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<東京怪談ノベル(シングル)>


猫の目

 様々なモノが積み上げられた部屋の中心で、トレードマークである猫耳と尻尾が付いた真紅のフードコートを着て、ノートパソコンを操作している少女がいた。
 猫目・アリスだ。
 左腕に包帯を巻きつけ、ガムを噛むその姿は、学校での大人しい彼女しか知らない学友達が見たら、我が目を疑う事だろう。
 彼女は今、自身が立ち上げたサイト「ダークキャット」のチェックを行っていた。
 このサイトはブログのようなものではなく、ましてや何らかの情報といったものは取り扱っていない。
 彼女のダークキャットが取り扱うもの。それは。
「今日は三件か…少ねぇな」
 ダークキャット内の掲示板に立つ、三件のスレッド。
 内容はどれも異なるものばかり。ただし、それらには一つ共通点がある。全ての文章は「依頼」という形式で書き込まれているのだ。
 そう、彼女の運営するダークキャットは、いわゆる何でも屋なのだ。
 システムは単純。依頼の内容をアリスが気に入れば、依頼者にアクションを行い、依頼開始となる。依頼達成と同時に報酬が振り込まれるか、事前に報酬が支払われるかは交渉次第だ。
「猫を探してくれ? …ハッ、猫一匹手前で管理できねぇんじゃ、野良になった方がマシだな」
「長期出張の間、家の留守番してくれ? …こいつ、人を何だと思ってやがる」
「…お?」
 最期のスレッドの件名を見た瞬間、アリスは口笛を吹いた。依頼者の名前に見覚えがあったからだ。
「こいつは…」
 即座に、依頼者に関する情報が引き出される。同じ中学に通う先輩。年齢14歳。学校では真面目な優等生で通している。
 依頼自体は、よくある復讐ものだ。
 だが、だからこそ面白い。成績優秀な真面目な生徒の仮面の内側に何が潜んでいるのか。
「面白そうじゃないか…」
 アリスの口元が邪悪に歪み、金色の瞳と額の宝玉が妖猫の輝きを帯びた。

 翌朝、学校は騒然となっていた。
 何が起きたのかは、人形の仮面を被り、無関心を装うアリスですら、クラスに着く頃には大体把握できていた位に、学校中がその話題で染まっていた。
 なんでも二年の男子と三年の男子が、近所の廃屋で死亡しているのが見つかったとか。
 死因は廃屋屋上よりの落下。それが喧嘩によるものか、自殺願望か、はたまた何か事件に巻き込まれたのか。
 原因までは流石に誰もわからないようで、ここに関してはそれぞれの噂ごとに異なったものとなっていた。 
 アリスが教科書を机の中に入れていると、担任が教室に入ってきた。
 彼は開口一番に放った言葉は、クラスに歓喜の風を呼び込んだ。
 なんでも一時限目を中止して、緊急の朝会を行うらしい。

「昨日、恐ろしい事件が起こりました。我が校の二人の生徒がその若い命を散らしてしまったのです」
 長い癖に、全く中身の伴わない校長の話を無視し、ありすは横目で生徒達を観察した。
 依頼主と交流があり、ある程度仲のよかった生徒達は涙し、また少なからず怒りを露にしている。
 依頼主と犬猿の仲だった生徒達は、教師に気付かれぬよう笑っている。
 また、何の関係も無かった者達…これが大部分だが、彼らは大した関心も無いのか、小声で一限が潰れてラッキーだとか、昨日の話だとか、普段と変わらない会話をしている。
「えー、ですから、このような事態が起きたのには、我々教師一同の…」
 全く感情が篭っていない校長の話。
 人間とは、かくも非情なものか。
 アリスは仮面の下で、爆笑を堪えるのに必死だった。
「…であるからして、皆さんも、犯罪には巻き込まれないようにしましょう」
 長い長い説教とも愚痴とも付かぬ話を、校長はお決まりの台詞で締めた。
 それで朝会は終わった。

 教室へ戻る途中、生徒の波に従いながらアリスは廃屋の方角に一瞥を向けた。
(うちのウィルスは依頼主の思ったとおりに行くとは限らないんだぜ。あの世で良い旅路…無理だろうがな)
 アリスと彼女の左腕に宿る寄生獣は、全ての真実を含んだ邪悪な笑みを浮かべるのだった。