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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


機々械々(キキカイカイ)

 暗い部屋にふわふわと、雪が漂っているようだ。
 その不思議な光景は、奥にあるパーソナルコンピューターが生み出している。
 ディスプレイは青白い光を発し、雪のような埃を照らし出している。
 起動音だけが、部屋に響いていた。辺りには誰もいない。
 不意に画面が切り替わった。
 再構築及ビ再計算シマスカ?
 YESと、自ら答えた。

 ――ノックの音に、その場に居合わせた全員がドアへ視線を向けた。
 小さく舌打ちをし、談笑を打ち切って、この場――草間興信所の主、草間武彦はドアへと向かった。
 ドアを開け、仕事の依頼人であろう男を招き入れることなく話している。
 依頼人はおどおどした男で、工事現場からそのまま抜け出してきたような格好である。
 迎え入れない以上、依頼は断るのだろう。そしてそれはそのまま依頼内容を現してもいた。武彦が厭う依頼は、怪奇の類と相場が決まっていた。
 事実、断るように武彦はドアを閉めようとしたが、依頼人が差し出した紙を見て、動きを止めた。嫌な予感が、辺りに漂い始めた。
 戻ってきた草間武彦は、皆を見渡し、厳かに告げた。
「――だそうだ。おれたちの手で、事件を解決しようじゃないか!」
 何がだそうだ、なのか。そもそも依頼内容は何なのか。
 事務所のちょうど中央あたりの簡素なソファーに腰掛けた四人――草間零、シュライン・エマ、和田京太郎、鈴城亮吾は、武彦の後ろで依頼人の男が安堵の表情を浮かべるのを見るしかなかった。

 武彦の机の前の椅子に、依頼人の男が腰掛けたとき、武彦が「シュライン」と呼びかけ、手招きした。シュラインは草間興信所事務員でもある。依頼の把握を手伝え、といったところか。
 立ち上がり、「話、聞いておいてね」という意を込め見下ろす先で、京太郎は了解、とばかりに瞬間目を閉じ、横に視線を向けた。隣では、亮吾がショートケーキに夢中になっている。シュラインが買ってきたものだ。
「武彦さんたら、余程報酬良かったのね」誰にも聞こえない程度の声音でシュラインが苦笑しながら歩くその横を、武彦が慌しく駆けていた。
「ずいぶんと乗り気ですね」
「大人の世界にはな、色々あるんだよ」京太郎の言葉にそう答えた武彦の顔は妙に真剣だった。必死とさえ形容できそうである。京太郎は特にそれ以上何も言う様子も無く、ソファーに深く腰掛けた。横で亮吾が苺にフォークを突き刺したところだった。

 男は、あるビルの工事現場で働いていた。ここまでわざわざ自ら出向いている。責任ある地位の人間であるはずが無かった。
 その現場で、最近一種の心霊現象が起きている。現場に持ち込んだ機械が暴走しだしたのである。何より、工事現場の人間が一番困ったのは、一体のロボットだった。ビル内を走り回り、人間を見つけると襲い掛かってくることさえあった。しかも出会う度に、変化している。初めは誰か人間がビル内に侵入していると疑ったが、その可能性は数日のうちに消滅した。現場の責任者は心霊現象と判断し、草間興信所に依頼することになった。
 ――それが男の説明であった。途中、気になる部分についてシュラインがいくつか質問したが、満足のいく回答は得られなかった。彼女は態度、口調ともに冷静であったが、武彦からはやや苛立っているように見えた。その上男の言葉はなかなか要領を得ない。無理もないな、と武彦はシュラインを見ていた。
端的に言えば、依頼内容は暴走状態に陥り、半ば奪われてしまった機械類の奪還と、ロボット、さらにそれらを操っている元凶の破壊である。
「ロボットは一体に間違いないのですか? 動力源は?」
「恐らく一体だと思います。もしかしたら入れ替わってるのかもしれませんが、少なくとも同時に複数を見た者はいませんので。動力は…ちょうど背中の辺りにリュックサックみたいな箱状の物がついてまして…おそらくそれではないかと…」
「ロボットの出現地点などはわかりますか?」
 シュラインの言葉に頷くと、男はズボンのポケットから封筒程度の大きさの紙を出してきた。広げてみるとかなり大きく、ビル内の見取り図になっていた。武彦は京太郎と亮吾を呼び、全員の視線がその一枚の紙に注がれた。
 部屋の見取り図とは異なり、様々な線や数字があちこちに書き込まれていた。ビルの2階から4階部分に相当する見取り図である。各部屋へのシュラインの質問は、かなりの量が受け流された。男が知らされていない、というより、明らかに語ることを避けている。
「…なるほど。このビル、大学か」男の様子をじっと見ていた武彦が、徐にそう言った。男は小さく頷く。
「大学? ビルに大学を作るっていうんですか?」亮吾は眉根を寄せながら武彦をじっと見た。
「もちろん全学科ってわけじゃない。例えば新しい学科とか、あるいは院とかだけな。院なんて、学生のためにじゃなく、教授の実験のためだったりするのさ。学生は、教授にとっては助手だ」
「なるほどね。どんな機械があるかだけじゃなく、どういう目的のための部屋かも部外者には教えたくないってわけ」シュラインはため息をついた。
 男は申し訳なさそうにしている。おずおずと、4階部分のいくつかの部屋を指し示した。
「このどれかの部屋に、原因となっているパソコンがあるはずです。外から確認しました。リフトで外から入ることも考えましたが、異状が起こらないとも言えませんし…。何より、パソコンも移動させられているんです。これらの部屋はどれもカギがかかっています。カギなんて、まだつけてないんですけど…」最後のほうは、声も小さく聞こえづらかった。
「パソコンが他の機械を操ってるのか…。ネットか何かか?」武彦がコーヒーを啜りながら言った。
「通信を妨害できれば……無力化できる?」京太郎が口にした。すぐに亮吾が否定した。
「いや、でもあらかじめプログラムされているなら、意味無いよ。とりあえずプログラムが終わるまでは動き回るし、ループされてたら、ずっと止まらないし」
 しばらく皆沈黙した。この中で、パソコン等に最も詳しいのは亮吾だろう。不意に亮吾の口元に笑みが浮かんだ。何か思いついたようだ。
「大丈夫。俺ならできるよ」

 ビル内は薄暗く、何より埃っぽかった。内装工事を残すだけとなった内部は、想像したよりも整っている。シュラインと武彦、零が前を行き、その後ろに京太郎と亮吾が続いている。零は手に、ほうきを持っていた。
「あれ、何に使うのかな?」亮吾が言った「あれ」とは、ほうきを指すのだろう。
「武器、なんだろうな」その言葉に亮吾は少し驚いたような顔をして、京太郎のほうに振り向いた。京太郎は補足する。
「突けば槍、払えば長刀、持てば太刀って言ってな。棒ってのは、最も手軽で、オールマイティな武器なんだよ」事実、零のほうきの柄は、竹などではなく固い木の棒だった。しかも常日頃使っているなら、手にもなじんでいるだろう。
 前方に影が現れた。5人に緊張が走る。影は、件のロボットだった。
 起動音を響かせながら、こちらに向かって走ってきている。遅い。フォームの良さも、奇妙に滑稽だった。
「奇怪だな」と武彦。
「機械ですね」と応じる零の言葉のニュアンスの違いに、シュラインが口を挟もうとした瞬間、ロボットの太もも部が開き、何かが落ちた。しかし、落ちたと思われたそれは、3つのタイヤだった。両足、計6つの車輪がフレームのような鉄につながっている。足が収納され、タイヤが音を立てて回転し始めた。急加速して、5人の中に割ってはいる。一番近くにいた零に掴みかかる。伸ばしてきた手が、零のほうを向く前に、ほうきの柄がそれを押し止める。そのまま後方へと回転させ、右手へと受け流し、左前方へと踏み込む。体捌きで得られた力を利用し、そのまま柄の痛烈な一撃をロボットの側頭部に叩き込み、零はすばやく後ろにひいた。シュラインと武彦を守るようにしながら、3人は4階へと消えた。
 京太郎が亮吾をかばうように立ち位置を変える。
「亮吾、もしものときは――」サングラスを取り出して着用した。
「自分でなんとかしろよ」京太郎は身を屈め、ロボットへと疾駆した。

 探索を始めてから三つ目のドアも、鍵がかかっていた。
 白いスライド式のドアは、左右どちらも微動だにしない。
(ここもか……)
 シュラインはポケットから小さい噴霧器を取り出した。中身は聖水である。他にも、スプレータイプの瞬間接着剤、五寸釘などを携帯してきていた。これらは先ほどのロボットの足止めに使うつもりであったが、ロボットは予想以上に速かった。自分の持ちこんだ物に固執せず、瞬時にあの場を京太郎と亮吾に任せたのも、彼女の経験のなせるものである。
 特殊な音を唱え、聖水をドアに振り掛ける。青白く、ドアが光った。ドアの封印を解除したのだ。「まったく、良いお嫁さんになれると思わない?」もしも彼女が自身の功績を、自ら称賛するタイプの人間ならば、そう冗談めかして独言したかもしれない。
 しかし、彼女の頭脳は別のことを考えていた。
(なぜ、ああも人を狙えるのかしらね)
 それは依頼人の男にも尋ねている。返答は「わからない」だった。 熱源でも動くものでもない。何故かはっきりと「人」を狙っている。思案しながら、彼女は恐らくは空であろう部屋のドアを開けた。
 中を覗き込むまでもなく、彼女は後悔した。
 ちょうど正面の机にパソコンが載っていた。電源が入っているのだろう。その周囲だけがいやに明るい。振り向きかけているかのように、わずかにその画面をこちらに向けていた。周囲に気配は無い。
 廊下に出て、別の部屋を調べていた武彦と零を認めると、手招きして呼び寄せる。
 武彦と零、シュラインの3人が揃い、改めて部屋に入ろうとした瞬間、すさまじい轟音と振動が3人を襲った。悲鳴を上げそうになったのは、それらのためではない。パソコンが振動のためか、こちらを向いたからだ。
 そのディスプレイは漆黒だった。
 それなのに、不気味に光を発していた。

 京太郎と亮吾が部屋に着いたとき、一台のパソコンの前に3人が立って画面を覗き込んでいた。武彦が2人に気づき、片手を上げる。
「まったく、しつこいったら無いな」京太郎は明らかに不機嫌だった。亮吾は対照的に、にこにこしている。心底楽しそうだ。
「そうか。まあ機械だからな」武彦は噛み殺すように苦笑している。
「機械のくせに、妙に仲間想いだしな! 助け合いの精神、ほれぼれするね!」
 武彦が亮吾に視線を向ける。「何の話だ?」と顔に書いてある。
「ロボットごと攻撃すればいいのに、一切それをしないで、ねちねちやられたのが気に入らないみたいです」亮吾は満面の笑みだ。京太郎が不機嫌だからではない。ロボットとの戦闘が楽しかったらしい。
 武彦はまた苦笑した。そして、パソコンに向き直る。真剣な表情で、亮吾に「頼む」と言った。
 亮吾は自分のノートPCを起動させ、ハッキングを開始した。
 パソコンは確かに起動しているが、画面は真っ暗だ。時折、白いノイズが雪のようにちらつく。しばらくすると、画面に言葉が現れた。
再構築及ビ再計算シマスカ?
No と表示された。他にも様々な計算式らしき物が画面に次々と浮かび、イエス、ノーの回答が続く。
「一体、何が目的なのかしら…?」画面を見ながら、シュラインがつぶやいた。
 人間トハ?
 いきなり文章が画面に割り込んできた。5人は息を呑む。
 定義ハ? 道具ヲ使ウ?
 No
 足リナイ
 Yes
 何モカモガ
 Yes
 生ミ出スタメニ 足リナイ
 Yes
 人間ヲ 再構築及ビ再計算シマスカ?
 Yes Yes Yes Yes Yes
「な!? こいつ、人間を作り変えようとしているのか!?何か別の物に!?」
 シュラインの脳裏に、先ほどの京太郎と武彦のやり取りが浮かんだ。特に気にもしなかった。今の今までは。しかし、今となっては、はっきりと理由が輝いている。
「ロボットごと、攻撃しないはずだわ…。大切な…優秀な助手を、自ら手放すはずないもの…!」
 パソコンの起動音が一際大きくなった。頭に直接響いてくるような音に、皆固まる。零が妙に冷静な声で言った。「力場が展開しています。ここから出すつもりは無いようですね…」
「壊せ!」武彦が短く叫んだ。
 そのとき、一陣の風が渦巻いた。シュラインと亮吾、その間で、京太郎はすでに動作を開始していた。上半身をひねるように後方に倒し、各部位から生まれた回転エネルギーを右足へと収束させる。
 風が渦を巻く。それは、一陣の槍。京太郎の後ろ回し蹴り。弧を描くようなものではなく、全身のバネから生み出された力を一転に集約し、突き出されたそれは、槍そのものの一撃だった。
 ディスプレイに直撃すると見えた、その刹那。
 4人の視界からはパソコンが消え、向こうの壁ですでに粉々に打ち砕けている。シュラインは、その光景の後から破砕音を聞いた気がした。

「ところで、どう思う?」シュラインが、京太郎と亮吾に問うた。ビルは、あとは内装工事で完成だったはずだ。今は見るかげもない。
「大人には、色々な事情がありますから」京太郎はすたすたと歩き出す。
「自分で作ったパソコン、人に貸して壊されると、すごいむかつくんだよねぇ…」亮吾も京太郎のあとに続いた。
「また、タダ働きかしら……?」依頼主に報告に行った武彦と零の反応が目に浮かぶようだ。
「タダ働きでしょうね……」自ら答え、シュラインは大きなため息をついた。
 動かなくなったロボットが、礼儀正しく座って三人の背中を見送っていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 草間興信所事務員
1837 / 和田京太郎 / 男性 / 15歳 / 高校生
7266 / 鈴城亮吾 / 男性 / 14歳 / 中学生

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■         ライター通信          ■
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いかがだったでしょうか?
今回、ビル内探索部分において、対ロボット戦ルートと元凶探索ルートを作成しました。
他のルートは東京怪談HP「高峰研究所」でご覧ください。
気に入って頂けたならば幸いです。