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<東京怪談・PCゲームノベル>


廻歪日〜奇陸の森〜


●歪

 くしゃ、とビニールの音が廃墟の中で響いた。
「ええと……」
 向坂・嵐(さきさか あらし)は、ぎゅっとコンビニの袋を握り締めて呟く。中に入っている缶ビールが、カツンカツンと音を鳴らしている。
「家に帰る途中だったんだけど」
 おかっしい、と嵐は小首を傾げる。ぎゅっと握り締めるビニール袋の感覚が、手に食い込む缶ビールの重さが、これが夢ではないのだと言っている。
 ゆっくりと歩くと、じゃり、と確かに地面の感覚があった。やはり、夢ではなさそうだ。
(道に迷った、か……?)
 辺りを見回す。元は病院だったであろう事が分かる、廃墟が広がっている。
「ん? なんだ、あれ」
 東側にある扉の方に、ケーキの空箱がぽつりと置いてあった。何年も放置されているような廃墟の中、綺麗な箱は妙に違和感がある。
「中身は無い、か」
 そりゃそうか、と嵐は苦笑を漏らす。ご丁寧にケーキが入っていたら、それこそ夢と勘違いしてしまいそうだ。空だからこそ、やっぱり現実なのかも知れぬ、と思える。
「で、どうするかな」
 ズボンのポケットに手を突っ込むと、財布と携帯電話が入っていた。財布は何処となく軽く、携帯電話は当たり前のように圏外。
「想像はしてたけどよ」
 嵐は再び携帯電話と財布をしまいこむ。道に迷ってしまったのならば、元の場所に戻らなくてはならない。迷った時の基本だ。
「問題は、どうやって戻るかだよな」
 うーん、と呟いていると、目の前に人の気配が現れた。
 少女だった。口元に笑みを携え、じっと嵐を見つめている。
「こんにちは」
「……あ、ああ。こんにちは」
 不意に挨拶され、嵐も反射的に返す。そして、はっと気づいて「あのさ」と口を開く。
「ここ、どこだか分かるか?」
「ここはアカコの世界よ。だから、あなたはアカコと遊ばないといけないの」
「アカコ、か。俺は向坂・嵐だ。よろしくな」
 にかっと笑うが、アカコは眉間に皺を寄せて「嵐」と呟く。
「それで、遊ぶとか言っていたけどさ」
 嵐の言葉に、アカコははっと気づいたように目を大きく見開き、再び微笑む。くすくすと、声を漏らしながら。
「鬼ごっこ」
「鬼ごっこ?」
「アカコが鬼なの。アカコが、鬼。鬼、鬼……」
 ぶつぶつと何度も「鬼」を繰り返すアカコの手元に、気づけば包丁が握り締められていた。ぎらりと冷たく光る刃は、鋭く美しい。
 嵐は包丁をじっと見つめた後、はは、と半笑いを浮かべる。
「わー楽しそうだなー」
「そうでしょう?」
 棒読みの言葉に、アカコ答える。先ほどまでぶつぶつと呟いていたのに、その事すら忘れてしまったかのようだ。
 アカコはぐっと包丁を握り締め、あはははは、と笑う。
「さあ、逃げて! アカコは10数えるわ。アカコが、鬼。鬼だから! 夕日が完全に落ちるまで、逃げてぇ!」
 アカコはそういうと「いーち」と口にする。嵐は小さくため息をつき、ぐるりと周りを見回した。四方向に、扉がある。
「よし」
 小さく呟き、嵐は走り出した。西の扉へと向かって。


●西

 西の扉をくぐった途端、バタンバタンと背後から音がした。ちらりと後ろを振り返ると、西以外の扉が閉まったようだった。
(後戻りは許さない、か)
 思わず苦笑をもらす。徹底した手回しのように感じられた。
 走っていくと、ひらひらと赤い葉が舞い降りてきた。紅葉だ。まるで桜の花弁が舞っているかのように、ひらひらと紅葉が舞っている。
 目の前には、なるほど、赤く染まった葉の木々が立ち並んでいる。
 まるでそこは、秋の森。
 嵐は「へぇ」と小さく呟き、走りながらもその風景に見とれる。
「こんな状況じゃなきゃ、紅葉狩りなんだけどな」
 都合のよい事に、缶ビールもあるし、とちらりと袋を覗き込む。このひらひら舞う紅葉を見ながらぐいっと飲み干すビールの味は、さぞかし美味しいだろう。
「じゅう!」
「げっ」
 後ろから聞こえてきたアカコの声に、嵐はぐっと拳を握り締めて、更に走る。
「今日は本当に、最悪だな!」
 思い返せば、今日という日はお世辞にも「いい日」とは言いがたい。
 パチンコに行ったが、負けこんでしまった。気づけばこのような場所に迷い込んでしまっていた。挙句の果てに、追いかけられるとは。
 これが単なる「鬼ごっこ」ではないということは、いやというほど分かっている。アカコが握り締めていた包丁に、彼女の「鬼」という言葉。それらが、もし鬼であるアカコに捕まったらどうなるか、を如実にあらわしている。
「わっ」
 足が、がくん、として思わず声を上げる。体力任せで走って逃げてきたが、短距離走並のスピードで走ってきたのだ。足がびっくりしてしまったのだろう。
 嵐は後ろを振り返り、アカコがとりあえず近づいていない事を確認してから、身近にあった木に登る。その上で息を潜めていれば、うまくいけばアカコをやり過ごせる。
 木に登った後、太い枝に腰をかけて息を整える。下の様子を見ると、ざくざくと音をさせながらアカコがやってきていた。降り積もった落ち葉が、まるで霜のように音をさせるのだ。
「どこにいったの?」
 アカコは問いかけ、辺りを見回し、また走っていく。手には相変わらず、物騒な包丁が握り締められている。
 彼女が行ってしまったのを見て、ほう、と嵐は息を吐き出す。どうにか、やり過ごせた。
(でも、長居はできないだろうな)
 探しても見つからないなら、どこかに隠れていると考え付くだろう。だから、今のうちに休んでおかなければ。
 ふと目の前を見ると、相変わらず紅葉がひらひらと舞い降りていた。風があるわけでもなく、ただしんしんと降り続く雪をも思わせるように、一定に……。
「一定、だと?」
 嵐は呟き、注意深く紅葉が落ちる様を観察する。
 ひらひらと、一定に舞い落ちていっている。どの木から、というわけでもなく、ただひらひらと。
 よくできた機械仕掛けを思わせる。舞い落ちる姿だけを見れば風情があると思えるのに、既にそのようには思えなくなってしまっていた。
 優しい、柔らかな風景ではない。寒々しい、冷たい風景と成り果ててしまった。
「これ、夢じゃないよな?」
 す、と木の幹に触れる。確かにある、木の触感。ごわっとしている、木の表面。ただ、木屑は手につかない。その表面は、石やコンクリートからできている、出来のよいオブジェを思わせる。
 嵐は更に、気づく。目の前に広がる風景は確かに秋のものなのだが、秋と断定するには難しい体感温度なのだ。まるでぬるま湯につかっているかのような、暑くも寒くも無い気温。
(なんて、曖昧さだよ)
 こうして触れている木の冷たさや、ごつごつした触感は、確かに現実のものだ。こうしてコンビニで購入した缶ビールもある。だからこそ、今こうして嵐が過ごしているのは「現実」なのだと分かる。それなのに、ぬるま湯のような気温や、機械仕掛けのような一定さを持って舞い散る紅葉が、現実感から引き剥がそうとしてくる。
(何だよ、ここは)
 アカコの世界、とは言っていた。それは分かる。しかし、それは実際には何処なのかが分からない。
「それでも、逃げないといけないんだろうな」
(力は使えねぇし)
 一瞬、頭によぎった言葉を、自ら否定する。
 念動力を使って、アカコに対抗する事を考えたのだ。だが、それはアカコを傷つける可能性をはらんでいる。
(あの子を、傷つけるわけにはいかない)
 嵐はそう考え、続けて「いや」と呟く。
「傷つけさせたくない」
 きっぱりと断言する言葉には、強い意思がこもっていた。自分にある力を用いる事でアカコが傷つく可能性があるのならば。また、アカコが傷つけさせるという事態に陥らせてしまうのならば、力は使いたくない。いや、使ってはいけない。
 嵐は小さく「よし」と呟く。
「逃げ切ってやるぜ!」
 何度か深呼吸をし、勢いよく「よっ」と言いながら木の枝から降りる。その際、がさ、と溜まっている落ち葉が音をさせたが、気にしない。
「あの子は、あっちに向かっていったよな」
 木の上から得た情報を元に、嵐はアカコの行った方向とは違う場所に向かって走り出す。進んでいく先に、夕日が見える。つまりは、西に向かってはしているのだ。
(もっとも、ここの太陽が東から昇って西に落ちるんなら、だけど)
 苦笑をもらし、嵐は走る。延々と続く風景は、相変わらず紅葉の木々たち。
(俺、前に進んでるんだよな?)
 あまりにも同じような風景が続きすぎて、だんだん感覚が麻痺してきた。ずっと同じ場所をぐるぐると回っているのではないかという、錯覚に陥る。
「俺、進んでるよな?」
 ゆっくりと、嵐は足を止めてしまった。何処まで進んでも変わらぬ風景に、ひらひらと機械仕掛けのように舞い散る紅葉、生ぬるい気温、無機質のような木の触感。
 どれもこれも、不安にさせる要素ばかりだ。
「あの子は、今何処にいるんだろうな?」
 大きくため息をつき、辺りを見回す。同じような木々が立ち並ぶ中、変化と呼べそうなのはアカコの存在だけのように思えてきた。
 がさ。
 足を止めてしばらくすると、後ろから音が響いた。落ち葉を踏みしめるような音だ。
「見つけた」
 ふふふ、とアカコは笑った。鬼ごっこの鬼であるアカコから逃げるのだから、この状況はあまりよろしくない。それでも、同じ景色に飽き飽きしていた嵐にとっては、この変化がどこか嬉しかった。
「見つかったな」
 嵐はそう言い、再び逃げる準備をする。アカコに出会った事によって、再び逃げなければという自覚が生まれた。
 空を見れば、大分暗くなっていた。完全に夕日が落ちるまで、あと少しだろう。
「アカコは鬼だから。鬼は嵐を捕まえる。捕まえて、捕まえて、あははは、ははははは!」
 アカコはそう言って、包丁を振り上げて駆けてきた。嵐は「おっと」と呟き、袋の中から缶ビールを取り出して、一気に振る。
「捕まえる、捕まえるの!」
「必殺!」
 包丁が振り下ろされるその瞬間、嵐はそう叫んでから缶ビールのプルトップに指をかける。
 ぱきん、と音がして、勢いよく中のビールが飛び出してきた。
「きゃ……!」
 飛び出してきた泡に、アカコは怯む。全身をビールの泡に包まれ、後ずさった。
「必殺、振った缶のプルトップを人様に向けて空ける! だ」
 中身の無くなった缶をその場に置き、嵐はそう言ってくるりと背を向ける。
「待っ……」
 目をごしごしとこすりながら、泡を振り払うアカコに、嵐は「ごめんな」と謝る。
「良い子は真似しちゃダメなんだぜー!」
 嵐はそう言い残すと、再び走り出した。完全な日没まであと少し。それを逃げ切ってしまえば、嵐の勝ちだ。
 また再び同じような風景が続いていく。だが、先ほどアカコに会った事によって、ちゃんと前に進んでいる事に確信が持てるようになっていた。
 前へ、前へ。
 一歩一歩踏みしめるたびに、太陽が落ちていっているのも分かった。どれだけ周りの風景が、変わらないとも。
「あれ?」
 前方に見慣れぬ木が生えているのに気づき、嵐は立ち止まる。
 そこに生えていたのは、栗の木だった。栗の木、といっても、いがいがのある実がなっているわけではない。
 栗の実は、つるんとした雫型のフォルムのまま、木になっていた。
「これ、おかしくね?」
 木に無理やりくっつけているのかと思い、近くにあった一つを引っ張ってみる。だが、栗の実は全く取れない。しっかりと枝から生えているのだ。
「ん? こんなところに、リボンが」
 その栗の木には、青いリボンが結ばれていた。つややかなリボンは、どこかで見たような気がした。
「どこだっけ?」
 小首をかしげていると、後ろから「見つけた」という声がした。嵐が振り返ると、そこには案の定アカコが立っていた。
 ある程度の泡は消えていたが、長い黒髪はビールによってぬれていたし、ちょっとだけ泡も残っていた。
「あ! それか」
「え?」
 アカコの頭を見て、嵐は納得する。アカコの頭に結ばれている赤いリボンと、栗の木に結ばれている青いリボンの布質が、よく似ているのだ。元は同じ種類で、色だけが違う、としか思えない。
「いや、なんでもない。ちょっと気になっただけだし」
 別にいいんだ、と嵐がいうと、アカコは「よくない」と言って唇をかみ締める。
「よくない、よくない、よくない!」
 叫びだしたアカコを、嵐は怪訝そうに見つめる。
「よくない! 嵐は、気になったって言った。アカコは、気になる。どうして? 何が? 何があるの?」
 アカコはそう言って、嵐に詰め寄る。嵐はため息をつきつつ、アカコに「ちょっと落ち着け」と優しく問いかける。
「そんなに、気になるのか?」
「なる。アカコは、分からない。嵐が気になったことが、アカコには分からない」
「そっか」
 嵐は頷き、栗の木に結んであるリボンを指差す。
「あそこに、青いリボンが結ばれているだろう? それが、アカコが頭に結んでいる赤いリボンと同じ種類だって事だ」
「アカコの、リボン」
 アカコはそう言い、頭のリボンにそっと触れ、次に栗の木に結ばれている青いリボンを見る。
 青いリボン、赤いリボン。
 栗の木のリボン、アカコのリボン……。
「じゃあ、リボンは誰がやったんだ? アカコが結んだんじゃないのか?」
「アカコじゃ、ない」
「誰だ?」
「……分からない」
 アカコは呟き、何度も「分からない」をくりかえす。
「分からない、分からない、分からない! アカコじゃない、誰? 誰か分からない。アカコじゃない!」
 ああああ、と叫ぶ。嵐は慌てて「アカコ!」と呼びかけ、駆け寄ろうとする。
「おい、大丈夫かよ?」
 嵐の問いかけに、アカコはぴたりと口を閉じた。そうして、再びぎゅっと包丁を握り締める。
 アカコと呼ばれたその瞬間に、自らの使命を思い出したかのように。
「アカコは、鬼」
 ゆっくりと紡がれた言葉に、嵐はびくりと体を震わせる。空を見上げれば、完全な日没まであとわずか。
 嵐は「よし」と小さく呟いた後、アカコに向かって微笑む。
「アカコ」
「捕まえる。アカコは、鬼だから」
 声が届かない。それでも、表情がどこか困惑気味なのは気のせいではないだろう。
「なかなか、面白かったぜ?」
 アカコの持つ包丁が、振り上げられる。ぎらりと沈みかけの夕日を受けた刃は赤く光り、直後に勢いよく振り下ろされる。
――ブンッ!
 包丁は、嵐ではなく空を切った。勢いに任せたままでいると、包丁はアカコの手を離れて、ざくりと地面に突き刺さった。
「いない」
 ぽつり、とアカコは呟く。空を見上げると、完全に太陽は沈んでしまっていた。
 アカコはくるりと踵を返し、とぼとぼと歩き始める。その際、包丁はずぶずぶと地中へと埋まっていく。
「あ」
 その途中、ビールの空き缶を見つける。嵐が「必殺」を使ったものだ。
 アカコはそれを拾い、再び歩き始める。ぎゅっと握り締め、小さな声で「嵐」と呟きながら。


●廻

 気付けば、再び歩道の上にいた。アカコの世界に行く前に歩いていた、コンビニからの帰り道だ。
「元に戻ったのか?」
 嵐は呟き、辺りを見回す。自分があの世界に行く直前と、何も変わっているところはない。
 あれだけ走って、逃げたというのに、息一つ切れていない。疲れもない。
「夢だったのか?」
 ぽつりと呟き、気付く。
 コンビニのビニール袋の中には、缶ビールが一本しか入っていない。確かに二本、買っていたというのに。
(確かに、一本は使ったけど)
 必殺振った缶のプルトップを人様に向けて開ける! で。
「だったら、やっぱり実際に俺は行ったんだな」
 アカコの世界に。
 嵐は「そっか」と頷き、大きく伸びをした。
「またな、アカコ」
 残った一本の缶ビールが、コンビニ袋の中でぶらりと揺れた。


<夕日がゆるりと地平線上に消え・終>

変化事象
中央:西の扉近くに、ビールの空き缶が置いてある。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2380 / 向坂・嵐 / 男 / 19 / バイク便ライダー 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、こんにちは。ライターの霜月玲守です。この度は「廻歪日」にご参加いただきまして、有難うございます。
 向坂・嵐様、お久しぶりです。発注、有難うございます。一段階目を終えて、初めての世界に入ってもらいましたが、いかがでしたでしょうか。必殺技がとても素敵でした。アカコを傷つけたくない、傷つけさせたくない、という気持ちにぐっときました。
 この「廻歪日」は、参加者様によって小さな変化事象をつけていただき、それを元に大きな変化事象としていただくゲームノベルです。今回起こしていただきました変化事象は、ゲームノベル「廻歪日」の設定に付け加えさせていただきます。
 ご意見・ご感想など、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。