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<東京怪談・PCゲームノベル>


江戸艇 〜舞台裏〜



 ■Opening■

 ピーンと張り詰めた緊張感は嫌いではない。
 だがそれは、好きだという事には結びつかない。
 要するに好きでも嫌いでもなく、つまりはどうでもいいという事に他ならない。
 だが、どうでもいい事のはずなのに、その瞬間頭の後ろでチリッと何かが焼け付くと、胃の辺りから形容し難いものが込み上げてくる。嫌悪と愉悦。まったく正反対なそれらの狭間を揺らいで、込み上げてくるものを奥歯で噛み砕くと、京太郎は跳躍した。
 自分に向かって伸ばされた拳を手の平で受け流して体を捻る。男はそれで勢い余ってたたらを踏んだ。巌のようなごつい男が横から突っ込んでくる。避ける先まで予想してくれているのか、はたまた偶然の産物か、見事な連携で別の男が持っていた棒を振り上げていた。着物の袖から覗くのは咎人に刻印される入墨。
 京太郎は巌男を避けるのをやめて地面を蹴ると男の頭に手を付いて軽やかにその背を飛び越えた。振り下ろされた棒が巌男の脳天を直撃する。
「きさまっ!?」
 刺青の男の罵声が、馬鹿みたいに裏返っていた。
 同士討ちに舌を出すでもなく京太郎は淡々とした動きで、そこに殴りかかってきた男から間合いを取るようにバク転。別の数人がドスを抜くのを視界の片隅にとらえる。
 一瞬考えるみたいに首を傾げて。
 走る一閃を紙一重でかわして一気に間合いを詰める。突き出されるドスを避けるように体を倒してスライディング。地面に付いた手を軸に一転。そこに林のように並ぶ男どもの足を払い飛ばす。
 尻餅をつく男どもに京太郎は立ち上がるとすっと片手を空に向かって掲げてみせた。
 男どもが起き上がりながらも一瞬全身を強張らせる。
 “あの力”が放たれる、と。
 とはいえ、“あの力”とやらがどういう力であるのかは、実は京太郎を含め誰も知らない。それは1つの噂だった。だが噂は噂を呼ぶ。ただ噂に尾鰭は付き物だった、というわけだ。
 勿論、皆が知らないだけで京太郎にはそれだけの力も、またそれ以上の力もあったのだが。
 枯葉が一枚ふわりと舞った。
 一陣の風の流れを頬で感じる。京太郎はふっと全身の力を抜いた。彼を中心に弧を描くように舞っていた葉が、その足下に落ちるまでの数瞬。
 具体的に何かしたわけでも、何かが起こったわけでもなかった。
 けれど男どもは勝手な妄想で煽られた戦慄に慄いていた。
 京太郎が口を開く。
「去れ」
 淡々とした口調。別段これといった表情を見せるでもなく。
 だが。
「くっ……くそっ……」
「この鬼っ子が!」
「化け物め!」
 次々に吐き捨てられる罵声。そして。
「覚えてろよ!」
 そんなお定まりな捨てゼリフと共に、男どもは這う這うの態で互いを支えあいながら逃げていった。
 通りに人気がなくなる。野次馬も最初からいない。
 京太郎はほっと息を吐きだした。
 気付けば、鬼とか化け物とか呼ばれる事に抵抗がなくなっていたな、と。
 たぶんそれは、自分の雇い主が鬼ばばぁと呼ばれているせいだ。
「この鬼ー!! 人でなしー!」
 また1人、男がその戸口から転がりだしてきた。
「うるさい。次来るときにゃ、金持ってきな」
 鬼ばばぁこと、京太郎の雇い主である梅が言い捨てる。
 そして、そこにいた彼に気付いて言った。
「京太郎! 塩だ。塩撒いときな」
 それに京太郎は頷いた。
 自分の、或いは人の環境適応能力に感嘆しながら。
「はい」





 そこは―――。

 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 けれど彼らは時間を越え、空間をも越え放浪し、たまたま偶然そこを歩いていた東京人を、何の脈絡もなく、その戸惑いも困惑もおかまいなしで、時空艇−江戸に引きずりこむ……。






 ■Welcome to Edo■

 学校の帰り道。
 その日、和田京太郎はいつもと同じ道をいつもと同じ歩調で歩いていた。
 いつもと変わらないように見えるけれど、本当は毎日どこか違っているはずだ。晴れていたり、曇っていたり、雨だったり。葉は揺れていたり、揺れていなかったり、青かったリ、赤かかったり、落ちていたり。太陽はまだ高くにあったり、沈んでいたり。
 今日は夕暮れ西の空はいとあはれなり。
 薄暗くなり始めた空を人は『誰そ彼』と呼ぶ。東京の夕焼けは赤かった。空気中のちりや埃のせいらしい。本当の夕焼けはどんな色をしてるんだろう。遠い遠い記憶にそんなものがあったような気がする。
 橋の真ん中で足を止めた。
 夕焼けが赤い。
 逢う魔が刻。
 世界が突然、白く爆ぜた。
 目を開けていられないほどの強い光に手を翳して目を閉じる。
 瞼の向こう側で、光が和らいでいくのを感じて、京太郎はゆっくりと目を開いた。
 無意識に言葉が漏れる。誰へともなく。
「ここは……?」


 出会ったのは魔だったのか、それとも―――。



  ◆◆◆ ◆◆ ◆



 京太郎は橋の上でしばらく呆然と突っ立っていた。
 目の前に広がる黄金色の夕焼けに目を奪われたから―――というわけではない。
 3度瞬いてそれからゆっくり目を閉じた。
 3つ数える。
 再び開いた目に映ったのは、やっぱり見慣れぬ景色だった。
 ―――異界か。
 脳裏をそんな言葉が過ぎる。別段初めての事ではない。突然異世界に飛ばされる、なんて事は東京に住んでいれば割りと頻繁に起こりうる事象だったりするのだ。
 それが東京という町のせいなのか、自身の気質の問題なのかは定かではなかったが。
 とにかくこういう時は慌てても仕方がない。
 小さく溜息を吐く。すると突然荒々しい怒号が近づいてきた。京太郎が驚いたように振り返る。
 目の前の小さな木の橋を、髷を結い着物の裾を尻端折った男どもが「どきねぇ! どきねぇ!」と大八車を押しながら駆け抜けて行った。
 呆気にとられたようにそれを見送る。
 見慣れぬ景色。
 けれど見た事がないでもない。これに似た街並みを知っている。多くはテレビの中で。時々、日本史の教科書の中で。
 時代劇。なかでも江戸時代。
 気付けば自分も和服姿だった。学校帰りで学ランを着ていた筈である。
 異界ではなくて、もしかして夢だろうか。或いはタイムスリップという選択肢もある。
 そんな事を考えながら頬をつねった。痛い。夢、という可能性はこれで消えただろうか。
 ふと何事かに気付いて京太郎は自分の頭に手を伸ばした。髪がある事に安堵する。
 突然こんな世界に呼ばれたのはいいとして、月代なんか剃られていたら、東京に戻った時にはいい笑いものだ。
「戻れたら、の話しだけど」
 胡乱に呟いて、京太郎はどちらともなく歩き出した。
 とにかくそこに居たたまれない気分になって。
 理由はひとつ。周囲の視線。
 この髪型だけでも目立つだろうのに、この目は―――ここが本当に江戸時代なら異質そのものに違いない。
 もしかしたら意識し過ぎだけなのかもしれないが、奇異の目を注がれてるような気分が、彼をその場から追い立てた。ひそひそ話が自分の事を囁かれているような気がするのだ。
 本気を出せばその内容も聞けぬでもないが、わざわざわかりたくもなかった。
 とにかく誰もいない場所へ、そして状況をゆっくり考えられる場所へ。
 そんな風に人気のない方を、と選んで進む。
 人から逃げるように。
 歩きながら無意識に手が袂や帯を撫でた。硬い感触に指がその形をなぞる。少しだけホッとした。
 しかし、この形は少し違うような。
 そうして取り出して京太郎の目は点になった。
 形は似ている。似ているが。
「…………」
 いつも持ち歩いているのはオートマチック拳銃だが、それはどう見てもオートマチックには見えない。リボルバー。更には、とんでもなく年代ものに見える。S&Wの初期モデル。坂本龍馬が持ち歩いていたと思しき拳銃がこんなではなかったか。
「どうやって使うんだ……」
 ぼそりと呟く。
 着ていたはずの学ランは着物に変わっていた。それと同じ理屈なのかもしれない。この世界に連れてこられた時に、この世界の理に無理矢理当てはめられたのだろう。
 ならば。
「火縄銃にならなかっただけマシか」
 京太郎はリボルバーを袖に仕舞って、人通りのない細道へと足を進めた。
 その先の方からバタバタとした足音がいくつも聞こえてきて慌てて足を止める。喧嘩らしい怒声が響いてきた。巻き込まれては真っ平御免と踵を返すが、罵声に連なる悲鳴にまたもや足が止まってしまった。
 一瞬の逡巡が結局彼を巻き込んだ。
 悲鳴をあげて駆け出した女は京太郎を見つけるや彼の許に駆け寄ってきたのである。
 女は気の強そうな老婆だった。それを3人のチンピラ風の男どもが追ってくる。
 老婆が京太郎の背に隠れるようにして、京太郎を男どもの前へ押し出した。
「何だ、やる気か?」
 チンピラ風の男の1人が凄んで見せる。
「ガキは引っ込んでろ」
「怪我しない内に帰んな」
「…………」
 何があったのかはわからない。
 わからないがこの気の強そうな老婆がこいつらを怒らせたのだろうとは容易に想像できなくもない。だが、こんな老婆相手に大の男が3人で寄って集って苛めるというのも、どうだ。
 それは別段正義感といった類のものではなかったが、行きがかりというやつである。
「どけ!」
 そう言って肩を突かれた瞬間、京太郎は小さく呟いた。
「正当防衛だよな」
「はあ?」
 男の手首を掴んで京太郎はくるりと反転した。それだけで相手は裏返って組み伏せられた。
 一瞬の出来事である。
 それを見た他の2人が京太郎に挑みかかってきた。
 それに、京太郎は立ちあがっただけである。
 立ちあがっただけであったが、それで掴みかかろうとした2人は地面にもんどり打って転がった。
 一体何が起こったのかわからないような顔付きで、目をぱちくりさせながら男どもは京太郎を見返している。
 実際、彼らには何が起こったのかわからなかった。
 彼らに空気は見えない。空気の流動体である風を感じる事は出来ても視認する事は出来ないのだ。しかし、もしそれが見えていたなら、彼らが飛びかかろうとした瞬間、京太郎を中心に空気が渦巻いたのも、そしてそれが彼らを吹き飛ばし……いや弾き飛ばしたのも、わかったかもしれない。
 しかし残念ながら彼らには見えなかった。
 見えない力、わけのわかならい力がそこに働いたのだ。
 それは時に人の恐怖を煽る。
「くそっ……今日のところは見逃してやる」
 今も昔も大して代わり映えしないらしい捨てゼリフと共に、男達はそそくさと逃げ出した。
「…………」
 京太郎はぽつんとそこに残される。
 振り返らなくてもわかった。そこに老婆はいない。どさくさに紛れて逃げたのだろう。
 そうして、ほーっと息を吐き出した時だった。
「お前さん」
 肩を叩かれ京太郎は心臓が飛び出るくらい驚いた。
 振り返ると、さっきの老婆が立っていた。逃げていなかったのか。
「あの……俺……」
「おや? あんたその目……」
 老婆が何事か気付いたように京太郎の顔を覗き込んだ。
「!?」
 反射的に京太郎は腕で目を隠したが老婆はうんうん頷きながら懐から1枚の紙切れを取り出した。
「1人1度のしきたりだ」
「え?」
 老婆はそう言いながら彼の足元にその紙切れを置いた。
 何が何だかわからなくて、無意識に体が臨戦態勢に入る。老婆の一挙手一投足にまで神経を張り詰め見返していると老婆は自分を見上げて口を開いた。
「これ、踏んでみぃ」
 と言われて紙切れを見やる。
 そこには、へのへのもへじに毛の生えたような顔の人型が十の上にのっていた。ある意味すごい絵である。絵の片隅にひらがなで「いえす」と書いてなければ、何の絵だかわからないような絵である。
 いえす。イエス。イエスの書かれた絵を踏めという事か。ここは江戸時代。だとするならこの連想ゲームから導き出される答えは1つ。
 キリシタン狩りの踏み絵というやつだ。
 恐らく、青い目でそういう風に思われたのだろう。1人1度とかいうのが何の事なのか、気にならなくもなかったが。
 しかしである。京太郎はまじまじとその紙切れを見下ろした。
 これがジーザスだ、などと言う方が罪ではなかろうか。恐らくはキリシタンでさえこんなのは主ではないと踏みにじるであろう、そんな絵だったのである。
 とはいえキリシタンという疑いは晴らしておかねば、火あぶりにでもされたらたまったものではない。。
 京太郎はしぶしぶと絵の上に足をのせた。
 老婆が安堵したようにホッと息を吐く。
「よし。あんたの腕っ節を見込んで、うちに来ないか」
 老婆が京太郎を見上げて言った。
「え? えッと……あの……」
 初対面で、しかもいきなり変な力を使ったような自分に、恐れるでも慄くでもなく、さらりと言ってのけた老婆を、京太郎は呆気に取られて見返した。
 もちろん、これから日が暮れる事を考えれば、こんな知らない場所でいきなり野宿を強いられるよりは、断然助かる。
 学校の帰り道、つまりは夕食前で腹も減っている。
 しかし、だ。
 逡巡する京太郎に老婆が言った。
「うちは梅じゃ。この先で賭場をやっとる。さっきの連中は負けた腹いせに襲ってきやったんじゃ。うちで用心棒をやらんか?」
 用心棒。今みたいな連中を追い払うだけでいいのか。見知らぬ場所で、馴れぬ世界に、一人で途方に暮れるよりはいいに違いない。
 元の世界に戻る方法も考えねばならないし。
「わかりました」
「そうか。やってくれるか。で、あんた、名前は?」
「京太郎……」
「ん?」
「京太郎といいます」



  ◆◆◆ ◆◆ ◆



 ツボの中で転がるサイコロの音。
 威勢よく響く男どもの声。
 小気味いいコマ(木札)を叩き合う音は、まるで拍子木を鳴らしているようだった。
 一触即発な何かを孕みつつも、その場は何とも複雑で微妙な空気が絡みあいぎりぎりを保っている。入り乱れる他人の思惑は混沌として、それでも皆同じ方向を向いているのだから、おかしなものだ。
 丁半博打。
 京太郎がテレビの中でしか見た事のなかったものが、目の前で繰り広げられていた。
「丁か、半か!」
 ツボ振りどもの声に、その畳を取り囲んでいた連中が一斉に声をあげた。コマがその前に並べられていく。横向きが丁。縦向きが半らしい。
「丁方ないか! 半方ないか!」
 ツボ振りの周りの男どもが更にそれを煽った。悩み渋っていた男が、えぇいこのやろう、とばかりにコマを自分の前に叩き付ける。
 その異様な活気に気圧されつつ市場の競りなんてものを思いだしながら、京太郎が隅で小さくなっていると、程なくしてその勝負にけりが付いた。
 丁か半か。勝つか負けるか。
 つまりは勝つ者があれば、必ず負ける者があるという当たり前の事実。
 しかし負けた者は時にその負けを受け入れられずにいるらしい。

 ―――ここから先が自分の仕事だった。


 負けた者から身包み剥いで追い立てる。それに暴力を持って抗おうとする者を返り討ちにする。



  ◆◆◆ ◆◆ ◆



「京太郎! 塩だ。塩撒いときな」
「はい」
 梅に言われて京太郎は三和土から塩の入った壷を持ってくると、戸口の前に清めとばかりにばら撒いた。
 鬼。化け物。人でなし。
 逃げて行く男どもの負け狗の遠吠えを思い出す。
 それらは京太郎にとってコンプレックス以外の何ものでもない言葉だったはずなのに。今は別段それでいきり立つような事もない。慣れたというのでもなく、開き直ったとも少し違う。
 たぶん、ここが『江戸』だからだ。東京ではよくあるとしても『鎖国』されたこの地で、この青い瞳はそれだけで異様だろう。
 だが、そこにあるのは人智を超える力への脅威や恐怖などではない。自分の範疇を越える何かがあるかどうかという事だけだ。しかもそのボーダーラインは異様に低い。井の中の蛙よりも狭い『普通』と見比べる。自分の思い通りにならない人間はみんな、人でなし。そも、自分の思い通りになる人間の方がはるかに少ないはずなのだが。
 彼らが吐き出す『鬼』という言葉にこめられるのは、その程度のものだった。本来の『鬼』どころかそれ以上の意味も持たないただの罵声でしかなかったのだ。
 それがはっきりとわかるせいだ。
 バカにバカと言われて逐一怒るのもバカらしい、と梅は言う。つまりはそれだけの事だったのである。
 ここは不思議な町だった。居心地はさして悪くもなし。
「鬼で結構」
 そういう事にしておくと面倒が減って済む。ここ数日で何人ものアホどもの相手をして得た結論。
 そうして訪れたのは、やれやれと日々の雑多に追い立てられた後の、奇妙な空白だった。
 東京にはいつ戻れるだろう。
 無意識に、考えないようにしていた不安が胸をざわつかせる。大きな事件があるでもない。ならば、何ゆえ自分はこの世界に呼ばれたのだろうか。何か理由があるはずだ。なくては困る。でなければ元の世界に帰れない―――かもしれない。
 自分は何をすべきなのか。何をすればいいのか。
 京太郎が三和土に戻ると、梅が握り飯を握っていた。そこには穏やかな日常がある。けれどこれはやっぱり非日常なのだ。
「お疲れさん」
 そう言って、梅から握り飯が差し出された。
 塩壷を隅に片付けて、京太郎が握り飯を受け取ろうとした時、丁度暮れ六つの鐘が鳴った。
 夕暮れ刻。この世界に引きずり込まれたのも丁度今時だ。
 そういえば、と思う。
 異世界から解放されるためのキーワード。
 何かがあって呼ばれて、その何かを解決した後、そこに用意されるのは。
 それは、ひとつの可能性。
「ありがとうございます」
 そう言って京太郎はあがりがまちに腰を下ろすと握り飯にかぶりついた。
「いやいや」
 梅が大した事でもないという風に手を振って。
 それから。
「こっちこそ、今までありがとな」
 と、言った。
「はい」
 京太郎はそれに笑みを返す。

 何かがカチリと音をたてた。





 ■Ending■

 その瞬間、世界が白く光り輝いた。
 『ここ』へ訪れた時と同じように。


「…………」
 眩しさに目を閉じて、目を開けると、そこには赤い赤い東京の夕焼け空が広がっていた。
 夢でも見てたのか。
 そう思えるほどの唐突さで。
 あの瞬間から何も変わっていないように思われた。
 だけど。
 絣の着物と、手の中の食べかけの握り飯が、夢ではなかった事を一生懸命主張しているようだった。
 橋の真ん中で足を止め、握り飯を掲げ持ち、着物姿で夕焼けを見ているという、ちょっと間抜けな自分の絵面に京太郎は小さく息を吐く。
 他人の視線が痛い。
 痛いけれど。
 何故だかあまり気にならなかった。

『バカにバカと言われて逐一怒るのもバカらしい』

 時間も空間も微動もせず。
 あの瞬間から確かに世界は変わっていないけれど。
 もしかしたら自分は、この着物ほど変わってしまったのかもしれない。

 というのは大げさか。


 あの世界は一体なんだったのだろう。
 わからないけれど。
 住人の感謝の言葉が帰るためのキーワードは、たぶん正解だったのだろう。


 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 けれど、彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。
 たまたま偶然そこを歩いていた一部の東京人を、何の脈絡もなく時空艇−江戸に引きずりこみながら……。
 戸惑う東京人の困惑などおかまいなし。
 しかし案ずることなかれ。
 江戸に召喚された東京人は、住人達の『お願い』を完遂すれば、己が呼び出された時間と空間を違う事無く、必ずや元の世界に返してもらえるのだから。
 但し、そこに一つ問題があるとすれば……。

 ――服が元に戻らない事ぐらいだろうか。





「リボルバーなんて、普段使わねェんだけど……」





 ■大団円■





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1837/和田・京太郎/男/15/高校生】


異界−江戸艇
【NPC/江戸屋・梅/女/52/老婆役】

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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。