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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


〜遅刻したバレンタイン〜

 ‥‥‥‥恋人、もしくは夫婦が別れる理由というのは、一体どう言ったものがあるだろうか?
 例えば夫が飲んだくれだとか、稼ぎが悪い甲斐性だとか、家庭を顧みなかったり、隠れオタクだったとかこの辺りだろう。
 また、妻の場合でも大差はない。育児に疲れたり夫に愛想を尽かしたり、夫が仕事で家を空けるのをいいことに好き放題したりと、様々である。
 が、しかし‥‥その中でも、両者に共通して最も多いのは、恐らくは浮気だろう。
 どちらも自分の相方に対して不満を持っている時には、ついつい他の異性について行ってしまうことがある。真面目に付き合っている方にとっては耐え難いことだろう。これを切っ掛けにして殺し合いに発展した逸話は、古今東西あらゆるところに存在する。
 それが、些細な誤解だったというオチも、取り立てて珍しいものでは、ない。



 和泉 大和は、自宅の扉を開けるなり、中から漏れ出す異様なオーラに気圧されて硬直した。プロレスラーになったことで危機感知能力が鍛え上げられている大和は、この場がどれほど危険なのかを察知していたが、さりとてその発生源を無視することが出来ず、一歩、家の中に踏み込んでいく。

「‥‥‥‥以外だ。プロレスラーとは、モテるんだな」
「いや、まぁ、これはあれだ‥‥バレンタイン興業の試合だったから、みんなその場のノリで持ってきてたんだよ」

 そう言いながら、大和は踏み込んだ一歩をまた退きながら、左手のチョコの詰まった紙袋を隠すように背後に回し、綾香の視線から隠してしまう。思わずしてしまった行動だったのだが、それではやましいことでもあるのかと思われても仕方がない。
そのことに気付いた大和は、すぐに右手を振って「決して本命チョコではありません」と言う意思表示なのだが、玄関に仁王立ちで待ち構えていた御崎 綾香は、半眼で容赦のない言葉を紡ぎ出す。

「ほう? 他の選手はほとんど貰っていなかったそうだが?」
「なっ‥‥何で知ってる?」
「ついさっき、チーフから連絡が入った。『いやぁ、さすがは大和だ! 俺と違ってモテモテのウハウハではないか! 俺なんか一つも貰えなかったのになぁ! いやぁ、羨ましいなぁ!?』 と、よろしく言っていたぞ」

 チーフの声色を忠実に真似る綾香の姿は面白かったが、大和は欠片も愉快な気分になれなかった。何せ目が笑っていない。顔も分かっていない。半眼で真面目な表情を固めたままで、チーフの『いや、怒ってないですよ? アハハハハ!!』と言う感じの台詞を言い切ったのだ。声が笑っているのに表情が笑っていないため、冗談でも笑えない。
 大和は心中で「あ、あの野郎‥‥!」とチーフに毒突いていた。
 普段は恩師であるチーフに文句を言うことなど滅多にない大和だったのだが、これはまったく別の話だ。チョコレートを貰える大和に嫉妬しての行いなのだろうが、悪ふざけでは済んでいない。済まされるわけがない。
 ‥‥ここ数日、綾香の不機嫌さは、鈍感な大和でも推し量れるほどに分かりやすくなっていた。元から綾香が我慢強い‥‥と言うより、綾香は不満を周囲に悟られないように努めるタイプなので、慣れないと分からない。しかしそれでも隠しきれないほどの異様な空気が綾香を取り巻き、ここ数週間で恐ろしいほどに増大している。

(まずい‥‥これは‥‥本気でまずい)

 大和はゴクッと唾を飲み込みながら、この状況を打開する方法を考えていた。
 多少の問題ならば、その原因を取り除いてしまえば済むことである。が、まさかファンから貰ったチョコレートをその場で断るわけにも行かず、かと言って、仲間内に「チョコレートいりますか?』などと言い出したら最後、「さいですか。良いですよねぇ。一つや二つなくなっても痛くもかゆくもないですもんねぇ」などと嫌みを言われる始末だ。このチョコを始末することは、実質不可能だったのである。
 しかも、綾香の不機嫌さは何もこのチョコだけが原因だけではない。数週間もの時間を掛けてじっくりと強化されていった綾香の不満は、大和が行っているプロレス自体にある。
綾香は、平日は稼業を手伝いながら家事をし、週末の休日にのみ、ゆっくりと大和と時間を過ごすことが出来ると言う生活を送っている‥‥のだが、現実はそこまで優しくない。
そもそもプロレスなど、多くの観客に来て貰わなければならないような試合は大抵が週末に行われる。デートがあろうと旅行の予定が入っていようと、まさか選手が欠場するわけにはいかない。まして大和は、まだデビュー一年と経っていない新人なのだ。一つでも多くの試合に出場しなければならない時期なのだから、まさか組まれた試合を断るわけにもいかない。
 ‥‥‥‥デートや旅行、些細な買い物の時間すら共有出来ず、綾香の不満は溜まる一方だった。しかも、そんな大和がとれた長期休暇の日程は、何と年末だったというのもある。まさか神社の娘(巫女)に、「年末には初詣に行こうか?」など言うわけにも行かず、大和は少しでも綾香の労力になろうと、神社の手伝いに駆り出される始末だ。
 そうして、ろくに休むことなく迎えた試合と練習を繰り返す日々‥‥‥‥恋人らしく振る舞える格好のイベントであるバレンタインデーも試合で吹っ飛び、そして帰ってきたと思ったら、自分よりも先に余所の女性からチョコを貰ってくる婚約者‥‥
 どんなに我慢強い人間でも、怒って当然である。

「ふふふ、そうか。いや、怒っているわけではないのだ。チーフも『大和の試合には、大勢のファンが詰めかけてくれて助かる』と感謝していた。私も嬉しいんだぞ? なにしろ、婚約者が自分の夢を叶えているのだからな。これほど嬉しいこともないものだ」

 ならばなぜ玄関で睨み付けながら仁王立ちをしているのか。
纏っている空気と相まって、これ以上怖い出迎えもない。
 しかし、大和は小さく溜息を付き、綾香に向かってチョコの入った紙袋を差し出した。
 それを見て、綾香は頬をピクピクと引きつらせながら、見せつけるつもりかと文句を言おうと口を開く。が、それよりも早く、大和の方が口を開いた。

「相手をしてやれなかったのは悪かったけど、このチョコについてはお互い様だ」
「‥‥え?」
「綾香へのチョコを、何で俺が受け取ることになるんだか‥‥」

 大和はそう言いながら、手に持っていた紙袋のいくつかを綾香の手に押しつけた。綾香は、手に掛かってくるずっしりと重たい感触に硬直し、それから呆けたように「あれ? え?」と、紙袋と大和を交互に見回した。

「それ、綾香のチョコだぞ。試合が終わってから、ファンにチョコを貰ったのは確かなんだが‥‥そっちは綾香のファンからのだ。今日は綾香は試合会場に来なかったから、俺に渡しておけば良いって思ったんだろ」

 そうして大和は、手に残った紙袋を眺め、溜息をついた。
 全体の量からザッと計算すると、綾香が七で大和が三。試合に出場していた大和よりも、綾香の方が倍近い数のチョコをゲットしているのである。
 元々高校時代から数多くのファンを獲得している綾香なのだから不思議ではない。大和も、別におかしいことだとは思わない(何で女が女に贈るのかとは思ったが)。しかし、バレンタインデーに男性である自分が婚約者の女性へのチョコを渡されるとは思うまい。
 表面上は軽く受け流している大和だったが、内心のショックは凄まじかった。
 綾香はしばらくの間、状況が掴めずにオロオロとしていたが、やがて状況の整理が出来たのか、納得したように手を打った。

「え‥‥ああ、そう言うことか。それで、チーフが『それにしても‥‥男にまでチョコを貰うとはね。あいつ、道を踏み外すかも知れないぜ』と言っていたのか」
「踏み外さないって。絶対に」

 大和は頭を抱えて「あとで誤解を解いておかないと‥‥」と呟いた。ちなみに男から綾香宛に送られたチョコは、こっそりとジムに置いてきている。今頃、誰かが食べていることだろう。
 大和は靴を脱いで玄関から上がると、ソッと綾香の肩を叩いた。

「あのチーフには、明日よく言っておくとして‥‥綾香、俺が浮気でもしたと思って、心配したか?」
「‥‥や、そう言うわけじゃない! 大和はそんなことはしないと信じているぞ!」
「そうなのか?」
「そうだ。いや、ちょっとぐらいは‥‥ああもう! 何でバレンタインデーに私がチョコを受け取らなければならないんだ‥‥! あまり私を混乱させないでくれ」

 綾香はチョコの詰まった紙袋を振り回しながら、完全に混乱していた。
 綾香は高校に入った時からアイドルだったのだが、『高嶺の花』として見守られるだけだったため、こういった経験には疎いらしい。顔を真っ赤にして、先程まで大和に向けていた殺気やら不満やらの空気が完全に消し飛び、年相応の少女の表情になっている。
 大和はそんな綾香を見て、自然に笑顔を浮かべていた。
 ここのところ、滅多に見られなかった恋人の笑顔が見れれば当然だろう。綾香もそれにつられたのか、最初は「うー‥‥」と恥ずかしそうに唸っていたが、やがて大和と共に笑い出した。
 先程までの空気は完全に吹き飛んでいる。
 久しぶりの朗らかな笑いを一頻り堪能したあと、大和はチョコの袋をテーブルの上に置いて綾香に振り返った。

「綾香、夕食はもう作ったか?」
「夕食? いや。そう言えば、今日は仲間と一緒に食べてくるのではなかったか? いつもの行き付けの焼き肉屋で」

 綾香は、そう言いながらカレンダーを見た。大和の所属するジムでは、特別なイベント試合を行った時には、大抵スタッフと一緒に打ち上げの宴会を開いている。と言っても焼き肉屋で飲み食いをするだけなのだが‥‥
 バレンタインデーのファン感謝デー試合である。それこそチョコを貰えなかった男達が自棄になって飲みに行ってもおかしくないのに、大和はそれに付き合わずに帰ってきている。
 それはなぜか。

「ここのところ、お互いに忙しかったからな。もうそろそろ夕方だが、これから二人で出かけないか?」
「これからか?」
「ああ。偶には良いだろ」

 大和はそっぽを向いて頬を掻き、「婚約者と一緒に夕食を食べに出かけても、おかしくはないだろ?」と、変なフォローを入れていた。
 綾香は、チラリと台所に目を向ける。

「‥‥そうだな。うん。行こう!」
「よかった。だけど、本当に良いのか? いつもなら、もう用意してるだろ?」
「良いんだ! 今日はどっちにしろ、台所はチョ‥‥いや、何でもない! とにかく用意するから、少し待っててくれ!」

 綾香はそう言うと、バタバタと家の奥に走っていった。大和の家にはまだ綾香の部屋はまだないのだが、それでも“何かした”時のために着替えなどを一式揃えてある。

「別にあのままでも良いだろうに‥‥‥‥」

 そう言いながら、大和は台所に目をやった。
 綾香のことに気を取られてて気付かなかったが、そういえば食事の匂いが感じられない。綾香と一緒に食事を取る時には、大抵良い香りが辺りに広がっているものだが、それがないのだ。どうやら、夕飯は作っていなかったらしい。
その代わり、何か‥‥微かに、甘い香りが‥‥‥‥‥

「大和! はぁはぁ‥‥待たせた!」
「うわっ! あ、ああ、綾香か。何もそんなに急がなくても‥‥」

 台所を覗き込もうとしていた大和は、突然背後からかけられた綾香の声に驚き、文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。綾香はそんな大和の手を掴むと、台所から引き剥がすように引っ張った。それから台所が荒らされていないことを確認し、大和を睨み付ける。

「ほら、大和も試合で汗を掻いただろう? お風呂にでも入ってきたらどうだ?」
「いや、控え室でシャワー浴びたから」
「なら着替えだ! ほら、私の格好と大和の格好では、変なコンビになってしまう」

 綾香はそう言うと、自分の姿がよく見えるように数歩ほど下がった。

「む‥‥」

 綾香は水色の綺麗なシャツの上に白いコートを着込み、純白のロングスカートを履いている。首には小さなペンダントも着け、髪にも、普段は付けていない髪飾りがついている。
 普段から和風びいきの綾香にしては、精一杯のデート衣装。対する大和は、どうせ試合で汗を掻くのだからと適当に選んだよれよれのTシャツとジーンズである。
 並べば美女と野獣だ。ブーイングは免れない。

「分かった。じゃあ、しばらく待っててくれ」
「ああ。ゆっっくりしてきてくれ」

 まるで台所を守るように出入口に立ちはだかっていた綾香は、そう言いながら大和を見送った。

「今のうちに‥‥‥‥」

 大和が自室に入ったのを見届けた綾香は、すぐに台所の中へと入り、包装紙を取り出した‥‥






 日も暮れようとしている中に出かけた二人は、久しぶりのデートを楽しんでいた。
 擦れ違っていた時間を取り戻すかのように笑う綾香は、大和の腕を引いて商店街のあちこちの店を物色した。付き合っている大和も、最初の方こそ「食事に来たんじゃなかったか?」と呟いてはいたものの、しばらくの間見ていなかった綾香の笑顔に野暮な突っ込みを引っ込め、存分に買い物を楽しんでいた。
 ‥‥そうして、時間が過ぎていく。
 元々商店街の類は、夕刻から夜にもなると、店を閉め始める。スタートダッシュの遅かった二人のショッピングも、数時間も回っていると終わりを告げた。

「ふぅ、疲れた‥‥こうして二人で回ったのも、本当に久しぶりだな」

 行き付けの洋食屋で食事を終えた二人は、駅前の広場にまで出向いていた。
 既に商店街の店舗が店じまいを決め込むような時間なのだが、この場所だけは人混みが絶えることはない。
 大和はベンチに座った綾香に暖かい缶コーヒーを差し出し、自分も隣に座り込んだ。

「正月からは、綾香の方が忙しかったからな」
「神社なんだから仕方がないんだ。大和の方だって、正月休みが明けたと思ったらまたプロレスばかりで‥‥いや、この話題はやめよう。今は楽しんでいるんだからな」

 際限なく漏れ出しそうになった愚痴を引っ込め、綾香は両手を小さく上げて降参のポーズを取った。

「大丈夫だよ。もう少ししたら、俺の試合にも落ち着きが出るって、チーフが言っていたからな。何しろ、去年から試合と練習ばかりでろくに休んでなかったからな。その休みも、膝のリハビリとかで潰れてたし」

 大和はようやく完治した膝を叩き、綾香の頭に手を乗せた。

「これからは、もっと相手してやれるから。もう少しだけ待ってくれ」

 綾香は大和に頭を撫でられながら、恥ずかしそうに身を竦めた。
 周囲からの視線が気になっているというのもあるのだが、どんなに忙しく、辛い中でもまだ、こうして想われていると言うことが嬉しかったのだ。
 ‥‥ならば、自分も想いを返さなければならない。愛しい人にばかり頑張らせるようなことは、絶対に、したくない。
 綾香はスクッと立ち上がる。大和は突然立ち上がった綾香に驚いたのか、どうしたのかと反射的に立ち上がろうとした。

 ポンッ

 そんな大和の頭部に、何か、堅い物が触れていた。

「受け取ってくれ。その、一日遅れなんだが、ファンが渡して私が渡さないのはダメな気がするからな。それにせっかく作ったんだし、勿体ない」
「‥‥もう、くれないのかと思ってた」

 大和は綾香が差し出してきたチョコの包みを受け取った。
 封をしていたリボンを解き、赤いラッピングを外して中を見る。ラッピングを解いた先には、箱などはなく、そのままの形で手の平ほどのチョコレートが入っていた。
 ‥‥ハート形のチョコだった。

「綾香、これ‥‥」
「ほ、本当はもっと違う形だったんだ! だが、昨日チーフから電話が掛かってきて、ファンからチョコを一杯貰ってたって聞いて‥‥‥‥これぐらいしないと忘れられるんじゃないかって‥‥‥‥」

 不安になって、ガラにもなく可愛らしい形にしてみたのだ。

「綾香」
「え? ひゃっ!?」

 気が付いた時、大和は綾香の体を強く抱きしめていた。
 不安に駆られていながらも、不満を溜め込んでいながらも想ってくれていた女性に対して、大和は心からの感謝を告げたかった。しかしそれを表せるほどの言葉が思いつかず、抱きしめた。
精一杯の思いを込めて‥‥‥‥
 驚きから硬直していた綾香も、その想いに答えるように抱き返した。
周囲の冷やかしなど耳にも目にも入らない。ただ、二人が違いに、気付かなくても互いに思い合っていたことを確かめられたことが、嬉しかった。

「ホワイトデー、楽しみにしていてくれ。絶対に凄いのをプレゼントするから」
「‥‥ああ、楽しみにしているぞ」

 二人はそう言いながら、いつまでも、幸せそうに抱きしめ合っていた‥‥‥‥









お・ま・け

「そういえば何で今日、チョコを作ってたんだ? 台所から、チョコの匂いがしてたぞ」
「ああ。チーフから電話を受けた時に、ちょうど完成したチョコを持っていてな。思わず握り潰してしまったから、作り直してたんだ」
「‥‥‥‥‥‥‥そうでしたか」

 今度からは、ちゃんと本命以外は断ろう。
 そう、固く決意する大和だった‥‥







★★参加キャラクター★★

5123 和泉 大和
5124 御崎 綾香