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<東京怪談ノベル(シングル)>


【say amen】


 夜風に揺られ、白いカーテンがなびく。
 キィ、と戸棚の蝶番が鳴声を上げたので、エリスは薄く笑みを浮かべた。

「呼んだのは、誰?」

 呟き、戸棚の中に手を伸ばし、真白のテーブルクロスが広げられた机に、その中身を並べていく。
 それは精巧に作られた、ミニチュア。
 作られた、というのは正しい言葉ではないだろう。
 正しくあった物がここに縮められて並べられ、或いは、エリスが作り上げた世界ともいうべき光景が、机の上に広がってく。
 戦場に在るべき畏怖の象徴、掌に乗るサイズにされた装甲戦闘車両、が戸棚から引き出されようとした瞬間、細い指先から零れ落ちた。
 カツンと小さな音を立てて机の角にぶつかってから、カーペットの敷かれた床に転がる。
 当たり所が悪かったのか主砲は欠け折れ、くるりと弧を描くとエリスの足元当たり止った。
 一瞬、ウィンカーが最後の点滅をしたけれど、小さな瞬きはエリスの視界には届かず、拾い上げられるとそのまま屑籠に捨てられてそれきりにだった。
 エリスには、余りにも些細な事象であったから。

 街路樹と並ぶ小さな家を同じサイズにされた高層ビルの隣に置き、漸くエリスは一息吐いた。
 戸棚を閉め、机の上に広がる世界の傍らに置いたティーコゼーを外す。
 温かいままのポットからカップに、仕事ではなく、自分の為のミルクティを注いで笑った。
 本来ならば――ここにあるもので、一番ちっぽけな物はこのカップ、いや、ティースプーンだろうけれど――この机の上では否定されている。それが少し可笑しくて、笑う。
 ポットに元通りティーコゼーを被せ、カップにはピンクの砂糖の粒をひとつ落とし、からからとかき混ぜる。
 スプーンの中に出来上がった渦から、視線はミニチュアたちに移った。

 馬車が在った。これは何処で見つけたものだっただろうか。
 その横に美しく流れるラインを持ったスポーツカー。
 本来なら陸上にあるはずもない、大型の客船。
 空の飛び方を忘れたかの様に沈黙する飛行機。
 乗り物だけではない。真新しいビル、水のない噴水を据えた公園、錆びてあとは朽ちていくだけの工場、色とりどりのゴンドラを下げた観覧車――。

 一見には机の上に、ミニチュアの街が作られている様だけれど、すべての大きさはほぼ均一になっている。元の大きさを、問わず。
 尺度がまちまちな世界は、よく見れば奇妙な違和感と、ややもすれば見る者に恐怖を呼び込むかもしれない。
 見慣れたものが見慣れないものに変質することに、人が顔を歪めることを、エリスはよく知っていた。
 彼女が“この力”を行使する時、人は恐怖の色を見せる。
 ああ、こんなに美しいのに、と、堪え切れない感情がふふ、と唇を震えた。
 カップに口をつけ、温かい一口を飲んで溜息を吐く。
 何気なく伸ばされた指が建物の角を撫で、窓ガラスに反射する巨大な世界を映す。子どもの目に映る大人の世界を比喩するかの様に。

 ステンドグラスの色を細かく反射する教会に白い指が接触し、その拍子に屋根に立てられた十字架が折れた。
 屋根を滑り落ちたそれは、放物線を描き、カップのソーサーにからりと転がり落ちる。
 エリスは何の感情もなく、十字架をつまみ上げ、あの戦争の道具を捨てたのと同じ屑籠に放った。
 部品のかけた教会も。
 カシャン、とガラスの割れる音がしたけれど、やはりエリスの耳には届かなかった。
 構いはしない。
 代わりなら何処にでもあるし、何だっていい。
 何時だって、そう望めばそう“あるようになる”のだから。

 世界はエリスを拒めない。
 受け入れ、彼女の意のままに形を変えていく。
 彼女が欲したが為に、世界はこの場所に存在する。
 人はエリスを、人ならざるもの、と呼ぶかもしれない。

 間違いなく、人のエゴを持った彼女を。

 呼んだのは、あなたでしょう、とエリスの耳に微かな声が聞こえた気がした。