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<Bitter or Sweet?・PCゲームノベル>


一文字のエッセンス

□Opening
 迷い込んだ小さな小道。
 見つけた店舗は、小さくて、甘い匂いが漂っていた。
「あら、いらっしゃい。季節柄、でしょうね。貴方も迷い込んできたのね」
 カウンターには、小柄な老婆の姿があった。
「見ての通り、ここはチョコレートのお店よ。甘い甘い、チョコレート」
 確かに、店には色々なチョコレートが所狭しと並んでいる。
「ただ一つ、他のお店と違うところはね、仕上げのエッセンスに、貴方の思い描いた一文字をチョコレートに込める事ができるの」
 老婆は、にっこりと笑い不思議な事を言う。
「さぁ、貴方がチョコレートに込める想いの文字はなぁに? それが、最後の仕上げのエッセンスよ」
 受け取る相手にその想いが届きますように。
 老婆は、願いを込めて一文字のエッセンスを加えるのだと言う。

■01
 何と言う甘い誘惑であったのか。
 香ばしいココアパウダーの匂いに誘われて、黒・冥月は気がつけばふらふらとその店に足を踏み入れていた。小さな店舗では、あふれんばかりのチョコレートの匂いが漂っている。
 店のカウンターにはにこにこと微笑を浮かべる老婆の姿があった。
「いらっしゃい。貴方も迷い込んできたのね」
 いかにも可愛らしい老人、と言うような声色は妙に心に響く。
 しかし、迷い込んできた、という事は――。
「また、妙な事に巻き込まれたな」
 と言うわけで、冥月はやれやれと少しだけ大げさにため息をついてみせた。
 ぐるりと店内を見回すと、カントリー調のディスプレイにリボンや洒落た箱に包まれたチョコレートが並んでいる。
「見ての通りのチョコレートのお店よ。ふふふ、バレンタインデーにお一ついかが?」
「い、いや、私は……」
 チョコレートの香りに包まれた老婆は、笑顔で冥月に語りかけた。
 店内の様子から意図は良く分かったけれど、その手のイベントに自分は無縁だと思う。
 けれど、ああ、何と言う甘い誘惑なのだろう。
 あからさまなハート型のチョコレートから、豪華なデコレーションのチョコレートケーキ、一粒一粒小分けに飾られたトリュフチョコレートなど実に様々なチョコレート達が揃っていた。
 例えば、だけれども、あの棚に飾ってあるガナッシュを口に放り込んだらば、どんなに美味しいだろうか。
「甘い甘い、チョコレートよ」
 ふらふらと手が伸びてしまいそうな冥月の心を見透かしたように、老婆が追い討ちをかける。
 そこまで言うのなら、自分で食べるのもまた良いかと、冥月は一つ頷いた。

■02
「うふふ、ありがとう。そうそう、この店のね他と違うところは、仕上げのエッセンスに、貴方の思い描いた一文字をチョコレートに込める事ができるの」
 さて、チョコレートを選ぼうとする冥月に老婆は不思議な事を言う。
「さぁ、貴方がチョコレートに込める想いの文字はなぁに? それが、最後の仕上げのエッセンスよ」
「一文字、か」
 老婆の言った事を心の中で検討しながら、冥月は考えた。
 贈る相手のいない自分が、一体どんな一文字を籠められるのか。
 はたして、籠める事に意味はあるのだろうか?
 けれど、もし籠めるとするのなら、思い浮かぶ言葉は、一つ。
「『永』だな」
「『永』?」
 カウンターで『永』の文字をなぞりながら、冥月は口の端を持ち上げた。
 永遠に、想いを馳せる。
 永らく、溢れ出す。
 もし、想いを言葉に代えるのなら、『永』と言う文字が一番しっくりと来た。亡き恋人へ、それでも尽きない愛を表すのに、浮かんだ言葉。
「うふふ。永遠の愛か。素敵な恋をしているのね」
「なっ、何故そこまで話が飛躍する……、私はただ純粋にだな」
 『永』と聞いた途端、老婆はきらきらと瞳を輝かせる。身を乗り出して両手を組む様は、まるで恋する乙女……の事情を根掘り葉掘り聞きだす近所のおばちゃんのようだった。
 そこまで喰い付く様な話題だったのだろうか。
 冥月は、少しだけ赤くなった頬をごまかすように手早くチョコレートを選んだ。
 トリュフを数粒と、ガナッシュ数粒が詰まった袋を差し出すと、老婆は笑顔でこれを受け取る。
「それじゃあ、『永』の文字と想いを籠めるわよ」
 そう言って、老婆はぱんと手を叩いた。すると、老婆の手のひらから光が溢れ出す。淡い光はチョコレートを包みこんだ。老婆はそれを見届けてチョコレートの上で手を握り締める。
 次に老婆が手を開くと、その中から『永』と言う文字がさらさらとチョコレートに溶けて行った。
「不思議なものだな」
 冥月は、老婆からチョコレートを受け取る。光に包まれていたので温かいかとも思ったけれど、以外に冷たかった。
「貴方の想いがどうか届きますように」
 老婆の笑顔に、励まされた気がする。
 本当に不思議な事だったけれど、あの人がもういないという事に変わりはないのに悲しみで心が塗りつぶされる感覚がない。ただ純粋に、尽きない愛が自分の心の中にあるのだという事。
 いつかのあの日、花達にさんざんからかわれたからなのだろうか。
 冥月は丁寧に礼を言って店を後にした。

■03
 ことり、と、位牌の前にチョコレートを置く。
 あの時老婆から受け取ったチョコレートは、今日のためにきちんとラッピングした。
 何となく気恥ずかしい気持ちがあり、人差し指でラッピングをつついてみる。
「昔は素直に受け取ってくれなかったけれど……今日は諦めて食べてよね」
 そうは言っても、困ったように頭に手をやる彼の仕草が思い浮かんだ。どんなに沢山のお金を積んでも、どんなに力で締め上げても、この想いだけは誰にも自由にする事なんてできないな、と、改めて思う。
 そう思うと、何故だか自然と顔が綻んだ。
 思い出したらきりがない。
 いつだって差し出したプレゼントを嬉しそうに眺めているのに、なんだかんだと言って受け取るのをためらう。どれだけ焦らされているのかと、やきもきしたのもいい思い出だ。今思えば、彼だってきっと照れていたんだろう。
 ……それでも、最後には、きちんと受け取ってくれたのだけれど。
 冥月は、目の前のガナッシュチョコレートを一つ手に取り、口に放り込んだ。
「あ、美味し」
 口いっぱいに広がる、甘い香り。
 口溶けもまろやかで、とろとろと解けて行く。
 甘くて幸せの味だ。
 あのチョコレート屋は、本当に美味しいチョコレートを提供してくれたようだ。自然と、袋に手が伸びる。
「もう一つ」
 今度は、トリュフチョコレートを手に取り、口に含んだ。
 ココアパウダーが口当たり良く、噛み締めると濃厚なチョコレートの味がした。
 ふと顔を上げる。
 彼が静かに微笑んでいるような気がした。
 不思議な魔法のようなお菓子。甘い事は分かっているのに、やっぱり甘くて驚く。それに、何て幸せな気持ちが溢れて来るのだろうか。
 美味しい。
 そうだ、紅茶でも飲もうか。
 きっととっても幸せな午後のお茶会になる。
「貴方は、紅茶はなしね」
 ごめんなさい、と、彼に断りを入れて冥月は立ち上がった。
 彼ならきっとちょっと拗ねただろうなと思うと、少しだけ笑ってしまった。

■04
 翌日。
 チョコレートを墓に供えるため冥月は出かけた。
 いつものように、慣れた道を歩く。頬を撫でる風は、まだまだ冷たかった。
「あ、冥月さーん。こんにちはっ」
 その寒い中、大きな声が響く。
 真っ直ぐな道の遠くで、花屋の店員鈴木エアが大きく手を振っていた。寒い中、箒を手にしているのは、店先の掃除をしていたからだろうか。吐く息が白く、頬はほんのりと赤い。
 エアに手を振り、冥月は花屋の前で立ち止まった。
「こんにちは、こないだは有難うございました。お鍋、おいしかったですねぇ」
「ああ、そうだな」
 正月早々、二人は奇妙な鍋料理屋で火鍋を食べた。その事を、エアは言っているのだ。辛い鍋が美味しかったのか、エアはしきりに辛いけれどそれが良いと熱弁している。
 ふと見ると、店の中には様々な花が飾られていた。耳を澄ませば、くすくすと花達の笑い声が聞こえてくる。
「丁度良い、花束を一つ頼む」
「あ、はい。どのようにお使いですか? 小さな物なら、すぐにお作りできますよ」
 そんなに大層なものは必要ない、簡単なもので良いと伝えると、エアは頷き冥月を店内へ招き入れた。
 この花屋は、いつ来ても花の笑い声であふれている。他に客がおらず退屈していたのか、冥月が姿を見せると、花達がいっせいに騒ぎはじめた。
「今の時期は、スイートピーやチューリップが沢山入荷しているんですよ。かすみ草とあわせて、淡い感じの花束にしましょうか。リボンをしっかりした色にすれば、可愛く仕上がります」
「任せる」
 そう言われてみると、店の入口のキーパー以外にもそこかしこにスイートピーとチューリップのバケツが並べてある。
 エアは、いくつか花を選んで花束を組みはじめていた。
「ここはいつも賑やかだな」
『今は特別だよぅ』
『そうそう! 卒業式の花束に、あたし達が必要なんだって』
 ポツリと呟く。すると、花達がきゃっきゃと声を上げた。
 卒業式、なるほどなと頷いてやると、また花達が嬌声を上げる。

■Ending
 そうこうしているうちに、エアが小さな花束を抱えてカウンターから出てきた。
「お待たせしました。冥月さんの衣装は黒が基調ですので、これくらい淡い色でもきっと良いと思うんです」
「ああ、ありがとう」
 エアが差し出したのは、淡いピンクと薄紫のスイートピーがかすみ草に包まれている花束だった。墓に供えるにも丁度良いし、悲しい感じもしない。
 店の出口まで、エアは冥月に付き添い、送ってくれた。
「ありがとうございました。また、遊びに来てくださいね」
 笑顔で手を振るエアを見て、冥月はふと思いつき足を止める。
「良い物をやるから、口を開けろ」
「はい?」
 何だろうか? と、首を傾げるエアの口に、例のチョコレートを放り込んだ。
「あ! あまーい、あの、でもどうしてチョコレート?」
「慰霊の様な物かな。食べてやってくれ」
 不思議そうなエアに、冥月はふっと笑いかけて、また歩き出す。不思議そうだけれど、チョコレートを舌で転がす姿が幸せそうでおかしかった。
 花束とチョコレートを抱えて、あの人の墓を目指す。
 冥月の足は、軽やかだった。
<End>

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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黒・冥月様

 こんにちは。いつもご参加有難うございます。
 バレンタインデーはいかがでしたでしょう? 冥月様にとって、少しでも幸せだったのならば幸いです。
 いつもエアの事を気にかけていただき有難うございます。エアにとっては棚から牡丹餅で美味しいチョコレートが口に入り、幸せだったと思います。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。