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<東京怪談・PCゲームノベル>


◇白秋流転・肆 〜秋分〜◇


「…お久しぶり、そろそろ来ると思ってた。でも別にボクは君にして貰いたい事なんてないけど?」
 自身の住むマンションから出てきたみゆきは、唐突に登場した人物にもその人物が放った言葉にも、さして驚くでもなく冷静に返した。
 そんなみゆきにその人物――ハクは、意外そうに目を瞬く。
 しかし毎度毎度こういう風に現れられては、いい加減慣れる。
 それに、みゆきは前回会ったときから少々考えていることがあるのだ。
 ハクはみゆきと『仲良くなる』ことで、目的――『自分を殺してもらうこと』を達そうとしている。
 ならば、みゆきがハクに構わなければ、ハク曰くの『殺してもらうための条件』が整わずに、目的は達成されないのではないか、と。
 なので、前回から構わないキャンペーン中なのだ。前回はハクの体調が悪いことに気付いてつい構ってしまい、ちょっと失敗してしまったが、まだまだ絶賛継続中である。
 ……絶賛継続中、なのだが。
「ってゆーかマンション前って何!? 出待ち?!」
 耐え切れずにつっこんでしまった。
(構わないでおこうって思ってたのに! …でも仕方ないよね、だってマンションから出た瞬間にだよ!? 偶然とは思えないしっ!)
 心の中で誰にともなく言い訳するみゆき。ハクは不思議そうに首を傾げて、それから小さく笑った。
「……もう、そうやって話してくれないかと思った」
 どこか寂しげに呟かれたそれが、ハクの心からのものだと、何故か分かった。みゆきは無意識に息を呑む。
「杉森さん、この間逃げたでしょ? さっきも、なんかそっけない態度だったし。イヤになったのかって、思った」
 おかしいな、とハクは笑った。自嘲するような笑みだった。
「分かってたつもりだったんだけどな。気付くとは思ってたんだ。それくらいなら分かるだろうと思って話したし。それでも、仲良くして欲しいって思ったのがいけなかったのかな。こんなつもりじゃ、なかったのに」
 ハクは笑っている。…けれど、みゆきには、苦しそうに見えた。
 かける言葉が見つからないみゆきに、ハクは仕切りなおすように笑顔を浮かべた。
「まぁいいか。杉森さんがこうやって、ボクと向き合ってくれてるなら。――というわけで、『して欲しいこと』教えてよ。なくても、作って。何でもするからさ」
 にこにこと笑いながらそう言われても、特にして欲しいことなどない。
 というか、先ほどの言葉について訊くタイミングを逸らされた気がする。気がする、というよりは、確実に逸らされたのだろう。
 触れて欲しくないのだということは容易に分かる。しばし迷って、結局みゆきはそれに関して触れないことにした。
 そして自分が何のためにマンションから出てきたのかを思い返し、改めてハクを見る。
「今から買い物行くつもりだったの。ハク君は荷物持ちね!」
 びしっと指を突きつける。一瞬きょとんとしたハクは、すぐに破顔した。
「オッケー。よろしくね、杉森さん」

◇ ◆ ◇

 買い物といっても、ショッピングというよりは日用品の買出しだ。なので、ハクが荷物持ちに加わったことでかなり楽になった。
 みゆき1人には――というか女の子にはちょっと重いお米なども遠慮なく持たせる。
 けして力があるように見えないハクだったが、結構軽々と持っていた。やっぱり男の子だなぁ、と実感する。
(…でもあんまりいじめるのも可哀想だし、途中で休憩入れよっかなー)
 確か最近出来た美味しいクレープ屋さんが近くにあったはずだ。
 そう考えて、あらかたのものを買い終えた後にそこへ連れて行くことにする。
「クレープ屋さん?」
 連れて来られたクレープ屋の前で、ハクは戸惑うようにみゆきを見た。
「ボクの奢り。好きなの頼んでいいよ」
 言えば、さらにハクは戸惑いを露わにする。
「え、いいよ。買い物に付き合うのはこの間のお詫びだし、奢ってもらう理由がないから」
「もしかしてクレープ嫌いだったりする?」
 前回のハクの言から、嫌いなものはそれほど多くないだろうと思っていたが、もしやクレープは嫌いだったのか。
 そう思って言えば、ハクはすぐさま首を振って否定した。
「嫌いじゃない。けど、それとこれとは別だよ。なんていうの、本末転倒? お詫びしてるボクがいい思いしちゃ駄目でしょ」
「ボクが奢るって言ってるんだから別に気にしなくていいのに」
「でも、」
 尚も言い募ろうとするハクに、みゆきは笑顔で切り札を出す。
「何でも言うこと聞くって言ったよね、ハク君?」
 う、とハクが言葉に詰まった。……勝敗は、明らかだった。

◇ ◆ ◇

 黙々とクレープを食べる。
 結局奢られてしまったことがそんなにも悔しかったのだろうか。一口一口噛み締めるようにして食べるハクは、無表情を装っている。
 装っている、というのは、ハクが時折幸せそうに頬を緩め、はっと我に返ったように表情を引き締めるからだ。見ていてかなり面白い。
 ほぼ同時に食べ終え、ゴミを捨ててくると申し出たハクに、まあいいかと任せることにする。
 機嫌が直ったのか、単に割り切ったのか――いつも通りの態度に戻ったハクと共にその場を離れようと立ち上がった瞬間。
 ハクが何かに気付いたようにはっと振り返った。
「なぜアナタがここにいるんですか」
 硬い表情でハクが口を開く。
 いつ現れたのだろう。みゆきとハクの前に、恐ろしいほどに整った顔に底知れぬ笑みを浮かべた人物が、いた。
「ハクがどうしてるのか、少し様子を見に来ただけだよ」
 何でもないことのようにそう言う人物からみゆきを庇うように、ハクはみゆきの肩を引いて自らの背後へと押しやった。しかしあからさまな警戒をされた当人は何ら気にすることもなく、ハクの肩越しにみゆきと視線を交える。
「ああ、でも、せっかくこうして顔を合わせたわけだし。……ええと、杉森みゆきさん、だったね?」
 確認するように名を呼ばれて、反射的に頷く。どうして自分の名を知っているのか、どうしてハクはこんなにも彼を警戒するような態度を取るのか。不思議に思わないわけではないけれど。
「私は――そうだね、とりあえず『式』と名乗っておこうか。ハク達一族の『当主』だ」
 それよりも、自らがずっと持っていた疑問に、もしかしたら答えをもらえるかもしれないことの方が重要だった。
 だから。
「もし、貴女が私に対して何か聞きたいことがあるなら、聞くといい。出来うる限り、答えよう」
 至極楽しげに告げられた言葉に、応えてしまったのだ。きっと、逃してはならないチャンスなのだと思ったから。
「……ハク君には、できれば聞かれたくないんですけど」
 ちらりとハクを見て言えば、当主は了承を示すように頷いた。
「ハク」
 静かに当主が名を呼べば、ハクは渋面を浮かべた。しかし何も言わずに頭を下げ、そのまま姿を消す。
 名を呼ぶ、それこそが命令に等しいのだと。
 そのやりとりで、絶対的な上下関係が垣間見えた気がした。
「さて、ハクにはいなくなってもらったし、遠慮なく聞きたいことを聞いてくれて構わないよ。まぁ私もそう長く外にいられるわけじゃないからね。出来るだけ手短にお願いしたいところだけれど」
 もとより長引かせるつもりはない。疑問に答えさえもらえればそれでいいのだから。
「ハク君がやろうとしてる儀式について、なんですけど」
「うん、それが何か?」
 あくまでにこやかに向き合う当主に、みゆきは躊躇わず言った。
「部外者のボクには、その儀式が人を死なせてまで必要だなんて思えないんです。ハク君は絶対なんて言ってるけど、本当にやらないといけないんですか?」
 疑問と同時に幾許かの非難も混じったそれに、当主は静かに答える。
「必要か否かって言うのは、主観によって変わるからね。少なくとも、私とハクにとっては『必要』なんだよ。私は私の願いをかなえるため、ハクは――そうだね、自分の存在意義を守るため、だろうね。自分が存在する、その意味。それを否定したら、生きていられないだろう?」
 それは、真実の一片ではあったのだろう。でも全てではないと、当主の瞳を見て思った。
 はぐらかされた――そう感じ取ったものの、追求したところでこれ以上の答えが返ってこないだろうということもまた分かっていた。
 だから、みゆきはまた、疑問を言の葉に乗せる。
「もしボクがそれを……『封印解除』を拒んだら、……ハク君怒られたり罰されたりしちゃうんですか…?」
 恐る恐る問うたみゆきに、当主は考えるように顎に手をかけた。
「…うーん。生憎と前例がないから正確なことは言えないな。私は別にハクを罰するつもりはないよ。ただ、一族がどう出るかは分からないけれど。ハクの存在意義は、一族のそれと等しい。役目を果たせなかった『出来損ないの封破士』を、一族が許すかどうかは微妙なところだね」
「……あなたが、口添えしても?」
「さあ、どうかな」
 どこか楽しげに笑う、当主。
 『彼』にとって、それはどうでもいいのだと、直感した。
 無意識に唇を噛み締める。
 これが、『彼ら』の世界なのだ。詳しいことは知らない。きっと、ハクがみゆきに教えていないことも多くあるだろう。
 それでも分かるのは、彼らには彼らなりの行動原理やルールがあって、それに対してみゆきが干渉できる部分はごくごく僅かなのだということ。
(でも、やっぱり)
 ぐっ、と拳を握り締める。それはやるせない思いからかもしれないし、自分を鼓舞するためであったかもしれない。
(ハク君に、死んで欲しくないよ……)
 それだけが、みゆきの思いの全てだった。
 親しい人が死ぬことを、どうして許容できるだろう。けして長い付き合いだなんていえないけれど、それでもみゆきはハクに生きていて欲しいと思う。
 くすり、と密やかな笑い声が耳に届いた。反射的に顔を上げれば、笑みを浮かべて、そしてどこか揺らいだ瞳をした当主。
「貴女はハクに、死んで欲しくないんだね。…きっとそれは、誰もが持つだろう『願い』だ」
 当主の瞳はどこか違うところを見ていて、みゆきは思わず一歩身を退く。
「――その『願い』がなければ、何も始まることはなかったのに」
 吐息のような儚さで呟かれたそれは、みゆきの耳に届く前に風に散らされ消えてしまった。
 訝しげな表情をしたみゆきに、当主はにこりと微笑みかける。
「そろそろ失礼しよう。あまりにも貴女が真っ直ぐなものだから、余計なことまで口に出してしまった」
 そして唐突な言に戸惑いを隠せないみゆきにひらりと手を振って。
「それじゃあ、また。そう遠くないうちに会うだろうけれど――それはきっと、貴女にとっては喜ばしくないことだろうね」
 彼は、するりと姿を消した。
 残されたみゆきはただ、当主が消えた空間を見据えて立ち竦むしかなかった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0085/杉森・みゆき (すぎもり・みゆき)/女性/21歳/大学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、杉森さま。ライターの遊月です。
 「白秋流転・肆 〜秋分〜」にご参加くださり有難うございました。
 お届けが大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした…。

 序盤のいきなりのハクの独白は、全く予定になかったものだったりします。
 おかげで色々見通しが狂いましたが、概ね予定通りに進めた…はずです。
 当主がちょっぴり意味深な感じですが、『白秋』にはさして関わりない部分の予定ですので、軽く流してしまってください。
 ハクはかなり杉森さんに傾倒し始めているようです。これからどう転ぶか、書き手としてもドキドキです。

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、本当にありがとうございました。