コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 遙見邸離れにて・ドジっ子メイドの買い物修行

「―――――というわけで、君の今の状況はわかってもらえたと思う。危害を加える気はないが暴れられたりすると少々困るのでなるべく大人しくしておいてくれ」
 狭い一室である。
 黒城凍夜は、その部屋に少女と二人だった。少女――七罪というらしい――は一応縄で両手両足を縛ってあるが、それほど強い拘束ではない。
「えっと――誘拐されちゃったんですよね、私」
 七罪という少女はぽけーとした顔つきである。いまいち自分のおかれている状況がわかっていないようにも見えた。
「そういうことだ。依頼主は、君の主人から本の制作を断られたようだな。腹いせで君を誘拐しろと俺に命じてきたわけだ」
「あ、あはは……そういう人だから苦怨様に断られたんだと思いますけれど……」
 凍夜としても七罪の意見に同意であったが、とはいえそれと仕事は別である。きちんと遂行はする。
「ふむ。まあそういうことだ。君の主人が本を製作すれば、きちんと君は屋敷に帰れる。その間は申し訳ないが、大人しくしていてくれ」
 はい、と随分素直な人質であった。荒事を覚悟していた凍夜としては、微妙に調子が狂う。
「――――君は、主人――遥見苦怨とかいったか。そいつがきちんと本を作ると思うか?」
「え、えと……どうでしょーねぇ。苦怨様のことだから……多分世界が崩壊しても、一度断った依頼は受けないと思うんですよね……」
 それは随分嫌なやつだなと凍夜は思った。要するに頑固者で、他人の話を聞けない人間ということか。
「ふむ。黙っていても退屈だし空気も重い。話し相手になってもらってもかまわないか?」
「あ、いーですよぉ」
「じゃあ手始めに――――そうだな、君の主人に対する思いを聞かせてもらおうか――――」

「…………っていう感じで、苦怨様は頑固者だし乱暴者だし好き嫌いは多いしすぐに怒るし怒ると銃を持ち出すし子どもは嫌いだしお年寄りは嫌いだし機械は苦手だし本のことになると他の全部を忘れちゃうどぉ――――――――しよもない人なんですよぉ。まったく困っちゃいますよね」
 三十分後。
 延々と続いたのは、七罪の苦労話であった。ほとんどが苦怨にまつわる愚痴であり、おかげでこの三十分で、遥見苦怨という人間はかなり細部まで知ってしまった凍夜である。
「ふむ。噂では、気に入らないヤツを見ると銃で殺しにくる悪魔、と聞いているが」
「あ、それ嘘ですよ? 苦怨様、ホントはヘタレなので殺すなんてできません。精々脅すくらいですよ」
 七罪は本当によく喋った。依頼人からの話だと、主人の言うことばかりを聞くドジなメイド、という話だったのだが、意外や意外毒舌家らしい。それとも屋敷の外だということで、たまっていた鬱憤を晴らしているのだろうか。
 いずれにせよ、一人の人物に対してこれだけ話すことができるのだから、七罪の苦怨に対する想いは並々ならぬものがあるのだろう。
「君はそれなのに付き従っているのか? そんなどうしようもないヤツならすぐさま見捨てれば良いと思うんだが」
「あ……まぁ、えーと……一応、ひっじょーにひねくれた優しさがあるというか。悪い人ではないんですよね。恩もあったりなかったりしますし」
 てへへ、と笑う七罪。
 ふと凍夜は、苦怨のほうが気になった。七罪がこれだけ慕っているのに、その主人はなんともおもっていないのだろうか。
 一度断った依頼は二度と受けない、と七罪は言った。だがそれはつまり七罪を見捨てるのと同義なのだ。七罪を無事で返してほしかったら、本を作るに決まっている。
(とはいえ――依頼人の話だと、苦怨の目つきなら閻魔大王のほうがまだ可愛らしい、とか言っていたからな。上手い具合にはいかないか?)
 当初、凍夜は七罪の安否はどうでもよかったのだ。苦怨が本を作っても作らなくても金は手に入るのだから。
 話を聞いてみるとだんだん七罪が不憫になってきた。
「あー……さっきも聞いたが、君の主人は本当に本を製作しないのか?」
「はい。もう間違いないですね。そんなことが起きるくらいなら、五大陸が同時多発的に津波で沈没するほうがまだ現実的です」
 相当な自信とともに七罪が言い放つ。それは同時に、九罰は七罪を助けない、と七罪自身が言ったようなものなのであるが――。
「それは、つまり君の主人は、君のことをどうでも良いと思っている――ということなのか?」
「………………………」
 あ、ヤバイと凍夜は思った。
 七罪が、ぼけっとした顔で凍夜を見上げる。こういう顔をした女性は、大概その後に泣き出すかわめくのだ。そんな顔をさせたというだけで、背筋に罪悪感がひた走る。
 案の定。
 七罪の顔が、すぐに悲しそうに歪んで――。

「失敬。ウチのバカが邪魔しているのはここで間違いないな」

 泣き出す前に、狭い部屋の扉を誰かが開けた。
「ああ、いたいた七罪。買い物帰りになにをしている。ほかの連中も腹をすかせて待っているんだぞ。こんなに待たせたのなら、今日くらい味噌なしのみそ汁を作ってくれるんだろうな? 俺は味噌が嫌いだ」
 マシンガンのようにどくどくどくと喋るのは、いきなりの闖入者。眼鏡をかけたあくどい目つきの男で、正直ヤクザか何かに見える。
 凍夜は直感した。こいつが遥見苦怨だと。
「苦怨さま? 私、誘拐されているんですけど?」
「知ったことか。誘拐されていようがいまいが夕食は作れ」
 助けに来たの――だろうか。
 その割には随分乱暴というか、理不尽というか、そんな気がする。
「……むー」
 七罪も、どこか不満なようで、縄を解いている苦怨を複雑な目で見ていた。
「あ、凍夜さん。ありがとうございました。おかげで楽しく過せました」
 こちらは誘拐したはずなのだが、なぜか感謝されてしまった。苦怨になにか言われるかと思ったが、こちらはこちらで。
「邪魔したな」
 というだけで、すぐさますたすたと行ってしまう。七罪はぺこりと頭を下げてから、彼についていった。

 後で知ったことだが。
 凍夜の依頼主は、どうも苦怨によって酷い目にあったらしい。彼がなにをしたのかは知らないが――依頼主が入院三ヶ月という事実からして、拳銃を一つ二つくらいは撃ちだしたのだろう。
 案外、凍夜のことを誘拐犯ではなく、誘拐犯から七罪を保護した善意の協力者だったのかもしれない。
(金はもらえなかったが――割にあわない仕事では、なかったかもしれないな)
 七罪を泣かせる事無く。
 いやむしろ、苦怨についていく彼女の顔は、とても嬉しそうだったのだから。それを考えただけでも上々だろうと思った。



<了>

□■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物
□■■■■■■■■■■■■■□

【7403/黒城・凍夜/男性/23歳/退魔師/殺し屋/魔術師】