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<東京怪談・PCゲームノベル>


◇青春流転・壱 〜立春〜◇


 ひら、と視界を横切ったそれを、名護玲は最初雪だと思った。
 暦の上では立春とされていても、まだまだ冬の様相を呈している。雪が降っても不思議ではないと思ったのだ。
 しかし偶然玲のてのひらに落ちたそれは、冷たさを伝えることも溶けることもなく、依然としてそこにあった。
 そして気付く。それは雪ではなく、――桜の花びらだったのだと。
(どうして……)
 疑問に思う。
 この季節に桜が咲くことはいくら温暖化が進んでいるといってもありえないだろう。ならば狂い咲きの桜があるのだろうか、と考える。
 しかしこの周辺に桜の木が植えられていた記憶はない。不思議に思って周囲を確認した玲は、驚きに小さく息を呑んだ。
 先ほどまでいたはずの場所とは明らかに違う空間に、玲は居た。
 青い青い、空のものとも海のものともつかぬ青が周囲に広がっている。
 そして、ただひとつ、ぽつりとそれ以外の色彩があった。
 導かれるようにそちらへと足を向ける。
 近づけば、その色彩は満開に狂い咲く桜と、その下に佇む和装の人影だったことが分かった。
 近づく玲に気付いたらしいその人がゆるりと振り返り、さらりと青銀の髪を揺らして、微笑みかけてきた。
「ようこそ、迷い方。しばしの間、こちらで私のお相手をしてくださいませんか。狂い咲くこの桜は美しいけれど、1人で眺めるのはやはり、……寂しいですから」
 その笑みは儚く、散る桜と相俟って、今にも空気に溶けて消えてしまいそうだ、と玲は思った。
 玲は初対面の人間に対して積極的になれる方ではない。無意識に身体が竦んでしまうのを感じながら、玲は口を開く。
「ここは、どこ…? あなたの、お庭、ですか」
「どこ、と問われると、返答に窮しますね。ひとまず、私の庭というわけではありません。……そうですね、私の一族が所有する場、とでも言えばいいでしょうか」
 そこまで言って、その人はああ、と小さく声を上げた。
「自己紹介を忘れていましたね。私の名はソウと申します。一族は式家といいますが…少々特殊な一族なので、世間的な知名度は皆無に等しいかと」
「……名護・玲、です」
「名護玲さん、と仰るのですか……よい響きのお名前ですね」
 ふわり、とソウと名乗った男は笑った。
「――それで、この場なのですが、ここは誰でも足を踏み入れることが出来るわけではなく、それ故に、足を踏み入れた人はしばし留まることを強要されてしまいます。つまり、しばらく名護さんはここから出ることが出来ない、ということになりますが…」
「出られ、ない?」
「はい。あまり長い間ではないはずですが……私もそう詳しいわけではないので、断言は出来ません」
 ソウの申し訳なさそうな様子に、優しそうな大人の人だ、という印象を受ける。
 故に、玲は少し警戒を解いた。
「…ここは、閑かで。きれいで。すごく、好き、です。だから、…来れて、よかった、です」
 瞳を細め、はにかむ玲に、ソウは少しだけ驚いたような顔をした。
 玲が警戒を解いたのを感じ取ったからなのか、それとも他の理由があるのかは分からなかったが、その表情が少しだけ意外で、その表情を引き出せたことを嬉しく思った。
 ふ、とソウの背後の桜を見つめる。
 満開に咲き誇るそれはとても美しく、幻想的で、玲はほぼ無意識に言葉を発していた。
「桜、きれいです、ね」
「――そう、ですね。この桜は咲く年が決まっているので、私もこうして咲き誇る姿を見るのは初めてなのですが……確かに、綺麗ですね」
 一瞬、ソウの瞳に複雑な感情が過ぎったような気がしたが、玲がそれを確認する前に、それは綺麗に隠されてしまった。
 それに対して何か言おうかと思った玲だったが、すぐにその考えを打ち消した。会ったばかりの人間が踏み込む領域ではないだろう。
 そして数秒の間を置いて、考えたのとは別のことを言う。
「あ…私の、声…聞き難くて、ごめんなさ、い」
 吃音を気にしながら告げれば、ソウは「いえ」と緩く首を振った。
「聞き難い、などということはありません。――むしろ、とても綺麗なお声ですので、もっと聞かせていただけたら、と、そんなことを考えていました」
 かっ、と顔に血が上るのを感じた。臆面もなくそういうことを言われると、戸惑ってしまう。
「歌などは歌われますか? きっと、とても向いていらっしゃると思うのですが…」
 自分の様子に気付かない風に話を続けるソウに、幾分か安堵しながら玲は答える。
「たまに、歌う……けど」
「そうなのですか。いつか、聞かせていただければ嬉しいです」
 にこりと笑いかけられて、玲は頷くことも首を振ることも出来ずに固まってしまった。
 人前で歌うのは恥ずかしい。けれど、彼の穏やかな瞳を見ると、拒否するのも悪い気がする。
 そんな玲の心中を察したのか、ソウは静かに苦笑した。
「無理に、とは言いませんから、安心してください。歌は、歌いたいときに歌うのが一番だと思いますし、ね」
「は、い…」
 それからしばらく、満開の桜が散るのを眺めながら、他愛ない話をした。

  ◇

「そろそろ、空間が開くようです」
 彼がそう言ったのは、幾度目かの心地のいい沈黙の後だった。
 大分ソウにも慣れてきていた玲は、その言葉に――このひとときが終わることに、落胆を感じた。
 穏やかに自分を見つめるソウを見上げ、口を開く。
「…帰るの、少し、寂しく、て。…また、会いたい、です」
「――…私も、また会いたいですよ。……これを、どうぞ」
 不意に差し出されたものを、玲はまじまじと見つめる。
「さくら……?」
 そう、それは桜の一枝だった。
 ソウは玲の呟きに頷き、微笑む。
「願掛け、と言いましょうか、記念、と言いましょうか――今日、こうして名護さんと出会えた奇跡と縁に感謝を、そして再び巡り会う機会を得られるように、願掛けを。一度きりの逢瀬で終わらせてしまうのは、あまりに惜しいと思いましたので」
 差し出されたままのそれを、玲は恐る恐る受け取った。瞬間、パッとそれが散って――溶けた。同時に、枝を持っていた手に桜模様の痣らしきものが浮かぶ。
 慌ててソウに視線を向ければ、彼はやはり穏やかに笑んでいた。
「――名護さんに、花の加護がありますよう」
 告げるその姿が空気に滲む。空間が開かれると共に彼が移動しているのだと、何故か分かった。
「それでは、また」
 その言葉が耳に届くと同時に、周りの空気が――景色が変わる。
 街の雑踏。何の変哲もない、日常。
 それが、目の前に広がっていた。
 青い空間も、満開に狂い咲く桜も、どこにも見当たらない。
 ふと見下ろした手に桜模様の痣が見える。けれどそれもまた、すぅっと肌に溶けるように消えた。
 先ほどまでのことが夢だったのかと思えるような、そんな状況で、玲は柔らかに笑んだ。
(『夢』じゃ、ない……)
 鮮明に覚えている。色彩も、笑顔も。
 ソウは『また』と言った。『次』があるのだと、玲にはなんとなく分かっていた。
 もう一度痣の消えた手を見て、そして玲は雑踏の中を歩き出した。
 どこからか、桜の花びらがひらり、と舞った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7385/名護・玲(なご・ほまれ)/女性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、名護様。ライターの遊月と申します。
 「青春流転・壱 〜立春〜」へのご参加有難うございます。
 お届けが遅くなりまして申し訳ありませんでした…。

 ソウとの初接触、いかがだったでしょうか。
 多少はソウがどんな人物か知っていただけたんじゃないかなーと思います。
 でもまだまだ色々隠してるので、是非ともこれから明らかにしていってくださると嬉しいです。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。