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<東京怪談ノベル(シングル)>


あの頃の僕等 2

 下校時刻真っ盛りの午後四時、とある大きな本屋。
「………」
 セーラー服姿の少女……赤羽根 円(あかばね・まどか)は、アニメ雑誌などが置いてあるコーナーで、一冊の本を真剣な表情で立ち読みしていた。
 その表紙には、最近テレビでも人気のギリシャ神話や星座をモチーフとした鎧を着て、少年達が戦うアニメのタイトルが特集として書かれている。だが円はその特集のページを飛ばし、後ろの白黒のページを見ていた。
「………!」
 しばしページをめくっていた手が止まり、円は一点を食い入るように見つめる。それは読者のイラスト投稿コーナーで、大きめに載せられているイラストの横には『朱雀小路あんこ』というペンネームが書かれていた。
「やった……一押しで載ってた」
 実は円はイラストなどが得意で、よくこうしてイラストを雑誌などに投稿している。しかし、クラスメートなどに知られるのは不本意なので内緒の趣味だ。今日も辺りをうかがって、学校から少し離れた場所の本屋で確認している。
「他のはどうだろうか」
 投稿している雑誌は一つだけではない。アニメ雑誌にも色々あって、その時々で特集なども違う。円も全ての雑誌に投稿しているわけではないが、それでもお目当ての雑誌は何冊かある。
 そうしながら雑誌を確認していたときだった。
「まーどーかーちゃん」
 真剣に投稿コーナーを見ていたせいで、一瞬、誰のことを呼んでいるのか分からなかった。その声に続き、ポンと肩を叩かれるまでは。
「円ちゃん。こんな所で会うなんて、奇遇だねー」
「なっ!」
 円の肩を叩いたのは、クラスメートの篁 雅隆(たかむら・まさたか)だった。
 雅隆はずっとアメリカに留学していて、高校三年の一年間だけ日本で暮らすことにしたという話だ。学校を休みがちで、人を近づけさせない雰囲気の円にも平気で話しかけてくる、どことなく飄々とした雰囲気の少年でもある。
 どうしてその雅隆がこんな所に。円は読んでいた雑誌を閉じて、振り返った。
「いょーう」
「な、何で篁がこんな所に?」
「本屋さんには本を買いに来るんだよぅ。ここの本屋さん、専門書の扱いが充実してるんだよねー」
 目線を降ろすと、雅隆は何だか重そうで難しそうな洋書などを両手に抱えている。職員室で円が小耳に挟んだ話では、雅隆は小学生の頃から飛び級であちこちの大学などに行っており、どうしてそんな天才がこの高校にやってきたのか……などと言われていた。教室などでそんなそぶりを見せたりはしないが、持っている本を見ると、それも本当の話なのだろうと円は思う。
 雅隆は抱えていた本を持ち直し、円に向かってにぱっと笑った。
「で、円ちゃんはここで何してるの?」
「い、いや……暇つぶしに立ち読みを」
 ここは何としても話題を逸らさねばならない。咄嗟に暇つぶしと言ったのは、自分でもなかなか良かった。後は時計を見て、時間だとか言って……と、短時間の間に色々考えていると、雅隆がくりっと首をかしげる。
「……あんこちゃん」
「は?」
 ……今、何を仰いましたか?
 あまりの衝撃に円が止まったままでいると、雅隆は本を片手に抱え直して、円が最初に読んでいた雑誌を器用にめくった。そして読者投稿ページの一点を指さす。
「これ、円ちゃんだよね? 朱雀小路あんこちゃん」
「………!!」
 人は本当に驚いたりすると、あたふたするらしい。
 どうしていいか分からずに、赤くなったり青くなったりする円をを前に、雅隆はその雑誌を持っていた本の中に加えて少しだけ息をついた。
「取りあえずレジしようか。で、そこのドーナツ屋さんでドーナツでも食べよ。僕、甘い物食べたい」

 やっと円が我に返ったのは、席について置かれたコーヒーの香りが漂ってきた時だった。ドーナツは雅隆が選んだようで、無難なオールドファッションを円は手に取る。
「どうして分かった?」
 もうごまかしても無理だろう。ドーナツを一口大にちぎって食べる円に、雅隆は口の端にクリームをつけたまま顔を上げた。
「僕もあの雑誌たまに見てるの。で、書き文字が似てるなって……円ちゃん、字綺麗でしょ。あと、朱雀小路ってのが円ちゃんぽいなって」
「……口の端にクリームついてるぞ」
「わお。おべんとだ」
 ハガキに色々とメッセージを書く人もいるが、基本キャラ名等しか書かないのに良く分かったものだ。ペンネームに関しては……考えつかなかったので仕方がない。
 自分がハガキを書いていることは内緒なので、学校のノートの端にも出来るだけイラストは書かないようにしていたのに。
「てゆか、日本のアニメ面白いよね。アメリカとかもカートゥーンあるけど、完全に子供向けでストーリーとか似た感じだし、絵もくどいし」
 そんな雅隆の話を聞きながらも、円は何だか落ち着かない。内緒にしていた事がばれたというのもあるが、この店に学校の誰かや知り合いが来たらと思うと気が気でない。
「円ちゃん、落ち着こうよぅ」
「私は落ち着いている」
「同じドーナツ二個目だよぅ。オールドファッション僕も食べたい」
「わ、私はこれが好きなんだ」
 正直ドーナツなどどうでも良くて、この状況を何とかしたい。その時だった。
「………?」
 微かな邪気。
 ウインドーを背にしていた円が振り返ると、空には暗雲が立ちこめ始めていた。それなのに、妙に静かな気配がする。
「お天気悪くなってきたねぇ」
 いや、違う。
 天気が悪いのは、何か邪な物が呼び出されているからだ。そしてその気配を円は知っている。
「篁、外に出よう」
「うん、分かった。本濡れるから、雨降らなきゃいいんだけど」
 突然外に出ると言ったにもかかわらず、雅隆は素直に円の前に出た。そしてドアを開けようと金属で出たドアノブを触る。その瞬間、パチッという小さな音がした。
「大丈夫か?」
「あうー静電気」
 これで確信した。
 自然現象ではない。以前円は、地下鉄内で雷獣に襲われそうになった雅隆を助けたことがある。その時の雷獣は封印したのだが、今度はそれを喚び出した「誰か」が雅隆を狙ってきたのだろう。店の中にいたら狙い打ちされる。
「この辺りか……」
 円は雅隆を後ろに駐車場の奥へ歩いた。そしてスッと天を仰ぐ。
 完全に空が雲で覆われているわけではない。空の隙間から見える日差しに眩しそうに目を細めると、円は何もいない空間をじっと見つめた。
「隠れていても私には分かる。出てこい」
 どこからか遠雷が聞こえてきた。すると円が声を掛けた場所から、不意に女が現れる。
「のこのこと出てきてくれて助かったわ。二人揃って消し炭にしてあげる」
 刹那。
 目も眩むような稲光と、轟音。円はそれが来ることを確信していたように、天に向かって右手を挙げた。
「朱雀! 天高く飛ぶ火の鳥よ、我が名に応えよ!」
 円の後ろで目を瞑っていた雅隆がそっと片目を開けると、自分達の真上から日が差し込んでいることに気がついた。そして円が挙げた手の上に、赤く燃える鳥が留まっている。
 この日差しが結界となって、雅隆を守るだろう。だが目の前にいる者は倒さなければならない。円が手を下ろすと、火の鳥が刀の姿を取る。
「東京に仇なす者は、私が討つ」
「……もしかして、あなたが東京を守る四神の一つ、朱雀の巫女なのかしら」
「答える必要はない」
 女の手にも雷で作られた剣が握られていた。風が吹き抜けると同時に、二人が一気に距離を詰める。
「円ちゃん!」
 雅隆が叫んだ。
 剣を交える円の頭上めがけて、雷が落ちようとする。円の目の前で、女が不敵に笑った。
「素直に戦うと思って?」
 それを聞いた円がふっと息をついた。
「同感だ」
「何……?」
 真っ直ぐ落ちる雷の下、鳥が飛んできた。そして纏った雷を炎に変える。
「私も素直に付き合う気はない。これで終わりにしよう……消し炭になるのはお前の方だ」
 一瞬の出来事だった。
 鳥が纏った炎が、円と女を包み込む。悲鳴を上げる間もなく女が炎に崩れ落ち、風と共に消えていった中には円しか残っていなかった。
「円ちゃん、怪我とかない?」
 ある意味惨劇とも言える状況なのに、雅隆はいつものように笑い円に近づいてきた。先ほどまで暗かった空も、いつの間にか晴れている。   
「篁こそ、大丈夫か?」
「うん。僕はこーゆー事良くあるから」
 その言葉を聞いて、円は疑問に思っていたことを口に出す。
「狙われるのは、篁の家の子だからか?」
 それは東京に代々伝わっている名前。
 歴史の裏に残る、由緒正しい名。
 その言葉に雅隆がいつもの調子で笑う。
「んー、どうなんだろ……もしかしたら、そうなのかも知れないね。今残ってる篁の直系は、僕入れたら四人だから。今のところ僕と弟と、爺ちゃんとお母さん」
 そう言って指を折り、一瞬何処か遠くを見るような目をした雅隆が円に向いたときは、いつもと変わらない表情だった。
「でも、きっと大丈夫だよ。取りあえず、死ぬまで生きなきゃね」
「そうだな」
 たとえ狙われているのが円が考える理由だったとしても、それならば守ればいい。失ってはいけない人間であれば生き延びる。少なくとも、円にとっては守るべき友人であることは確かだ。
「あんこちゃんのイラストとかマンガも、まだ見たいしねぇ」
「………!」
 忘れていた。
 円は慌てながら、雅隆の制服の裾を掴む。
「そ、それに関してはクラスの皆には内緒で頼む」
「何で?」
「どうしてもだ」
 雅隆の口が軽いとは思わないが、これはやはり内緒にしておきたい。それに、最近円につきまとっているアホにはもっと知られたくない。
「んじゃ、僕と円ちゃんの秘密にしとくね……あ、今度僕にも何か書いて。こっそり持ってるから」
「分かった分かった」

 ……それから随分経って。
「ドクター、何見てるんですか?」
「んー、アニメの本」
 研究所の椅子に座って、雅隆はアニメ雑誌を読んでいた。ぱらぱらと最初のページをめくり、真ん中の白黒のページを見て目を止め、嬉しそうに笑う。
「ドクター、お客様です」
「あーい、今行くー」
 何を見て笑ったのかは、多分二人しか知らない。

fin