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<東京怪談・PCゲームノベル>


警笛緩和 - あわい桜色 -



 最近、式野未織は物思いにふけることが多くなった。
 それというのも考え事をしていたり、人と話している時にでも、ある人物がふっと忍び込んでくるのだ。そうなれば、ずっとその人ばかり思い描いてしまう。
(どうして……?)
 困惑して友人に打ち明けた。

「未織にも来たんだね! 春が!」
「春? ……もしかして、これが恋?」
「そう。これからは桜の季節。ぴったりよ。恋の行く末は!? ってね」
 片目をつぶってハートマークを飛ばす。

 未織は今まで恋愛のれの字も知らなかった。無縁で、クラスメイトの誰も異性として対象に入っていなかった。
 だけど、あの人が少しずつ心の中で大きくなっていく。種がそっと芽吹くように。
 気になり始めたら決して止まらない。

 つい、あの人がいる河原へと何度となく足が運んでしまう。磁石のようにすっと引き寄せられて。
(これが、恋……)
 初めての想いは滝のように溢れ出す。塞き止めようとも叶わない。
 能力のこと、家族のことで手一杯だった十五年間。
 たった今、この時から何か変わろうとしている――――



 ポチャン
 小石が水面にぶつかる音がして。はっと顔を上げた。
 またいつのまにか少年と会う河原のそばへと導かれていた。
 ドキドキと鼓動が鳴り響く。手に持つお菓子の本をぎゅっと抱きしめた。

 もしかしたらいないかもしれない。今日は休日。いや、平日でも会える保証はない。
 日増しに育っていく想い。ちょっと怖くて、でもあの人を知りたくて。

 ――ただ、会いたい。

 強い想いが知らずのうちに少年の姿を、銀を、くまなく探す。
 目を走らせて。
「――!」
 ドキッとした。
 瞳に映した、風にそよぐ後姿。それでも、その人が魄地祐だと分かった。
 まるで水面に立っているかのように、川と一体化して見える。
(魄地、君……)
 動けなかった。一ミリたりとも。青い瞳は釘付けになったままで。


 何分の刻(とき)が過ぎただろうか。
 祐は川を背に街へと歩き出す。
 このまま進めば、未織のそばを通ることになる。どんな声をかければいいのか、頭を駆け巡っては消えていく。
 体を動かしたいのに動けずにいた。

 ふと視線がかち合う。
 銀の瞳に射られて、持っていたお菓子の本がバサバサと落ちた。マフィンのレシピが足元で広がる。
「どうした?」
 未織の様子が変だと思ったのか声がかかった。
「あ……あの」
 言葉が紡ぎだせない。銀の瞳に耐えられなくなり、やっと瞳を外して背を向けた。
 このままでは祐にもっと変な女だと思われてしまう。けれど目線を交わらせることは、もうできそうにない。

 高鳴る想いに絡め取られてるうちに祐はしゃがみこみ、足元に転がったままの本を持ち上げる。
 気づいた時には数冊の本がまとめられ、目の前に差し出されていた。
「あ、ありがとう」
 震える声を絞り出して、ゆっくりと緩慢な動作で受け取った。
 祐は訝しく見つめながら。
「何かあったのか?」
 疑問に思うのも無理はない。今までの未織とは明らかに違う。しかし真実を言えるわけはなかった。
 頭を左右に振って、何でもないことだけを伝えるしか出来ない。

 空を見上げて、深く深呼吸する。マイナスイオンを肺に送り込み、鼓動を少しでも和らげて。
 祐と向かい合うために、今だけ落ち着こう。

 *

 二人は土手に一緒に腰を下ろしていた。
 祐が光で眩しい川面を見つめている時、未織はそっと盗み見る。
 以前、銀の瞳は暗く沈んでいた。何か思い悩んでいた。そして、自分も”悪魔の子”だろうと明かしてくれた。

「魄地君。どう言ったら良いかわからないのですが……、どんな能力があるんだろうなって思います」
 なぜだ、と少年の瞳は呟く。
「あの時、落ち込んでいたようですし……。能力に関係あることかなって。でも、あんまり言いたくないですよね。ミオだって、特に水の刀の事はあまり人に言いたくないですもの」
「……あの時は……。……あり、がとな……」
「えっ」
 突然の感謝の言葉。
 祐は顔を背けて、気のせいか耳が赤い。
「クッキーで慰めてくれただろ?」
「あ……」
 お菓子で少しでも祐の幸せな気持ちを蘇らせたかった。お詫びの意味もあったが、あのタイミングで渡すことの方が良いと思った。未織の想いは通じていたらしい。

「オレの能力はたった一人しか知らないんだ」
「一人だけ……」
「ああ。一族にも隠してる」
「じゃあ……」
 未織という部外者に、簡単に話せることではない。
「いや。お前には話せる。友達だからな」
 また、とくんと心が震えた。
 祐の横顔は遠く世界の果てを見つめている。
「オレの能力は、魂を天に還す力なんだ」
「還す? それは霊を天国へ――昇天させるってことですか?」
 少年は頷いて、真顔で続ける。
「死んで幽霊になってしまった奴だけじゃない。生きている奴でも見境なく」
 とたんに未織は蒼白になって。
「そんな。じゃあ、一歩間違ったら……」
 祐は無言で答えた。

 少年の瞳が揺らいだ気がした。
 祐の持つ能力も諸刃のつるぎ。それを一心に背負ってきたのだ。
 だが、次に続く少年の言葉は違っていた。

「あの時のことは、能力とは別のことだ」
 落ち込んでいた時は、もっと別のことが心に占めていた。
「能力には何の感情もない。使わなければいいことだしな」
 そう思えるようになったのも、天理のおかげだった。

 では。
「なぜ……」
 祐は珍しく沈んでいたのか。

 ”悪魔の子”

 未織の脳裏によぎる四つの文字。
 自ら最初にそう思うことはないだろう。他人から貼られたレッテルなのだから。
 けれど、祐はそれを以前肯定した。
 もし、祐が本当にそうならば……。

「もしかして……誰かに……」
 祐は未織にゆっくりと一度だけ視線を交差させる。それだけで何も言わなかった。
 それが何を物語るのか。想像するだけでも恐ろしかった。未織よりももっとひどい目にあっているかもしれない。
「ミオ、悪魔の子って言われるたび、悲しくなるんです。魄地君も周りに何か言われるたびに悲しくなっているんでしょうか? そう考えると、ミオまで悲しくなっちゃいます」
 膝をかかえて目線を下げる。
「こう言う時、人を癒せる力があればなって思います。ミオは人を傷つける力しか持っていませんから」
 泣きそうな表情で瞳を閉じた。
「……心配するな。悲しくなることは、ない。ただ、理解されないことがつらいな」
 天理以外に初めて打ち明けた奥底の想い。するっと音となって出た。
 未織はその言葉の重みがどれほどあるか痛く分かって、静かに頷く。
「それと……」
 頭を指先でかきながら。
「お前は癒しの力を持ってると思うぞ? お菓子で人の笑顔を引き出しているだろ?」
 照れながら言う。
「え……」

 胸がどくんと波打った。まさか、そう返されるとは思ってもみなかった。
 物理的な力でなくてもいい。甘い味というきっかけで人は癒されることもあると言っていた。手作りなら、なおさらだ。
 祐の言葉は未織の心にじわりと染み込む。一滴の雫が深海へと混ざり合うように。もう後戻りできないほど心奪われてしまっている。

 *

「あの、魄地君さえ良ければ、祐君って呼びたいんですけど、ダメですか?」
 上目遣いで頬を紅く染めて、尋ねる。
「い、いや。駄目じゃない」
 未織は心から安堵して微笑んだ。
「よかった。それと、ミオのことは良ければ下の名前で呼んでください。……苗字では、呼ばないで下さいね」
「……分かった」
 目が泳ぎながらも少年が応える。祐は女性に対して下の名前で呼んだことはない。そればかりか、苗字すら数えるほどしかなかった。
(み、未織……か)
 なんとなく恥ずかしくて照れくさい自分がいた。だが、それを無理やり払いのける。
「苗字で呼ぶな、というのはどういうことだ?」
「ミオ、本当は式野を名乗っちゃいけない身なんです」
 そうして遠くの空を見上げた青い瞳は何か複雑な想いが絡みあっていた。
 ”悪魔の子”と何か関係があるのだろうか。そう思いつつ、それ以上のことを祐は聞けなかった――



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 7321 // 式野・未織 / 女 / 15 / 高校生

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

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■             ライター通信               ■
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式野未織様、いつも発注ありがとうございます。

未織さんの初々しさがダイレクトに伝わって、執筆してる間、未織さんの想いと重なっていました。しっかり描写できていると嬉しいです。
これからどう発展していくのか、とても楽しみでなりません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝