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<東京怪談・PCゲームノベル>


◇青春流転・壱 〜立春〜◇


(雪?)
 ひら、と白いモノが視界を横切る。白を基調にした和装の少女――歌添琴子は思わず立ち止まった。
(いえ、『桜』でしょうか)
 偶然てのひらに落ちたそれを眺め、思う。
 けれどこの周囲に桜が植えられていた記憶はない。そもそも暦の上で立春とはいえ、この時期に桜が咲くことはないだろう。
 では狂い咲きの桜が在るのだろうか、などと考えつつ桜の花びらから視線を外し――気付いた。
「これは……?」
 思わず声を漏らす。
 琴子の周囲は、青く染まっていた。先ほどまで居た空間とは明らかに違うと分かる。
 一体どうしてこのような事態になったのか――戸惑いながら視線を彷徨わせれば、青以外の色彩が目に入った。
 導かれるように近づくと、その色彩の正体は、満開の桜と、その下に佇む人物だった。
 ゆるりと振り返ったその人は、さらりと青銀の髪を揺らして琴子に微笑みかける。
 その姿に、はっと息を呑んだ。
「ようこそ、迷い方。しばしの間、こちらで私のお相手をしてくださいませんか。狂い咲くこの桜は美しいけれど、1人で眺めるのはやはり、……寂しいですから」
 穏やかに細められた紫苑の瞳が、琴子を映す。
 静かな春の青空を思わせるその人に、心が揺れるような、不思議な気持ちを抱いた。
 そのことに内心で戸惑いながらも、琴子は咲き誇る桜に視線を移して口を開く。
「桜の色のなんとまばゆいこと……見事な花ですね。このように美しい桜をひとり占めできて、嬉しいと、そう思うことも出来ましょうに。私は何故かこの空間へ招かれた者。あなた様と面識はございませんが、それゆえに何のしがらみもない。寂しいと申されますなら、心置きなくお話くださいませ」
 琴子の言葉に、その人は一度驚いたように瞬いて、それから改めて笑みを浮かべた。
「有難うございます。……見ず知らずの私にそんな言葉をかけてくださるとは、お優しいのですね」
 柔らかな微笑みに、自然と琴子も笑みを浮かべていた。
「私の名はソウと申します。一族は式家と言いますが……少々特殊な一族なので世間的な知名度はないに等しいかと」
「私は歌添琴子と申します。よろしくお願いいたします、ソウ様」
 丁寧に礼をした琴子に、ソウと名乗った人物も頭を下げる。
「この空間が開くまでの間でしょうが、よろしくお願いします」
 告げられた内容に疑問を覚え、琴子は首を傾げる。
「空間が開く、とは…?」
 問えば、ソウは目を丸くし、そして苦笑した。
「ああ、すみません。説明していませんでしたね。……この場所――空間は私の一族の所有なのですが、少し変わっていまして。位相がずれている、といいますか…そう簡単に出入りすることが出来ないのです。それ故に、足を踏み入れた人はしばし留まることを強要されてしまうらしく……そう長い間ではないと思うのですが、私も詳しいわけではないので、断言は出来ません」
「そうなのですか…」
 薄々感づいてはいたが、自分が『日常』とは乖離したところに来てしまったのだということがはっきりした。家業のこともあってそういうことに触れることは少なくないが、自身が意識せずに入り込んでしまった、そのことを少しだけ不思議に思う。
 穏やかに笑むソウを、琴子はじっと見つめた。その背後でひらひらと花びらが舞う。
 ソウ曰く『位相がずれている』から桜が咲いているのか、それとも別の理由があるのか――ふと気になって、気付けば口を開いていた。
「この桜の狂い咲きと、あなた様がこの空間に居られることは関係があるのでしょうか」
 そこまで言って、立ち入りすぎただろうかと不安になり付け加える。
「……立ち入ったことを聞いて、お気を悪くされたらごめんなさい」
 恐縮する琴子に、ソウは軽く首を振った。
「いえ、気を悪くすることなどありませんから、謝られずともよろしいですよ」
 告げられた内容にほっとする。
 そんな琴子に柔らかい笑みを向け、ソウは続ける。
「狂い咲きとの関係は、『あります』とも、『ありません』とも言い難いですね。一族外の方がここに足を踏み入れることが出来るのは、この桜が咲いたときだけだと聞いています。そして桜が咲くのは当主が『あること』を宣言した後の『立春』の時期だけだと。そして桜が咲いている間、私はこの空間に居なければならない――ある意味では、関係があると言えますね」
「『あること』とは…? 差し支えなければ、教えていただけますか?」
「――…『儀式』、です」
 そう答えた瞬間のソウの瞳は、とても空虚だった。
 それは本当に一瞬で、琴子がそれを確認する前に綺麗に覆い隠されてしまった。
 琴子は尋ねて大丈夫なのかと不安になりながら、恐る恐る尋ねる。
「『儀式』?」
「はい。当主の言によって行われる、一族にとってのみ意味のある儀式です。季節ごとに担当者を据え、二十四節気に合わせて準備を進めて儀式を為す……そういうものです。私は『青春』――春の担当者なのですが」
 琴子から視線を外し、ソウは桜を見上げた。
「夏も、秋も、冬も、もう過ぎ去ってしまいました。私が『最後』だと思うと、感慨深いというか、不思議だというか……妙な心地になります」
 語るソウの横顔はどこか寂しげで、それでいて複雑な喜びが声に滲んでいるように思えた。
 琴子は少し気になったものの、本人に言うのも気が引けて、結局口をつぐんだのだった。

  ◇

「そろそろ、空間が開くようです」
 彼がそう言ったのは、他愛のない話をしているときだった。
 琴子は、その言葉に――このひとときが終わることに、落胆を感じた。
 穏やかに自分を見つめるソウを見上げ、口を開く。
「とても有意義な時間だったと思います。ありがとうございました」
「――…こちらこそ、有難うございました。……これを、どうぞ」
 不意に差し出されたものを、琴子はまじまじと見つめる。
「桜、ですか?」
 そう、それは桜の一枝だった。
 ソウは琴子の呟きに頷き、微笑む。
「願掛け、と言いましょうか、記念、と言いましょうか――今日、こうして歌添さんと出会えた奇跡と縁に感謝を、そして再び巡り会う機会を得られるように、願掛けを。一度きりの逢瀬で終わらせてしまうのは、あまりに惜しいと思いましたので」
 差し出されたままのそれを、琴子は受け取る。瞬間、パッとそれが散って――溶けた。同時に、枝を持っていた手に桜模様の痣らしきものが浮かんだ。
 慌ててソウに視線を向ければ、彼はやはり穏やかに笑んでいた。
「――歌添さんに、花の加護がありますよう」
 告げるその姿が空気に滲む。空間が開かれると共に彼が移動しているのだと、分かった。
「それでは、また」
 その言葉が耳に届くと同時に、周りの空気が――景色が変わる。
 あの不可思議な空間に踏み込む前の――何の変哲もない、日常。
 それが、目の前に広がっていた。
 青い空間も、満開に狂い咲く桜も、どこにも見当たらない。
 ふと見下ろした手に桜模様の痣が見える。けれどそれもまた、すぅっと肌に溶けるように消えた。
 先ほどまでのことが夢だったのかと思えるような、そんな状況で、琴子は柔らかに笑んだ。
 鮮明に覚えている。色彩も、笑顔も。
 ソウは『また』と言った。『次』があるのだと、そう暗示した。
 もう一度痣の消えた手を見る。そっと痣のあった場所に触れれば、ふわりと暖かい気持ちになった。
 どこからか、桜の花びらがひらり、と舞った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7401/歌添・琴子(うたそえ・ことこ)/女性/16歳/封布師】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、歌添様。ライターの遊月と申します。
 「青春流転・壱 〜立春〜」へのご参加有難うございます。
 お届けが遅くなりまして申し訳ありませんでした…。

 ソウとの初接触、いかがだったでしょうか。
 目指す方向については、今のところ好感触、というところでしょうか。
 ソウ自身、まだまだ色々隠してるので、是非ともこれから明らかにしていってくださると嬉しいです。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。