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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible 2nd ―坤―



 夜。
 嘉手那蒼衣は布団の上で瞼を開く。眠れない。
(……のとは、違う?)
 落ち着かないのだ。なぜだろう? 胸の中がざわつく。
 起き上がった蒼衣は、救いを求めるように部屋の中を見回した。答えは見つかるわけもない。
(…………)
 胸元に手を遣って蒼衣は布団から抜け出した。



 思い出してしまった。
 なぜ今まで忘れていたのか不思議なくらいに強烈な、夜の思い出。
 黒の長髪。黒のカンフースーツ。そして青色の瞳。ダイスと言っていた、あの青年。
(思い出したってことは……私は、彼と契約する意思があるんだろうか)
 よく、わからない。
 上着を羽織って彼の姿を探す蒼衣は、彼に言われたことを考える。
(あたしが死んだら養父母はきっと悲しむ……悲しませたくない。でもあたしは……)
 あたしは――!
 道を曲がったそこに、彼は立っていた。
 ひょろっとした背の高い青年。長い黒髪をひとつに束ね、こちらに背を向けている。夜に溶け込むような男だ。
 荒い息を吐き出し、肩を大きく上下させる蒼衣は、自分がいつの間にか走っていたことに気づいた。
「ん?」
 彼はこちらに気づいて振り向いた。闇の中で、宝石のような瞳が爛々と輝いている。
「……あぁ、一ヶ月前に会ったお嬢さんか。またこんな夜更けに散歩か。うぅむ、危機感がないな」
「はぁ、はぁ……」
「送ってやりたいが、今夜は少し力を使ったからそれもできん。自分が去れば自動的に記憶は完全に消去される。安心しろ」
 そう言って背を向ける。蒼衣は慌ててごくりと喉を鳴らし、話しかけた。
「待って!」
「む?」
 彼は足を止め、こちらに視線を向ける。
 蒼衣は目を少し伏せた。何をやっているのだろうか、自分は。でも。でも。
「……あなたに殺されなくても、明日死ぬかもしれない」
「…………」
「一週間後に死ぬかもしれない。だって、非日常は突然やってくるものだから」
「…………」
 青年はこちらに向き直った。
 必死に言葉を探す蒼衣は、だが視線を伏せたままだった。まっすぐに見られない。
「だったら……だったら、あなたに殺されるという最期がわかってたほうが楽かもしれない。あなたに殺される……想像しきれないけど、夜に飲み込まれるイメージがする」
「ふぅむ。娘さんは想像が豊かだな」
 彼はあっけらかんとした表情で呟く。
「……寂しくなるのも落ち着くのも、夜。あたしにとって夜は特別で、あたしはあなたを夜だと思う」
 顔をあげて見ると、青年はきょとんとした。そして視線を右に逸らし、う〜んと唸る。
「夜、ねぇ……」
「突然命を奪われるのは怖い。でも……あなたという明確な最期をあらかじめ知っているのなら……あなたなら、納得できる」
「…………」
「契約して感染者になっても、必ずあなたが殺してくれるのよね?」
「近くに自分がいた場合は、そうなるな」
「あたしは、あたしは……死ぬ覚悟とは無謀でなく納得だと思う。あたしはあなたに関わりたい。あなたがあたしの覚悟で納得できるなら、あたしに」
 手が震える。こんなにペラペラ喋れるなんて。いや、喋れたなんて信じられない。
「あたしに、あなたの本を預けて」
 青年は、フェイは、しばらく黙って蒼衣を眺めていた。
 精一杯の言葉。精一杯の気持ち。
 そう、自分は彼と関わりたい。その結果の「死」を、受け入れる覚悟はできた。もしも彼が受け入れないのならば、それでオシマイ、だ。
 やがて彼は目を少し細めた。
「娘さん、あんたの『覚悟』、確かに受け取った」
 頷いて、彼は蒼衣に本を差し出す。ハードカバーの、青色の表紙の本。
 そっと手を、どこか恐れるように差し出す蒼衣に、彼は言う。
「名前を訊いていなかったな」
「あ。嘉手那、蒼衣」
「ふむ」
 と、彼は頷いただけだ。
 蒼衣は本に指先を触れさせた。途端、全身を電流が貫いたような衝撃が襲う。呼吸ができなくなり、体が前屈みになった。
 脳が、魂が、全てが汚染され、上書きされていく。無理やりに、侵食される。
「う、ぐっ」
 口元をおさえ、うずくまった。嘔吐したが、元々小食なのもあってそれほどひどくはない。
 気持ち悪い。なにこれ。こんな、こんな強力な……!
 やっと落ち着き、顔をあげる。フェイはこちらを見下ろしていた。苦しんでいても、彼は助けてくれない。彼はダイス。敵を屠るために存在する。主を守るために存在しているわけではないのだ。
「……やはりそれほど本とシンクロはしないか。相性は悪くないが、やはり憎悪が足りないのだな」
 小さく呟くフェイは屈んで蒼衣と視線を合わせる。
「これであんたは自分の本の持ち主となった。共に戦うことになる」
「……うん」
「……ご主人、あんたちょっと暗いな」
 さらりと言われて、蒼衣は苦しい胸元をおさえたまま疑問符を浮かべた。
「生気がないというか、ちょっと悲壮な顔をしすぎる」
「そんなこと言われても」
「はっきり言うが、自分は辛気臭いのが苦手だ。そういう顔で横に立たれたら戦闘意欲が殺がれる」
「…………」
 随分とはっきり言うダイスだ。蒼衣は面食らって反応できない。
「ところでいつまで座っている?」
「あ」
 蒼衣はやっと立ち上がったが、よろめく。それを支えたのはフェイだ。
「ありがと……フェイ」
「これくらいはお安い御用だ。……なぜそんな申し訳なさそうな顔をするんだ?」
「え……? そ、そぅ……かな」
「これから自分とご主人は運命共同体であるわけだ。一時的ではあるが。
 その自分に遠慮をする必要はない」
「…………」
「短い時間だろうがパートナーとなるわけだし、なんでも言い合える仲になれると自分は嬉しいな」
 にっこり笑うフェイは、本当に笑うと幼く見える。
 自分と違って感情に抑制をかけない。屈託のない彼。
 クラスメートたちの前で偽っている自分。流行に興味はないのに話題を合わせるために必死な自分。いつも何かに遠慮している自分。
(フェイは……そういうのは、関係ないんだ)
 不思議だった。こういうタイプの人間に……彼は人間じゃないけど、会ったのは初めてかもしれない。
「……難しいこと言うのね、フェイって」
 なんでも言い合えるなんて、かなり難しいことだ。誰もが表と裏を使い分けている世の中なのに。友達相手にだって、使い分けてしまうのに。
 視線を伏せる蒼衣の頭を鷲掴みにすると、フェイは無理やり顔をあげさせた。
「それは癖なのか、ご主人」
「え? ええ?」
 なに? なにされてるの、自分?
 困惑する蒼衣など気にもせず、フェイはそのまま半ば無理やり蒼衣を歩かせる。
「俯いていては敵は倒せない。ご主人は死ぬ覚悟はできただろうが、これからは敵を倒していかなければならない。暗い気持ちで立ち向かっていけば、負けてしまうぞ!」
「で、でもあたし……戦い方を知らない」
「自分はダイスだ。戦うのは無論、自分の役目。だが自分を使う主にそんな顔をされたくはない」
 そんなこと言われても。
 いきなり明るくなれとか、強引な性格になれと言っているようなものではないか。
 よたよた歩く蒼衣は、自分の家に向かっていることに気づいて視線だけフェイに遣った。彼はこちらを見返す。
「あたし……そんなに暗い顔してる?」
「している」
 ずばり言われてしまい、蒼衣は俯きそうになった。だが頭を掴まれたままなので、それもできない。
「自信がなさそうな顔だ」
「……フェイってはっきり言うのね」
「言わないと伝わらないじゃないか。それともご主人は、自分の心が読めるのか?」
「相手が傷つくとか、思わないの?」
 そっと尋ねるが、彼は平然とした顔のままだ。
「一緒に戦う相手だからこそ言うんだ。そうではない相手に言うものか」
「……パートナー、だから?」
「当たり前だろう。遠慮し合っていては、これから先の戦いが苦しくなるだけだ。ご主人ももっとやる気を出せ」
 それが『戦う覚悟』だと、彼は言っている。
 夜道を歩く蒼衣は、誰かに見られやしないかと冷や冷やしてしまう。頭を掴まれて歩く女子高生と、怪しげな男の組み合わせは、通報されても不思議ではない。
「ご主人は住んでいる家から出る気はあるのか?」
「…………は?」
 唐突になんだ???
「今すぐとは言わないが、出る準備をして欲しい」
「……どうして?」
「『敵』を倒すためだ」
「…………」
 呆然とする蒼衣の様子に気づき、彼はこちらを見てくる。無邪気そのものの瞳だ。
「なんだご主人、不思議そうな顔をしているな」
「……そう、かな」
「ダイスとしては至極まじめな意見なのだが……。
 いきなり色々言うのもご主人には混乱の元か。ではご主人の趣味は?」
「え……? えっと、絵を描く……ことかしら」
「絵か! 先ほども思ったが、ご主人は詩人であり芸術家か……」
 勝手に納得しているフェイに、蒼衣はついていけない。
「詩人じゃないし、別に芸術家じゃないんだけど」
「そうか? だが自分を夜に例えたりしたではないか」
「あ、あれはその、焦ってて」
 後から考えたらかなり恥ずかしいことを言っていたような気がする。かぁ、と頬が火照った。
(あたし、変なこと口走ったような? ど、どうだったかな)
 はっきり覚えていないので、さらに困る。
「愉快な例えで、なかなか自分は楽しいぞ」
「ゆ、愉快? 夜に例えたのが?」
「自分から見れば、自分は夜とは程遠い存在だからな。自分はただの殲滅の道具。
 そういえばご主人はよく夜に見かけるな。徘徊癖でもあるのか?」
「そんなことはないけど……」
 家の前に着くと、フェイは手を離した。
「では一月後にまた」
「え? ど、どうやって」
「『敵』が出現すれば、自分は本から出てくる」
 本と言われて蒼衣は視線を自分の右手に遣る。フェイから渡された、彼の本だ。
「でもあたし、まだ何もわからないけど」
「大丈夫だ。そのために自分がいる」
 笑顔で言われて蒼衣は彼を凝視する。彼は味方、なのだ、自分の。
「では」
 蒼衣の余韻など関係なしにフェイは姿を消してしまった。突然のことに蒼衣は「ええっ?」と声をあげてしまう。
 どこに???
 きょろきょろと見回すが、彼の姿はどこにもない。
 ……夢?
(なわけ、ないよね。こんなにはっきり覚えてるし……)
 蒼衣は家の中に戻っていったのである。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7347/嘉手那・蒼衣(かでな・あおい)/女/17/高校2年生】

NPC
【フェイ=シュサク(ふぇい=しゅさく)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉手那様。ライターのともやいずみです。
 フェイと無事に契約できたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。