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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Alice in Wonderland 〜Caprice in the world〜



 美景雛は、気付けば見知らぬ場所に居た。
 どうして自分がここにいるのか、ここに来る前に何をしていたかも思い出せない。
 ただ、己の意思でここに来たわけではないことだけは分かっていた。
(ええと…とりあえず、落ち着いて状況把握、だよね)
「んと、私の名前は美景雛。15歳で、高校一年生で、声優のお仕事もしてる」
 口に出して確認。記憶喪失とかではないようだ、とほっとする。
「……でも、この服、何?」
 自分の身体を見下ろして、雛は首を傾げた。
 青と白のツートンカラーのエプロンドレス。
 ついでに頭には青いリボン。
 この2つのアイテムから連想するのは――。
「『不思議の国のアリス』?」
「ご名答、といったところですかねェ」
 ステージ衣装なのかなぁ、と呟こうとした雛を遮って、知らない声が響いた。
 唐突に、雛の前の空間に、薄く笑いを浮かべた顔が現れる。
 それはあまりにも突然で、あまりにも奇妙な出現だったので、雛は一瞬言葉を失った。
 至極楽しげな表情を浮かべるのは、整った顔立ちの青年だった。
 やたらと色素が薄く、周囲から浮いているのに今にも周囲に解けて消えてしまいそうな――そんなちぐはぐな印象を受ける。
「『アリス』――それがアンタに与えられた役割みたいですねェ」
 まじまじと青年を見る雛に、ちなみに俺はチェシャ猫です、とその人は言う。
「舞台は『不思議の国のアリス』。まあ、厳密にはそれに酷似した世界、ってワケですが。白ウサギは俺の知り合いになってます。もしかしたらアンタの知り合いも何らかの『役割』を与えられてるかも知れませんねェ」
 そう楽しげに笑う『チェシャ猫』は、自分は『吉良ハヅキ』という名であると告げた。
「恐らくアンタが『アリス』として何らかのアクションを起こせば、『世界』も満足して元のトコに返してくれるでしょう。ってワケで、とにかくどっか行ってみてください」
 ひらひらと手を振られる。そのまま『チェシャ猫』はすぅっと姿を消した。
「あ、ちょっと…っ」
 呼び止めようとしたが時既に遅し。彼の姿は影も形もなくなっていた。
 居なくなってしまったものは仕方がない。あっさり諦めて、雛は考える。
 突然自分がアリスだなどと言われて多少戸惑ってはいるが、雛は基本的にポジティブな人間である。とにかく自分に出来ることをやろう、と拳を握り締めて気合を入れる。
「アリス……と言えば、やっぱりお茶会だよね」
 『不思議の国のアリス』の話の中で、特に有名なエピソードのうちの一つを思い浮かべる。
 あれはお茶会を開いているところにアリスが現れるわけだが、アリス自らお茶会を開いても構わないだろう。
「あれ? でも、道具とかどうしたらいいんだろう…?」
 眉根を寄せて考え込む雛。
 テーブルもなければティーセットもない。お茶請けもなければ、それを振舞う相手もいない。
 ないない尽くしのこの状態でさてどうしようと周囲に視線を向けた雛は、自分を取り巻く景色が変わっていることに気がついた。
 森だ。とにかく森。右を見ても左を見ても森。かろうじて道っぽいものが雛の後方から前方へと続いている。
 雛はしばらくきょろきょろと周囲を見回した後、ここで立ち止まっているよりはいいだろうと道を進むことにした。
 てくてく、てくてく。葉擦れの音と時折聞こえる鳥の鳴き声や羽ばたきやらをBGMに歩を進める。
 ほどなくして、雛はぽっかりと空いた空間に辿り着いた。
 白いクロスの眩しいテーブルに、お茶の道具一式。そしてお茶請けにしろといわんばかりの、様々なお菓子その他がそこにはあった。
 それらに近づき、一通り確認し終わった雛はぽつりとひとりごちた。
「……使ってもいいのかな?」
 周囲には誰もおらず、もちろん答えはない。
 ……はずだったのだが。
「いいんじゃないか」
 何故か至極当然のように答えがあった。
 驚いた雛が視線を巡らせると、ついさっきまで誰も居なかったはずのテーブルの端に、不機嫌そうに頬杖をついている人物が居た。大きなシルクハットの下に覗く顔は、雛が多少なりと知っている人のもの。
「月華、さん?」
 あまりにも雛が知っているその人物と服装がかけ離れていたので疑問形になってしまったが、それは間違いなく月華だった。
「久しぶり、というべきかどうか、この『世界』だと悩むが。美景さんが元気そうで何よりだ」
 淡々と告げてくる彼の向かいには、ウサギ耳を生やした金髪天使と、とろんとした目であらぬところを見ている銀髪天使がいた。こちらも雛には見覚えがあったりする。
「俺の役割は『帽子屋』なんだそうだ。とはいえ『アリス』が自らお茶会を開くことを考えた以上、特にやることもないらしいのだが。この世界は『アリス』の優先順位が高いらしいからな」
 どうでもよさそうに言う月華に対して、ウサ耳天使は握りこぶしで主張する。
「っていうか私は『三月ウサギ』としてお茶会なんてやりたくないですーっ! だからやることなくていいです!」
「どっちにしろリアン・キャロルは『三月ウサギ』の役割を振られてるんだから、お茶会の準備に関わっても関わらなくても特に変わらないと思うけどね…ああ眠い…」
「ティル・スー寝ないで下さいっ。ずるいですよう!」
「何がずるいっていうの……ていうかうるさいよ」
「ティル・スーがいつもより冷たいんですけどーっ! 眠いからですよね? そうですよねっ?」
 騒がしい人々(騒がしいのは実質1人だけだが)にちょっとばかり呆然としていた雛は、はっと我に返る。
 月華曰く道具は使っていいようだし、さっさと行動に移そう。とにもかくにもまずはお茶を淹れないとお茶会が始まらないのだから。
 ということで雛は頑張ってお茶を淹れることにした。
 茶葉よしお湯よしポットよし。
 確認して、暖めておいたティーポットに茶葉を入れ、高い位置から熱湯を注ぐ。
 蓋をしてティーコジーを被せて、しばらく放置。
 その一連の作業を雛がやっているうちに、月華は黙々とテーブルをセッティングしていく。
 何やら落ち込んでいるリアンとうつらうつらしているティルはもちろん動かない。
 と、そこに新たな客が。
「やや、久しぶりだね、美景さん。まさかキミがアリスとは、なんというか巡り合わせを感じるね。思わず招かれてもないのにお邪魔しに来てしまったよ」
 陽気な笑顔と言葉を土産に現れたのは、なにやら派手な赤いドレスを着た、中性的な美貌の持ち主――陽葉。
 その彼女の背後には、ウサギ耳を生やして懐中時計を持った――恐らく『白ウサギ』だろう――可愛らしい顔立ちの少年、そして雛がこの世界に来て最初に会った、『チェシャ猫』の青年も居る。
「パーティーは人数が多い方がいいだろうって『女王様』が言いましてね〜。ボクたちも強制参加になったんですよぅ」
「まァせっかくですしねェ。呼ばれてはいませんが、お邪魔させてもらいますよ」
 言いながら各々好きなところに座っていく。
 突然の展開にちょっと驚きつつ、頃合になったティーポットからカップに茶を注ぐ。
 綺麗な紅が白い陶器に映えて、雛は満足げに頷いた。
「はい、どうぞ!」
 言いながらそれぞれにティーカップとソーサーを渡していく。お茶会の作法などは知らないので、そのあたりは適当だ。
 そして全員に茶器が行き渡った後、お茶会がスタートした。
 お茶会と言っても、とどのつまりお茶を飲みながら皆でお話、という感じになったのだが。
 面識のない人同士で自己紹介してみたり、好きなお菓子の話題で盛り上がってみたり、紅茶の銘柄当てなんかをやってみたりと、なかなかに盛り上がる。
(楽しいなぁ。現実でもこんな風にできたらいいのに)
 満面の笑みを浮かべながらそう考える雛。
 けれど、唐突に『それ』は訪れた。
 視界が歪む。
 ぐるりと世界が反転する。
「おや、『世界』が満足したみたいですねェ」
「……唐突だな。聞いてはいたが本当に気まぐれな世界だ」
 吉良と月華の声だけが聞こえて、そしてそれも遠くなる。
(え、こんないきなりお別れなの!?)
 心中で叫ぶ。
 なにかが『ありがとう』とささやいた気が、した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7092/美景・雛(みかげ・ひな)/女性/15歳/高校生・アイドル声優】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、美景様。ライターの遊月です。
 今回は「Alice in Wonderland 〜Caprice in the world〜」にご参加いただき有難うございました。
 お届けが遅くなりまして申し訳ありませんでした…。

 この『世界』はいかがだったでしょうか。
 ドンチャン騒ぎというよりのんびり茶会と相成りましたが…。 
 美景様が紅茶の淹れかたを知っていることを前提に描写させていただきましたが、不都合ありましたら申し訳ありません。
 指定いただいた以外のNPCは、『エンジェル・トラブル』の2人にしてみました。ほぼいるだけという役立たずっぷりですが。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 それでは、本当にありがとうございました。