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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―松―】



(さて、と)
 さすがに印象が悪いというのは身にしみてわかっている。
(しょうがねぇ。真面目に敬語使うか。組織にいた頃からまともに使ってなかったんだがな〜)
 あの厳しい双羽の顔が脳裏に浮かぶ。自分よりも9つも年下の娘にあれほど言われて悔しくないわけはない。だが、彼女の言っていることのほうが残念ながら正しい。
 逆に言えば、9つも上なのに彼女より常識がないということをズバリ言い当てられてしまったのだ。
 妖撃社のドアを開きざま、「うっす」と声を放つ。ハッとして目を見開き、言い直した。
「じゃねぇ、こんちはー。何か仕事ねぇか、じゃなくて……ないすか?」
 しーん……。
 反応がないので陣内京司は「あれ?」と思ってドアを閉めた。そのまま奥へずかずかと大股で歩き、衝立をどけた。衝立の向こうは社員のデスクが並んでいる。そこにたった一人、居た。
 フードを深く被り、びくっと反応してうかがってくる。
(なんだこいつ。なんか暗いな……)
「仕事、探してるなら……あそこ」
 フードの青年は恐る恐る指で示した。京司はその指の先に視線を向けた。
 ホワイトボードだ。それにマグネットで書類が落ちないようにしてある。
 京司はホワイトボートに近づき、書類をまじまじと眺めた。様々なものがあるが、きちんと危険度のランクまで記してあった。専門知識が必要かどうかまで書いてあるものもあれば、概要だけしかないものもある。
(お。これなんかいいかも)
 マグネットを動かして、紙を取る。廃病院に潜む霊の排除が仕事内容だ。

 京司は奥のドアへと向かい、軽く深呼吸一つ。ノックをすると、すぐに返事がした。
「入るぜ、じゃなくて、入ります」
 あー! いちいち直すのがめんどくせー!
 内心の叫びを抑え付け、ドアを開く。前にバイトの登録手続きに来た時と同じように、彼女は忙しそうにファイルを捲っていた。
 双羽は京司を一瞥し、「用件は?」と短く訊いてくる。
「この仕事をやろうと思って、来ました」
 机に近づいて調査書を差し出すと、彼女は作業の手を止めて書類を受け取った。目を通し、眉をひそめる。
「廃病院の霊の退治。強力な霊が居る可能性大……ね」
「爆弾で病院ごとぶっとば……」
 双羽にぎろりと睨まれ、京司は言葉を止めた。
「……いや、冗談」
「べつに壊しても構わないけど、その代わり、建物の所有者に必ず許可をとること。中に入る許可だけはこちらで取っているから不法侵入者にはならないわ」
「……それ、許可を取らないと?」
「当たり前だけど、訴えられるわね。裁判になった場合、費用の一部は負担してもらうわ。まぁ示談で決着がつけばいいけど」
「………………」
 真面目な顔で言われると、自分がやってきたことは法律や、迷惑をこうむる者たちのことを全く考えていなかったことがわかる。
 私有地に入るには許可が必要で、無断で入ると訴えられても不思議はないのだ。
 バレないようにやればいい、ということはここではできない。そもそも請け負っている仕事をする以上、どこが何をやったかなんて一目瞭然である。
「いや、ヤメテオキマス」
 面倒なことになるのは避けたい。
「今回銃使うんで。サイレンサーつけるから音は出ねぇっすよ。あ、サイレンサーってのは消音機のことな」
「そう。報告書には使った弾数を必ず書いてね。銃を使うということは建物に傷がつくのね。……わかったわ」
「ちょびっとっすよ、傷なんて。どうせ廃れた病院なんだから別にいいんじゃないかな〜、なんつって」
 おどけて言う京司とは違い、双羽は嘆息した。
「壊すことが前提ならそれも有りなんだけど、ここを別の誰かが買い取って、建物の中をリフォームするだけだとしたら?」
「あ……」
「修繕するだけでもお金はかかるわね。
 まあいいわ。周辺には民家もあるから、気をつけるように。あと、最初だし……誰かつけようかしら。同行者はいる?」
「いや、別にいらねぇけど」
「…………シンをつけるわ」
「えっ、な、なんで!」
「……目を離すと無茶苦茶しそうだからよ。
 いい? 私たちの依頼者は一般人なの。自分たちの常識で事を進めてはだめ。普通の人たちの感覚に合わせて仕事をするのよ」
「んなこと言われてもよ。そもそもコレがフツーの仕事じゃねぇだろ?」
「…………手に負えないからうちに依頼してきただけよ。うちの仕事をしていれば、私の言っていることがわかってくるわ」
 調査書に、「認可」の判を彼女は押した。



 電車を使い、その後でバスを使って目的までやって来る。派手な仕事着のシンが京司の隣に居るのは、双羽の命令だからだ。
(めんどくせ〜……)
 そう思ってちらっと隣を見る。無人の病院を前にして、彼女は何も持たずに笑みを浮かべていた。
(すげー格好……ヘソ出しだ)
 なんて感想を浮かべていると、シンがこちらを見てきた。
「そういえばさ、ジンナイは同行者いらないって言ってたんだって? なんで?」
 いきなりタメ口ですか。
「仕事中も敬語使わねぇと駄目じゃね……ナイデスカ」
 あ〜、舌噛みそう。
「あたしは気にしないから普段どおりでいいよ」
「……マジで?」
「うん」
 ニカッと笑って言うシンを前に京司は瞬きし、肩から力を抜く。敬語を使わないなら、まだ気が楽だ。
「助かったぜ」
 京司はそう言って病院に向けて歩き出した。京司の背中を見て、シンは小さく笑う。
「怖いもの知らずなのかなぁ。ま、見えてないからってのもあるだろうけど」
 霊視ができるシンの瞳には、病院内で蠢く霊たちが窓越しに見える。患者服の霊が多いのは、病院の特徴だ。

 病院の正面入り口は鎖で施錠されている。双羽から預かった鍵を使って鎖を外して中に入った。がらんとした院内は、当たり前だが人の気配がない。
 京司はサイレンサーをつけた銃を取り出して構えた。ショットガンを使えば楽なのにと残念な気持ちがじわっと広がる。
 しかしうろうろしていても何も居ない。出てくる気配すらない。時間が経つにつれて京司は苛立ち始める。
「チッ。こそこそ隠れやがって……」
 ぶつぶつ言う京司は、背後を肩越しに見遣った。シンと目が合う。
「ほんとにここ、なんかいるのか? なんにも感じねぇけど」
「それはキョージに霊感がないからでしょ」
 さらっとシンは言い放った。
「ここらへんにいる霊が弱すぎて視えないのがその証拠。ま、原因は実体化してるから見えると思うよ」
「………………」
 京司はしばし考える。今までやってきた仕事は、言われてみれば「目に見える」ものが相手だった。
 霊感なんてものはなくてもできる仕事だ。実体化したものは派手に暴れたり目撃情報が増えるので仕事依頼が多いのである。
「あんた、霊感あるのか?」
「あるよ」
 にかーっと、無邪気な笑顔のシンは頷く。そのまますぅ、っと目を細めた。
「……仕事、早く終わらせてくれる? あ、意地悪で言ったんじゃないから。あたしさぁ、堪え性がちょっとないんだ……」
 低めの声で囁く彼女は背筋がぞっとするほど色っぽい。
(な、なんだ……? なんか急に色っぽくなったような……?)
 ついさっきまで子供みたいな無邪気な雰囲気だったのに。
「院長室に向かって。そこに居るみたい。あたしはここで待ってるから、頑張って」
 京司は怪訝そうにシンを眺めたが、院長室に向けて走り出した。

 自分の足音が響き渡る。この病院に巣食っている霊の親玉はとにかく邪魔をする者に対して容赦はしないようだ。
 院長室のドアを開け、すぐさま銃口を向けた。
 院長のイスに腰掛けた人物はとんでもない存在感を持っていた。こいつだと判断する前に撃った。完全に音がしないわけではない。極力抑えられているだけだ。
 銃弾は当たらなかった。霊は京司のすぐ目の前に居たのだ。
「う、おっ?」
 慌てて距離をとって後方に退がる。
 前を見るが、居ない。どこに?
 ぞくっと背後で寒気がした。吐き出す息が白い。温度が急激に下がっている。
 見えない。触れない。それが霊という存在だ。霊を相手にしたのは今回が初めてではない。だが……こんなに繊細な依頼は今までないのだ。
 暗殺の仕事も繊細ではある。だがそれとは種類が違うのだ。生きている人間ではないものが、相手なんて。
(経営難の院長だったな、確か。それほど病院に思い入れがあるってことか……。患者を多く欲していたとかなんとか……)
 調査書は細かすぎて流し読みしていたが、そんなことが書いてあったはずだ。
 目に見える程度には強い思念。邪魔をする者を排除する強い思念。けれども……本気で攻撃しようとはしていない。
(うわ……なんか中途半端な霊が相手って、すっげーやり難いかも……)
 難易度が高いとは、こういう意味でか!
 出て行け、と聞こえたような気がした瞬間、京司の身体が吹き飛ばされ、窓に叩きつけられる。
 そのまま床に落ちた京司は目の前に足が見えた。咄嗟に銃口を向けるがまた消えてしまう。
(厄介な……)
「あーあ。苦戦してるなぁ。でもあたし、こう、霊を縛り付けたりできる術者でもないし……」
 声が聞こえた。シンのものだ。
 かつーんかつーんと彼女が歩いてくる。右手に何か持っている。いや、持っては……いない?
「キョージって派手に暴れる仕事のほうが向いてるよ。だから今回は特別ね」
 彼女は何かを構えてそのままそれを振り回すような動作をしてこちらに向けて駆けてくる。
「はあああぁぁっ!」
 気合い一閃。
 シンは、何かを斬った…………ようだった。



「まぁ元気出しなって」
 ばんっ、と力強く背中を叩かれる。
「でもキョージってああいうタイプのは苦手だったんだねぇ。人間相手のほうが楽なのにバカだなぁ」
 けらけらと明るく笑われてしまった。京司はちら、とシンを見る。
 妖撃社前にタクシーが到着した頃は、すでに深夜の3時だ。シンはきっちり領収書をもらって車から降りた。
「銃ってパンパン撃つだけだし、案外ムズカシー武器だよね」
 彼女はなんと京司が撃った銃弾もきちんと回収していた。それもシンに課せられた仕事だったらしい。
「……これ、報告書を書けば終わりなんだよな」
「そうそう。あたしのは参考になんないから、自力でガンバレ!」
 ……応援された。
 妖撃社の建物の前で京司は嘆息する。
 これは前途多難だ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7429/陣内・京司(じんない・きょうじ)/男/25/よろず屋・元暗殺者】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、陣内様。ライターのともやいずみです。
 なんとか依頼は解決したようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。