コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


■ユキカゼ■

「ねえねえ、お客さんだよー!」

 柚葉はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、夕食準備中の恵美の袖を引っ張った。
手に取りかけていたジャガイモを籠に戻し、恵美は「はいはーい」と返事をした。

「何かね、困ってるみたいだったよ。玄関で待ってる」
「あら、何かしら……」

 恵美は手を洗い、ぱたぱたと玄関に向かった。
そしてそこに辿り着く前に、異変に気付く。
ある地点を境に、周囲の空気が様変わりしたのであった。

 寒い。尋常でなく、寒い。

 今は冬だから、とか、そんな次元を遙かに超越している。
室内なのに歯の根は噛み合わず、息は真っ白で唾液も何もかもが凍ってしまいそうだ。

「さ、さ、さむ、い、な、な、に、」

 恵美の舌は痺れてしまって、まともに動かない。
天井から氷柱が垂れ下がっているのも確認出来た。
これは明らかに、異常事態だ。

「……管理人さま、ですかしら」

 楚々とした、美しい声が響いた。見ると、玄関にひとりの女性が座っていた。
肌も髪の毛も息を呑むほどに白く、身に纏っている着物も同じく白い。
そして屋内なのに、彼女の周りには雪交じりの風が吹いていた。

 小さいときに絵本で見た、雪女そのものだった。

「先代さまは……コホッコホッ」

 女性は儚げな咳で、言葉を中断させた。
彼女の咳に呼応して、吹雪が強くなる。

「……ごめんなさい……ケホッ。
あたくし、お恥ずかしい話なのですが、雪女という身でありながら……コホ、風邪を引いてしまいましたの……。
数十年前、こちらの管理人さまに……ケホ、よく効く薬を頂いて……コホッコホッ……。
今回もまた、頂けないかと思って……」

 ……それはあたしの祖母で、今はあたしが管理人を引き継いでるんです。
雪女に効く薬なんて、聞いたことありません。

 恵美はそう言いたかったが、寒さのあまり口を動かすことが出来なかった。


■■■


「御免、嬉璃殿はおられるかの……と、なにごとじゃ?」

 あやかし荘に立ち寄った氷女杜・六花は、玄関に渦巻く異様な冷気に足を止めた。
咳き込みながら、雪女が振り向く。そして六花を視線をかち合わせると、ハッとした表情になった。

「六、花殿……ッ、ケホッ、ケホ、」

 切れ切れに言いながら、彼女はうやうやしく膝をつき、頭を下げた。
六花は、ぱちぱちと眼をまたたかせる。
まさかこんなところで、同族に出会うとは思わなかった。

「あれえ、知り合いなのー?」

 柚葉が無邪気に尋ねると、雪女は一層頭を低くした。

「六花殿は、あたくしたちにとって尊いお方……ケホッ。
お会い出来て光栄です……が、このようなみっともない風体で、申し訳……コホッコホッ」

 最後まで言い切らない雪女に六花は苦笑いして、軽く手を振ってみせた。

「そのようにかしこまらんでも、良い。楽にしておれ。名はなんと申すのじゃ?」
「桔梗、と申します……」

 桔梗という名の雪女はそう言いながら、ほうっと息を吐き出して顔を上げた。
その吐息が鋭い冷気となって、柚葉の鼻先に絡みつく。
「っひゃん!」という、柚葉の奇妙なくしゃみが玄関に響いた。
柚葉はぷるぷると首を振った。
雪女の吐息を直接浴びてくしゃみ一つで済むとは、流石は妖と言ったところか。

「ふうむ、これは重症じゃの」

 いちご牛乳がシャーベットになってしまいそうじゃ。
と続けて、六花は懐からいちご牛乳の紙パックを取り出した。

「ど……どうにか、出来ませんか、六花さん」

 いつの間にか部屋から取ってきたらしい、防寒具を着込んだ恵美が、手袋に包まれた指で六花の肩をつつく。
六花はいちご牛乳をひとくち吸い、ストローをくわえたままううむ、と小さく唸った。

「ワシもそれを考えておるのじゃが……生憎と、ワシも薬までは持ち合わせておらんし、さて、どうしたものかの」

 もうひとくち、いちご牛乳を飲んでから六花はストローから口を離した。
それから桔梗の方に歩み寄り、時折背を丸めて咳き込む彼女の額に、そっと手を当てた。

「かなり、冷たくなってしまっておるの」

 とは言っても、さほど酷い風邪ではなさそうだった。
命に関わるような病ではない。
しかし桔梗は薬を求めてとはいえ、このような状態で人里に降りてきてしまった。

 ……早急に治してやらねば、人界に良くない影響をもたらせてしまうかも知れぬ。

 心の中でそっと呟いて、六花は手を離した。
そして不安そうな顔でこちらを見ている恵美に向かって、屈託なく微笑んでみせる。

「大丈夫じゃよ。冷気が多くなりすぎて調節が上手くいかんのじゃろうから、少し発散させてみてはどうかの」

六花の言葉がいまいち呑み込めないようで、桔梗は小さく首をかしげた。
六花は、その場で軽く足踏みをしてみせる。

「運動じゃよ、運動。もちろん激しい運動は無理じゃが、軽く身体を動かしてみてはどうじゃ。
そうして、少し体温を上げると良かろう」
「それじゃ、ボクと勝負しようよ!」

 六花の台詞が終わらない内に、柚葉が元気な声をあげた。
恵美はぎょっとしたように目を見開き、「ちょ、ちょっと柚葉……!」と、無邪気な妖怪を制止しようとした。六花は笑いながら、

「ふむ、それも良いかもしれんの」

 と言って頷いた。柚葉は、賛同を得られて大喜びだ。

「うわーい! 何で勝負するっ? かけっこ? あっそうだ、木登りにしよう!」

 柚葉はそう言うや否や、桔梗の手を取って全速力で走り出した。
桔梗は一瞬よたつき、柚葉に引きずられるようにしてあやかし荘の外に出て行った。
六花と恵美はぎょっと目を見開き、慌てて彼女らの後を追う。

「こ、これ! そのように、急に動いては……!」
「柚葉ってば!」

 ふたりが外に飛び出した瞬間、バキン、と大きな音がした。
続けて、柚葉の「うひゃああ!」という声。

 目の前に広がる光景に、恵美が悲鳴を上げた。

 桔梗の足下から、彼女の身長と同じくらいの大きさの氷柱が二本、突き出している。
氷柱の先は鋭利に尖っており、その内の一本は柚葉の洋服の、背中の部分を貫いていた。
少しでも位置がずれていたら、柚葉の身体を裂いていたかもしれない。

 流石に顔を蒼くした柚葉は、ぺたりとその場に腰を落とした。
恵美と六花は、急いで彼女たちに駆け寄る。

「恵美殿、柚葉は……!」

 ひとあし早く柚葉の元に着いた恵美に、六花は声をかける。
恵美は素早く柚葉の背中を確認し、はあっと大きく息をつく。

「……大丈夫、全くの無傷です」

 その言葉に、六花はほっとした。
柚葉は先程の出来事が余程衝撃的だったようで、口を開けて固まっている。

「も……申し訳ありません……っ。あたくし、驚いて、しまって……!」

 桔梗も白い顔を更に白くして、その場にへたり込んだ。

「急に激しく動いたから、冷気が一気に放出されてしまったんじゃな。
幸い柚葉は無傷だったんじゃから、そう気にするでない。」

 優しい口調で六花が言うと、桔梗はほうっと息を吐き出した。
吐息は、いちごと同じくらいの大きさの氷塊になり、六花の足下に転がった。

「き、桔梗さん、もしかして……」

 土の上に落ちた白く美しい氷の塊を見て、恵美は頬を引き攣らせた。
六花は、困ったように腕を組む。

「ううむ、症状が悪化してしまったようじゃの……」
「ゆーずはー!」

 恵美が拳を振り上げて声を荒げると、柚葉は頭を押さえて「ひゃん!」と犬の鳴き声のような声をあげた。

「ご、ごめんなさいー!」

 だって勝負したかったんだもん! と、柚葉は泣きそうな声で叫んだ。
恵美は怒る気をなくしたようで、ため息をつきながら拳を下ろした。

「……ううむ、どうするかのう……」

 少しずつ身体を動かして、冷気を発散させようという六花の計画は、失敗に終わってしまった。
風邪が悪化してしまったし、それにこの真面目な雪女は、己の冷気を暴走させてしまったことで気持ちが不安定になってしまっているので、動かすのは危険だ。
気持ちが荒れているときは、ほんの少しのきっかけで妖力が暴走してしまいがちなのである。

 六花は腕組みをしてしばし考え込み、やがて何かを思いついたようにハッと顔を上げた。

「六花さん?」
「六花、殿……?」

 恵美と桔梗が、ほぼ同時に声を上げる。
六花は彼女らを順番に見て、いたずらっぽく笑った。

「恵美殿、ちょっと来てもらえんかの」

 六花はそう言って、恵美が返事をするより早く彼女の手を握り、ぱたぱたとあやかし荘の中へと走って行った。
そして台所に駆け込み、そこで足を止める。

「え、え? 六花さん、一体どうしたんですか……?」
「風邪薬を作ろうと思っての」
「えっ? 六花さん、薬なんか作れるんですか? でも、どうやって……」
「材料は、これじゃよ」

 六花はそう言って、あるものを指さした。
恵美はその「あるもの」を見て、数秒間沈黙して目を瞬かせ、やがて「ええええ!」と驚きの声をあげた。

「それで、ひとつ貸してもらいたいものがあるんじゃよ」

 六花は、微笑んだ。少女にしては、妙に艶やかな笑みであった。


■■■


「待たせたの」

 六花と恵美があやかし荘前に戻ると、桔梗は口を開こうとして咳き込んだ。
彼女の口から溢れた冷気が、こぶし大の氷の塊となって転がる。
明らかに、先程よりも悪くなっている。
辺りには、同じような氷の塊が幾つもゴロゴロしていて、桔梗の周りの地面を埋め尽くしていた。
このままでは、あやかし荘にも被害が及んでしまいそうだ。

 それを見て、恵美は泣きそうな顔をした。
六花は、周囲に悟られないように、口元を引き締める。

 ……やはり、早く治してやらねばマズそうだの。

「桔梗、もう大丈夫じゃ。薬を持って来たでな」

 六花は桔梗の側にかがみ込んだ。
すると桔梗は、抜けるように白い顔を六花に向ける。

「え、でも、六花殿……。薬は無い、とおっしゃっていたのでは……」
「それがな、思い出したんじゃよ。随分前に、食器棚の引き出しの奥の奥に、薬箱を置いている……という話を先代殿から聞いたのを。長く生きていると、昔のことを忘れてしまっていかんの」

 そこまで言うと、桔梗はぱっと顔を輝かせた。

「それじゃ、もしかして……ケホッ」
「そう。先代殿の風邪薬を見付けて来たんじゃ」

 六花は自信たっぷりに頷いてみせると、懐から小さな紙包みを取り出した。茶色く変色したボロボロの紙の中には、乳白色の丸薬が数個、入っていた。

「六花殿……!」

 桔梗の双眸は感動で潤み、彼女はよろめきながら六花にひれ伏した。

「あたくしなどには勿体ないお気遣い、いくら感謝しても足りませぬ……!」
「こ、これ、良いというのに」

 六花は首を横に振るが、桔梗は頭を上げようとしない。
どうもこの娘は真面目すぎるの、と六花は内心苦笑した。
頑なに伏せようとする桔梗の顔をどうにか上げさせ、六花は丸薬を手渡した。

 桔梗は丸薬を震える口元に運び、細い指で口の中に入れた。
ややあって、白い喉が小さく動く。

「どうじゃ? 先代殿の風邪薬は即効性じゃと聞いておるが」

 六花の言葉に、桔梗は一度喉を撫でた。それから、ケホン、と小さく咳をする。
その拍子に、拳大の氷がごろりと下に落ちる。

 駄目か……? と六花が思うと同時に、桔梗はもう一度咳をした。
すると今度は、いちご大の氷がころりと落ちた。

「あ……!」

 恵美が、嬉しそうな声を上げる。
桔梗は、コホコホン、と立て続けに二回咳をした。
金平糖ほどの大きさの、氷の粒がこぼれた。

「わああぁ〜! よくなってるじゃん!」

 柚葉は、そこら辺を飛び跳ねた。

「凄い……! 身体が、とっても楽になりましたわ!」

 桔梗の声は、随分とハリのあるものになっていた。
六花の肌に感じる冷気も、先程まではびりびりと異様に尖った空気だったのが、柔らかい冷たさに変わっている。
ほっとして、六花は息を吐いた。

「どうやら、効いたようじゃな」
「はい……! 六花殿、ありがとうございました。そして皆様、ご迷惑をおかけ致しまして、申し訳ございませんでした……!」

 そう言ってまたひれ伏そうとする桔梗を、六花と恵美はふたりがかりで止めた。
柚葉は、桔梗が飲んだ風邪薬を、しげしげと観察していた。

「雪女の風邪を治しちゃうお薬って、どんな味なのかなあ〜?」

 そう言って柚葉は、紙包みに残っていた丸薬をひとつ、口の中に放り込んだ。

「んん、美味しい! ……って、うん? これって……」

 豊かなしっぽをぱたぱたさせて、柚葉は小首を傾げた。
柚葉の行動に気付いた六花は彼女に近づき、小さな声で「しっ!」と言いつつ、立てた指を口元に持って行った。
桔梗は六花たちのやり取りに気付いていないようで、恵美と、「申し訳ございませんでした」「いえ、もう良いですから……!」というやり取りを繰り返している。

「これ……いちご牛乳のシャーベット、じゃないの?」

 柚葉はひそひそと、六花の耳元で囁いた。
六花は、にっ、と小さな口を三日月型にする。

「桔梗には言うでないぞ」

 そう、六花が先代管理人の薬を見付けた、という話は嘘である。
彼女は台所で恵美に製氷機を借り、その中にいちご牛乳を流し込んで凍らせた。
そしてそれを、即効性の風邪薬だと偽って桔梗に飲ませた、という訳だ。

「いちご牛乳って、風邪に効くの?」

 柚葉は、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「病は気から、と言っての。本人が薬だと信じておれば、それが本物の薬でなくても、効いてしまうことがあるのじゃよ」

 六花の言葉に、柚葉は分かったような分からないような表情をして、もうひとついちご牛乳シャーベットを口の中に入れた。

「六花さーん!」

 恵美の呼ぶ声がして、六花は彼女の方に視線を向けた。
桔梗と恵美は、先程桔梗が生成した、大きな氷柱の前に立っている。

「他の氷はお湯をかけて溶かすとしても、この大きな柱、桔梗さんにも消せないらしいんです。この位置だと玄関に出入りするのに邪魔になるし……。どうしましょう」

 六花は、ふむ、と呟きながら氷柱に手を置いた。
鋭い冷気が、掌に心地良い。美しい氷だ。六花は、思わず笑顔になった。

「そうじゃの。削り出して、かき氷にでもしてはどうじゃ?」

 六花の提案に、「さんせーい!」と、真っ先に柚葉が両手を挙げた。

「冬にかき氷……。それもなかなか、粋かもしれませんね!」

 恵美も、嬉しそうに手を叩いた。

「それならあたくし、この氷を細かく砕きますわ」
「私は、シロップと器を取ってきますね」
「恵美、ボクはメロンー!」
「はーいはい。私は、レモンにしようっと。六花さんは、どうします?」

「ワシは……」

 六花はそこで言葉を切って、懐からいちご牛乳のパックを取り出した。

「ワシはやはり、これにしようかの」



おしまい!


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2166/氷女杜・六花/女性/370歳/越後のご隠居兼店主代理/】
【NPC/因幡・恵美/女性/21歳/あやかし荘の管理人】
【NPC/柚葉/女性/14歳/子供の妖狐】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めまして、水野ツグミと申します。
この度は、ご参加有難うございました!
いちご牛乳が好きな雪妖さん、という設定がかわいらしくて、ちょっとしつこいくらいにいちご牛乳を絡ませてしまいました。
病は気から。良い言葉です。
桔梗さんは風邪で冷気マックスだったので、冷たいいちご牛乳シャーベットを口に含んでも、全く違和感を感じなかったのです、ということでひとつ。
ほのぼのとかわいらしいプレイングを、ありがとうございました!
どんな風にお話を進めていこうか、楽しく悩みながらウキウキと書かせて頂きました。
ほのぼのの中にも、370歳という人生の大ベテランらしい、何処か貫禄の感じられるプレイングでした。
そのかわいらしさと貫禄を、少しでも出せていると良いのですが……!
六花さんの口調がおかしかったら、すみません……!
その場合は、ご指摘頂けると幸いでございます。
それでは重ね重ね、この度は有難うございました。
また是非、よろしくお願い致します。