何人もの人間の生気を平等に吸ってれば死人は出ないだろう。死人が出たら最後、私たちのような者が、退治に来る。それをすべて回避することはキミにできるかな?」
「……脅すつもり?」
「別にその女とは契約はしていないのだろう。だったら義理立てする必要はないのではないか、ということを言っているんだ。生きるために生気を吸っているだけならば狙われることもないだろう」
「……」
 女は下を向きながら、魅夜の言葉をかみ締めているようだった。魅夜の言っていることはもっともであり、女もそれがわかっているのだろう。しばらくそうした後、ため息を吐き出して、肩をすくめた。
「やれやれ、だわ。わかったわよ。そんな男のために殺されちゃしゃれにならないものね」
「じゃあ」
「人を殺すほど生気を取ったりはもうしないわ」
 草間と魅夜は顔を見合わせて、微笑みあった。
「それじゃあ、今回は見逃すよ」
「ええ、そうしてもらうと助かるわ」
 草間の提案に女は深く頷いた。そして、また紫の煙になるとそのまま姿を消す。
 女の居た形跡はどこにもなくなっていた。
「よかったのか?」
「ん?」
「契約しなくて」
 草間に言われ、魅夜が頷いた。
「だって、胸が大きくて気に入らないからな」
「あっそ」
「そうそう」
 魅夜はそういいながら、眠っている男へ近付いた。そして、チョークで額に何か記すと、にやりと笑う。
「何した?」
「気にするな。じゃあ、仕事も終わったし、行こう」
 二人はそのまま男の部屋を後にした。

■数日後

 魅夜の携帯に草間から連絡が入った。
「はい」
『魅夜! おまえ、あの男の浮気がわかるような魔法陣を描いただろ!』
「ん、ああ。相談に来た?」
『しつこいんだよ! どうにかしてくれ』
「浮気をやめればいいことさ。私は知らないな。キミで何とかしてくれ」
 魅夜は電話越しにまだ喋っている草間を無視して携帯の電源を切った。
 彼女の顔には満足そうな笑顔が浮かんでいた。


エンド

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6693 / 黒塚・魅夜 / 女性 / 16歳 / 高校生魔女、メデューサ】

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■         ライター通信          ■
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夢の中から、完成しました。
もしよろしかったらこれからもよろしくお願いします。