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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


バレンタイン、妹だけでいいのか!?
 さんさんと粉雪が降る。
砂糖が舞い降りてくるような、
その景色は楽しく、そして切ない日を彩るイルミネーション。

「お兄さん、もうすぐバレンタインですね」
「何言ってんだ。今日がバレンタインデーじゃないか」
「えええ〜〜〜!作ります。今すぐ作ります!ここのキッチン借りますね」

そうやって草間零はキッチンの奥へと消えていった。しかしすぐ出てくるや否や、

「そういえば何も買ってな〜い」

涙目になった零は、すぐさま近所のスーパーへ買いだしに行った。
その零の姿を事務をしていたシュライン・エマは見逃さない。

――昨日

「お兄さん、チョコレート大好きなんですか?」
「ああ。チョコレートなんて数食べるもんじゃないよ」
「私だけにしか貰えなくても平気なんですね」
「いや……やっぱり男だからな。心のこもったチョコが欲しいとは思うよ」

 草間武彦がそう発言した時、シュラインもその言葉を聞いていた。

 シュラインは何を隠そう草間興信所の事務員および武彦の恋人なのである。
既に親御さんには顔がみられており、結婚に踏み切ろうと思えばいつでもできる。
そんな仲である。

(うーん、こういうセリフを聞くと、毎年渡してるチョコと同じようなものを
渡すのが躊躇われるというか)

 ここは捻って考えなければ。チョコレート菓子を。
シュラインは前日に買い物を済まし、キッチンの前に出た。

 まずはオレンジピールを冷蔵庫から取り出す。何日か前からつけていたものだ。
もちろんオレンジの皮なので、防カビ剤やワックスを使っていない
バレンシアオレンジを使用。つけるために砂糖の他、ウィスキーをつけた。

「よし、いい具合にやわらかくなってる。ウィスキーの香りもバッチリね」

煮込んだりして作らなければならない。これ1つ作るのも大変なのだ。

 そしてチョコレートを刻んで湯せんで溶かす。まぁよくある手作りチョコレートの
作り方だ。シュラインは常に温度計を気にしている。湯せんの温度は常に
60℃をキープ。ゴムべらで混ぜていくうちにいい感じのとろけ具合になる。

 そこでコンロの火を切って、湯せんで溶かしたものより、ぬるま湯を入れた
大きめのボウルに入れて、チョコレートの温度を30℃に保つ。
そこでオレンジピールを取り出し、チョコレートをつける。
余分なチョコレートを振って落とし、純ココアをまぶしていく。
それが終わったら、冷蔵庫に入れて固める。これで「オランジェット」の完成だ。

男性にはわからないかもしれないが、手作りチョコ、それも凝ったものを
作って渡してくれる女性は、このように相当な努力の末、作られている。
おいしい、まずいはあると思うが、まずその愛情を感じてほしい。
それが世の女性の願いである。

――今日

 シュラインは考えていた。
零ちゃんがいない間に渡そうかどうか……。

「あのっ」

とシュラインが声を出したら、
武彦はこちらに歩いてきて、ドサドサと書類をデスクに置いた。

「これ、今日の分だからな。終わらないと帰られないぞ」
 職場では上司と部下なのだから仕方がない。
 これでは本当にシュラインはオランジェットを渡せそうにない。
シュラインは泣きそうな気分だ。

「じゃ、外回り行ってくる」

 武彦はカメラを持ち出し、さっそうと出ていった。
そして入れ替わるように零が帰ってきた。

「零ちゃんおかえり」
「エマさんただいまです!」
「で、どんなの買ってきたの?」
「昭和の板チョコと、まだバレタインセールをやってたので、道具も買えましたよ」
「へぇ、よかったじゃない」
「私の買った物見てみます?」

 そうやって零が見せたのは、
「まずは湯せんの耐熱ボール、ゴムべら、ハートや星の型です」

 つまりあれだ。チョコレートを湯せんで溶かして型に流し込み、冷蔵庫で固める。
そしてトッピングで粉砂糖をまぶすのだそうだ。

 仕事もあるのだが、シュラインは時々零の様子を見にきてた。零が普通に
料理できるわけがない。そう思うからだ。

 書類を敏活に片付けてはいたが、少し休みたくなったので、零のところに行った。
なんと板チョコをいくつかに割って、そのままボールに入れていたのだ。

「あ、エマさん。この様子じゃチョコレートが溶けてくれなくて困ってるんです」
「これはね、包丁で細かく切ってから溶かすのよ」
と言って、少しとろけたチョコレートをザクザク切っていった。
「あとは零ちゃんがやってね」

そして仕事に戻った。でもなんか嫌な予感がする。

「エマさ〜ん」

シュラインの予感は的中した。
(いくら可愛い零ちゃんでも、こういう時は気遣って、仕事に専念させてくれると
嬉しいんだけど)

「こんな感じで溶けていればいいですよね」
なめらかなチョコができあがっていた。

 またシュラインは仕事に戻り、さらなる速度で仕事……
とその前に、さすがのシュラインもブチ切れそうである。
もう零に呼ばれないように、事務のデスクでチョコレートの作り方を書きなぐった。
そして零のところに行き、その紙を渡した。

・とろみが出るまで溶かしたチョコレートを型に慎重に流し込みます。
・そして固まるまで冷蔵庫で保存。
・固まったらチョコを裏返して、トッピングの粉砂糖をふりかける。
・あとはラッピングして(その暇はなさそうだから、お皿にのせて)完成。

ここまで書けば、さすがにもう零が呼び出すことはないだろう。

「零ちゃん。このメモを渡すから、私に頼りすぎないでね。書類山盛りなの」

このメモが効いたのか、シュラインの言葉が効いたのか、
もう呼びだしはなかった。

 さぁ戦争だ。シュラインは今日中に書類を終わらせるべく、
今までで最も敏活に、的確に書類を書かなくてはならない。
特に税務署関連はわからないことばかりであったが、何度もやれば、
慣れるものである。

税務署は待ってくれないので、先にその書類。
それから興信所関係の書類。
住所調査などの、丁寧な報告書をシュラインが全部作っているのだ。

プリンターは大活躍である。これだけの書類があるとプリンターも
忙しくなってたまったもんじゃないだろう。

「ただいま」

 武彦が帰ってきた。もう夜9時ごろになってる。

「ラブホなんて近くにいくつもあるし、変な風俗の勧誘もされて
たまったもんじゃねーよ」

そこでシュラインは、
「写真撮れました?」
「いや。どこのラブホに行くかわからないし、服装だけで
判断しなきゃいけないから、1つ、1つのラブホに張り込むしかないね」
「でも、シティホテルの可能性は?」
「否定できないね。迷路のような調査だよ。あと昼にはいくつか調べ物してさ、
シュラインの仕事がまた増えたよ」
「ほんと、この時期は忙しすぎよね」

 しばらくすると零がやってきて、
「お兄さーん。やっと零特製のチョコができましたよー」
「お、零でもお菓子作るのできるんだな」
「何よう! 今までだっておうちでご飯作ってるでしょう」
「2分の1でまずいものができるからね。だから料理は俺も作ってるだろ」
「もう!」

 そこでお皿に並べられたチョコレートをテーブルの上に置いた。
「お兄さん、いっぱい食べてくださいね。あ、エマさんも食べてください」
「え、私も食べていいの?」
シュラインはちょっと疑問を持った。
「今時本命チョコだけなんて古いのです。今は大好きな人に食べてもらうのが、
当たり前なんです。お兄さんも好きだし、エマさんも大好き。
だから、食べてほしいのです」

 シュラインは反省した。
『零ちゃん。このメモを渡すから、私に頼りすぎないでね。書類山盛りなの』
その言葉と無機質に書いたメモ。もしかしたら彼女を傷つけていたのかもしれない。

「零ちゃん、あのね……」
「エマさんも食べてみてください」
笑顔でシュラインに向けられた零の顔。シュラインは零のチョコレートを
食べてみた。
「うん、おいしい」
「よかったー。おいしいって言ってもらえるのが、作る人にとっての最高の言葉
なのです」

その言葉だった。零は今となっては何も気にしてないのだ。
ただ武彦とシュラインがおいしいと言って食べてもらうのが最高のプレゼントなのだ。

「あ、もうそろそろ帰りますね、お兄さん」
「1人で大丈夫なのか?」
「何言ってるんですか。私は霊鬼兵ですよ。お兄さんより強いんだから」

そう言い、テキパキ帰り支度をしたら、

「それではお先にー!」

と言って気付けば零はいなかった。

 なんだか武彦とシュラインだけ残されて、何と言ったらいいのか
気まずい雰囲気になっていた。武彦は無意味にポケットに手を突っ込んで、

「書類はもう終わったのか?」
「ごめんなさい。まだなの」
「あの量を1日でやれるとは思ってない。安心しろ」
「ありがとう」

しばらく沈黙が続き、

「零ちゃんのチョコおいしかったわね」
「おいしかったな。けど足りない」
「え?」
「零の愛情は受け取った。でも一番受け取りたい相手からは、まだ受け取っていない」

そのセリフを聞いてシュラインははっとした。渡さなくちゃ。
急いで紙袋から取り出して、オランジェットを差し出した。

「これ……武彦さんに作ってきたの」
「俺に? ありがとな、シュライン。早速食べてみてもいいか?」
「ええ」

そしてシュライン特製オランジェットを食べてくれた。
「これはアイツ(零)には作れないな。大人の味がしておいしかったよ」
「ありがとう。武彦さん」

「残りは家で食べるとして……」
 そう言うと、オランジェットを片づけて、シュラインの近くに来て……

武彦はシュラインを抱きしめた。お互い吐息が聞こえる。
そしてあらためて目と目で見つめ合って、再び顔が近付いたかと思えば……
甘いくちびるのキス。シュラインの心臓はどくどくと動いている。
そして長いキスの後に2人は見つめ合い、

「どうした、お前らしくないな。妙に女っぽくなって」
「そ、そんなことないわよ! 私、基本的にサバサバしてますから」
「そういうのをツンデレって言うんだよな」

2人は笑っていた。ハッピーバレンタインデー。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+
                           草間興信所事務員】

【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
【NPC / 草間・零 / 女性 / ― / 草間興信所の探偵見習い】

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■         ライター通信          ■
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このたびはバレンタインデー企画に参加してくださってありがとうございます。
こういう恋愛コメディで最後は甘々というお話は実は初めて書いたのです。
喜んでいただけると嬉しいですね。