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Doesn't permit
あやかし壮管理人、因幡 恵美は座敷童子、嬉璃の妨害に苦しんでいた。妨害と言っても恋路のみと変わったもの。そんな一風変わった噂を聞きつけた闇の美術商、石神 アリスは、好機とばかりに彼女たちの品定めを始める。
○
「すいません、買い物袋まで持って頂いて」
恵美は年下のアリスに何度も頭を下げた。
「いえ、たまたま通りかかった所ですし。お役に立てて何よりですわ」
アリスは両手で買い物袋を抱えて微笑んだ。
少し前から二人には親交があった。その時も恵美が困っていたものだから「偶然」手助けをした。そう、「偶然」恵美の自転車がねずみ色に変化して動かなくなってしまったのである。
恵美はアリスの全身を視界に捉えて笑顔を浮かべた。
「私に何か?」
「い、いえ! アリスさん綺麗らなーって」
「恵美さん、ろれつが回っていませんよ」
「あ、いや……。すいません」
顔を紅くして頭をかく仕草が魅力的だ。アリスはイメージの中で恵美の全身をねずみ色に染めてみる。
息が乱れる。
もちろん恵美に悟られてはいない。
微かに。
そう、微かに……だ。
「何を興奮しとる?」
その言葉にアリスは瞬時に呼吸を整えた。
「嬉璃!」
振り返ると、自分よりも背丈の小さい幼子が不敵に笑っていた。
「なに馬鹿な事言ってるの。そんな事言う前に手伝って」
嬉璃の視線がアリスにぴったりと張り付いている。これが座敷童子か。
「はじめまして、石神 アリスと申します」
アリスは深々と頭を下げる、嬉璃の視線が後頭部にささる。
「嬉璃もアリスさんに挨拶して」
アリスは顔を上げて微笑むと、嬉璃はぶすっとふてて飛び去っていった。
「恵美さんを取っちゃって気を損ねさせてしまいました」
「いえ、気にしないで下さい。嬉璃には私から言っておきます」
互いに頭を下げあっていると、あやかし壮の前についた。お世辞にも綺麗とはいえない。駅前、商店街すぐ傍と立地条件が良いだけにマンションでも建て替えれば採算は取れるだろうと、美術館経営で身に着けた経営論を元にざっと計算してみる。
「どうですか? 上がってお茶でも」
恵美の誘いで、意味の無い思考を止める。
「すいません。これから美術展の手伝いがありますので」
「お母様、美術館の館長をされていますものね」
恵美の眉が下がる。
アリスはバッグからビデオテープを取りだすと、恵美に差し出した。パッケージには「ニリーズ起動キャンプ」と書いてある。
「たまたま頂いたものですが、良かったら是非」
「ありがとうございます。嬉璃がこういうの目が無くて。あの子喜びます」
当然だ。そうでない限りこんなスキンヘッドが照っているパッケージを手にするはずがない。
「ああっ……。でも」
言葉を濁す恵美。
「何かご不満でも?」
さっさと渡して退散したい気持ちがつい口調をきつくしてしまう。
「すいません。そういう訳では、ただ何か違うなって」
違う? 気持ちを表して何がいけない。
「言葉にするのは難しいのですが」
じれったい気持ちがアリスの表情を一瞬だけ強張らせる。
「確かに、プレゼントをする間柄でないはないかもしれません」
「い、いえ! 私はただ―」
アリスは首を振る仕草で恵美の言葉を遮った。
「今日は私が性急だった、それでいいじゃないですか。でも」
アリスは恵美の瞳をじっとみつめて。
「貴方がまた大きな買い物袋を持っていたら手伝わせて頂きます。いいかしら?」
二人の間に沈黙が訪れる。乾いた時間が。
「やっぱり私、変ですか?」
「い、いえ! 私アリスさんの事勘違いしていたみたいです。本当に申し訳ありませんでした」
「それにね、隠していたことがあるの」
恵美の眼が丸くなる。アリスはビデオを握り締めて忌々しそうに。
「私マッチョな男性大の苦手なの。つまり……いらないのよ」
アリスと恵美の間に一瞬間が空くと、二人はその場で大爆笑。
「そういう事でしたら引き取らせて頂きます」
恵美はすっきりした表情でアリスからビデオを受け取る際に、アリスの手を両手でぎゅっと握った。
○
「恵美にそんな趣味があったとはの。こっちまで陽気な声が聞こえてきたわ」
恵美が部屋に帰ってくると、嬉璃はこたつでせんべいを食べながら素っ気なく呟いた。
「もう、そんなんじゃないの。アリスさんはいい人よ、嬉璃も仲良くしてね」
「警戒してくれてた方が助かったのじゃが」
「なに? 何か言った?」
「いんや、なにも」
「変な嬉璃。そんなにアリスさんが苦手?」
恵美はビデオデッキの前に座ると、早速ビデオを取り出してビデオデッキに差し込んだ。
「なんじゃ、それは」
「アリスさんに頂いたものよ。嬉璃、通販好きでしょ?」
恵美は空箱をこたつの上に乗せると、リモコンの再生ボタンを押した。
何の変哲も無いフィットネスビデオだ。黒人のメインインストラクターが自分だけ途中、小休止しては他のインストラクターに「頑張れ」とか「もっとだ!」と声をかけている。
「やられたの、ビデオに魔眼の力を封じ込めるとはの」
「もう、さっきから何をブツブツ言っているのよ嬉璃。私だって怒る時は怒るんだからね」
嬉璃は立ち上がると、恵美の言葉を聞こえないかのように雨戸を強く開け放った。
目の前にはアリスが不敵にほほ笑み、佇んでいる。
「それ、気に入って頂けたかしら?」
「アリスさん。どうして―」
嬉璃が手で恵美の視界を遮る。
「引いとれ、恵美」
「でも―」
「引いとれと言っておる!!!!」
嬉璃の気迫に圧され、恵美は唇を噛んでうつむいた。
「どういう事じゃ。お主」
「これから、私のコレクションに加えられる「物に」教える必要があって?」
「ふざけおって」
嬉璃の怒りを感じ取ると、アリスはくすくすと笑いを漏らした。
「私はいたって真剣」
アリスの髪をかきあげる仕草が艶めかしい、十代半ばとは思えない。
「そう、真剣なのです」
アリスの口がぱくりと開いた瞬間、嬉璃の全身が殺意の渦に飲み込まれた。わななくも、体が言う事をきかない。
さっきのビデオのせいもある。
アリスは嬉璃の様を見届けると指を鳴らした。後ろから何かが近付いてくる。その正体は既に分かっていた、彼女には逃げていてほしかった。そんな想いが嬉璃に希望的推測を与えてしまっていた。息がかかる位に近づくと、見慣れた腕がするりと嬉璃の首に滑り込む。
「そうですね、いい画ですよ。たまには笑って欲しいのですが―。それは止めましょう、今から暗い世界に誘われるのですから」
舌舐めずりすると。
「悲しい時くらい大いに泣き叫んで結構です。苦悶の表情が私好みという事もありますし」
「恵美は関係無いじゃろ!!! さっさと呪縛を解かんかぁ!!!」
「無理な相談ですね。彼女は決して意識を奪われている訳ではありません。ご覧下さい」
アリスが指をひねると嬉璃の首が後ろへと回転する。
嬉璃は言葉を失った。
「ごめんね、嬉璃。私何も知らずに」
恵美が瞳いっぱいに涙をためて、かみしめている唇からはうっすらと血がにじんでいる。こんな恵美の表情を見た事が無かった、いつも笑顔で話し掛けてくれて、いたずらをすれば叱ってきて。一緒に食卓を囲んで、このあやかし荘で暮らしてきて。
嬉璃の頭に恵美との思い出があふれかえる。
「貴様ぁああああああああああああああ!」
嬉璃の充血した眼がアリスの全身を突き刺すも、アリスにとってはそれは快感。アリスは全身を震わせてこの状況を楽しんでいる。
「大声を出すのは駄目ですわ。誰か来てしまいますもの」
アリスは残念そうに眉をしならせると、瞳の力を解放した。大気がゆらめき、そのまま嬉璃と恵美を照射。
嬉璃の足もとが鼠色に変わっていく。忌々しそうにアリスを睨みつける。当のアリスは嬉璃の表情を見つめて悦に入っている。
「見ておれ! 見ておれ!!! 今に必ず! 貴様の首をかいてやる!!!」
嬉璃は恵美に大丈夫、心配するなと声をかけようと、最後の力を振り絞って恵美に振りむくも―。
恵美は既に石化されていた、涙の筋がくっきり石となって残っている。
視線だけを動かして嬉璃はアリスを呪った。
怒りが体を駆け巡る。
しかし、その意識誘導ですらアリスの計算内だった。アリスは首を震わせて嬉璃の視線を受け止めていた。この感情を美と言わずして何を言うのか。生の執着を捨てて私への殺意に注ぎ込む。
「私はなんて幸せなの」
アリスの気持ちが声になった時、嬉璃の石化は完了した。
アリスは恵美に感謝していた。先に石化することでパニックに陥るかと思いきや、嬉璃の思考を邪魔すまいと最後まで理性を保っていた。そのお陰で嬉璃が振り向いた時のショックは凄まじかっただろう。
「感謝しますわ。貴方の尊い人間性が至高の作品へと昇華させたのです」
アリスは石像を一撫ですると、コレクションに加えるまでの過程を思い浮かべ、コレクションの質をあげる為の演出も悪くないと考えるのであった。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【七三四八 / 石神 アリス / 女性 / 十五 / 学生】
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■ ライター通信 ■
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納品遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。納期を二十六日と勘違いした吉崎の完全なミスです。本当にごめんなさい。アリスは吉崎の作品四作品すべて活躍という事で新しく「異界」や他の作品を書こうと思っています。
よろしければ、いろいろな作品に対するご意見お待ちしています。
では、また!!
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