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<東京怪談・PCゲームノベル>


[ 雪月花2.5 風花の舞う日 ]



 次に出逢えたなら――そう、心に決めていた。
 こんな気持ちを抱き、写生旅行の準備をするのは初めてだ。勿論、行く先で都合良く出逢えるとも限らない。でも、出逢えたならば……の考えは既に定まっていた。長くなることも想定し、非常食をある伝手から大量に入手。陽光対策も怠り無く、準備は整った。
 出発は曇りの日を選ぶ。そんな自分の変化……画房の鍵を閉めながら、彼は小さく苦笑いを浮かべた。



    □□□



 あの日見た風花が 夢の中でチラチラと舞っている。

 そんな目覚めの日、決まって左耳が痛んだ。
 生まれたときからそこにあった物。どうしても外せなかった、ピアスに似て多分そうでないもの。
 そっと触れては チクリとその指に小さな痛みを感じる。それが意味することは…判らない。
 何時か判る日がくるかなんて、それすらも思えない。

 ただ――

「今日は……少し休みたい」

 珍しく、旅の歩みを止めたくなった。一分でも惜しいと思う道のりなのに。どうしても、今日は先へ進むことが拒まれた。何か、近い内に何かが起こりそうな予感がして。


 よく晴れた日だった。冬の気配は近いとは言え、朝晩を除けばまだまだ過ごしやすい。
 昨日取った宿に荷物と柾葵を置いたまま、独り近くの森へと向かった。木漏れ日を肌で感じ、奥へ奥へと進んでいく。その先にあるのは小さな湖だ。
 水辺だけに涼しいが、差し込む陽の光は暖かく、そこへと反射し辺りは恐らく輝いている。その光景が見れないのが、今は少しだけ悔やまれた。ただ……。
「…………まさか、又会うなんて…思ってもいませんでした」
 否、多分そんな気はしていたと思う。声に出してみたものの、思いの外驚かなかった自分を考えれば。
「洸くん一人、でしたか」
 そう声をかけてきた彼は、多分木陰辺りで休んでいたのだと思う。こちらが日向のせいか、立ち上がる様子は無いが、弱っているようでもない。何時からいたのかは分からないが、気配を消していたわけでもなく、多分こちらが声をかけなければ声をかけてきただろう気配。
「ええ、ちょっと休みたくて柾葵は置いてきました……藤水さんは?」
「俺は…俺も、ちょっと一休みしてたんですよ」
 苦笑交じりの声。此処は涼しいとは言え、陽の光が良く差し込む。何より今は太陽の出ている時間帯。こんな時間、彼に会うのは初めてだった。
「――あの」
 ただ、そんなことを考えながらもその口は。
「良ければ少し、話をしていきません?」
 彼に問う。
 どうしてその言葉を紡いだか――自分自身判らない。ただどうしてか、こんな日にこうして又再会した彼を前にしたら、自然とそんな言葉が出てしまったのだと思う。これはきっと気まぐれという言葉がぴったりだ。それでも多分、彼ならば多少気を紛らわせてくれるんじゃないかと、それなりに期待もした。
「珍しく誰かと話したいんです。良ければ、なんですが――俺に色々、教えてくれません?」
 その言葉に、彼は予想通りに「はい」と頷く。それと同時「何を?」とも聞いて来た。当たり前のことであるし、自分はその言葉を待っていたのだと思う。
「そうだな……家族、だとかこの世界の景色とかね」
 そう言うと少しの間を置き、それでも彼は頷いた。
「――分かりました。ただその前に…良かったらこちら、俺の近くに来ませんか? 声が届くのであればそちらでも構いませんが」
 そう言われ、少し迷った後彼の方へ行くことにする。
 彼は木の下に座っているため、自分はその向かい側にあった、大きな石に腰掛けた。

 此処は時折降り注ぐ木漏れ日が暖かい、優しい空気を持つ場所――。



    □□□



 その日の天気は晴天ともいえるものだった。曇りの日に出かけても、結局雨の日が続いたり、かと思えばこうして晴天の日も続く。ただ今日は良かった方だ。日傘では防ぎきれない日光を、こうして涼しい、ある程度木陰のある場所で遮り食事を終え、やがてはこうして洸と再会したのだから。
 傍らに置いていたままだった空の輸血パックを静かに鞄の中へとしまい、彼――藤水和紗は、洸へと笑顔を向けた。
「そうですね……何から伝えるべきか」
 口に出すつもりは無かったが、自分が生きてきた年月を振り返るのは、そう簡単でもないと思う。思わず零れ出た和紗の言葉に、洸はただ黙って次の言葉を待っていた。
「俺は気が付けば独り…それも長い間、夜を彷徨っていました」
 どれほどの時間だったかは思い出せない。
「月の柔らかな光の下、密やかに息づく穏やかな闇は、優しくて美しく……」
 ただ目を閉じれば、今この太陽の下でさえその光景は思い浮かぶ。
 そんな和紗の様子に、洸は思わず顔を緩めた。笑むまではいかない変化。けれど、確かに彼が纏っていた空気が変わったとでも言うべきか。出会った時から張り詰めた様子に見えたが、和紗にはそれが薄れたように思えた。それと同時、洸は小さく和紗に言葉を向ける。
「よっぽど好きなんですね、夜が。だからいつも夜に会ってたのかな……今回は別みたいですけど?」
「…ええ、そうですね。でも――そう」
 ヴァンパイアの性質上、夜しか動けないのは当たり前だししょうがないと思っていたが、その考えも何時からか確かに変化していた。
「でも、名をくれた人がいて…お陰で昼も悪くないと……そう思えるように」
「名……?」
 首を傾げた洸は、少し控えめに和紗を見ながら何かを言う。ただ途中、無反応の彼を見ては言葉を切った。
「でも――……あ、すみません、答えられないなら今のことは気にしないでください?」
「あ、いいえ。不便、でしたからね…名が無いのは」
 洸の言葉に、ようやく和紗はかぶりを振りながら笑顔で答える。思わず洸の問いに反応し切れなかったのは、その時を少しだけ思い返してしまったからだ。
 和紗の反応に洸は安堵の息を漏らし、再び話を聞く体制を作った。
「それでも……名前を貰い生きていくにしても、まだこの世界は怖かった。太陽の様な烈しい強さを持つ昼の…この、人の世界が」
 一つの言葉を口にする度、頭の中を様々な思いが過ぎっていく。
「日差しにも強弱があり、曇りや雨の日もあると、そう思えるようになったのは最近です」
 ただ、今はこうして悪いイメージだけでないことも確かだ。
「夜の闇の中にも、確かに様々な色があって、独特の空気もあります。でも、夜以上に様々な顔を持つ昼間の風景も、とても美しいものだと……そう、思います」
 昼を知ったからこそ、夜の景色の中で新しく見えてくるものも多分あった。具体的に何がどうだと言う説明は無く抽象的な発言が多いものの、洸は和紗の言葉にただ静かに頷いて見せた。
「ありがとう、ございます」
 そうして少し俯いていた顔を上げると、礼を告げ言葉を続ける。
「藤水さんの言うこの世界は、以前柾葵から聞いたものと全く異なるものです。それは、人それぞれの考え方も勿論あるんでしょうけど……特に藤水さんは絵を描かれるみたいだから。いや、でもこれは多分それ以前の、生まれ持った体質だとか、そういう問題で――もしかしたら俺も同じ、かもしれないなって、思いましたよ」
「同じ、というと?」
 和紗の言葉に洸は立ち上がると、ゆっくり辺りを見渡すような動作をした。実際、彼にとっては空気と戯れるような動作なのかもしれない。
「俺が見続けているのは、月明かりすらない闇。薄闇すら存在しない世界。だからいつか、もしも…この俺の世界に光が訪れるなら……俺は最初、藤水さんと同じ気持ちを抱くかもしれない」
「洸くんが、ですか?」
「ええ。長い間…生まれてからずっと闇の中で過ごした事が当たり前すぎて。得られるものならば欲しいとは思うけど、光というものを得るのが本当は怖い、かもしれない。今までは感じていた何かが見え始める……それは多分、俺にとっては大きな変化だから」
 そう言って、木漏れ日の降り注ぐ上の方へと目を向けた。木々の間から見える空は、相変わらず青い。
「後は空気……かな」
 ただそれが見えることの無い洸は、感じるものを口に出す。
「朝と昼、夜に深夜の空気。時間以外に場所の違い…全部が違うのは俺も知ってます。一分一秒同じ空気なんて無い」
「やはり洸くんは、感覚系統に関してはとても優れてるのですね」
「おかげさまで。こうなるまで相当時間はかかりましたけどね。ただ、やっぱり俺には見えないから、言葉にすれば抽象的なものになってしまう。いや、この辺りも藤水さんと同じなのかな」
 そう苦笑いを浮かべると、洸は石から立ち上がり少しだけ湖の方へと戻り出す。そちらは勿論まだ日向だ。洸はそれを分かっている上で離れると、和紗には背を向けたまま言葉を続けた。
「……こないだ、桂が残していった言葉――今だけ…そして少しだけ思い出して欲しいんです」
 声はちゃんと届く。表情は見えないが、声色は変わらない。
「俺は…生まれてからわりとすぐに孤児院の前に捨てられてたんですよ。そう言う意味では藤水さんと同じく、ある意味独りだった。でも俺にはちゃんと名前がある、実の両親からのものらしい……名前がね」
 言いながらしゃがむと、足元の石を手に取り湖の方へと投げた。
「それに、孤児院の先生達も、周りの奴らも優しかった。楽しいと思ったことは無いけど、暖かい場所であったのは確かだった」
 投げられた石は何度も水を切り湖面を走っていくが、やがてそれが水の中に落ちる音を聞くと、洸は言葉を続ける。
「ただ、そんな平穏な日々の中。両親のことなんて考える事も無かった日々の中で、父親だと名乗る奴から数年前に手紙がよこされたんです」
「手紙ですか?」
 どういう理由であれ、幼い洸を手放したはずの片親。洸に直接会いに来るでもなく、それはポストの中に直接投函されていたと言う。
「そいつは近くで、ずっと俺のことを見てたのかもしれない。でも、それがきっかけで俺は孤児院を出て今此処に居るんですよ」
 手紙に書かれていた内容、それはあまりにも身勝手な言葉の数々。
 父親だと名乗る者は、自分の妻――つまり洸の母を殺したと書き示していた。そして邪魔になった洸を、せめてもの優しさでもって孤児院の前に捨ててやったと。
 今更どうして連絡を取ろうとしてきたのか、その意図は分からなかったし、書かれてもいなかった。謝りたいというわけでも、やっぱり家族だから一緒に暮らそうなんて、今更のような……夢のような言葉は欠片も無い。ただそこには、洸の両親の現実と、この先の指示がなされていた。
「自分にこんな父親がいて悔しいだとか、会いたいだとか思うならば、地図の場所に来い……そんな、意味の分からない締めくくりでしたよ」
 それは子供に向けた、目的のはっきりとしない、挑発的な挑戦状。
「――正直馬鹿げた話だと思いましたよ。でも……」
 言葉はそこで不意に途切れた。どうしたのかと思えば、洸は突然その場にしゃがみこむ。
「……くっ…!?」
「どうかされましたか?」
 思わず洸から漏れた呼吸の荒さに、和紗は思わず問いかけながら立ち上がる。
 背中で大きく息を吐き、地面に手両手両膝をつき蹲る洸は、やはり見るからに苦しそうな様子だった。
「…旅立ちの、日っ――あの日もこうして、痛かった……」
 やがて左手だけが、地面から離れ上へと移動する。
「左耳が痛い…あの日も、そして今日も……此処最近と言うべきなのかもしれない…酷くなってる。藤水さんと話してて、少しは緩んだと思ったのに……な」
 彼がそうして抑えるのは、痛みを訴える左耳。そこには青い、光り輝くものが存在する。
「ピアス……ですか?」
 和紗の問いに洸はかぶりを振る。
「俺が、捨てられてた頃にはもう付いていた…まるで埋め込まれてるみたいに、絶対外せない物なんですよ……これがなんだかは分からない。でもそんなことはどうでもいいっ…」
 痛みが増しているのか、やがて言葉は無くなり、ただ左耳を抑える手に力だけが入っていく。
「来ないで…ください……いいんです」
 それでも、和紗が洸の方に近づこうとすれば、彼は敏感に反応し制止する。
「――でも」
「だってこっちは今、日向だから…多分藤水さんはこっちには来ないほうがいい、じゃないですか」
 しかし苦しんでいる洸をそのままにはしておけない。それは、和紗が洸と柾葵を拾った時から続いているものなのではないかと思う。今は、二人の旅をそっと支えたいと、安らぎを与えられればと思っている。だから、ゆっくりと歩み始めた。洸は相変わらず来るなの一点張りだったが……。
「…来ないで…いいから……ぁっ」
「……」
 その気配に洸が顔を上げると、和紗は自分を見上げてくる彼に向け微笑んだ。
「なん、で……?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと日傘を差していますから。それに、木々が微かに陽の光を遮ってくれています」
 そう言って和紗もしゃがむと、一言断りを入れて洸の左手を耳から遠ざけた。そして、その変化に思わず息を呑む。
「(これは……これそのものが光っている?)」
 多分普段とは明らかに違う、それは発光していた。そして、その発光と痛みが連動していると、和紗は洸の様子から察する。
 光が弱まれば洸の息遣いも落ち着き、光が強まれば再び痛みを訴えた。ホンの短い時間ではあったが、和紗はその変化を目の当たりにする。
 無言の和紗に洸は一人立ち上がると、泥の付いた服を軽く叩き、言葉を続けようとする。
「手紙が…あれがどこからどこまで本当かなんて分からないけど、俺に宛てられたものであったのは確かだったし。やけに相手の名前が、気になったから……とにかく会って確かめないことには…多分、この痛みの原因も分かるはず、ですから」
 洸はこの光には気づいていないはずだ。ただ、この痛みの原因はなんとなくだが予想が付いているのかもしれない。
「でも、そういえばその地図とは?」
 洸では流石に見れるわけがないのではと思ったが、洸は苦笑いを浮かべながらその答えを言った。
「地図も先生に見てもらったんですけどね…とても、見えても普通の人が解読できる地図じゃなかったらしいです」
「と言うと……」
「言うならば、そいつが指定する場所は地球儀で日本のこの場所で待っている、と示してるようなものなんです。だから、俺以外の誰が見ても、全員が全員分からないんですよ……見る分には」
 最後の言葉には引っかかりを覚える。
「馬鹿げているけれど、俺はそんな場所を目指してます……大分、近いとは思うんですけどね。まだまだ遠い気もします。柾葵と出逢ってから色々狂わされたせいもあるんだろうけど…」
 もしかしたら洸には地図が見えているのだろうかと、いう疑念。見えているとは違う、感じている――のかもしれないが。和紗には、洸が大まかな場所の把握はしているように見受けられた。
 ただ、次の瞬間洸の脚がガクリと折れるのを見て、和紗は思わず駆け寄る。
 空には偶然か、雲が広がっていて、支えなく地面に倒れかけていた洸を寸での所で抱えると、転がった日傘を手繰り寄せた。
 洸は目を閉じ、力無く笑ってみせる。
「っはは…やっぱりだめ、みたいですね……すみません」
「いえ…今はゆっくり休んでください」
 そして彼は、ゆっくりと意識を手放した。



    □□□



 彼が目を覚ました時、辺りはオレンジ色に染まっていて、既に陽は傾きかけていた。
「もう大丈夫ですか?」
 起き上がった洸は何度か瞬きをして見せた後、ゆっくりと和紗の方を見る。
「っ……ええ、大分。すみません、ありがとうございました」
「いいえ、気になさらずに」
 地面に手を付いた洸は多分気づいているのだろう。最初に和紗が座っていた辺りまで移動されていること、そして見上げた空の色が変化していることを。
「所で一休みって、又写生で来ていたとかで? だったら時間とらせてしまってすみません、俺もう行きますから」
 確か前回がそうだったんじゃないかと、立ち上がった洸は和紗から離れようとした。
「いえ、今回は少し…違うんですよ」
「?」
 ただ、和紗の声にその動きは止まり、明らかに疑問符を浮かべて見せる。
 ようやくこの言葉を本人を前に言葉に出来る――そう思いながら、和紗は洸へとその言葉を向けた。
「今回は期間も目的地も決めてないんです。良ければ、ご一緒させて下さい……」
 一瞬の間。ただ、洸はかろうじて反応を返してくる。
「それ、は……まさか俺たちに、と?」
「ええ。それに旅は道連れ、と言いますでしょう?」
 和紗の躊躇いも無い言葉に、洸は明らかに戸惑いを露にしている。此処まで動揺している彼も珍しいかもしれない。ただそれ以上の言葉を発することは無く、洸の反応を静かに待つ和紗にようやく向けられた言葉は、多分否定のもの。
「……無理だと、思いますよ。俺も柾葵も薄々は分かっている…あなたは悪い人じゃないけど、普通の人じゃない。俺たちの旅には、多分向かないんじゃないかって」
「でも、心にはきちんとそう決めて来たのです。勿論、俺の事でお二人に迷惑をお掛けするつもりもありません。自分の管理は俺自身でしますしね」
 そう言う和紗の決意は、恐らく洸が考える以上のものだったのだろう。
 拒否するわけではない。ただ、躊躇いと戸惑いを含み、やがて洸はため息混じりにポツリ呟いた。
「だめだな、俺じゃきりが無い……あの、柾葵を呼んできてもいいですか?」
「ええ、勿論。お二人で相談してくださって構いませんので」
「それは…ちょっと違うかもしれないけど、少し待っててください。すぐ戻ってきます」
 そう走り去った洸の背中が消えた頃、和紗の背後から今度は別の、小さな声が響き渡る。
「――決めたのですね」
 まるで湖に水滴が落ちるが如く、小さな声。
「……ええ」
 ただ、その声はまるで波紋のように存在を広げ、気づけば彼がそこに存在する。その気配に、和紗は驚きやしない。多分、今回もまた現れる筈――そう、思っていたのだと思う。洸と柾葵に出逢う時、決まって桂に遭遇する……それはもう、当たり前のことになっていて。
「一つ教えておくことがあります。ボクは洸くんの父親の元にいます」
「確かお手伝いをなさっている、と?」
 前回の話の続きだろうか。桂は頷くと言葉を続けた。
「そう、ですね。ボクは二人を監視する役目を担っています、だからあなたともこうして出会う」
「監視……少し物騒な言葉ですね」
「でも二人の行く先は同じで、捜し求めている人物も同じ。全てはその人物からの指示で、必然的なことでもあります」
 思いがけない言葉に、和紗は思わず問う。
「全て偶然、なのですか? 確かお二人は最初から一緒ではなかった筈ですが…それに、それをお二人は知って――」
「それは、今答えられませんし…出来れば、二人には伝えないで頂きたい」
 和紗の言葉を遮り、桂は最後に笑みを浮かべた。
「ボクは監視し続ける中で二人を助け、あの方の元へ導き続けていました。この先、どうやらボクの助けは必要なさそうですが…」
「ならば、二人を導き続けることに変わりは無いと?」
 頷き、桂は手中の懐中時計を開けては見る。カチカチと、小さな秒針の音が和紗にも聞こえた。
「――今のところボクが害を及ぼすつもりは微塵もありません。そのような命令もされていません。ただ、このまま進む道の先、もしかしたらボクらは……」
 蓋を閉じる仕草、音と同時に桂は顔を上げる。その視線は、先程洸が消えていった方向を見ていた。
「二人が、戻ってきたようです」
 何を察しそう言ったのかは分からない。二人の姿は勿論足音も、気配さえもないけれど、桂はそう言うと懐中時計を持ち直す。
「次に又会う時、そこはもう一面銀世界かもしれません。二人の様子に…ご注意ください。その時のボクはきっと、何も出来ませんから――」
「それは一体……っ」
 どういう意味なのかと、問う間もなく桂は姿を消した。それさえも、既に慣れてしまった光景かもしれない。
 そうして桂が姿を消してから一分経たずして、和紗の目には二人の姿が映った。

 柾葵は道中、事の経緯を聞いて来たのだろう。最初に挨拶を交わすと洸の時と同じ事を聞かれ、同じ言葉、同じ気持ちで返答する。
「――――……」
 柾葵は少し考えた後、洸を見て軽く頷くと、メモ帳になにやら書き始めた。
『最初からそう決めての事なんだろ? ならば、それで良いと思う。』
 それは、旅の同行を認める言葉。
「本当にいいんだな? 柾葵……」
 確認するよう洸が問い返せば、柾葵は彼の掌に文字を書き示す。それから少しした後、二人の手が離れ洸は頷いた。
「――――そっか、なら俺も構わない。なにより……俺には藤水さんのことを拒否する理由も無いですからね」
 最初は柾葵に、最後は和紗へと向けられた言葉だった。
 どんなやり取りが交わされたのかは分からない。ただ、少しした後柾葵がメモ帳に何かを書き和紗へと手渡した。
『その決意は確かなものだし、藤水さんは俺達に害をなすことはしない気がする。
 だから良いんだ。』
 それは、最終的な決定権のようなものが柾葵にあったことを表す。
「とりあえず宿がとってあるんで…これからそこに戻ることにします。明朝から先へ進みますから、そのつもりでお願いしますね」
 そう言った洸に和紗は「分かりました」と頷き、三人は森を出た。すっかり辺りは薄暗く、和紗の日傘も既に用無しだ。
 もう此処で別れる事は無く、明日目が覚めればそこからは行動を共にする。まだ実感が沸かないものだが、明日になればそんなことも言っていられなくなるだろう。
 和紗の少し前を歩く洸の体調はすっかり元に戻ったようで、柾葵も普段と変わらない。
 ただ、不意に洸が歩みを止めぬまま僅かに振り返り和紗を見た。
「どうかしましたか?」
 ただ言葉が無く、思わず和紗の方から言葉を振れば、洸は少しだけ驚き顔を逸らすと、かろうじて届くような小さな声で呟いた。
「いや…えっと、……明日から宜しくお願い、します」
 それは交わされていなかった、この旅最初の挨拶。
「こちらこそ宜しくお願いします、洸くん」
『あ、俺も俺も!
 宜しく、藤水さん。』
「ええ、宜しくお願いします、柾葵くん」



  長い長い旅の中、独りの旅が二人に、二人の旅が三人になった。本当は…嬉しかった。
  それをわざわざ声や態度に表すことなど無いけれど。この先も、そんな機会があるかなんて分からないけれど。
  当ての無いこの旅。行く先があってもその場所が分からない、それは本当のこと。はっきりは…しないんだ。
  けれど、必ず辿り着けることを俺は知っている……この地図と、多分この痛みがある限り。
  全ては、手紙が教えてくれる。
  不確かなことばかりだけれど、自分の力がある限り、この旅はどうにかなると……そう、思う。


  それを……全てを、口に出すことはきっとこの先、無いのだけど――。




 空に浮かぶ月は、静かに地上を、そして三人を照らしている。
 何処かで小さく鎖の音が響き、思わず洸が足を止めた。ただ、何処を見ても誰の姿も無く、不思議がる柾葵が鬱陶しくなったのか、洸はすぐに歩みを再開する。
 けれど、和紗だけは先行く二人を追えずにいた。まだどこか近くに桂がいる気がして。


「――――――…‥」


「……考えは恐らく違うかもしれませんが、もとよりそのつもりです」


 この声が届くかは分からない。ただ、そう言うと和紗は二人の後を追った。



    『来るべき時 どうか二人を救ってください』



 それは遠く。どこか遠く。あるいは頭の中に響く声――…‥。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [2171/藤水和沙/男性/318歳/日本画家]

→NPC
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]
 [  桂・不明・18歳・アトラス編集部アルバイト ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライターの李月です。何時もお世話になっています。
 遂に二人に同行、なお話となりました。かなり会話中心となっております…。
 全てには触れられなかったものの、少しだけ洸の過去と、この旅と桂の関わりが表に出てきています。
 二人は元々同行には賛成なわけですが、洸が柾葵を呼んだのは藤水さんの本心と決意を試したようなものでした。藤水さんに関しては、巻き込みたくないというべきか…同行させていいべきかという迷いが洸にあり、少し異例の形です。
 桂に関しては、これ以前の出会いの場面では二人に関わることをあまりよく思ってはいませんでしたが、若干変化が出ています。
 次がありましたら、そこの行動次第で大きな変化が現れるかもしれません..。
 と、何かありましたらご連絡くださいませ。

 それでは、又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼